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秋雨前線がいすわり、曇りあるいは晴れが望めそうなのは東北北部と北海道だけ。『五能線(リゾートしらかみ)に乗ること』と『白神の森遊山道(元ミニ白神)を歩くこと』を目的に、29夜、蓮田SAで仮眠し、30、東北道・秋田道を八森いさりび温泉「秋田ハタハタ館」に向かう。
秋田道3秋田道2秋田道1スペーサ、タテ秋田道を走るのは、、協和IC・河辺JCT間を除けば、かなり久しぶり。その協和ICを過ぎると、俄かにノロノロ運転、車が列を成す。対面通行から追越しレーンに入ると、その原因が明らかとなった。 秋田道4(本線料金所)スペーサ、タテ“低速車走行中”の看板を下げた自衛隊のトラック、その前に 何やらごっつい車両を荷台に載せた運搬車。それを追い抜くと、再び対面通行のノロノロ走行。前方にロードローラーを載せたトラックが走っている。東北道はよく自衛隊の車が走っているが、こんな車両は初めてだ。色はロードローラーも自衛隊色(OD色)だから専用車両である。国防とは金がかかるものだ。それに道路がいっぺんに傷みそうだ。自衛隊の一団は秋田北ICで秋田道を出ていった。
鹿の浦展望所スペーサ、タテ琴丘森岳本線料金所を通過。秋田道は昔より若干延びている。しかし 能代南ICを過ぎると、どんどん海岸から離れていく。終点(二ツ井白神)IC一つ前、能代東ICで降り、国道ワン・オー・ワンを進む。鹿の浦展望所からまだ陽が高い日本海を眺め、530秋田ハタハタ館に到着。 秋田ハタハタ館1スペーサ、タテ
ハタハタ館―ハタハタ(鰰)とは日本海で獲れる魚、秋田県の県魚、漁期は冬―は 以前 食事と温泉を利用したことがあるが、その時は宿泊施設はなかった。部屋数は8室で、今夜は満員。10台ほどあるトレーラーハウスの一つに泊まる。

あきた白神駅駅舎あきた白神駅五能線秋田ハタハタ館2スペーサ、タテ31五能線に乗る日。「リゾートしらかみ」は全席指定。当日でも空きはありそうだったが、“列車の旅”には不慣れな我ら、念には念を入れて、 リゾートしらかみ「くまげら」スペーサ、タテ出発前に予約―往:あきた白神駅10:03(くまげら)11:46鯵ヶ沢/復:鯵ヶ沢15:52(くまげら)17:29あきた白神―を取っておいた。鯵ヶ沢ではシャトルバス(鯵ヶ沢12:00-12:30総合案内休憩所「くろもり館」14:55-15:25鯵ヶ沢)を利用し、『白神の森遊山道』(旧ミニ白神)を歩く

五能線車窓から(あきた白神→鯵ヶ沢)
あきた白神駅からの乗客はツアー、一般合わせ2,30名ほど。4両連結。ツアー客は後方、一般客は前方、私たちは先頭の1号車。他は分からないが、1号車の乗車率は50㌫ほどだった。
五能線・チゴキ崎海岸1五能線・チゴキ崎海岸2五能線・チゴキ崎海岸3五能線・日本海1五能線・日本海2a五能線・日本海2bスペーサ、タテ
五能線・水田1スペーサ、タテ岩舘を過ぎ、最初の景勝地チゴキ崎では、列車は徐行運転。五能線は国道ワン・オー・ワンと交叉しながら北上。無名?の美しい入り江、たまに通り過ぎる漁港・集落、黄色く色づいた稲田など、飽きることない車窓の風景を見ながら深浦駅到着。ここで8分停車(10:53-11:01)し、上り列車(青池)を待合わせ。
五能線・深浦駅五能線・行合崎海岸五能線・日本海3五能線・日本海4五能線・日本海5スペーサ、タテ
五能線・水田2スペーサ、タテ深浦はあきた白神~鯵ヶ沢のほぼ中間。だが、これより鯵ヶ沢までノンストップ。深浦をでるとほどなく行合崎海岸。赤茶色い大岩小岩・白っぽい砂浜・海岸にまで迫る緑の植物と、色彩豊かで優美な景観である。続いて、沿線一、ニの千畳敷海岸。『くまげら』は千畳敷駅には停まらず徐行運転。写真は 帰路 動画で。
行合崎…車内案内によれば、名の由来は「藩政期から明治の中頃まで関西地方から特産の食用品・雑貨等を北海道松前・江差方面に運ぶ船と北海道から特産物やニシン粕・昆布など満載して行く船が行き交うことから『行逢い崎』と呼ぶようになったという説と、秋田方面から吹く南西風(能代ダシ)と北海道から吹く南東風(松前ヤマセ)が吹き合う所から『行合崎』と呼ばれるようになったという、2説がある。

