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斑尾山と黒姫山(8.5-7/8)
道の駅「しなの」を“ベースキャンプ”に 北信五岳(妙高・黒姫・飯縄・戸隠・斑尾)のいくつかに登る予定で、5日夜8時過ぎ 自宅を出る。道の駅に着いたのは、6日0時45分
一日目(6日)は 足ならしに 斑尾山(1020㍍、菅川コース)に登り、ニ日目(7日) 黒姫山(表登山口コース)に登ることにした。黒姫山は標高2053㍍であるが、登山口との高低差は およそ1400㍍。避難小屋もないので、一日で 登って下りてこなければならない。山と渓谷社「日本三百名山登山ガイド」によれば 体力度★★★☆、我々のレベルでは限界に近い。しかし、たまには 体力・脚力の持続に こういう山登りも必要である

KUROHIMEYAMA-2登山口には立派な休憩舎があったが、駐車場は草地だった(写真)。
7時45分、これから1400㍍をピストンするには 遅すぎる時間だが、行けるところまで行こうという いつもの調子で、登山開始。登山道は狭い農道から始まった。入口にゲートがあったが(写真、後方は黒姫山)、通りがかった地元の人に尋ねると、一般の人も車で入れるというので、車を取りに戻る。しかし、結果的には ホンの2,300㍍ 進んだところに 車をおかなければならなかった
KUROHIMEYAMA-1道は すぐ深い樹林帯に入った。緩やかな登りだが、汗がしたたり落ちてくる。林道を 3度 横切って、最初のポイント[シナノ木](三合目?)に到着(9時15分、15分休憩)。標高は まだ1000㍍ぐらい。ここから、七曲りと称する急坂が始まる。ジグザグを 何度も何度もくり返し、10時55分 次のポイント[日ノ出石](五合目)に到着、15分休憩。ペースはすこし遅れ気味。森林の様相は 喬木から潅木に変わったが、登りはひたすら続く。忍の一字。しかし 一休みしたとき、木立を吹き抜ける風が なんとも爽やかで 心地よい。さらにペースが落ち、[七合目]到着12時25分。コースタイム3時間のところを 4時間かかったことになる。ここで昼食とする。2時までは とにかく頑張ろうということで、12時45分 登山再開

お昼を食べて 元気が出たわけではないが、[ヒカリゴケ](八合目)までは10分。この前後から、道はいちだんと急傾斜となる。[九合目](13時40分)を経て、5分後 尾根筋に出る。右から 黒姫高原からの道が合流している。尾根道も木々が生い茂り、展望はゼロ。緩やかだが、けっこうな距離を歩かされて、14時、およそ6時間(コースタイムは4時間)を要して、ついに(やっと) 黒姫山頂2053.4㍍ に到達した
薄くガスがかかり(朝方は晴れていたが)、南の戸隠や北アルプス、北の妙高は見えず。20分だけ休んで 下山。八合目15時5分、五合目16時、シナノ木16時50分。ここで持っていた すべての飲料水(各自、ペットボトル:500㍉㍑×2、ポカリスエット:500㍉㍑×1、テルモス:大1)を飲み干し、車に18時に戻る。シナノ木から車まで 時間がかかったのは、林道に出たあと 次の登山道入口を見落とし、折から降り始めた雨のゆえもあって、そのまま 長い林道を歩いたためである
この日の黒姫山は 我々を含めて4人。全コース 森に覆われ、花もないが、樹相に変化があり、終わってみれば、なかなかいい山であった
黒姫山でエネルギーを使い果たし、予定した飯縄山は取りやめ、翌日(8日)、横浜に帰った


