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今年は秋雨前線が活発、台風が過ぎても“一過”とはならない。雨予報が多いなか、唯一「曇りときどき晴れ」の14、2と2ぶりに鳥海山に登ることにした。“登る”といっても、齢70を越えた身にはもはや頂上(七高山)は無理、御浜(七合目)あるいは扇子森までである。

自宅(横浜)13の350。首都高中央環状(c2)から川口線に変わるところで(江北JCT)事故渋滞、そして鹿浜橋ランプから○○ランプ間が通行止となってしまった。幸いランプ手前にいたので、大きなトラック2,3台に続いて一般道に下りることができた。ランプの先で通行止に巻き込まれた車はどうしただろう。川口中央から高速に戻り(外環道→川口線)に入り、その後は順調に東北道/村田JCT/山形道/鶴岡JCT/日本海東北道で酒田。酒田で久しぶりに『ル・ポット・フー』のランチを味わう。
鉾立駐車場2鉾立駐車場1明るいうちに鉾立に上がる(五合目)。広い駐車場は閑散、営業用の車両を入れても10台といない。雨は落ちてこないが、重たげな雲が低く垂れこめている。観光客もそこまでは足を運ぶ
鉾立展望台から鉾立駐車場鉾立展望台から奈曾渓谷展望台まで足慣らし。登山口に「9月3日、展望台にクマ出現」の看板。他愛ない会話を交わしながら歩いた。
これまでは鉾立車中泊で鳥海山に登ってきたが、今回は鉾立山荘に泊ることにする。この夏、一まわり半小さい車に買い替えた
鉾立山荘から象潟市街スペーサ、タテ(WISH→FIT SHUTTLE)。SHUTTLEも後部座席を倒せば二人なんとか横に成れるが… 鉾立山荘は去年リニューアルされたばかり。1Fに大部屋2つ、2Fに向かい合わせの2段ベッドがある準個室が10ほど。素泊まり。厨房設備が整っているので自炊できるが、我々の夕食はコンビニ弁当。今夜の利用客は私たちだけだった。

鉾立の朝スペーサ、タテ翌朝そんなに早く起きる必要はないのだが、ナンセ昨夜フトン(有料)に入ったのが早い、5半起床。外に出ると、陸と雲の間に日本海が見えた。ナントカ(天気が)もちこたえてくれればいいが… 出発までの1時間の間に3台車が上がってきた、プラス駐車場で夜を明かした1台。
御浜スペーサ、タテ賽ノ河原~御浜賽ノ河原スペーサ、タテ展望台を過ぎ しばらく 登っていくと雨が降り始めた。山の上部は初めから降っていたのだろう。賽ノ河原85。雨は覚悟の上、御浜までは行くことにする。御浜840~95。湖はまったく見えず。無人の御浜小屋で休憩(\200@人)、下山。
アキノキリンソウスペーサ、タテミヤマリンドウ1ミヤマリンドウ2スペーサ、タテイワイチョウスペーサ、タテ登りで2,3人の下山者と、下りで1人の登山者と会う。この時刻、下りてきた人たちは頂上の小屋(御室小屋)に泊ったのだろうか?
雨中登山の楽しみは高山植物。しかしこの時期
ウメバチソウ1スペーサ、タテウメバチソウ2スペーサ、タテハクサンシャジンチョウカイアザミ???スペーサ、タテ花は少ない。路傍の至るところにあったアキノキリンソウ以外、ミヤマリンドウ、イワイチョウ、ウメバチソウ、ハクサンシャジン、チョウカイアザミは一つか二つ。
道の駅「あつみ」から2道の駅「あつみ」から1鉾立1110~1145。お昼は酒田の割烹『さわぐち』、旨い、安い、ボリュームたっぷり。宿は鳥海温泉郷『遊楽里』。横浜への帰路はすこし遠回りになるが日本海沿い(鶴岡~新潟~関越道~・・・)
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2016.08.31 高尾山
今年初めて高尾山に行った。コースは夏の定番、往路:琵琶滝コース(6号路)、帰路:稲荷山コース。午前中に登山を済ませ、ケーブルカー清滝駅前の名代蕎麦屋『高橋家』で旨い蕎麦を食べるという算段。
琵琶滝コース3琵琶滝コース2(琵琶滝)琵琶滝コース1(清滝駅)スペーサ、タテ85登山開始。病院(東京高尾病院)の手前で山道に入る。琵琶滝を過ぎ、5~6月ならセッコクが見られる杉林を対岸に見て歩く。今は、アジサイの咲き残りと、ところどころに咲く小さいラン系の花が目を潤す。緑陰の沢沿いの道は涼風が吹き抜け心地良い。 琵琶滝コース4(大山橋)琵琶滝コース5(稲荷山コース分岐)スペーサ、タテ大山橋で左岸へ(登山口から2.5㌔、山頂まで1.3㌔)。稲荷山コース分岐からは沢の中を飛び石伝いに進む。短い遡行のあと、沢を離れ木段の急登。今年初ともいえる本格的?登山、長い階段を喘ぎ登り、山頂直下の広場で大休止(9:20-40)。
高尾山頂1(富士山方向)高尾山頂2(蛭ヶ岳方向)高尾山頂3(大山)スペーサ、タテ950山頂。富士山方面は厚い雲が湧き、わずかに右の稜線が見えただけ。蛭ヶ岳も山頂には雲がかかっていた。大山は(いつもながら)よく見えた。
稲荷山コース3(祠)稲荷山コース2(稲荷山展望所)稲荷山コース1スペーサ、タテ105下山開始。稲荷山コースは台風の影響でぬかるみ歩きにくかった。加えて、まだ午前半ばとあってたくさんの人が登ってくる。その行き合いにも気を使う。あづま屋(稲荷山山頂)で小休止、八王子市街と遠く東京の高層ビル群を眺める。久しく使用禁止になっていたトイレはきれいに撤去されていた。広くぬかるみもなくなって歩きやすくなった山道を下り、お稲荷さんの祠から階段を下りて、1115登山口。予定どおり美味しい蕎麦を食べ、自宅に帰った。

植物1植物2植物3植物4植物5スペーサ、タテ琵琶滝コース路傍で目にしたラン系?の花々
右端は母なる大木の足元に芽吹いたばかりの“赤チャン木”?

