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横浜はまだ残暑厳しい8月下旬、花の山として有名な秋田駒ヶ岳(あきたこまがたけ、23日)、森吉山(もりよしざん、24日)、鳥海山(ちょうかいさん、26日)に行きました。秋田駒と森吉は初めての山です。
山はすでに秋の気配で、“花”の時期は終わり“実”の時期でした。

秋田駒ヶ岳
AKITAKOMA-1選んだ登山口は、創業200年という由緒ある国見温泉(標高860m)。樹林の中を1時間ほどで横尾根に上がる。秋田駒は女岳(めだけ)、男岳(おだけ)、男女岳(おなめだけ、女目岳とも)の3つを中央火口丘とする複式火山で、横尾根はそれらを取巻く外輪山の一部。どんよりした曇り空の下、現在も煙を噴いているらしい女岳の斜面越しに田沢湖が見える(写真→)。低木の間の道が砂礫だけの道(大焼砂(おおやけすな)、写真↓)になると、猛烈な風がガス(雲)とともに斜面から吹き上げてきた。体感では15㍍はあったろう。時に、コマクサを保護するために設けてある柵がなければ、道を見失いかねないホワイトアウトになった。
AKITAKOMA-2砂礫地の中にポツンポツンとコマクサの株が生えている。コマクサは地中深く根を伸ばしているそうだが、それにしてもよくこんなところで生きていけるものだと感心する。
難儀して大焼砂を抜け、外輪山のピーク・横岳(1583m)に到着。あとで分かったことだが、この大焼砂コースは常に強風が吹いているのだそうだ。大焼砂を回避するコースが外輪山の中腹に付けられている。チングルマの大群生があるらしい。
秋田駒の最高峰・男女岳(1637m)へは、横岳から阿弥陀池まで下って登り返す。遠望はゼロ、近望も、阿弥陀池とその周辺のたおやかな緑の起伏が、ガスの切れ間に現れるだけであった。
小雨も落ちてきて、昼飯もそこそこに往路を戻った。

森吉山
MORIYOSHI-1北麓のコメツガ山荘(770m)から登る。ゲレンデを2度横切り樹林帯の中を歩くこと1時間半、一ノ腰(1265m)に上がる。森吉山も有史以後の活動記録はないが複式火山で、一ノ腰は外輪山の最初のピークである。昨日とはうってかわった上天気、一ノ腰からは、中央火口丘である向岳(森吉山)の秀麗な姿(写真→)、連瀬沢の深い谷、幾重にも重なる奥羽山脈の山並み、青い空と白い雲…、を眺めながらの快適な尾根歩きである。ピークを2つ越え、大小の池溏を過ぎ、夏の名残りの花や咲き始めた秋の花を愛で、外輪山をおよそ1/8周まわって“カルデラ”へと下る。カルデラといっても阿蘇のように広大なものではない。道はすぐ本峰(森吉山)への上りとなり、30分ほどで山頂(1454m)に到着した。登山口から約3時間であった。(↓写真↓)
MORIYOSHI-2山頂は360度の展望であるが、八甲田・岩手山・昨日登った秋田駒・明日か明後日登る予定の鳥海山など、東北を代表する山々の頂きは雲に隠れていた。
MORIYOSHI-3朝方、コメツガ山荘前の駐車場には10台ほど止まっていたが、おおかた下山したらしく(私たちを含め)2台しか残っていなかった。阿仁前田駅で、駅舎(クウィンズ森吉)内にある温泉で汗を流し、秋田経由酒田に向かう。
日本海へ落ちていく夕陽が素晴らしかった。