蝶ヶ岳(8.21-24)
8月21日・・・晴れ
自宅出発 20:30、松本IC 0:15、道の駅「風穴の里」到着 0:45。
8月22日・・・曇りのち雨
沢渡駐車場からシャトルバスで上高地へ。
上高地(1500㍍)8:15、明神9:05/9:10、徳沢10:05/10:10、横尾山荘(1610㍍)11:25(泊)。
槍ヶ岳が見える一ノ俣まで 往復する予定だったが、午後から雨が降り出して 中止。雨となったせいもあるが、山荘はほぼ満室。但し 予約していたので、個室(2段ベッド×4)は定員(8名)をキープ。また シャンプー・石鹸は禁止だが おフロがあり、食事はいまいちだったが、ゆっくり休むことができた
8月23日・・・晴れ
多くの登山者は槍・穂高に向かうなか、我々は(裏山?の)蝶ヶ岳へ。
横尾山荘(1610㍍)を6時30分に出る。9時50分 稜線(横尾分岐/2625㍍)に到達。三角点(2664㍍)は常念岳側に すこし行ったところ。さらに そのホンのすこし先の“蝶槍”まで行って 戻って、横尾分岐を通り過ぎ、蝶ヶ岳ヒュッテまで往復。下山 12時45分。
稜線にいた3時間、上空は青空、下界も晴れていたが、天狗のいたずらか、肝心の頂きに 雲が帯状にかかり、槍・穂高の大展望は 一度も望めず。15時30分 横尾山荘に戻る(泊)。
8月24日-25日・・・晴れ
横尾山荘から涸沢へ。
涸沢は 20代のとき、北穂高岳から奥穂・穂高岳山荘まで縦走して 以来の思い出の地である。しかし、涸沢に入るすこし手前の“沢”に、買ったばかりのデジカメ(Canon IXY)を置き忘れるという 大失態をやらかしてしまった(したがって、この山行の写真はない) 数度 沢を往復したが見つからず、24日 涸沢小屋(2350㍍)に1泊しただけで、翌日早々 上高地に戻った。
その後、すぐ PENTAX istDL2を買った。ケガの巧妙とは とても言えないが、デジイチは やはり コンパクトより使い易い。


八甲田大岳と早池峰山(9.12-15)
12日 道の駅「いなかだて」(黒石)泊。13日 八甲田大岳に登り、道の駅「はやちね」に移動(泊)。14日 雨で停滞(道の駅「はやちね」泊)。15日 早池峰山に登り、帰宅。

青森、岩手、秋田、山形、長野、・・・を かなり頻繁に 駆けめぐる私たちは、いやでも ガソリンの値段には 敏感になる。概して 地方は高く、好みの“セルフ”も少ない。安いセルフを見つけると、即 ナビに“地点登録”する。
これまで いちばん安かったのは、黒石インターを出てすぐ、国道102号と県道13号の十字路にあるMobile。9月12日はリッター134円であった。(その頃 145円前後のGSが多かったと 記憶している) このGSで給油する機会は 八甲田山や岩木山に 登るときぐらいであるが、1000円単位で プリペイカードを購入できるので なかなか都合よい。 ※10月17日、このGSは123円だった。(花輪SAのGSは144円、高速道のGSは 月初に価格を設定する)
越谷市内の国道4号線沿いのGSも安い。そこで、行きは 首都高を入谷ランプで下りて 満タンにし(浦和インターから)東北道に入り、帰りは (浦和インターで)東北道を出て 満タンにして、入谷ランプから首都高に上がるのが、我が家のケチケチ給油法である。