白神の森遊山道
白神の森遊山道・くろもり館スペーサ、タテ旧「ミニ白神」、現「白神の森遊山道」へのシャトルバスはマイクロバス。4組十名(内1組は5,6人のグループ)ほどの客を乗せて鯵ヶ沢駅を出発。弘前への県道3号線と途中で分かれてしばらく進むと、総合案内休憩所『くろもり館』に到着。受付で入山料(@500円)を払い、トレッキング開始。(⇒マップ
白神の森遊山道1・大ミズナラ白神の森遊山道2白神の森遊山道3白神の森遊山道4白神の森遊山道5白神の森遊山道6白神の森遊山道7・張出し木道スペーサ、タテ
白神の森遊山道8d・森の湧きつぼ白神の森遊山道8c・森の湧きつぼ白神の森遊山道8b・熊の爪あと白神の森遊山道8aスペーサ、タテコースは1周60~90の外回りコースと、40~60の内回りコースがある。外回りコースを歩く。中には大きなブナの木もあるが、多くはミズナラなどとの混交林。 白神の森遊山道9白神の森遊山道10スペーサ、タテ
熊の爪あとがついたブナが2箇所。ブナの実、トチの実、ドングリなどを食べにくるのだろう。周回終わり近く、バスの時間までまだタップリあるので、内回りコースの水源地「森の湧きつぼ」に寄る。その先に、すこし古いクマの糞があった。
それでも、バスの発車1時間近く前「くろもり館」に戻る。ブナの森散策中、会ったのは個人組だけ。中高年のグループには一度も会うことはなかったが、(バスの)30前には「くろもり館」に戻っていた。ガイドを付けていたようなので、“とっておきのコース”でも歩いたのだろうか?

五能線車窓から(鯵ヶ沢→あきた白神)
鰺ヶ沢駅スペーサ、タテリゾートしらかみ「くまげら」スペーサ、タテ五能線・千畳敷a五能線・千畳敷b五能線・千畳敷cあきた白神駅スペーサ、タテ
千畳敷海岸の写真は動画のスナップショット
千畳敷…車内案内によれば、寛政四年(1792)の大地震で隆起したと言われる12㌔にわたる海岸段丘面で、引き潮の時は広く千畳敷を見ることができる。弘前藩主津軽公は領内巡幸のおり、この地に千畳を敷き2000間の幕を張って宴を催したとことが名称の由来となっている。

あきた白神駅と秋田ハタハタを結ぶ、国道101号の歩道橋を渡る。陽が西に傾き、日の入まぢか。秋田駒や鳥海山登山のおり、日没の前後、日本海沿いに居合わせたことは何度もあるが、時・所・運(雲)の三条件が揃わなければ、日本海に落ちる瞬間の太陽を見ることはできない。今はそのチャンス、温泉・夕食どころではない。ところが、歩道橋のガラスは薄汚れ、窓は錆びついて開かない。唯一開いていた窓があったが、陽が沈む水平線の前にちょうど森が繁っている。その間にも、太陽はどんどん落ちていく・・・つづく
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恐山霊場から117㌔、津軽湾沿いを快適にドライブし、7過ぎ、宿所ハイパーホテルパサージュに到着。ホテルは青森駅の近く、繁華街の中にあった。夕食はホテルと並びの「南大門」で焼肉をタップリ。“ジモピー”が多く美味であった。明日は朝寝して、毛無岱を歩く予定。大岳は?
酸ヶ湯登山口酸ヶ湯~下毛無岱スペーサ、タテ翌日(27)、連泊を予約して酸ヶ湯へ(840)。国道103号を走るのは何年ぶりだろう。酸ヶ湯到着935/出発105。いつもとは逆まわりの周回コースで、酸ヶ湯温泉の“裏山”へ。一登りでブナの森。
下毛無岱3(キンコウカ)スペーサ、タテ下毛無岱2(キンコウカ)スペーサ、タテ下毛無岱1スペーサ、タテ城ヶ倉分岐を過ぎ(1035)、木道が現れ始めると ほどなく 下毛無岱に入る(10時52分)。湿原に花の種類は少なく、一面 キンコウカが咲いていた。テラスを通過
下毛無岱~上毛無岱2(下毛無岱)スペーサ、タテ下毛無岱~上毛無岱1スペーサ、タテ下毛無岱4スペーサ、タテし、長い木の階段を上毛無岱に上がる(1130)。階段の途中から俯瞰する下毛無岱が八甲田の絶景ポイントの一つだ。 上毛無岱1上毛無岱2スペーサ、タテ上毛無岱も花の種類は少なく、キンコウカ、綿毛になったチングルマ、池塘のモウセンゴケなど。純白の小さい花が目にとまったが、名前が分からない。
酸ヶ湯(温泉と駐車場)上毛無岱9(テラスからパノラマ)スペーサ、タテテラスで長休憩し、大岳には登らず帰路。下毛無岱(1235)、酸ヶ湯(140-55)。ホテル着255。夕食は今日も焼肉「南大門」。
スペーサ、タテ上毛無岱3(チングルマ)上毛無岱4(モウセンゴケ)上毛無岱6(キンコウカ)上毛無岱7上毛無岱8(キンコウカとチングルマ)上毛無岱~下毛無岱下毛無岱5(タチギボウシ)