酒田には私たちの行きつけの店がある。ブログ第一稿でも書いた東急イン内の炉ばた焼「田舎」である。躊躇することなく店に入る。しかしいつもの雰囲気ではない。板前が代わっている。助手も。『忙中“趣味"あり』に出てくる某女子大学哲学科教授に似ている店長だけが同じ。前の若い板前は、刺身・焼き物から雑炊・おにぎりに至るまで何でも、モクモク(黙々)・テキパキと客の注文を捌いていた。しかし新しい年配の板前の手さばきは何とも遅く、注文した料理がなかなか出てこない。見れば私たちのところだけではない。みんな手持ちぶさたにジョッキを傾けたり、あるいはタバコをふかして料理を待っている。そして出てきた料理の順番もチグハグ。刺身やサラダが遅かったり、焼き物が一番に出てきたり。助手も、かなり若い助手であったが、動作がぎこちない。
料理の味自体は変わらなかったように思うが、料理はタイミングである。前のモクモクテキパキ板前はヘッドハンティングでもされたのだろうか。客は薄情、「田舎」の先行きが心配になった。


鳥海山
CHOKA-1どちらも歩行6時間・標高差800㍍程度の初~中級向きの山であったが、2日続けての登山に足が少々こわばり、25日は休息日、酒田から船で1時間30分の飛島(とびしま)で遊んだ。朝 島に渡り、夕 酒田に戻る。(写真→、飛島からの鳥海山
市内のデパートで食料を買出し、鉾立駐車場(五合目)へ。鉾立は1年ぶりであるが、駐車場の一画をつぶし、大々的に宿泊施設を建設中だったのには驚いた。工事看板に「稲倉山荘」とある。既設の国民保養センター「稲倉山荘」を取り壊すのだろうか。今日は土曜日、駐車場は7割がた埋まっている。マイカー登山である私たちにとって、駐車場が狭くなるのは気になるところである。
CHOKAI-2
残照の日本海を撮影し(写真←、撮影18時54分)、夕餉の仕度に取り掛かる。車外に携帯コンロを持ち出しての調理だが、風が強くビジターセンターの軒下を(無断?)借用した。メニューは刺身・桃、肉野菜炒めなど、おそらく民宿や山荘の食事よりは旨いであろう。
あと2,3日で満月という円い月がこうこうと輝いていた。

翌早朝(26日)、なんとなく空気が生暖かい。山は厚い雲に覆われている。象潟から登山客を乗せてきたマイクロバス(定期便)の運転手に聞くと、予報は午後から雨だという(携帯電話は圏外)。
まあ七合目の御浜あたりまで上がることにして出発。運がよければオコジョに会えるかもしれない。緩やかに高度を上げるにつれ、ガスが濃くなってきた。六合目賽ノ河原に到着。ここらあたりからお花畑が始まる。目につくのは果穂になったチングルマ、登山道から離れた斜面にニッコウキスゲや薄青紫のミヤマリンドウの咲き残り…など。チョウカイアザミの株を2つ見つける。湯ノ台コース・薊坂には多いが、鉾立コースでチョウカイアザミを見るのは初めてである。
賽の河原でノンビリしていると、山頂か御浜の小屋に泊まったらしい登山者がぞくぞく降りてくる。様子では上は雨らしい。登っていく人も多いが、私たちはここから帰ることにした。


花の写真~サムネイルの説明
夏の名残り
コウメバチソウ???イワイチョウハクサンフウロギボウシミヤマリンドウチョウカイアザミ
左から、①コウメバチソウ(秋田駒)②名前不明の黄色い花(秋田駒)③イワイチョウ(森吉山)④ハクサンフウロ(森吉山)⑤ギボウシあるいはオオバギボウシ(森吉山)⑥ミヤマリンドウ(鳥海山)⑦チョウカイアザミ(鳥海山)
赤い実・青い実
マイヅルソウタケシマランツバメオモトゴゼンタチバナアカモノ
左から、①マイヅルソウ(秋田駒)②3つは野鳥が食べてしまったのか?1つだけ残ったタケシマラン(秋田駒)③青い実のツバメオモト(秋田駒)④ゴゼンタチバナ(森吉山)⑤アカモノ、イワハゼともいう(森吉山)
秋の花
ツリガネニンジンリンドウシロバナトウウチソウ
①ツリガネニンジン、ハクサンシャジンかもしれない(秋田駒)②リンドウ(森吉山)、森吉山には開花直前のリンドウがたくさんあった③シロバナトウウチソウ(鳥海山)
チングルマ三様
チングルマ-1チングルマ-2チングルマ-3チングルマ-4チングルマ-5
チングルマ(稚児車)は花期、果実期、草もみじ(チングルマは木だが)とそれぞれの時期で楽しませてくれる。①花の写真は2004年7月鳥海山・宿河原で撮影したもの。②・③果実と色づきはじめた葉(森吉山)。④・⑤果実(鳥海山)
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2007.08.14 よ も ぎ 峠
クライマーのメッカ谷川岳から北へ、「上越のマッターホルン」の異名をもつ大源太山へ伸びる稜線上に蓬峠がある。NHK『花の百名山』で紹介されて以来、その名前と映像に魅せられて、一度は歩きたい(登りたい)と思っていた。
群馬県側土合から蓬峠を越えて新潟県側の土樽に降り、電車で土合に戻るという計画。ガイドブックによれば8時間5(上り4時間35/下り3時間30)、昼食・休憩を入れても、土合を7時に出れば、土樽18時12分の最終に間に合うという計算だった…