八甲田
HAKKODAOTAKE酸ヶ湯~仙人岱~八甲田大岳(1584㍍)~毛無岱~酸ヶ湯の、10月18日(ブログは10.28)と 同じルートを歩く。花と紅葉のシーズンの間・・・、八甲田の“9月”は何もない“9月”です、そんなことはありません。“静寂の八甲田”が そこにありました。
早池峰
前夜8時45分、道の駅「はやちね」に到着。14日は、朝からどんよりとした曇り空に 雨も落ち始め、早池峰登山は 明日に延期。しかし、終日 道の駅で過ごす わけにもいかないので、宮古へ行くことにする。途中の河原坊に、昨夜 道の駅に同宿した車が 駐車していた。この雨の中、山に入ったらしい。若い二人だったが、大丈夫だろうか。我々のようには、自由な日程を 組めないのかもしれない。また ツアー登山だろうか、小田越に マイクロバスが待機していた。
※翌日 また聞きであるが、監視員の話では、岩場で滑り 捻挫した人がいたらしい。
HAYACHINESAN宮古で、魚市場を魚を見、寿司屋で寿司を食べ、道の駅「はやちね」に戻る。岳と江繋の間(県道25号の一部)は かなり狭い山岳道路である。
15日、天気は回復し、早池峰山に登る。ルートは6月26日(ブログは12.29)と同じ、河原坊~早池峰山(1914㍍)~小田越~河原坊。ハヤチネウスユキソウが わずかに花びら(実際は苞葉)を残していた。また 視界良好で、滅多に見えないという ドンファン岩手山を望むことができた。可哀想な姫神山 は雲に隠れていた(雲がなければ 岩手山の右側にある)。<写真:九合目付近の鎖場。山間に白く小さく見えるのは小田越の管理人小屋?>
IWATESAN


<写真:岩手山遠望。f13,1/750秒,-1.0補正,撮影時の焦点距離 125mm(35㍉換算で約200mm)>




白神岳と鳥海山(9.23-25/26)
シュラフ、毛布、卓上型ガスコンロ、コッヘル、クーラー、3~4日分の着替え、温泉セットなどを、手当たり次第 車に積み込み、目的地は 北東北・日本海側ということだけで、23日早朝、我が家を出発。東北道から秋田道に入り、錦秋湖SAで 昼の休憩(12:50~13:25)。ここで 最初に登る山は、過去2回 頂上未達の白神岳に決める。したがって 今夜の宿泊地は ルート102沿いの道の駅「はちもり」である。「はちもり」には5時5分到着。家から運んできた牛肉と、能代市街のスーパーで仕入れた野菜で作った スキヤキが夕食メニュー。明日は早発ち、8時過ぎにはシュラフに潜り込む。当夜の“相客”は1台だけであった。

翌日24日、4時30分に起床し 道の駅を5時55分に出る。登山口駐車場到着6時10分。頂上まで6.5㌔、高低差は 約1000㍍である。
スタート6時20分、二股分岐7時、最後の水場7時33分(休憩5分)、蟶山分岐8時10分(休憩10分)・・・各ポイントを、我々としては 極めて珍しく コースタイムをやや上回るペースで通過した。5月26日(ブログは12月27日)、Uターンした 道標[登山口5k/山頂1.5k]が立つ地点を過ぎ、9時45分 白神岳と大峰岳の稜線(大峰分岐)に上がる。蟶山分岐から稜線までは 急坂であったが、コースタイムを 25分上回るハイペースで登る。昨夜のスキヤキのおかげ?であるが、二人ともよほど体調が良かったらしい。
IWAKISAN三度目の正直で、10時3分、白神岳山頂に至る。山頂は、距離が短いぶん 登りがきつい二股コースを選んだ中年男性(単独)、これから十二湖に下るという中年女性(単独)、駐車場でいっしょになったからと、大阪からバイクで来た男性と白神は33回目という地元の男性の即席ペアなど、我々を含め 7~8人ほどの登山者でにぎわった。遠くの山脈(やまなみ)は 雲に見え隠れしていたが、展望は良好。白神ラインをはさんで対峙する 岩木山がくっきりと見えた。<写真は白神岳頂上で。後方の高い山が岩木山、八甲田連峰は岩木山の右遠方だが…>

下山10時50分、蟶山分岐で昼食を摂り、登山口に14時5分に下りた。
「八森いさりび温泉ハタハタ館」で温泉に入り、すこし早い夕食(サンマの焼き魚定食、なかなか旨かった)を食べ、ここで 次に登る山は、鉾立からの鳥海山、かつ 今日中に鉾立駐車場(五合目)まで上がることに決める。
鉾立駐車場には何もないので、能代市街で 明日の朝食と昼食を調達し、ルート101ついでルート7を南下、象潟からブルーラインに入り、9時 鉾立駐車場に到着した。

