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標高2036㍍にある北沢峠は仙丈ヶ岳(3033㍍)、甲斐駒ヶ岳(2967㍍)の登山拠点である。ここから東へ行けば広河原・芦安を経て甲府へ、西へ下れば戸台を通って伊那に出る。仙丈ヶ岳、甲斐駒は、それぞれ、「南アルプスの女王」、「南アルプスの貴公子」といわれるだけあって超人気の山。9月下旬、この2つの山に登ってきた。今回は一人登山である。
仙丈ヶ岳北沢峠に建つ長衛荘甲斐駒ヶ岳

第一日(9月23日) ・・・自宅~北沢峠

早朝6時前に自宅を出、電車・バスを乗り継ぎ、北沢峠に到着したのは12時45分。
夜叉人峠~広河原~北沢峠~戸台を結ぶ南アルプススーパー林道は、年間を通し一般車両通行禁止区間で、甲府からのマイカーならば芦安駐車場を利用する。夜叉人峠~広河原間は、必ずといってよいほど年に一度は、道路が損壊し全面通行止めになる。今年も7月初めの10日間ほど通行できなかったそうである。いっぽう、戸台~北沢峠間は比較的“丈夫”で、通行止めになることは滅多にない、但し、今年は台風9号にやられ 一時 通行止めになったときがあった。これは、翌日、長衛荘のスタッフ(料理長)から聞いた話である。

北沢峠バス停前にある長衛荘に明日の予約をし、戸台側に15分ほど下ったところの大平(おおだいら)山荘に行く(昨日予約)。藪沢コースを仙丈ヶ岳に登るにはこの小屋のほうがちょっぴり便利である。これから夕食まで何もすることがない。14時50分着のバスでも じゅうぶん 間に合ったのだが、のんびり深山の“ふところ”でひとときを過ごすのも悪くない。同類(単独行)の登山者2,3人と話しをしているうち、空模様がだんだん怪しくなり強い雨が降り始めた。その大降りの中、ぞくぞく登山者が下りてくる。大平山荘にかけこむグループ、そのまま北沢峠に素通りする夫婦…;。
夕食は4時30分から。ここは“寝室”と“食堂”が同じで、まずテーブルを並べ、それを片付けてふとんを敷く。連休中日、小屋はほぼ満員で、夕食は2回に分けて行われた。主に団体客の2階組が食べている間、私を含む1階組は 雨の中 外で待つことに。食事そのものは悪くなかった。昨夏の穂高・涸沢小屋はお粗末であったが、それに比べると かなり 良心的である。
山小屋の食事で一番だったのは広河原小屋。ポークのソテーに付け合せが数品、スープやワインも付いて街のレストラン並み。時は3年前、北岳を計画したが、天候が悪化するという予報で、10㍍も登らずに帰ってきた。ついでに これも長衛荘の料理長の話だが、“食事なら”剣沢小屋や燕山荘がお勧めとのことだった。
7時消灯(ちょっと早すぎる)。スペースは1人当たり1㍍ほど、まあゆっくり眠れそうだ。

第二日(9月24日) ・・・仙丈ヶ岳

まだ真っ暗なうちから2階の団体客が下りてきて騒々しい。やむなく4時に起床。彼らはヘッドライトを付けて、4時30分には小屋を出て行った。私は弁当タイプの朝食を食べ、明るくなった5時25分出発。その時は、1階も ほとんど も抜けの空であった。お茶碗・お椀で朝食を食べたければ、6時まで待たなければならない。