<6月と7月の未完のブログ>
◇68~11 飛行機&レンタカーで道南の旅…神威岬と積丹、松前と江差、恵山と函館市内 ◇627~76 新日本海フェリーで道央の旅…増毛町、朱毬内湖、大雪山姿見池、富良野、旭山動物園、札幌藻岩山、余市など ◇728~30 マイカーで諏訪・安曇野…諏訪神社、光城山と長峰山、穂高神社と松本城
弘前城(524
空撮3、月山と飛行ルート空撮2、朝日連峰空撮1、朝日連峰と月山スペーサ、タテ524から3泊4日の予定で東北を観光した。755羽田発青森行(JAL141便)、A滑走路を北に向け離陸。しばらくは雲の上、福島を
空撮4、鳥海山空撮5、岩木山スペーサ、タテ過ぎるころ山々が見え始めた。飯豊連峰(判然とせず)、朝日連峰、月山、鳥海山。東北の2000mを越える頂きはまだ真っ白。岩木山が見えた。明日登るつもり。10、青森空港に到着。レンタカーで弘前市内へ移動する。(参考:東北・北海道の空撮、⇒ブログ
サロンドカフェアンジュ(旧東奥義塾外人教師館)スペーサ、タテ弘前市街に到着。車を市役所の駐車場におき、東隣りにある「サロン・ド・カフェ・アンジュ」へ。このレストラン、店内の雰囲気もランチもたいへん良かった。食後、2を見学(旧東奥義塾外人教師館)。この建物に限らず、旧市立図書館や教会、銀行など、この近辺には歴史かつ風情ある洋風建築が多い。
外濠を渡り、市役所の真向かいに位置する追手門から弘前城へ。目当ては、仮台座に立っている天守を見ること。毎回ほぼ欠かさず見ているNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』で、昨年11月16日、『世紀の大工事、“城を曳く”/曳屋職人:石川憲太郎』が放送された。天守をナント丸ごと70㍍動かしたのである(2015.8.16~10.24)。サクラのj時期ではないが、弘前城はこれまで幾度か見てきた。正規の位置に戻される前、その姿を是非見たいと思っていた。動かすことになった理由は土台の石垣に孕みが出て天守も傾き、そのままでは倒壊の危険があったからである。
弘前城本丸石垣弘前城下乗橋弘前城追手門スペーサ、タテ杉の大橋で中濠、下乗橋で内濠を渡り本丸見物用の木枠が組まれ、主がいなくなった台座を上から見られるようになっている。改修工事が始まっていたが、まだ
仮天守台の弘前城天守天守が不在になった天守台弘前城天守曳屋ルート(天守内展示資料)スペーサ、タテ基礎段階という感じ。天守に入る(初めて)。天守といっても櫓(辰巳櫓)を解体新造したものなので小さい。曳屋工事の道具の一部、説明パネルを見、最上階から岩木山を眺める。
オオデマリ(北の郭)オオデマリ(北の郭)スペーサ、タテ鷹丘橋を渡って北の郭(初めて?)。二方 崖に面した静かなところ。武徳殿という休憩所の庭木が真っ白い大きな球形の花をいっぱい咲かせている。古木の手入れををしていた若い女性に尋ねると“オオデマリ”と教えてくれた。
崖ぎわには、濃い赤紫や白、ピンクのシャクナゲ、ツツジがいくつも咲いていた。
スペーサ、タテシャクナゲ1(北の郭)スペーサ、タテシャクナゲ1(北の郭)スペーサ、タテシャクナゲ2(北の郭)スペーサ、タテシャクナゲ2(北の郭)スペーサ、タテシャクナゲ3(北の郭)スペーサ、タテシャクナゲ3(北の郭)スペーサ、タテツツジ(北の郭)スペーサ、タテツツジ(北の郭)

岩木山(車窓から)スペーサ、タテ弘前城から岩木山山麓へ。岩木山神社に参って、神社横の温泉宿「清明館」に入る。 岩木山神社参道岩木山神社楼門明日は嶽温泉から岩木山八合目まで登って深浦まで移動する予定だが、天気予報はかんばしくない。宿の人は八合目まで車で登り(スカイライン)、山頂に登るようにしきりに奨めるが、我々は山麓のブナ林を歩きたいのである。

岩木山ブナ林ウォーク(525
岩木山嶽コース登山口スペーサ、タテ宿から嶽登山口駐車場に移動。岩木山の登山は、直近では2年前(⇒ブログ)、百沢コースを焼止まりヒュッテ(標高1070m)まで。嶽コースは7年前(⇒ブログ)、完登。初登は994。開通まもないスカイラインとリフトで九合目に上がったが、雪が深く、九合目とほぼ同じ標高の鳥海山(とりのうみやま、岩木山を形成する三峰の一つ、1502m)山を往復。二度目は20015。スカイラインとリフトで岩木山に初登頂(標高1625m)し、可憐なミチノクコザクラ(イワキコザクラともいう岩木山固有種)に歓喜。
岩木山は百沢コースがメインだが登山口の標高が低く(百沢172m⇔嶽460m)、取っ掛かりが悪い(公園とゲレンデ歩き1時間)。いっぽう、嶽コースはブナ林の逍遥が楽しめる。欠点は八合目から九合目への道が整備されていないこと(少なくとも7年前はそうだった)だが、リフトを使え(れ)ばこの欠点はクリアされる。