この後は、初めてのブログ「山に登って海を食す」(2006.10.15)に 続くことになりますが、鳥海山登山の行程を紹介して、“長い”「2006年山の旅」を終わることにします。

9月25日・・・晴れ
出発6時15分、賽の河原7時15分、御浜小屋7時50分(15分休憩)、七五三掛8時50分(5分休憩)。ここから いくつかのピークを越える。無名のピークで食事(9時40分~10時5分)。伏拝岳10時35分。七高山山頂11時10分。
下山11時40分、七五三掛13時(5分休憩)、御浜小屋13時45分(15分休憩)、鉾立駐車場15時15分。その後、鳥海温泉「あぽん西浜」でサッパリし、坂田東急イン内「田舎」へ。
トピックは、伏拝岳の手前でオコジョに出会ったこと、鉾立駐車場で満天の星を仰いだことでした。
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2006.12.29 2006年 山の旅
今年も山三昧の一年であった。旅行・登山記録から、この一年の山紀行を いくつかふりかえる。

八甲田・赤倉岳(3.21-23/24)
3月の八甲田行きのお目当ては アオモリトドマツの樹氷と雪の回廊。酸ヶ湯~十和田・谷地が開通するのは 4月中旬なので、八甲田に入るには、青森ICからルート103を南下するか、あるいは黒石ICからルート394を東進するしかない。今年は 黒石から八甲田に入った。

MiuraKeizo八甲田は三浦敬三さん(三浦雄一郎さんの父)のホームグラウンド。
話は古くなるが、4年前の5月、富山地方鉄道立山駅のベンチに、上品な かなり高齢の人が 座っている。若い男子のグループが、「写真を撮らせていただいてよろしいでしょうか」と丁重に問うと、彼は「ハイ」と 気軽に応じた。その人こそ 三浦敬三さんだった。その後、三浦さんと同じケーブルカー、同じバスで 室堂まで 上がった。
三浦さんは、毎年5月の立山大滑降を シーズンの滑り納めにされていた。当時98歳、大きなザックを背負ったサポーターを 随伴されてはいたが、矍鑠たるお姿は 今でも忘れられない。
三浦敬三さんは、今年の1月5日、他界された。101歳であった。(写真は1月28日、追悼番組として 再放送された NHK「にんげんドキュメント:96歳の大滑降」から)

JUHYO春3月とはいえ、八甲田ロープウェイは 強風のため、しばしば 運行見合わせになるという。22日は 幸い 風は比較的穏やかで、天候も晴れ。田茂萢山頂公園駅から赤倉岳を目指す。田茂萢湿原は3~4㍍の雪ノ下。ガスがかかれば、ルートは分からなくなる。後に 田茂萢山頂に立つアンテナ塔を確認しながら、樹氷群に入った。昨年も同時期、このルートを歩いたが、今年のモンスターたちの衣は 昨年より薄い。春の陽光に、コートを脱ごうとしている 気の早いモンスターもいる。樹氷群を抜けると、風当たりが強くなった。
年(歳)を重ねるごとに、寒さに弱くなる。今年は 赤倉岳中腹で、山頂公園駅に戻った。


丹沢(4.30-5.1)
晩秋から初春、東北の山や3000㍍級の山が 雪に閉ざされる期間は、トレーニングを兼ねて、関東周辺など 近場の低山に登る。丹沢はその一つ。
丹沢に登るときはいつも一人。妻が丹沢を敬遠するのは、登山口と下山口が違い 車が使えないこと、きついわりには あまり面白くない山であること(丹沢さん ごめんなさい)が 理由らしい。