甲斐駒ヶ岳(藪沢)薄暗い樹林帯の中を登ると、明るい沢の左岸に出た。藪沢である。沢沿いに付けられた道は、丸太3本を組み合わせた橋で右岸に移る。前方に 大滝というには寂しい藪沢大滝?、振り返れば 雲海の上に甲斐駒のピラミダルな山容が…。思わずカメラを取り出し1枚。その甲斐駒に後押しされて沢沿いの急坂を登る。屈強なパーティー(3人)が黙々と私を追い抜いて行った。やがて道は藪沢を離れ、再び樹林の中に入った。仙丈ヶ岳(馬ノ背)
馬の背ヒュッテ到着8時。ナナカマドの真っ赤な実がかわいい。ここで30分休憩後、一登りでハイマツ帯の稜線(馬の背)に出る。ようやく仙丈ヶ岳と藪沢カール(カール:氷河が削ったスリ鉢状の地形)が姿を見せた。カール底に建つ仙丈小屋も見える。尾根伝いに登り、9時30分仙水小屋。小屋の前に立派な水場があった。やさしい冷たさで実に旨い。このあと、頂上への上りと小仙丈ヶ岳経由北沢峠への帰路がなければ、ガブ飲みしたいところだが、ほどほどで我慢し、ペットボトルの水を入れ替える。仙丈小屋発9時40分、道は砂礫で歩くにくい。勾配もきつい。
仙丈ヶ岳山頂10時、大平山荘から休憩を除いて3時間55分、まずまずコースタイムどおりであった。

山頂では、あとから大きなツアーが上がってくることが分かっていたので、まず証拠写真。北アルプス、中央アルプスはむろんのこと、八ヶ岳も見えない。甲斐駒も隠れてしまった。わずかに北岳から間ノ岳の稜線部だけ雲が切れている。その北岳~間ノ岳が正面(南)に見える本日の一等席を確保し、おにぎりとタクワンだけの弁当を開く。苦労して持ち上げたコンロで湯を沸かしコーヒーも。つかの間、富士山が北岳の左に“頭”をのぞかせた。360度の大展望に越したことはないが、こういう見え方も悪くない。
北岳~間ノ岳北岳と富士山
連休最後の日、藪沢側から小仙丈側から、続々、登山者が山頂に上がってくる。
ツアーのガイドが「休憩は20分でーす。XX分までに写真と食事を終えてくださーい」と叫んでいる。せっかくここまで登って20分とはもったいない。途中、風景や花の写真も撮りたい(この時期 花は終わり紅葉も早いが)。未明に出発したり、時間に縛られるツアー登山はやはりゴメンである。かといって単独登山もよいことではない。今回のように登山者が多い日は、万一の事故でも大事に至る危険性は少ないが…。ベストは、気の合った仲間(夫婦も含めて?)と登ることである。

甲斐駒ヶ岳(藪沢カール)昼食の後片付けをしていると、雨が落ち始めた。あわててカッパを着、ザックにカバーを付けて、下り始めたときは予定11時を15分過ぎていた。時おり、山頂部の雲が切れる甲斐駒や鋸岳を前方に見ながら、カールの縁を小仙丈へ下っていく。カール斜面の草もみじと吹き上げる涼風に秋を感じながら、小仙丈ヶ岳12時15分(15分休憩)。小仙丈からは樹林帯の急下降となり、大滝ノ頭13時。ここで20分のオヤツ休憩をとる。急坂は二合目まで続き、そこを過ぎると緩やかになった。藪沢カールの草紅葉
北沢峠・長衛荘に降り立ったのは14時30分、帰路もほぼコースタイムで下った。
5時頃から夕食が始まった。大平山荘よりすこし良い。味噌汁がなかなか旨かった。食堂は(もちろん)寝間とは別、トイレは小屋の中にもあり、深夜および雨天のとき便利。給湯設備、シャワー室もある。
夕食後、ロビーでテレビの天気予報を見る。家の出る時の予報では、23日:曇り時々雨、24日:曇り時々晴れ、25日:晴れ時々曇りであったが、最新の予報では、雨雲が西から近づいている。そのため、明日は早朝まで雨が残り、回復は午後になるという。そこで早発ちはやめ、様子によっては、前衛の駒津峰から甲斐駒を眺めて戻ることにする。
消灯8時。スペースは今日も1㍍/人。(長衛荘は)一昨日は寝返りも打てなかったと、今朝、(大平山荘を)早発ちした青年が話していた。