下山のバス(八合目)は11:35、13:45、15:45。下山後 深浦まで移動するので、遅くとも1345のバスには乗れるよう八合目に着かなければならない。標高差800m、距離4㌔、コースタイム2時間~2時間50。膝痛がどうにか回復後 初の本格的登山。7年前の実績(2時間30)はあまり当てにならない。小雨煙るなか嶽登山口を出発(8:40)。
チゴユリ?(岩木山)マイヅルソウ(岩木山)小さな鳥居をくぐり社に御参りして(稲荷神社)登山道に入る。すぐミズナラなどの森の中。路傍に白い花が2種。一つはマイヅルソウ、群落を成している。他は稀少で不明(チゴユリらしい)。 湯ノ沢分岐(岩木山嶽コース)ブナ林1(岩木山嶽コース)ブナ林2(岩木山嶽コース)スペーサ、タテ[左:岩木山山頂|右:湯の沢]と書かれた道標が立っていた。ヤマケイのマップでは湯ノ沢という川に沿って温泉マークが2箇所表示されている。ミズナラからブナに変わって森が明るくなった。緩やかな登り、雨はほとんど感じない。巨木の森分岐(標高800m、9:50)。登山道の
巨木の森分岐(岩木山嶽コース)スペーサ、タテ左を、湯段沢川の谷を隔ててスカイラインは並行している。そのスカイラインの途中に“巨木の森”と書かれた看板があって、車をおいて遊歩道を歩くことができるようになっている。この分岐はそこに通じているのだろうか? いずれにしろ、ブナの森を一気に車で駆け抜けるのはもったいない。さらにしばらく
ブナ林3(岩木山嶽コース)ヤマツツジ(岩木山)スペーサ、タテブナの森の逍遥が続いて、尾根幅は狭く登りがきつくなった。灌木帯。灌木では風雨は防ぎきれない。我慢の登りが
岩木山八合目リフト岩木山八合目バス乗場スペーサ、タテ小1時間も続いたろうか? 濃い霧の中にリフト装置が“亡霊”のごとく浮かび上がった(八合目標高1254m、11:30)。リフトは動いていない。これまた濃いガスの中、ぼうっと見えるレストハウスへ歩く。バスは発車間際。(レストハウスで)“レスト”する間もなく、我々二人だけを乗せたバスは一気に嶽温泉に降りた。(11:35-12:00)。
千畳敷海岸五能線千畳敷駅スペーサ、タテ深浦へ(12:20)。鯵ヶ沢の食堂に入り損ね(海鮮ラーメンが旨かった記憶がある)、 ペンションおもしえスペーサ、タテ遅いかつ簡素なお昼をコンビニで。千畳敷で一休みして、お宿に着く。ぺんしょん「おもしぇ」。脱サラという感じの旦那さんと奥さん二人経営のこじんまりした宿。『民宿のようなものです』と謙遜していたが、いい宿だった。

男鹿半島五社堂入道崎(526
深浦の宿から(8:55)100㌔余を長駆し男鹿駅観光案内所。途中、白神岳登山で利用した道の駅「はちもり」、五能線の旅で泊まった「ハタハタ館」、二ツ森登山の下山後“白神麹”を使ったパンを買ったFresh Bakery「BOSCHETTO」に、それぞれ立ち寄る。パン屋は一度行っただけなので[二ツ森登山口]の道路標識を過ぎてからは注意運転。無事見つけることができた。目印はコスモスタンドだった(スタンドの前)。
秋田平野スペーサ、タテ101の両側に広がる、水が入りいちだんと美しくなった秋田平野を抜け、八郎潟の干拓地の田圃は並木に遮られて見えず。赤神神社そばの駐車場スペーサ、タテ
男鹿駅観光案内所で資料をかき集め、係の人の話も聞いて赤神神社五社堂へ(13㌔)。「五社堂入口」と大書した看板が出てきたが、車を停められそうなところがない。すこし手前に、トイレと巨大ななまはげ立像がある駐車場があったのでそこに車をおく(12:40)。 赤神神社拝殿赤神神社五社堂入口(駐車場あり)スペーサ、タテ赤神神社拝殿横から、半ば草に隠れた石段を上る。五社堂まで999段はいささか大義。ほどなく山門、廃仏毀釈で所有者が“神に仕える者”となったから“隋神門”というべきか、山門を過ぎると立派な五社堂専用駐車場があった。多くの人はここから登るらしい。石段も歩きやす
赤神神社五社堂1スペーサ、タテ赤神神社五社堂2赤神神社五社堂3赤神神社五社堂4スペーサ、タテくなった。思ったほど大義することなく、国の重要文化財五社堂に着く。新緑の中に並ぶ5つの棟は、人気がまったくないこともあって独特の雰囲気に包まれていあた。中央の棟(赤神権現堂)が大きい。厨子が納められているかららしい。