いささか寝苦しい夜を過ごし、14日早朝(6:15)土合駅を出る。R291をすこし歩き、土合橋を渡って湯檜曾(ゆびそ)沿いの林道に入る。林道入口の道標に[蓬峠9.5km]とある。峠といっても標高1529㍍、土合駅が700㍍前後だから高低差は800㍍を越える。この距離と高低差では、上り4時間35というコースタイムは 少々 無理そうである。加えて真夏の暑さ
キャンプ場を過ぎて道は狭くなった。強い陽射しのせいであろうか、明るい緑の樹林帯の中を歩く。右手からは絶えずせせらぎの音。暑さはどうしようもないが、“散策”のつもりで歩けば そこそこ 心地よい
湯檜曾川に流れ込む沢をいくつか渡り、一度は本流の河原に出た。河原や沢では道を失いやすい。岩に付けられたペンキを慎重にひろう。事情によっては また この道を戻ることになるかもしれない。沢への出入口を間違えないよう、周囲の様子にも注意をはらう。

2時間ほどで芝倉沢出合を過ぎた。そこの道標には[土合5.5km/蓬峠7km,清水峠11km]と書かれている。5.5km+7km=12.5km、林道入口で見た道標と計算が合わない
蓬峠へは旧道と新道の2つのコースがあり、我々が歩いてきた湯檜曾川沿いの道は“新道”である。旧道は途中から山沿いに入る。[蓬峠9.5km]の道標は旧道コースのそれなのだろう。

朝食が早かったので、家内がインスタントラーメンを食べたいと言い出し、補食休憩とする。
道端で食事をとっていると、男性2人組が降りてきた。峠の蓬ヒュッテを5時に出て今だという(約3時間)。「ガイドブックのタイムは 空身でもない限り とてもクリアできる時間ではない」と、暗に我々の計画は無理だよといいたげである。これで家内は、昨夜の睡眠不足もあり すっかり戦意喪失。距離は半分ほど進んだが、高さはいくらも稼いでいない。下り3時間なら上りは6時間、峠に着くのは2時をまわるかもしれない。
そこから少し先の快適な水場で、顔を洗ったり熱いコーヒーを飲んだりして大休止すると、私も登高意欲が消え失せてしまった

新道の湯檜曾川コースからは、谷川連峰のてっぺんがときどき顔を覗かせる程度である(写真上左)。このまま来た道を戻るとブログを飾るにたる写真がないので、一ノ倉沢出合へ回り道をし(写真上右)、豪快な谷川岳をカメラに収めた(写真下、正面 雪渓が残る谷が一ノ倉沢。黒い線は送電線)。一ノ倉沢出合への急登が今回唯一の“山登り”となった。
YOMOGI-TOUGE_1YOMOGI-TOUGE_2

YOMOGI-TOUGE_3

この計画完遂は次回までお預けである。その時は、山小屋はあまり好きではない家内を説得し、蓬ヒュッテに泊まり、ゆっくりのんびりと峠越えを楽しもうと思う
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