第三日(9月25日) ・・・甲斐駒ヶ岳

未明(3時頃?)かなり強い雨音を聞いたが、5時過ぎ起きると止んでいた。朝食の弁当を食べ(長衛荘は朝は弁当)、着替えなど余分な荷を預け、今日も泊まるかもしれないと了解を取って、6時10分、長衛荘を出る。小屋には(たぶん山には登らない)1組が残っているだけだった。
北沢峠周辺の山小屋は要予約。予約なしでは実際に断られるらしい。

道はいきなり樹林の中のつづら折りである。2時間ほどで最初のピーク・双児山(8時3分)。これから越える2つ目のピーク・駒津峰の後に甲斐駒が雄姿を見せている。一休みしていると、学生といった感じの若者が、続いて、彼よりすこし年季がいった青年が「この登りはきついですね、足にきてしまった」といいながら登ってきた。
あとから来た青年とは、その後も甲斐駒山頂や北沢峠で言葉を交わすことになるのだが、浜松からバイクで来て、北沢駒仙小屋(旧北沢長衛小屋)前の幕営場にテントを張っているという。なかなか好感のもてる青年だった。
彼らより一足先に駒津峰に向かう(8時23分)。かなり降って、登り返す。上りで彼ら2人に追い抜かれた。急坂かつザレの登りでペースが落ち、コースタイムすこしオーバーの9時13分、駒津峰(2740㍍)に到着した。魔利支天を右に従えた圧倒される甲斐駒の岩峰が眼前に迫る。背後の仙丈ヶ岳も女王の名にふさわしく優美である。ここでコーヒータイムをとり、9時50分出発。小さなアップダウンが2,3つあり、鞍部の六万石へ急下降。帰路はここを上らなければならないと思うと、少々気が滅入る。 
甲斐駒と魔利支天(駒津峰)仙丈ヶ岳(駒津峰)

鞍部から甲斐駒への登山道は2つある。三点確保で岩をよじ登らなければならない直登コースと魔利支天側へ大きく迂回する巻き道コース。直登を上がって巻き道を下るのが一般的?だが、いつのまにか巻き道に入ってしまった。しかし、これが幸いしたらしい。山頂で再会した浜松の好青年は、直登コースへ進んだが途中で諦め、巻き道コースを上ってきたという。また、長衛荘で親しくなった広島の同年配の男性(私と同じくらいの背丈)と山頂で会ったが、3箇所ほど、手がかり足がかりを探すのにたいへん難儀したそうである。彼は北岳の池山吊尾根や中央アルプス・木曾駒ヶ岳や空木岳も経験した健脚家だった。
巻き道コースも楽ではなかった。広い白砂のザレ場でルートが分かりにくい。アチコチに踏み跡が付いており、岩に付けられたペンキも薄くなっている。長衛荘のスタッフは「いちばん濃い かつ 多い踏み跡をたどってください」と言っていた。幸い、下山者とたびたびすれ違い、ほぼ正規と思われるルートを登ることができた。

十歩上っては一休みを繰り返し、甲斐駒ヶ岳山頂に到着11時20分。長衛荘から5時間10分、休憩を除くと約4時間。登ってみれば ほぼ コースタイムであった。
山頂に人影はまばら、駒津峰の上りで私を追い越した2人、広島の健脚家、もう1組み(2人)と私の6人である。山頂に近づく頃から、ガスが沸いてきて展望はきかない。日本一、二の厳しい尾根といわれる北東に延びる黒戸尾根をカメラに収める。コーヒーと行動食の軽ランチをとり、きっかり1時間後に下山(12時20分)。
駒津峰13時20分/40分。もう私が最後かと思っていたら、途中、2組のパーティーが山頂を目指して行った。

駒津峰からは、往路より2㌔ほど長い仙水峠~仙水小屋~北沢峠へのコースを選ぶ。仙水峠からは早川尾根をはさんで、左に鳳凰山、右に北岳を見ながら下るはずであるが、北岳には 始終 厚い雲が北から南へ流れ、なかなか撮影するチャンスがこない。早川尾根・栗沢山の背後に隠れて見えなくなるまぎわ、ようやく北岳を撮影することができた。
鳳凰山北岳