説明板によれば、現在の五社堂は江戸中期、秋田藩主佐竹義格の命によって建て替えられた。前身は、貞観二年(860)、慈覚大師円仁が建てた日積寺永禅院。赤神は漢の武帝が飛来したところと伝えられ、赤神をその山神とした。祀られているのは5のナマハゲで、両親と子供3人だという。 また、九九九段の石段については、およそ2000の昔、漢の武帝が5のコウモリを連れて男鹿にやってきた。コウモリは5の鬼に変わった。武帝は5の鬼たちを家来として使ったが、年に一度正月を休みにした。鬼たちは大喜びして里へ降り、作物や家畜を奪って大暴れし、ついには里の娘までさらっていくようになった。 困った村人たちは、一夜で千段の石段を築くことができれば年に一人づつ娘を差しだすが、もしできない時には二度と里に降りてこない、という賭けをした。鬼たちは精魂を尽して積上げ、あと一段の完成寸前というところで「コケコッコー」と一番鶏の鳴き声。鬼たちは諦めて、約束どおり山奥へ と立ち去ったと云われている。この鳥の鳴き声は、モノマネの上手な村人が鳴き真似をしたとか、いつも鬼に馬鹿にされている天邪鬼が腹いせに鳴き真似をしたとか云われている。
覗いたものの余命をあらわすという「姿見の井戸」をおそるおそる覗く。「姿見の井戸」は全国各地にあるが、ここのはかなりの古井戸。結果は、今年に一年は生きられるようだ。はっきり写れば今年の生命が保証される。写りのはっきりしないものは、災難不幸にあう。まったく写らないものは、その年のうちに死ぬこともある、とか。渇水時で水量が減ったり、落葉が大量に落ちると、ハッキリ写らないかもしれない。
北緯40度と世界地図北緯40度の碑男鹿半島入道崎スペーサ、タテスペーサ、タテ赤神神社のある本山門前から(14:00)、男鹿半島海岸線をどこにも寄らずに入道崎(14:50)そして入道埼灯台。断崖絶壁の僻地にあることが多い中で、灯台は広々とした
入道埼灯台入道埼灯台から海岸線 草原に立っていた。位置が北緯40度線上(詳しくは40-0-18)。 雑然と立ち並ぶ飲食店と土産物店(入道崎)スペーサ、タテその40度ラインに沿い石のモニュメントが並べられている。この灯台は“展望塔よろしくは“展望塔よろしく”中に入ることができる。眺めはなかなか良かったが、“展望台”は吹きさらし、長居はできなかった。入道埼灯台の初点灯は明治31(1898)111
磯焼きの実演(男鹿ホテル)男鹿ホテルスペーサ、タテ入道崎から男鹿温泉鄕は近い。3半、「男鹿ホテル」に入る。男鹿ホテルは観光地の大きなホテルということで、あまり期待していなかったが、いいホテルだった。とくに夕食と温泉。 なまはげ太鼓のライブスペーサ、タテ
食後、『なまはげ太鼓』のライブへ。会場は近隣の旅館・ホテルから集まって満員の盛況だったが、それを圧倒する迫力溢れる演奏だった。

旅は一日延びることに・・・秋田・久保田城(527-28
チェックアウト時、料金の支払いでトラブル(カードで支払い済みなのに請求された)があり、ホテルを出たのは9前。しかし、寒風山に寄るつもりが登り口を通り過ぎ、戻るのも面倒なのでそのまま空港へ、秋田空港に出発の2時間以上前に着いてしまった(男鹿温泉~秋田空港:70㌔)。売店を見たり、送迎デッキ(3F)に上がって飛行機を眺めたり(羽田行11:50の全日空機が駐機中、札幌からの小型機J-AIRが到着11:25)、軽く食べたり、しかし長くは椅子に腰かけボンヤリしていた。3Fの資料展示室内の遊具で小さい男の子が遊んでいる。旅行ではなさそうだ。(ママの話によれば)よくここに来るらしい。
秋田空港鳥海山(JAL164から)スペーサ、タテ羽田からの日航機(JAL163→JAL164)が到着したのは12もかなりまわった頃だったが、出発はほぼ定刻(12:50)だった。座席は最後列右窓側、雲間から思いがけなく鳥海山が見えた。 秋田空港スペーサ、タテ日本海側のスッポリ右半分が雲に覆われた珍しい光景。機はまた厚い雲の上。福島県上空と思しき頃、機長の“恒例”の挨拶。しかし内容は“恒例”に非ず。『・・・、羽田空港は滑走路閉鎖されているため秋田空港に戻ります』。続いて、客室乗務員の事故の概要(大韓航空機が離陸時エンジン火災を起こしたらしい)と日航の対応について説明。
選択肢はイ.運賃払戻し→代替手段を自分で手配(新幹線地上交通や全日空他の航空会社) ロ..明日以降の日航機に振替え(今日の便は欠航が決まっている) 明日は楽しみにしていた孫の運動会。今日中に帰るには新幹線しかないが、秋田駅に行って指定席が取れる保障はない(ケータイでの予約操作は苦手)。 立ちんぼ覚悟で帰るか。東京駅から羽田の駐車場に行くのも面倒。日航機以外の方法は、我々はパック料金なので持出しが出るかも。高速バスという手はその時は考えつかなかった。 秋田空港の日航カウンター前の長い列に並び、順番を待つ間アレコレ考える。機内での説明は(イ)が推奨だったが、明日の同便にまだ空きがあるという。最も安易でかつ±0、即これに決めた。『インフォメーション』から今夜の宿を予約し、バスで秋田駅前HOTEL α-1」へ。夕食は「秋田比内地鶏や」の親子丼、たいへん美味だった。