松川荘夕食松川荘外観28は移動日。青森から八幡平へ。162㌔。青森IC(東北道)松尾八幡平ICから八幡平樹海ラインを走り、松川温泉松川荘まで(1140)。松川荘は3ある松川温泉の1、5月泊まった松楓荘の先奥にある(松楓荘は満室だった)。残り1は松川荘のすこし奥にある峡雲荘。3つの中でいちばん高そうだ。
午後から利用可能ということだったが、明日の足慣らしに三ツ石山を往復2時間ほど歩いた。 松川荘に3人の子供がいた。7歳の男の子、3,4歳の女の子、生まれてまもない赤ちゃん。男の子に三ツ石山に登ったことがあるかと聞いたら、まだないという。小学校は東京で、夏休みで帰ってきている。これは会話に加わったおばあちゃんの説明。そして、話の続きは驚くべきことだった。東京の住まいは調布、小型飛行機が墜落した現場の近く。事故に巻き込まれた家も知っているし、亡くなった女性にも会ったことがある。女性は帰省中にこの事故に遭ったそうで、『人生まことに一寸先は闇』である。
5月下旬(24~31)、新緑と残雪の、岩手山麓、八幡平、秋田駒ヶ岳を逍遥した。

松尾八幡平IC~八幡平温泉郷2松尾八幡平IC~八幡平温泉郷125、松尾八幡平IC(岩手山SAで仮眠)を出て八幡平温泉郷へ。岩手山七滝コース登山口は「県民の森」駐車場を右奥にすこし入った所だった。途中、標識がないので、初めての時は分かりづらい。「七滝コース」はNHK『日本百名山』が登ったコースである。
登山口~七滝2登山口~七滝1岩手山七滝コース登山口spacer登山口(標高620m)からすぐ樹林帯。ミズナラが多いようだ。道幅は林道のように広く、傾斜は緩い。 岩手山七滝1岩手山七滝2spacer七滝へ登山道ルートと林道ルートの分岐があり(選択はむろん登山道)、登山口から40ほどで七滝標高800m)。七滝はルートからちょっとはずれるが、通り過ぎるにはもったない迫力ある滝だった。河原へ下りて、しばしその迫力に浸る。
岩手山七滝コース、七滝~一服峠1岩手山七滝コース、七滝~一服峠2一服峠spacerミズナラに変わってブナが主体の森、陽の光に明るく輝いている。今ならではの美しい光景だ。七滝から1時間、八幡平側の視界が開けた一服峠(標高1000m)に到着。ここで“文字通り”一服(昼食)とする。山頂に登るつもりはもとよりないが、やっと行程の1/3歩いたにすぎない。岩手山はデカイ。
大地獄谷1一服峠~大地獄谷2、左保沢岩手山七滝コース、一服峠~大地獄谷1spacer逍遥継続。勾配がすこし急になり、浅い緑の中に濃い緑の針葉樹(アオモリトドマツ)が混じりはじめた。土橋が架けられた沢を渡る(左保沢標高1130m)。上流側は岩盤を流れ落ちる滝、下流側は七滝がある焼切沢に合流している。 大地獄谷2、黒倉山大地獄谷3、八幡平spacer
樹高が低くなり、登山道の状況も一変。湿地帯のような中に白い岩場が露出している。“白”は湯の華、一服峠から1時間余、大地獄谷に取り付いたようだ(標高1250m)。 八幡平ハイツspacer
右に荒々しい山肌の黒倉山が迫り、振り返れば、U字形の視界に、まだ残雪豊かな八幡平の展望。足元にはミズバショウの小群生があった。いつぞや上から見た二つの湖沼(御苗代湖と御釜湖)探訪は諦め(⇒ブログ)、小休止のあと 来た道を登山口駐車場に戻り(一服峠、七滝でそれぞれ中休憩)、八幡平温泉郷の一つ、八幡平ハイツに向かった。七滝コース登山口発着1042/152
初夏の逍遥の楽しみはブナの新緑ばかりではない。雪解けを待って開いた花々もまた新鮮で可憐。特筆は、ルートのここかしこに小群落を作っていたシラネアオイと、ほぼ途切れることなく続いていたマイヅルソウの大群落。シラネアオイは“森の貴婦人”と呼ばれるにふさわしい高貴にあふれた花である。マイヅルソウはまだ“五厘咲き”、花を見つけるのに苦労した。スミレも多く見られたが、名前の区別がむずかしい。この時期の山旅は久しぶりで、サンカヨウエンレイソウも懐かしかった。
spacerシラネアオイ1、岩手山七滝コースシラネアオイ2、岩手山七滝コースシラネアオイ3、岩手山七滝コースspacerマイヅルソウ1、岩手山七滝コースマイヅルソウ2、岩手山七滝コースマイヅルソウ3、岩手山七滝コース
spacerスミレ1、岩手山七滝コーススミレ2、岩手山七滝コースspacerハルリンドウ、岩手山七滝コースspacerサンカヨウ1、岩手山七滝コースサンカヨウ2、岩手山七滝コースspacerエンレイソウ1、岩手山七滝コースエンレイソウ2、岩手山七滝コース
spacerミズバショウ、岩手山七滝コースspacer白い花、岩手山七滝コース