連休で 超満員のバスを降り、ヤビツ峠から表尾根を縦走し 塔ノ岳(1491㍍)に到着したときは、まだ陽が高く いつもはバカ尾根の異称をもつ大倉尾根を下り、その日のうちに自宅へ戻るのだが、今回は何十年ぶりかで、尊仏山荘に泊まることにした。
天気がいいので、フラリと世田谷の家を出てきたという同属(3月にリタイヤ)の人と、ウィスキーやビールを飲みながら 山談義をしている間に、次から次に、一人あるいはグループの登山客が入ってくる。多くは中高年であったが、中に、東京女子医大、つづいて東京農大の それぞれ5~6人のパーティが。途端に 山小屋はにぎやかになった。おばさん方は おおかた 男子学生に話しかけ、オジンたちは ほとんど 女子学生に声をかけていた。
KOIWAZAKURA我々二人は なぜか 東京農大の諸君を相手に。近頃の若者は・・・とは よく耳にすることだが、彼らは礼儀正しい 好感の持てる青年たちで、思わず 缶ビールを1本づつ奢ってしまった。明日は、丹沢山~蛭ヶ岳~桧洞丸の 丹沢主脈を縦走するという。
予約すれば個室も可能だが、私は飛び込みなので大部屋。翌日、丹沢山(1567㍍)を往復し(行程約3時間)、昼過ぎには 大倉バス停に下りた。(写真はコイワザクラ、山荘の管理人に教えてもらった)


栗駒山と白神岳(5.24-26/27)
栗駒山へは、中央コース、御沢(表掛)コース、湯沢コース および須川コースの4つのコースがある。いわかがみ平から登る中央コースは、石畳と木の階段が続き あまり面白くない。御沢コースは 沢あり、灌木帯あり、雪渓ありの 変化に富んだコースで、歩行距離も適度。この時(25日)は、道の駅(厳美渓)からのアプローチが便利な 須川コースを登った。最も長丁場の湯沢コースは “敬遠”が続いている。
須川コースは樹林帯が少なく、あっても低木で、ふりかえればであるが、焼石岳をはじめ、岩手・秋田県境の山々を望みながら登る、快適かつ楽なコースであった。先週も栗駒山に登った という単独行氏が、今年は雪が少ないと 話していた。
山頂(1627㍍)からの鳥海山の眺望を 大きな楽しみにしていたのだが、あいにくガスが出て 願望かなわず、満足度50%の栗駒山を あとにした。

須川温泉から 横手~秋田道~ルート102と 東北を縦断し、道の駅「はちもり」に 午後8時過ぎに到着。
SHIRAKAMI-BUNA翌朝(26日)6時55分、道の駅を出発。世界遺産指定後、「しらかみだけとざんぐち」と改名したJR五能線駅の付近から 林道に入る。白神山荘のおじさんは元気かなと思いつつ その前を通り、7時15分 登山口駐車場に到着。7時30分 登山開始。ブナの新緑が美しい。山腹を巻くようについた道を 緩やかに登り、小さい沢をいくつか横切って、“最後の水場”で小休止。そこからは尾根へ上がる急坂。斜面のここそこに咲く薄赤紫のシラネアオイや、白い花(名前は分からない)が疲れを癒してくれる。尾根に出たところが蟶(マテ)山分岐。ここで また小休止後、緩急混じった尾根筋を登ると、ブナ林が消え、低木(ダケカンバ?)の間に、白神岳山頂に建つ避難小屋が 見え隠れするようになった。雪が所々に残っている。
SHIRAKAMI-HANA110時50分、[登山口5k/山頂1.5k]の道標が立つ地点に到着。「まだ先に進むか/ここで引き返し酒田の「田舎」に行くか」の選択肢を 後者に即決し、13時30分 登山口に戻る。汚れた靴を洗い(立派な休憩舎には 洗い場も完備)、途中 「八森いさりび温泉ハタハタ館」でサッパリし、日本海と夕陽と鳥海山を眺めながら、ルート7を南下。鳥海山はどこから見ても姿形が良いが、象潟からがとりわけ美しいように思う。
18時過ぎ、今月3度目!! の「田舎」に入る。(「田舎」は2006.10.15の初ブログで紹介した)