旧秋田銀行本店スペーサ、タテ思いがけない秋田市内ショートサイトシーイングは旧秋田銀行本店本館(赤れんが郷土館)と久保田城。秋田銀行本店本館(国指定重要文化財)はちょっと類を見ない重厚かつ美しい建物。四囲から、ためつすがめつ、ため息もついて眺めた。 久保田城1久保田城2スペーサ、タテ
久保田城。緑豊かな広々とした城内。のんびり歩いていると、その一本の緑の根元に近いところで、一心に幹を突いている鳥がいる。アオゲラだった。かなり近くに寄っても逃げようとしない。よっぽどお腹が空いているか、美味しい虫がいるのだろう。私もひたすら
アオゲラ1アオゲラ2アオゲラ3アオゲラ4アオゲラ5スペーサ、タテシャッターを切った。アオゲラが高い所に移動したのを機に、我々もその場を離れた。
秋田空港スペーサ、タテ1130頃、空港に到着。12時20分頃、東京からの便が到着。12時50分、定刻に羽田に向け離陸。窓側の座席は取れず。
連休後の翌週、所用で、2の大地震に見舞われ 今も地震(気象庁は“余震”という用語にこだわるが…)が続く熊本に行った。一泊(12)。熊本市内の(1万円未満の)宿の多くは営業を再開できず、開いている所はボランティアを含む他県から派遣された復興支援の方々で?空きがなく、福岡に泊る。唯一の百貨店「鶴屋」も、14日、ようやく営業を再開した由。羽田~熊本の空撮は5年前にも掲載したことがある(⇒ブログ)。
羽田~熊本、512JL0623(06:25-08:10)
羽田-熊本①、アクアライン羽田-熊本②、川崎市スペーサ、タテ機(737-800)はD滑走路を北東に離陸後、右に旋回、富士山のほぼ真上を飛び、名古屋市上空~岡山市上空まで一直線。そこでやや南に進路をとり、大分市上空を経て熊本空港へ。座席は中央前寄り右側。旋回すると、早や富士山が遠くに見えた[②]。
羽田-熊本③、丹沢山地スペーサ、タテ羽田-熊本④、南アルプス全貌羽田-熊本⑤、南アルプス中央部スペーサ、タテ[写真③]丹沢山塊。東西のみならず、南北にも大きい。[写真④]長々と続く白い山なみ。南アルプスにしては遠すぎる感じだが…。中央アルプスにしては大き過ぎる。
羽田-熊本⑥、中央アルプス・御嶽山・北アルプススペーサ、タテ羽田-熊本⑦、北アルプス羽田-熊本⑧、琵琶湖スペーサ、タテ[写真⑥]中央アルプス、御嶽山、乗鞍、北アルプスをワンフレームに。そのアップ[⑦]、笠ヶ岳だけはその形と位置(山なみの南の端)から分かるが、槍・穂高などは判別不能。[写真⑧]琵琶湖と琵琶湖大橋。
羽田-熊本⑨、三原市・因島大橋羽田-熊本⑩、今治造船広島工場羽田-熊本⑪、広島湾スペーサ、タテ岡山市上空で進路をすこし南にとったので、瀬戸内海の島々が見え始めた。しまなみ海道・因島大橋を過ぎ[⑨]、すぐ赤いクレーンが目につく[⑩]。幸陽船渠(現在は今治造船の傘下、船渠はドックのこと)らしい。続いて広島湾[⑪]、江田島、厳島など芸予諸島の島々。
羽田-熊本⑫、国東半島羽田-熊本⑬、別府湾羽田-熊本⑭、由布岳・鶴見岳スペーサ、タテ[写真⑫]国東半島と大分空港。[写真⑬]別府湾、別府市と大分市。[写真⑭]由布院温泉、由布岳と鶴見岳。“別府の奥座敷”といわれるが、空宙から見るとそれが一目瞭然。
羽田-熊本⑮、九重連山羽田-熊本⑯、金峰山・雲仙普賢岳スペーサ、タテ[写真⑮]九重連山・坊ガツル。主峰久住山(左下のフレーム外)が入らなかったのは失敗! [写真⑯]熊本市民憩いの場、金峰山と雲仙普賢岳。風向きによっては熊本市上空で旋回するが、今日はまっすぐ着陸。空港は最も地震の被害が大きかった益城町に近い。屋根をブルーシートで覆った家々が多かった。

福岡~羽田、513JL0310(11:00-12:35)
JL310の飛行経路⑰スペーサ、タテ福岡はさすが九州一の大都会、機種は大型のボーイング777-200だった。飛行経路は[写真⑰]に示したように、福岡空港を離陸後、石鎚山・吉野川上空を跳び、紀伊半島を横断。そこから洋上に出て、伊豆半島の南を通過、房総半島をぐるり回って羽田空港(B滑走路?)に着陸。座席は後方右側
福岡-羽田①、しまなみ海道福岡-羽田②、瀬戸大橋福岡-羽田③、高松市・岡山市・小豆島福岡-羽田④、淡路島・明石海峡大橋[写真①]クリヤではないが瀬戸内しまなみ海道のほぼ全貌を撮らえる。
福岡-羽田⑥、関西空港福岡-羽田、⑤大阪湾[写真②]瀬戸大橋。[写真③]高松市と岡山市、瀬戸大橋と小豆島。[写真④]明石海峡大橋と淡路島の一部。[写真⑤]大阪湾、関西空港と神戸空港。伊丹も残っている。関西は空港過密地帯! [写真⑥]関西空港。同じ向きの滑走路が2本、横風用は不要?