26、アスピーデラインを見返峠標高1541m)へ。広い駐車場に車はまばら。展望デッキと八幡平パークサービスセンターに寄って、八幡平山頂方面に向かう。八幡平を歩くのは実に16ぶり。その時の、路線バスを利用した“有効な歩き方”は、適当な時刻のバスがなく、今日は見返峠がスタート&ゴール。また、アスピーデラインは県境(岩手県と秋田県)の見返峠で路線が異なるので、プランニングもやっかいである。
八幡平パークサービスセンターから森吉山見返峠~展望台から裏岩手見返峠~展望台から岩手山spacer分岐を右、八幡沼・ガマ沼展望台へ。八幡平山頂は左の方が近い。展望台には至らず、手前の分岐で、岩手山を近望、秋田駒・鳥海山を遠望したあと、八幡沼南周コースに降りる。森吉山はパークサービスセンターから撮ったものである。
見返峠~源太森1見返峠~源太森2見返峠~源太森3、八幡沼spacer道はすぐ雪が深くなった。が、すれ違った中年御夫婦に尋ねると、危険なところはないという。鳥海山心字雪渓以来の雪上歩行に心浮き立つ。木道は完全に雪に埋もれている。目印の旗竿が頼りだ。 見返峠~源太森5見返峠~源太森4、源太分れ岩手山麓に雪はなかった。緯度・高度は変わらないのに、この残雪量の違いは地形のゆえだろうか? 八幡沼に近づき、また離れ、源太分れというT字分岐に来た。左は八幡沼北周、右は源太森。右へ。源太分れ一帯は雪はなかったが、再び残雪豊かなアオモリトドマツの樹林帯に入る。
源太森茶臼岳・安比高原、源太森八幡沼・八幡平、源太森spacer見返峠から1時間源太森標高1595m)に着く。軽い食事を摂り、展望を楽しんだあと、軽アイゼンを装着し、黒谷地を目指す。
源太森~黒谷地spacerしかし、思いのほか距離があり、起伏も大きく、中途で断念。源太森の登りと同様、アオモリトドマツの森の逍遥路でなかなか良かったが… 早春の樹氷はさぞかしであろうが、問題はここまでの“あし”である。
陵雲荘から八幡沼陵雲荘源太森~八幡沼spacer帰路は源太分れから八幡沼を北周。陵雲荘(立派な避難小屋)に立ち寄り、テラスから八幡沼を眺め(いい眺め)、 展望台から八幡沼spacer八幡沼・ガマ沼展望台から記憶に残る、但し当時と季節は違うが、八幡沼・源田森・茶臼岳を一望する(これもいい眺め)。展望台から記憶に薄いガマ沼を経て、“いちおう”八幡平山頂を踏む(標高1613m)。
ショウジョウバカマ、鏡沼八幡平山頂ガマ沼spacer山頂の展望台は、当然だが、一新されていた。ナント深田久弥の“駄文”の一節を刻んだ石碑があった。ここからの眺めはパッとしない。山頂から雪に埋もれた“遊歩道”を駐車場に下る。見返峠発着938/1440
松川温泉松楓荘1松川温泉松楓荘2spacer今宵の宿は、岩手山から八幡平に行く途中、田中陽希も泊まった松川温泉松楓荘松楓荘ネコ松楓荘夕食松楓荘温泉2松楓荘温泉1spacer車も入るが、“秘湯”の雰囲気が色濃く漂う。温泉も食事も★★★。ネコちゃんは捨て猫で、玄関の前で泣いていたという。名物の洞窟温泉は崖崩れで閉鎖中だった。