白神岳は2度目。1回目の2002年の7月は、白神山荘に泊まり、雨の中 山頂を目指した。蟶山分岐までは ブナ林が傘となり 雨を防いでくれたが、地点[登山口5k/山頂1.5k]を過ぎ 大峰岳~白神岳の稜線に近づくにつれ、まともに打たれるようになり Uターン。今回は “山よりガサエビ”で、前回は “雨”で白神岳登頂を断念したという次第。
※白神岳は、9月24日 3度目の正直で 山頂(1232㍍)に至った。
SHIRAKAMI-HANA2SHIRAKAMI-HANA3


姫神山と早池峰山(6.24-26/27)
姫神山と早池峰山、岩手山には「三山伝説」という話がある。受け売りで紹介すると、岩手山は姫神山を妻に娶ったが、早池峰山(女神)に心変わりをし 姫神を遠くに追いやろうとした。しかし 姫神がそばを離れようとしなかったので、怒って火を吹いたのだそうだ。三山の仲は今でもぎこちなく、三山が 同時に 姿を現すことはめったになく、岩手山が現れると 姫神山は雲の中に姿を隠し、姫神山が見える日は 早池峰山が見えないという。

IWATESANその姫神山に 6月25日 登った。翌日、岩手山に登るか、早池峰山にするか 未定であったが、どっちにしろ、足慣らしに 低い山(1124㍍)に登ろうというわけである。一本杉登山口から 1時間40分で山頂。1時間ほど 山頂にとどまったが、伝説は生きている、岩手山は 雲を被り、2度 山頂を見せただけであった。(写真)
岩手山(2038㍍)は いかにもきつそうなので、翌日は 早池峰山に登ることに決め、道の駅「はやちね」へ。県道25号の 折壁峠前後の区間(冬季は閉鎖)は かなり 道幅が狭く、擦れ違いに難儀した。(少々遠回りでも 大迫から県道43号を使ったほうがよい)

HAYACHINEUSUYUKISOU26日早朝 道の駅を出て、5時30分 河原坊駐車場に到着(夏季通行規制は 土・休祝日の5時~13時)。5時40分 登山開始。コメガモリ沢を1時間ほど登ると、頭垢離(こうべこうり)という水場。ここから 道はゴツゴツした岩礫地に入る。時期的に早いのでは と心配した ハヤチネウスユキソウが ここかしこに咲いている。花びら(実際は苞葉と呼ばれる葉っぱ)は まだ 少し緑っぽく 綿毛も薄いが、初めて見る実物だ。(写真)
ウスユキソウばかりに 見とれていたが、チングルマ、ミヤマオダマキ、ミヤマアズマギク、ナンブイヌナズナなど 色とりどりのお花畑が続く。這うように 最後の岩だらけの急勾配を登り、8時50分 標高1914㍍の山頂に到着。平日の早朝というのに、山頂は“うすゆきそうファン“クラブの人たちで大賑わいであった。あいにくのガスで 展望はきかず、1時間後、ハシゴがあることで有名な小田越コースへ下った。


御嶽山(7.12-13)
今年登った 唯一の3000越の山(3067㍍)。といっても、登山口(田ノ原)が すでに 2000㍍を越えており、8月に登った黒姫山よりは ずっと楽であった。
12日、早朝 自宅を出、塩尻ICから中山道(ルート19)に下り、木曽福島・元橋交差点を県道20号に進み、昼前 道の駅「三岳」に到着した。

TSUBAMEnoKO道の駅の軒先に いくつかツバメの巣があった。おおかたは空き家だが、中に 巣立ちが遅いヒナが ひしめいている巣があった。ヒナは5羽、大きくなった体が 巣からはみ出している。餌を運んできた親は 足をかける余地もないので、空中で 口移しすると すぐに飛び去る。夜、寝心地が悪いのか、いつまでも ヒナ同士が もぞもぞ 体を動かしていた。親は 空き家かどこか、別のところで 寝ているらしい。