福岡-羽田⑦、伊勢湾福岡-羽田⑧、富士山福岡-羽田⑨、浜名湖・浜松市福岡-羽田⑩、遠州灘・御前崎・駿河湾スペーサ、タテ伊勢志摩上空を過ぎると[⑦]、前方に富士山が見えた[⑧]。機は陸からかなり離れた洋上(遠州灘)を飛ぶ。浜名湖・浜松市・御前崎・駿河湾(⑨&⑩)。
福岡-羽田⑪、伊豆半島福岡-羽田⑫、富士山福岡-羽田⑬、伊豆大島(三原山)福岡-羽田⑭、房総半島(南端)スペーサ、タテ[写真⑪]伊豆半島、石廊崎・弓ヶ浜・下田。[写真⑫]富士山、思いのほか雪は少ない。
福岡-羽田⑰、羽田空港へ福福岡-羽田⑯、千葉市?福岡-羽田⑮、御宿(房総)スペーサ、タテ[写真⑬]伊豆大島、三原山がくっきり。房総半島の南を大きくまわって[⑭]、九十九里浜沿いを北上、御宿上空から[⑮&⑯]、羽田空港(B滑走路?)に着陸した[⑰]。
2016.04.01 屋久島
で、生涯、2度目の屋久島を観光した(初⇒ブログ1ブログ2)。巡ったところはヤクスギランド、白谷雲水峡と、屋久島灯台・滝など島一周ドライブ。もはや縄文杉を拝みにいくだけのパワーはない。
328、鹿児島空港でトランジットして930屋久島空港着。機は屋久島空港が悪天候のため25ほど出発が遅れた。空港からヤクスギランドに行く途中立ち寄ったお茶工房(八万寿園、ソフトクリームを食べる、たいへん美味、ここには旅の間ほぼ毎日来た、1回はお茶も買った)の話では雹が降ったとか。
写真1スペーサ、タテ写真2スペーサ、タテ写真3写真4写真5スペーサ、タテ
写真6スペーサ、タテ写真7スペーサ、タテ写真①:霧島・高千穂峰がどうにか見えた(JAL641便)。写真②:屋久島への飛行機はプロペラ機、写真③~⑤:JAC3741便から桜島・開聞岳・佐多岬。写真⑥:機は右に旋回し屋久島空港へ。写真⑦:初めての屋久島空港(初回はフェリー)。霧島・開聞は学生時代登った懐かしい山。
荒川分れスペーサ、タテ空港からレンタカーで『ヤクスギランド』(11:45~14:30)。ヤクスギランド、名前からは“テーマパーク”を想像するが、30コースから150コースまで、ヤクスギランド入口スペーサ、タテ 整備された遊歩道からすこし厳しい山道まで、時間と体力に合わせ、誰でも楽しめるバラエティーに富んだハイキングコース。山の南側にあるので?、(白谷雲水峡より)明るく、南方系の木が多い印象の原生林だった。
ヤクスギランド1ヤクスギランド2(林泉橋)千年杉ヤクスギランド3(ポイント7)ヤクスギランド4(荒川橋)ヤクスギランド5(河原)スペーサ、タテ入口(くぐりツガ)から30コース分岐・50コース分岐を過ぎ荒川橋を渡っ
ヤクスギランド7(苔の橋)ヤクスギランド6(苔の橋)スペーサ、タテたところで河原に降りて一休み。河原には二組(若い女性3人と私たちより若い高年夫婦)が思い思いに至福の時を過ごしていた。 苔の橋。ここらあたりが80コースのハイライト。橋の袂に東屋があり橋桁のところに降りることができた。橋桁に銘板がついている。
ヤクスギランド9三根杉ヤクスギランド8(ポイント17)スペーサ、タテ150コースと合流するポイント12で、そのコース上にある“屋久杉”を見に行くことにする。三根杉樹齢1100。屋久杉の“基準”を満たしている。その先、母子杉・天柱杉は次回チャレンジ?
ヤクスギランド10(沢津橋)スペーサ、タテ150コース途中に、日本最南端の高層湿原「花之江河(はなのえごう」、標高1600m)への分岐がある。そこから九州本土を凌ぐ山岳地帯となり、最奥は最高峰宮之浦岳(1936m)である。仏陀杉スペーサ、タテ
80コースに戻り、沢津橋からしばらく歩くと仏陀杉樹齢1800。縄文杉同様、保護のため柵付きの歩道から眺める。ヤクスギランド12ヤクスギランド11(双子杉)スペーサ、タテ老獪な幹相だが、まだ若々しい葉をつけている。ツツジ、ナナカマド、ヒメシャラ、ヤマグルマ、ツガ、ソヨゴなど多種多様な植物が着生し、さながら“小宇宙”。
仏陀杉から、500㍍余、整備された歩道(50コース)、双子杉(30コース)、くぐり杉、清涼橋を経て、ヤクスギランドを出る。
淀川登山口スペーサ、タテ川上杉紀元杉スペーサ、タテせっかくなのでヤクスギランドから淀川登山口方面へ6㌔、紀元杉に行く。車道からすこし入ったところ、3000とはとても思えない美しい(木)肌である。その先に川上杉樹齢2000。白い幹は立ち枯れているように見えるが、葉が茂り健在である。
いわさきホテル1いわさきホテル2いわさきホテル3スペーサ、タテさらに先の淀川(よどごう)登山口を確認して宿へ向かう。ここから花之江河へのアクセスはヤクスギランドからよりかなり便利で、数組のパーティーがいた。  オリオン座と冬の大三角(ホテルの部屋から)いわさきホテル(夕食)日の入(ホテルの部屋から)スペーサ、タテ宿は島一、二、南部にロケーションする屋久島いわさきホテル。南側は太平洋・東シナ海が広がる大海原、北側は原生林が残る深い森とモッチョム岳などの山々で展望抜群、広々とした室内、心地良い温泉、美味しい夕食…贅沢な3日間となる。