後生掛温泉~毛せん峠4後生掛温泉~毛せん峠3後生掛温泉~毛せん峠2後生掛温泉~毛せん峠1spacer27は秋田駒ヶ岳への移動日。道程100㌔足らずなので、大沼に立ち寄り(大沼温泉は閉館)、後生掛温泉から焼山毛せん峠の中間点まで往復する。水沢温泉郷駒ヶ岳温泉到着1445。これで三度目。昼から、この旅初めての雨となる。

横長根出合spacer28745、仙岩トンネルを抜けて秋田駒・国見温泉登山口へ。田沢湖側からは八合目登山口の方がアプローチしやすいが、山行としては国見温泉コースの方がおもしろい。国見温泉登山者駐車場着828標高850m)。出発43。登山道わきのコイワカガミショウジョウバカマなどに癒されながら(写真は帰路)、948横長根出合(標高1175m)。休憩10
横長根~男岳分岐3、女岳横長根~男岳分岐2、田沢湖横長根~男岳分岐1spacer横長根(外輪山)の稜線も花々が咲き誇る。岩手山でも見たシラネアオイ、岩手山では見なかったツバメオモトツマトリソウ。黄色い大群落をアチコチに作っているのはミヤマキンバイ(と、通りがかった自然保護監視員らしき人が教えてくれた)。 男岳分岐~ムーミン谷spacer
1047男岳横岳分岐標高1350m)から馬場ノ小径に降りる。ロープで仕切られた“歩道”の両斜面は、今は黒々とした砂礫だが、半月もするとタカネスミレ、続いてコマクサで彩られる。
カルデラ(愛称『ムーミン谷』)に降り立つ。雪が融けたところには、早や、チングルマが一つ二つと開いている。しかし、谷の大部分はまだ真っ白。駒池もその手前の小池(カタガリ泉水?)も雪に覆われていた。当初、男岳横岳の稜線に上がり、馬ノ背から横岳・大焼砂に周回するつもりだったが、稜線への岩壁は雪が付いている。数日前、滑落事故もあったらしい。木道が現れている岩壁の基部で大休止し(11:30-12:00)、引き返すことにする。休んでいると、男岳十六羅漢の方から男性が一人歩いてきた。年配だが、滑り止めが付いたゴム長の足取りはしっかり、出で立ちもプロ風。聞けば 元監視員という。道理でである。
中生保内口から御坪に上がり、金十郎尾根を藪漕ぎしてきた。御坪~男岳の草刈りはまだだが、御坪~横長根は草は刈られているとのこと。田沢湖側からムーミン谷へのアプローチとして中生保内は頭にあったが、あとで調べると、登山口までの林道が車高が高くないと難儀するらしく、“マイ”カーでは難しいことが分かった。
帰路は大焼砂をすこし往復し、横長根出合1438、国見温泉登山者駐車場着1543、同発165。宿は駒ヶ岳温泉連泊である。