13日、朝から低くたれこめた雨雲に 登高意欲をそがれたが、ともかく 田ノ原へということで、道の駅を出る。1時間 かかって 到着した田ノ原は雨。ぐずぐずしていたら、“ODYSSEY”から降り立った行者さんが、テキパキと白装束に身を固め、お山目指し 歩いていった。我々も引きずられように お山へ。降ったり 止んだりの雨の中、王滝頂上(2936㍍)に到着。また 雨足が強くなり、剣ヶ峰はパスするという妻を 頂上小屋に残し、剣ヶ峰まで往復。
御嶽山は信仰の山。山頂広場は、大きな社と多数の石像が その大部分を占め、隅っこのほうに、[御嶽山頂上3067㍍]と書かれた 古びた木柱がひっそりと立っていた。
CHOKAISAN-112月25日、鳥海山北麓にある 湯ノ沢温泉「ホテルまさか」から、すこし 奥に入った「フォレスタ鳥海」に 車をおき、雪に埋もれた林道を 堰口という所まで 約3.5㌔を歩いた。
ここから さらに 5㌔進めば、矢島コースの登山口、祓川(五合目)である。川があるわけでもないのに、堰口には 水力発電用の取水口がある。それだけ、鳥海山は 大量の水を蓄えている というわけだ。

CHOKAISAN-2林道は 途中 奥山放牧場の真ん中を突っ切る。
何日か前に 今年最後の作業を 終えたのだろうか、浅く残っていた キャタピラの跡のおかげで、雪に埋もれることなく 歩くことができた。
聞こえるのは 小川の水音だけ。林道に沿って、また 林道を横切って、数種類の動物が 歩いた跡がある。どこかの木陰から、酔狂な人間もいるものだと、私たちを 笑って見ていたかもしれない。

CHOKAISAN-3朝方 頂きに残っていた 雲もとれ、鳥海山は、行き帰りの林道から、鳥海高原を経て 象潟へ走った農道から、そして 鳥海温泉「あぽん西浜」から 酒田「田舎」へのルート7から、それぞれ 異なる“白”を 私たちに 見せてくれた。真昼の太陽に輝く“白”、日本海に落ちる夕陽に 薄く紅に染まった“白”、夕闇に消える前の 静かな“白”。

CHOKAISAN-4ホテルまさか ホテルと言っても 洋室は一室。祓川から鳥海山に登るとき (その洋室を)しばしば 利用する。こじんまりした 居心地の良い宿である。創業300年の旧館(旅館)が 残っており、兄弟二人で経営。旅館はお兄さんが、ホテルは弟さんが担当。
弟さんの話では、今年は雪が少なく、去年は 日に3回やっていた雪掻きを まだ3回しか やっていないとのこと。


CHOKAISAN-5ハタハタ 東北日本海の 冬の代表的味覚。ホテル「まさか」で 塩焼きが出たので、炉ばた焼「田舎」では 鍋を注文した。鱈のように身ばなれがよく、鱈よりも身が柔かく 味もある。年中 獲れるが、やはり 冬のハタハタが いちばんだそうだ。どちらも 歯応えのある 卵タップリの ハタハタであった。

CHOKAISAN-6無何有(むかう)  「田舎」で飲んだ 屋久島の芋焼酎。“芋”独特の香り・風味を ほどよく残した、なかなか 味わい深い 焼酎であった。それは、グラス1杯1500円という 価格のゆえだけではない。超少量生産で、酒田は 4本しか 手に入らなかった由。もちろん ロックで。それも 氷が溶けすぎないうちに 呑むこと。
一年ほど前のある日、突然 “日本料理”に目覚めた。ル・クルーゼで作った「ナスの煮物」が、思いのほか 旨く出来たからである。
それまでの料理といえば、野菜炒め(中華料理)やスパゲッティ(イタリア料理)、オムレツ(フランス料理)ぐらい。野菜や魚は 何分煮れば柔らかくなる? 水の量は どれくらい? 皆目 見当がつかなかった。ところが、鋳物ホーロー鍋である ル・クルーゼを使うと、調味料の水分だけで 水は要らない。ナスから出てきた 旨みタップリの水分が 調味料と混ざり、蒸発することなく また ナスに帰っていく。つまり ダシもいらない。ナスが ほどよい加減に 煮上がったころ、水分は ほとんど 残っていない。