夕食の前後、山裾に沈む夕陽と星~オリオン座冬の大三角おおいぬ座シリウスとこいぬ座プロキオン、オリオン座ベテルギウスが作る、正三角形~を撮影。カメラは“コンパクトカメラ”。三脚なしでこんなにちゃんと撮れるとは思わなかった。パノラマ撮影機能にも重宝している。このコンパクトカメラ(LUMIX)はなかなかの優れものである。なお、ベテルギウスは寿命末期の赤色超巨星で、超新星爆発が近いともいわれている。

いわさきホテル2(朝)いわさきホテル1(朝)スペーサ、タテ日目白谷雲水峡。前回はガイド付きだったが(地元年配の人、白谷雲水峡1(入口)白谷雲水峡2(駐車)スペーサ、タテ弥生杉をパスされいささか物足りなかった、時間はまだ早く切り上げられた感じ)今回は気儘にガイドなし。駐車場は早や満車で、係員の指示に従い路駐(10:00)。
白谷雲水峡3(飛流橋から飛流おとし、合成)白谷雲水峡4(飛流橋~さつき吊橋)白谷雲水峡5(飛流橋~さつき吊橋)スペーサ、タテ白谷雲水峡6(さつき吊橋から)スペーサ、タテ白谷雲水峡7(さつき吊橋)スペーサ、タテ白谷雲水峡は白谷小屋までが前半、白谷小屋から辻峠が後半。前半は主に渓谷美、後半がハイライト“苔むす森”で
白谷雲水峡8(さつき吊橋~白谷小屋)ヤクザル(白谷雲水峡)白谷雲水峡(苔むす岩)スペーサ、タテ白谷雲水峡(苔むす木の根)スペーサ、タテある。まずはまっすぐ太鼓岩を目指す。白谷小屋(11:20-11:50)で、途中のスーパーわい
白谷雲水峡9(くぐり杉)白谷小屋(白谷雲水峡)わいらんどで購入した弁当を広げる。数組のパーティーも休憩中。中に小学生高年と思しき子・父の二人。早や太鼓岩の戻り。聞けば家は隣島種子島だという。ヤクシマシャクナゲが固い蕾をつけていた。
苔むす森4(白谷雲水峡)苔むす森3(白谷雲水峡)苔むす森2(白谷雲水峡)苔むす森1(白谷雲水峡)苔むす森』へ。
厚い苔に覆われた路傍の岩や木の根、薄く苔を帯びた幹、青々と葉を茂らせた
苔むす森8(白谷雲水峡)苔むす森7(白谷雲水峡)苔むす森6(白谷雲水峡)苔むす森5(白谷雲水峡)大樹。おそらく島津藩が力にもの云わせ切り倒してしまったのだろう、樹齢千年
苔と花(白谷雲水峡)白谷雲水峡10(武家杉と公家杉)の越えるいわゆる屋久杉はないが、森閑とした緑一色の世界は素晴らしいの一語に尽きる。ハイカーもかなりの数。ガイドを付けているのは3割程度。外人もチラホラ、多くは白色系の一人か二人連れで、どこかの国の観光客と違い、静かに“もののけ”の世界に浸っている。
辻峠1(白谷雲水峡)辻峠2(白谷雲水峡)スペーサ、タテ太鼓岩1(白谷雲水峡)スペーサ、タテ太鼓岩2(白谷雲水峡)スペーサ、タテ辻峠(990m)から太鼓岩(1050m)へ。上り100m足らずだが、それ以上に感じた。残念ながら展望はなし(12:55-13:10)。が、『月に35日雨が降る』といわれる屋久島のこと、雨に遭わないだけでも有難く思うべし。
太鼓岩~辻峠(女神杉)辻峠~白谷小屋七本杉(辻峠~白谷小屋)白谷雲水峡11(白谷小屋前)白谷雲水峡12白谷雲水峡13スペーサ、タテ帰路、結局 弥生杉にも寄らず、白谷雲水峡を出る(15:15)。
白谷雲水峡で気になったこと…数本の杉に、4前にはなかった新しい名前と立札がついていた。いわく女神杉、武家杉・公家杉、かみなりおんじ(雷親父の意味らしい)。“屋久杉”なら意味もありたいへん結構だが、あまりいい名前とも思えないし、人工物を増やすのはいかがなものか。命名者の名前はもちろんわざわざ命名の根拠まで説明してある。名前から想像されるとおり、植物学的な内容ではない。白谷雲水峡が安易な杉の立札ばかりにならないように祈る。
スペーサ、タテ鈴河大滝1(いわさきホテル)鈴河大滝2(いわさきホテル)鈴河大滝3(いわさきホテル)いわさきホテル(6Fから1F)いわさきホテル(夕食)
ホテルに到着、そのままの足で「大滝散策コース」へ(その他のんびり散策コース、庭園満喫コースあり)。気楽に歩き始めたが、たいへん難儀なところ。その変わり、滝(鈴江すすごう大滝)は見応え十分だった。温泉に浸り、遅めの夕食。今夜は洋食(フランス料理?)。優雅な二日目の夜が更けた。明日の天気は崩れるらしい。屋久島、さすがに『3日雨なし』は続くまい。

日目(30)は前回できなかった屋久島一周と道沿いの名所観光。島の西側は対向車とすれ違いもままならない「西部林道」。すれ違うさい、山側に車を寄せられる左(反時計)周りがレンタカー店のお勧め。朝食をゆっくり食べてノンビリ出発(9時)。ホテルの朝食はバイキング。品数豊富でどれも美味しい。和洋あれも食べたいこれも食べたいが、そういうわけにもいかない。昼時となる島の西部に食堂はないので、昼用にすこし持っていきたいくらいであった。
千尋の滝2千尋の滝1千尋の滝入口スペーサ、タテまず訪れたのは周回道路(県道78号と西部林道)から気軽に立ち寄れる滝としては、大川の滝についで有名な千尋の滝。“千尋”は“せんぴろ”と読む。入口前(売店あり)の広々とした駐車場に