ヒメタケノコ、横長根出合spacerところで、山旅に携行しているカメラはFUJIFILMのXF1だが、頻発する不具合に手を焼いてきた。半年から1年の間隔で“レンズ制御エラー”を起し、昨年9月、『雲ノ平』の貴重な思い出を台無しにしたのを契機に、販売店の“力”で機種交換してもらった。その交換したカメラが、ナント1年足らずで、同様の“レンズ制御エラー”が起こし始めた!! 絞り優先・シャッター速度優先・マニュアル設定、果ては動画など、あの手・この手を尽くしたが、ついに撮影不可能となった。従って 秋田駒以降の写真は少ない。また あっても出来栄えは悪い。帰路の横長根~国見温泉はパートナーのケータイで撮ったもの(私のケータイはカメラレス!!
※三度目のエラーを起こしたあとも、はじめメーカーに電話、機種交換を頼んだが、対応は それまでと変わらず、修理センターに送るようにとの一点張りだったので販売店に電話、その日のうちにメーカーから機種交換するのと連絡してきた。さすが販売店の威光は強い。
ツバメオモトツマトリソウシラネアオイ1シラネアオイ2シラネアオイ3spacerミヤマキンバイ、秋田駒ヶ岳
ショウジョウバカマミネザクラ?キスミレ?サンカヨウコイワカガミ1spacerコイワカガミ2?、秋田駒ヶ岳?、秋田駒ヶ岳spacer左の写真はケータイで撮影

五重塔と爺杉、羽黒山spacer29は駒ヶ岳温泉から鶴岡へ。鶴岡公園(鶴岡城址)、荘内神社、藤沢周平記念館、藩校致道館などを観る、宿は酒田の定宿最上屋。30国宝羽黒山五重塔。折よく鶴岡市内の幼稚園園児の団体といっしょになり、賑やかに2466段の石段を往復した(園児たちは下りはバス)。二の坂茶屋のおばあさんは御健在だった。宿は鳥海温泉郷の湯楽里ゆらり。31、道の駅「鳥海ふらっと」で安価かつ新鮮野菜を仕入れて、一路、並木の自宅に戻る。

※カメラ後日談:帰宅後、販売店に電話。第一希望はXF1を引き取りの上 新しいカメラを購入、その際 メーカ・機種を問わず。第二希望はXF1の後継機もしくはFUJIFILMの異なる機種。結果は1時間足らずのうちに回答があり、結果は第一希望通りとなった。真に“水戸黄門の印籠”である。数日後 新しいカメラを購入した。Lumix DMC-LX100。ファインダー撮影も可能な点が大きなポイント。ほんらいは一眼レフが好き。最近の一眼レフはいくぶん小型軽量化になったが、それ以上に私の老化の進度が早く、山旅に携行するには重すぎる。
尾白川渓谷マップスペーサ、タテ尾白川渓谷を歩いた。二度目だが七年ぶり。時期は同じ5月。あれからもう七年も経ったのか? トレッキングコースにしては厳しい道で、滑落事故も起きているよし。七年後はとても歩けないだろう。日常の一コマ一コマで、短い“余生”を感じさせられる。 甲斐駒ヶ岳と残月スペーサ、タテ
前泊の道の駅「はくしゅう」から尾白川渓谷駐車場へ。駐車場はかなりの数の車で埋まっていたが、空きはじゅうぶんあった。渓谷トレッキングで、さほど人に会わなかったところをみると、多くは、日本一、二の急登黒戸尾根から甲斐駒を目指したのだろうか?
ヤマツツジヤマフジ駐車場(8:15)から2,300㍍で、森の中にひっそりと建つ駒ヶ岳神社。駒ヶ岳神社は2つある。ここは竹宇(ちくう)駒ヶ岳神社。他は横手駒ヶ岳神社。尾白川からはすこし離れている。 駒ヶ岳神社スペーサ、タテ建立は270年前というから、歴史は比較的新しい。立派な神楽殿がある。毎年412神楽が行われるそうだ。いただけないのは、やんごとなきお方が登ったというので立てられたバカでかい登頂記念碑。石碑は駐車場にもあった。
吊り橋釣り人スペーサ、タテ本殿脇の吊橋で尾白川を渡る。橋の下には釣り人二人。橋を渡り、すこし登ったところで、尾白川渓谷渓谷道と尾根道に分かれる。 尾白川渓谷道2尾白川渓谷道1尾根道はその先で甲斐駒黒戸尾根コースと分かれる。渓谷道に進む。鉄製の桟橋を下り、渓流沿いへ。桟橋はかなり年期が入っている。冒頭書いたように、渓谷道はかなり険しい道だ。油断禁物、慎重に歩く。
尾白川渓谷道3、千ヶ淵スペーサ、タテほどなく最初のポイント千ヶ淵。洞窟のような所に深いグリーンの水を湛え、その奥に滝が流れ落ちる幻想的な景観。ここまでは家族連れや観光客で賑わうそうだが、今日は誰もいなかった。しかし、尾白川渓谷の真髄はここからだ。いっそう心もとない階段の桟橋を昇り、淵の上部に上がる。
尾白川渓谷道4、新緑と苔尾白川渓谷道6尾白川渓谷道7、三ノ滝スペーサ、タテ甲斐駒ヶ岳を源とする尾白(おじら)川は、黒戸尾根と日向山の間を西から東へ流れる。終点の不動滝まで90、一般者はそこまで、その先は沢歩き・沢登りの世界だ。 尾白川渓谷道8、岩に根を張る木尾白川渓谷道9、花尾白川渓谷道5、花スペーサ、タテ小尾根に上がってすぐ、道は尾根道と渓谷道に分かれる。尾根道をまっすぐ行けば神蛇滝になるらしい。渓谷へ、トラバースするように斜面を下る。左を見上げれば“旬”の新緑、右を見下ろせば飛沫をあげる渓流。大きな岩を抱えるように根を張った木があった。「倒るるモノ、岩をも掴む」であるが、この岩は賢い。よほどの雨風・地震でもないかぎり、倒れることはないだろう。