以来、ぶり大根、肉じゃが、イワシの梅煮、サバの味噌煮、いり鶏などを作った。一つだけだった ル・クルーゼも、5種類に増えた。
味噌汁やカレーも 最近は ル・クルーゼを使う。味噌汁やカレーは もちろん それ相当量の水を入れる。熱が 鍋全体に行きわたり、水分が逃げることも 少ないので、金物の鍋で作ったものより、味が まろやかに仕上がり、食材の旨みも 残るようだ。

料理の先生は 本、テレビと大先輩のオクサン。料理に限らず、XXスクール というのが苦手で、登山も、OOクラブやツアーに 参加したことがない。そのかわり 進歩がない。あるいは、あっても すぐ 頭打ちになる。

料理の効用の一つは 頭を使うことだ。山登り、自転車漕ぎ、水泳で、体を動かすほうは、何とか 間に合っている。しかし、今の私に欠けているものは 脳の活性化。オクサンが 仕事から帰ってくる時分に タイミングよく、料理を仕上げるには、けっこう 手順や手はずを 考えなければならない。
脳の活性化といえば、このブログも たいそう 役立っている。文字通り、シンプル(単調)なライフ(生活)から 題材を探し、探した平凡な題材を それなりの文章にまとめるには、頭脳的苦労を強いられる。

話が脇道にそれたが、今の私の“脳力”では、一食一品が限度。せいぜい 味噌汁を添えるぐらいで、二つ同時となると もうパニックである。しかも、その一品も まだ、食材を適当に切って、ル・クルーゼに入れ、調味料を加えたら、あとは ル・クルーゼまかせ、というレベルである。

以下、私の(ル・クルーゼが作る)レシピを いくつかご紹介します。興味ある方は、[続きを読む]で、詳細なレシピをご覧ください。

NASUnoNIMONOナスの煮物
私の(片目)開眼となった 記念すべき料理。八百屋では 必ずナスをチェックする。そして お買い得であれば、買ってくる。
作り方は、大きめに切ったナスと タップリ目の削り節を、交互に ル・クルーゼに入れ、醤油、酒、ミリンを加え、あとは 弱火で煮込むだけ。でも なかなか味がいい。料理法が簡単なので、大きく失敗することもない。
ナスから 少々 アクが出るが、気にしない。削り節を入れることが、ポイントといえばポイント。

SABAnoMISONIサバの味噌煮
これは すこし 手がこんでいる。
まず、サバ(切り身)は、塩をふって しばし 寝かせる。つぎに、サバを起こし、熱湯をかけ 冷水でサッと洗い、水気をよくとる。味噌は 2度に分けて入れること、落とし蓋をすること。鍋はル・クルーゼでもよいが、ル・クルーゼは 強火を嫌うので、無水鍋の中蓋を使っている。
以前は 魚といえば、アジやイサキの塩焼きや 出来合いのマグロの刺身だったが、今では イワシやサバなど、青身の煮魚が 食卓に上がることが多い(サンマはやはり塩焼きが一番だが)。オクサンにも かなり 好評な料理である。

HISUIMEN翡翠麺ひすいめん
ごく最近 放映されたNHK「ためしてガッテン」から 仕入れたレシピ。ご覧になった方も あるだろう。
鶏がらのスープに、水洗いした ほうれん草をサッと入れて、サッと上げる。スープに、サラダオイルとチリメンジャコを 入れるところがミソ。これで、ほうれん草のもつ エグミの素であり かつ 結石の原因ともなる シュウ酸を 封じ込めることが できるらしい。
私だったら 「ほうれん草のシャブシャブ」と命名するところだが、さすがはプロ。見た目の美しさから(味ももちろん抜群)、「翡翠麺」とは 粋な名前を つけたものである。
土鍋でよいが、土鍋が割れてしまった我が家では、浅くて広いタイプのル・クルーゼを使う。

ル・クルーゼは フランスで生まれたものだから、もちろん フランス風料理もできるわけだが、今のところ、和食のリピートである。レパートリーが増え 両目開眼したら、またブログに書くこととしよう。

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