千尋の滝(展望台から)太平洋&東シナ海(展望台から)スペーサ、タテ車は2,3台。途中に本富岳(モッチョム岳)の登山口があり、滝はすこし離れた滝見“台”のようなところから眺める。見応えのある美しい滝。落差は60mという。特徴は巨大な岩盤(花崗岩)を流れ落ちていること。左側の岩
竜神の滝スペーサ、タテ 盤はモッチョム岳へと続いている。ちょっと類をみない光景にしばし見入ったあと、駐車場に戻り、“展望台”へ。かなり遠目だが、森と岩の渓谷の中の一条の滝もまた美しい眺めだった。振り向けば太平洋・東シナ海。滝と海を同時に眺められる展望台は極めて珍しいだろう。 安房の街に下りる途中、竜神の滝を見る(この滝は車道から)。
スーパーわいわいらんど(宮之浦街)で弁当を仕入れ、益救神社(やくじんじゃ)にお参りし、志戸子ガジュマル園へ。
志戸子ガジュマル園4志戸子ガジュマル園3志戸子ガジュマル園2志戸子ガジュマル園1スペーサ、タテガジュマル園はものの20もあれば見まわれるが、タブ、アコウそしてガジュマルが生い茂る、屋久島が南の島であることを再認識させる植物園。多くは合体木で、それらが複雑に絡み合っているさまは異様である。

志戸子ガジュマル園は島のちょうど北、そこから西海岸に進む
いなか浜 スペーサ、タテいなか浜(永田いなか浜)の駐車場に着いたころ、雨足が強くなりしばし車中待機(12:50-13:20)。訪れる人はまばら。雨が止むか止まないときから、おばあちゃんと孫を含む一家4人が砂浜に下りていった。
ここは海水浴場であり、またウミガメの産卵地(5~9)場として有名。(駐車場は屋久島うみがめ館の駐車場?)
屋久島灯台1屋久島灯台2スペーサ、タテ県道を離れか細い道(オフロード・ダート)を500㍍ほどで岬(永田岬、13:40-13:55)。突端に屋久島灯台が立つ。 屋久島灯台から東シナ海スペーサ、タテ明治30来、九州本土と奄美・沖縄等を結ぶ南方航路の安全を守ってきた。現在では珍しく、保守管理に職員が常駐している灯台である。 東シナ海を眺めたが、口永良部島は見えず、茫洋と海原が広がっているだけであった。
西部林道1スペーサ、タテ県道に戻り西部林道へ。林道とはいえ“県道”、舗装はされている。左は崖が道に覆いかぶさるように迫り、右は切れ落ちた崖(木々が茂っているので、さほどの恐怖感はない)の狭い道。大型観光バスが通れるよう、林道を拡張する計画は凍結中という(中止ではない)。前を走っていたツアーバスがハザード
ヤクシカ(西部林道)スペーサ、タテランプを点け停車した。シカ(ヤクシカ)がいるようだ。追い抜くのはイヤなので私たちも停まる。谷側の茂みに白いお尻が見える。シカはバスが動いたあともその場にいた。その後もシカは林道を出るまで2度見た(ヤクシマザルは1回だけ)。待機スペースで、バスから乗客が降りてくる。かなりの
西部林道2スペーサ、タテ人数である。バスツアーは“世界遺産”を歩くサービスもあるらしい。待機スペースと待機スペースの間の一区間を歩くのだろう。やむなく(バス)を追い越したが、途中で歩行者の集団に遭ったら いささか 面倒であろう。
ヤクシマザル1(県道57)ヤクシマザル2(県道57)スペーサ、タテ広い県道に出てすぐヤクシマザルに会った。一度は大人?数匹の集まり、 県道から海岸線ヤクシマザル3(県道57)一度は母と子。前者はうちの1匹がうるさい奴だといわんばかりに私を見、母ザルは撮影の間ずっと私の行動を注視していた。
大川の滝1スペーサ、タテ大川の滝(おおこのたき、14:45-15:25)。千尋の滝と同様、人里ともいえるところにあるが、 大川の滝3大川の滝2スペーサ、タテそれより大きく落差88m。堆積岩が熱変成してできたという岩壁を豪快に滑り落ちる。大雨が降ると岩壁全体が滝、川は激流渦巻き、(滝の)100㍍は手前にある石碑のところまでしか近寄れないそうだ。今日は 幸い? 滝壺近くまで行くことができた。
大川の滝4大川の滝5(花)大川の滝6大川の滝7大川の滝8スペーサ、タテ今日は早めの帰還(16:25)。 いわさきホテル(夕食)スペーサ、タテゆっくり温泉に浸かり、ちょっと珍しい?“屋久膳会席”のディナーをいただく。

日目(31)・・・屋久島~鹿児島~羽田(空撮)
屋久島空港屋久島空港、出発鹿児島空港、到着スペーサ、タテ屋久島から鹿児島はJAC3744便(日本エアコミューター、JALグループ)。ほぼ定刻通りの運航であった(12:25-13:00)。
鹿児島空港、出発空撮1(雲の上)空撮2空撮3(三浦半島)スペーサ、タテしかし、羽田行きは、偏西風の影響か雨天のためか、(折返す)機の到着が遅れ、出発も遅
空撮4(房総半島)空撮5(京葉工業地帯)空撮6(東京湾)羽田空港着陸スペーサ、タテれた(JAL648、14:40→14:55)。日本列島を空から撮る滅多にない機会、左窓側の席を撮ったが、残念ながら(日本列島は)終始厚い雲の下。雲が薄くなり、切れ間からやっと“陸地”が見えだしたのは、伊豆半島を過ぎたあたりから。機は三浦半島から房総半島へ、ここで北に向きを変え、半島の付け根あたりで西進、羽田空港B滑走路?に着陸した。
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