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4月26日(金)~足柄峠散策と『草庵』でのディナー~
足柄峠チェックインにはまだ時間があるので、御殿場インターから県道78号を足柄峠へ。足柄峠は後北条氏の出城があったところで、遊歩道を歩くと、一の郭跡から五の郭跡まであった。出城とはいえ、かなりの大規模なお城であったらしい。由来板に、豊臣秀吉によって滅ぼされたとある。
峠からは、南に金時山から明神ヶ岳へ続く箱根外輪山(写真→)、北に富士山を望むことができるが、今日の富士は全身に厚い雲をまとい、いくら目を凝らしてもその薄影すら見ることができなかった。
夕食は豪華なディナーが待っているので、峠一帯を散策し、昼食はごくごく控え目に。さらに金時山に向かって林道をゲート前まで走り、腹ごなしに往復1時間ほど歩く。道は 延々 金時茶屋へ荷揚げする車道が続き、まわりは木々も少なく景観も悪い。路傍に咲く薄紫と純白のスミレが単調な歩きを救ってくれる。紫はタチツボスミレ、白はヒゴスミレというらしい。紫のスミレは黄色いタンポポとともに城址の草原のアチコチにも咲いていたが、ヒゴスミレはこの路傍に 数株 見かけた程度であった。峠周辺では、大きく枝を伸ばした紅や白のヤマツバキ、赤紫のヤマツツジも見事であった。(写真↓)
ところで、足柄聖天堂という建物があり、「下(しも)」の安堵を守るという珍しい御堂。今のところ大丈夫であるが、先々のことは分からない。せいいっぱい聖天尊様に祈願して、今夜の宿『草庵』に向かった。
スミレスミレツバキツツジタンポポ
草庵乙女トンネルを抜け仙石原に下る途中の高台に『草庵』は建っていました(←写真)。娘夫婦が内祝にセットしてくれたホテル&レストランです。お風呂(内風呂)でサッパリして、ディナーの始まり。
まずシャンパンで(家内と)乾杯。前菜はホタテ・ハマグリ・ホタルイカのロワイヤルとフォアグラ・大根のステーキの2品、グリンピースのスープ、主菜もハマチ・タイのグリルと相州和牛のステーキの2品、最後に筍の煮込み御飯とお味噌汁、そしてアイスクリームを添えたミルフィーユのデザート。和風仕立て(お箸で食べる)のフレンチで、料理が自慢というだけあって出てくる料理、どれも美味しい。器も素敵でした。品数に合わせた個々のボリュームも適量。高級ワインの心地よい酔いもあって、小鳥の目覚ましが聞こえるまで ぐっすり 眠りました。娘と旦那さんに感謝しつつ・・・

4月27日(土)~金時山ハイキングと小田原~
サクラソーセージ・アスパラの春巻きなどの朝食もなかなか美味しかった。10時すこし前チェックアウト。昨日にもまして厚い雲であったが、金時山に登ることに。公時神社の駐車場の様子は3月の経験で分かっていたので、有料区域を素通りして無料区域へ。しかし“第一”駐車場はすでに満車、どうにか残っていた“第二”駐車場のスペースに車を押し込み、金時山へ登り始めた。
サクラ降りてくる人も多く「こんにちわ」の連発、これから登る人を時に追い越し、時に追い越され、休憩なしで歩き続けたが、頂上までやはり70分ほどかかったろうか。
視界はまったくゼロ、芦ノ湖も霞んでよく見えない。狭くはない頂上は人・人・人で、いくつかあるテーブルとベンチは先のグループが腰を上げると、すぐ次のグループの予約が入る。私たちは岩場の間にシートを広げて小休止、おやつ程度の昼食のあと、下山した。
サクラ山には、芽吹いたばかりの新緑に混じって、まだサクラがかなり残っていた。淡紅色の小ぶりの花、マメザクラという種らしい。中には今が満開という感じの幹もあった。シャッターを切りながらスローペースで下る。
サクラ公時神社に戻って靴を履きかえたり、ストックの片づけをしていると、雨が落ちてきた。まだ山にはかなりの人が入っている。金時山から明神ヶ岳に向かったグループもいた。かなりの降りで、道は泥んこになっているだろうし、滑りやすくなってもいるだろう。私たちは 間一髪 山中で雨に合わず、ラッキーであった。
サクラ帰路は最短ルート(R138とR1)を小田原へ直行。箱根湯本前の渋滞も大したことなく、『鈴廣』に立ち寄ったあと、いつも利用する小田原駅前駐車場に車をおき、『鳥ぎん』へ。店に入ったときは閑散としていたが、出るころは1Fも2Fも満席という盛況であった。『岡西』でおはぎを買い、鎌倉経由で自宅へ戻る。台風9号で大被害を被った西湘バイパスが やっと 上下2車線通れるようになっていた。
私たちの箱根はせいぜい前夜発日帰りですが、今回は娘夫婦のおかげで、一生に一度あるかないかの贅沢旅行を味わうことができました。改めて感謝・感謝です。
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