仙水峠思ったより長い急坂を下り仙水峠(14時42分/56分)。そこから、緩やかだが積み重なった石ころの上、ついで樹林の中の道を下って仙水小屋(15時22分/27分)。仙水小屋で水(本コース唯一の水場)をいただき、北沢駒仙小屋の前を通り、林道に出る。林道をすこし上って、16時15分長衛荘に戻った。駒津峰から2時間35分、コースタイムより実質15分の遅れであった。
広河原行の最終バスは15時30分、朝5時に出ていれば間に合った勘定になるが、そうすると自宅に帰りつくのが、かなり遅くなってしまう。

今夜、長衛荘にはかなり大きなツアーが入り、一般客は 全員 2階を割り当てられたが、(2階は)かなり空いていた。夕食の間(昨日とはメニューが違う)、昨晩と同じように留意事項・お願い事項の説明があったが、今日の担当は元気なおばさん(オーナーの奥さん?)。とくに早発ちのツアー客に対して・・・
まだ寝ている一般客が多いので、①静かに発つこと②ミーティングは外でやること③朝食の弁当は行動中または外のバス待合所で食べること、食べた後のの包みを置いていかないことなど。人間 多人数になると、概してマナーが悪くなるのは不思議である。ツアーが山小屋に着くと急に騒々しくなる。山頂では万歳を三唱する。○○山頂と書かれた標識の前で 入れ替わり立ち代わり 写真を撮る。時には一人相手を変えては何度も撮る。スケジュールが厳しいのか、登降中、後から追いついてもすれ違っても なかなか道を譲らない などなど。

第四日(9月26日) ・・・北沢峠~自宅

1階のツアーが発ったあと、外に出ると、(山間の)狭い空に星が輝いていた。冬の星座オリオンが見える。やっと上天気になるらしい。しかし、今日は始発(9時45分)で山を下りなければならない。
一寝入り後、(今日は)仙丈ヶ岳へ登る広島の健脚家を見送り、小屋の前で朝食(コーヒーと非常食)を摂っていると、大菩薩嶺をよく歩くという川崎の中高年氏が100㌫出発準備完了にもかかわらず、また 話しかけてきた。この人、“超”がつくくらい真面目で謙虚な感じがする人であったが、今日は丹渓荘まで下りてお風呂に入るとか、義弟のことが悩みの種であるとか、白馬乗鞍は素晴らしかったなど、30分ほども話し込んで、「もう遅いので山頂は無理です、駒津峰まで登ります」と小屋のあとにした。
小屋から20分ほどのところに北岳見晴台があるというので行ってみたが、30分歩いてもそれらしき所に行きつかず戻ると、浜松の好青年が戸台行の始発(10時)を待っている。夜のバイクは危険なので、早めに山を下りるという。

北岳(広河原)広河原行9時45分のバスの乗客は3人。10時10分広河原着。芦安行のバスまたは乗合タクシー(バスより100円高いだけ、バスと同時刻で運行?)まで1時間ほどあるので、北岳見物に200㍍ほど戻った大樺沢の吊橋へ行く。11時、乗合タクシーで広河原を出る。タクシーは2台、それぞれ満員という盛況であったが、同じく11時発のバスは(我々が出るまで)乗客ゼロであった。今は売店が1軒(アルペンプラザ広河原)あるだけの広河原は、2年後、新しい施設ができる予定だという。

金山沢温泉という立ち寄り湯で降ろしてもらう(11時45分)。温泉でサッパリし、蕎麦をゆっくり食べたまではよかったが、芦安バス停まで20分ほど歩く羽目に。危うく芦安発甲府行13時27分のバスに乗り遅れるところであった。
甲府に向かうバスの中から振り返ると、山の頂は厚い雲を被っていた。
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