尾白川渓谷道11尾白川渓谷道10、旭滝上尾白川渓谷道9、旭滝?スペーサ、タテ鎖が懸けられた歩道、鉄の桟橋、三ノ滝、無名滝と過ぎ、第二のポイント旭滝。旭滝はルートを離れ、河原に下りて見ることができる。というより、河原に下りないと見ることができない。ルートに戻り、斜面を登り、しばらくすると第三のポイント百合ヶ淵
尾白川渓谷道12、百合ヶ淵スペーサ、タテ私が立っているところはかなりの高み、じっと見ていると吸い込まれそうな感覚になる。
面前にそそり立つ巨大な屏風状の岩が「グドバ岩」で、このあたりは野猿のホームグラウンドでもある。(帰路の尾根道で数匹見かけた)  尾白川渓谷道13スペーサ、タテある日一人の行者が登っていくと、一輪の山百合の花が川瀬に止まった。しばらくすると、花は静かに沈んで、そこにはポッカリと大きな穴があき 満々と 水を湛え始めた。行者は甘い香りに浸り一刻の深い眠りに誘われた、という・・・説明板より。 尾白川渓谷道14、神蛇滝スペーサ、タテ
そこから狭い尾根を上り、斜面を水平に進むと、本トレッキング一番の見どころ神蛇滝(じんじゃだき)。新緑の中に三段の滝が見える。三段目はほとんど木々に隠れている。“観瀑台”は一枚岩の上。道から丸太の橋を渡らなければならないが、ちょっと勇気がいる。案内板より・・・百合ヶ淵で深い眠りに誘われた行者は目を覚ますと枕辺に龍が現れ『この石を渡り前を見なさい』といった。行者が石を渡り木々の枝を折って前を見るとそこには美しい三段の滝が現われた。行者はあまりの見事さに茫然として眺め、そして自から口走った。『あれが神蛇滝だ。今休んでいるところを龍神平と呼ぼう』
尾白川渓谷道16スペーサ、タテ案内板にあるとおり、滝の手前は平坦な小広場。ほどよい岩の腰掛けもあり、休憩によい。15ほど休む(10:10-10:25)。 不動滝2不動滝1居合わせたのは幼子を背負った数名のパーティが一組。旭滝あたりから前後になっていたが、幼子は、私たちの5番目の孫と同じ年頃の(可愛い)女の子だった。
この先50ほどもある不動滝はパスし、お勧めどおり、尾根ルートを駒ヶ岳神社に戻った。写真は7年前のもの。時期は同時期、5月半ば。滝の前に立派な橋が架かっているが、橋の向こうは行き止まりだった。

鳳凰三山、サントリー白州工場金峰山、サントリー白州工場八ヶ岳連峰、サントリー白州工場スペーサ、タテ横浜に帰る前にサントリー白州工場に行く。お目当てはランチ。 甲斐駒ヶ岳、道の駅~駐車場スペーサ、タテ私たちは初めてだが、尾白川渓谷からサントリーへは定番コースらしい。予約していなかったので、見学は博物館だけ。展望塔から北に八ヶ岳連峰と奥秩父の名峰金峰山、南に鳳凰三山を見る。甲斐駒ヶ岳は前衛の山に隠されて見えない。写真は道の駅~駐車場の途中、撮ったもの。
冬の登山は もっぱら 三浦半島か高尾山か、せいぜい丹沢。ほぼ丸2年ぶりに三浦三山(三浦富士・砲台山・武山)を“縦走”した。
マップスペーサ、タテ 京急長沢駅をスタート1220。セブンイレブンやAコープの横を通り広い車道に出る(ポイント①)。団地(グリーンハイツ)に沿って坂道を上り、前回(2012.1.25)、前々回(2011.11.3)と同じく、公園(長沢殿前公園)の先で石段を上る(ポイント②)。 ポイント1ポイント2マテバシイの林スペーサ、タテ三浦富士の登り口はいくつかあるが、すぐ山道になるこれがいちばんよい。短い石段を上がった右脇に「解放戦士の碑・平和の母子像」がある。そこから林(マテバシイ)の中の山道。じき、ミカン園の柵に沿うようになる。 ポイント3、新コース終点ポイント3、新コース起点以前はそのまま尾根道になったが、一部 谷へ降登するコースに変わっていた(ポイント③)。やはり、たまには歩いておくものだ。
従前のコースに戻ると、適度なアップダウンがある快適な緑の中の道。 登山口~三浦富士Y分岐ポイント4スペーサ、タテ但し、一ヵ所道が左右に分かれていて(以前は気がつかなかった)、左は前方の木の幹にリボンが結びつけられている。 登山口~三浦富士ハイキングコースから三浦富士そっちに進むと、すこし開けた小高いピーク。境界を示す石標がある(ポイント④)。リボンのおかげでコースをはずれずに済んだ。
三浦富士山頂スペーサ、タテポイント5ポイント5登山口~三浦富士スペーサ、タテ三浦富士の山頂の前は長い登り。途中で、YRP野比からの道が右から合わさる(ポイント⑤)。直下はやや急坂にあえいで、110三浦富士山頂。
三浦富士から天城山三浦富士から富士三浦富士から三浦海岸スペーサ、タテ天気は良いが、風がめっぽう強く、昼食を摂る適地・適時ではない。靄がかかって、展望もパッとしない。何枚か写真を撮って、120、砲台山へ。

ポイント6三浦富士~砲台山下三浦富士から砲台山への道のりは長く、かつ道が山の北側に付いているので暗い。坂を下り、一山越えると、小型四駆ならじゅうぶん走れそうな広い道となる。軍用に作られたからだろう。YRP野比へと下っている元軍用?道路を右に見送って(ポイント⑥)、砲台山山頂を南側に巻いている道に進む。 砲台山下展望所スペーサ、タテ
展望台で昼食(13:40-14:00)。どこからともなく野良ネコが一匹現れ、三浦富士で携帯メモに記録を入れていた私に、「何かいますか?」と、(意味不明の)声をかけていった中高年男性が(反対方向から)戻ってきた。 砲台山分岐~武山砲台山分岐から武山その人、私の横に座り、ビニールシートを膝にかけ、ビニールの手袋(スーパーの食料品売り場で店員が使っている類)をはめ、ネコをなでたり、キャットフードを与え始めた。ネコは嫌いではないが、男の様子がいささか気持ち悪い。昼食を早々に切り上げる。 砲台山分岐~武山スペーサ、タテ大木大木スペーサ、タテ
砲台山往復はパスし、分岐で武山へ。砲台山~武山は三浦富士~砲台山よりは短く、なだらかな道。根元から幹や枝を大きく広げた木を過ぎ、擬木の階段を上ると武山頂上、215。静かな山頂。展望台に上がって
武山から横浜武山から富津武山から浦賀武山から相模湾スペーサ、タテ周りを眺め、用を足し、津久井浜観光農園方向に下山、230
ポイント7武山~武山入口長く緩やかな下りが続く。単調。往路向きではない。20ほどで「武山ハイキングコース」入口に至った。地形図を見れば、三浦富士の登路より短いくらいなのだが、長く感じるのは単調さのゆえだろう。 車道から武山車道から三浦富士スペーサ、タテかといって、竹川バス停に下りる道(武山山頂にある武山不動の参道?)は舗装されているのでもっとつまらない。
津久井浜ルートのもう一つの欠点は、駅(津久井浜または京急長沢)から武山入口までの遠さである。 ポイント8スペーサ、タテまた、畑や家々の間を抜けていくので、往路に取った場合 スンナリ 武山入口に辿りつくのはむずかしいだろう。ポイントの一つは津久井浜観光農園があるところ(ポイント⑧)。武山へは観光農園を過ぎたら右の細い道に進むこと。325津久井浜駅に着いた。
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