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鳥海山で新緑の中のドライブと残雪のトレッキングを楽しんだあと、国道344号を内陸の金山町に向かった。金山は池内紀さんの『なぜかいい町一泊旅行』で知った町。その中に、明治11年、東北から北海道を旅行中、金山町に惹かれたイギリスの女性の話が出てくる。彼女の名前はイザベラ・バード。

金山町について語るには、小学校の前の小さな公園に建てられていた[イザベラ・バード記念碑](写真の碑文を引用したほうがよいであろう。
イザベラバード記念碑『今朝新庄を出てから、険しい尾根を越えて、非常に美しい風変わりな盆地に入った。ピラミッド形の丘陵が半円を描いており、その山頂までピラミッド形の杉の林で覆われ、北方へ向う通行をすべて阻止しているように見えるので、ますます奇異の感を与えた。その麓に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である。私は正午にはもう着いたのであるが、1日か2日ここに滞在しようと思う。駅亭にある私の部屋は楽しく心地よいし、駅逓係はとても親切であるし、しかも非常に旅行困難な地域が前途に横たわっているからである・・・・・・(イザベラ・バード「日本奥地紀行」、高梨健吉訳より)』

金山町は美しい家並みと豊かな疎水、それに里山の杉林がこじんまりと落ち着いた街を作っている。街を歩き、イザベラ・バードの心をとらえた風情と人情は、今でも息づいていることを感じた。

小学校前の公園イザベラ・バードが“ピラミッド形の丘陵”と表現した3つの小山(写真→)。国道13号を新庄方面へすこし上がったところから見ると、3つの小山はギザの3大ピラミッドに似ていました。私はエジプトに行ったことはありませんが。
撮影場所は金山小学校前の小さな公園。記念碑は手前にあり、なかほどの黒塀の前に「大堰」が流れています。
蕎麦処「草々」お昼を食べた蕎麦処「草々」(写真←)。築100年以上の趣のある建物良し、私の好きな黒く太い麺で味も良しでした。
金山杉を使った黒い井型の木組みと白い漆喰の壁のコントラストが美しい建築様式は金山の特徴で、新築するさい、町は補助金を出して、この様式にするよう奨励しているそうです。
蔵史館内部2蔵史館内部1蔵史館外観蔵史館外観と内部(写真→→)。道路に面した前蔵と門をくぐって後蔵があり、写真は後者。室内も木組みと漆喰の心休まる空間でした。

きごころ橋金山川製材所で(写真←←←)街の北のはずれ、金山川にかかる木組みの橋「きごころ橋」と自然の土手を残す金山川。遠望は神室山です。
3枚目は加工を待つ金山杉、川沿いにあった製材所で。
小堰大堰町内を縦横に走っている「堰」(写真→→)。左が町のシンボル「大堰」、右は街中で見た“小”堰の一つ。『手づくり郷土賞』と書かれた銘板が縁にはめ込まれていました。
「金山大堰」は戦国時代末期の1580年ごろ開削され、町の変遷とともに農業用水から生活用水とその利用方法は変わったが、昭和50年の大改修工事を経て、現在の規模・形態になったそうです。

金山町に着き最初に行ったのが、中心街から5㌔ほど東、グリーンバレー神室にあるホテル「シェーネスハイム金山」。そこで、今夜の予約を取り、街の巡り方を聞き、中心街に戻ったわけですが、その往きも帰りも、『金山杉の美林』の場所に気付きませんでした。街なかの家具屋のご主人から「絶対に見落とすべきでない」と勧められ、今度は目をさらにして走ると…なかほどにありました、小さな立札が。裏には何も書いてないので、グリーンバレー神室から中心街に向うときは まず 分かりません。
大美輪の杉1“立札”のところで間道へ右折、ほどなく木立の中に駐車スペースがあり、畑の中の細い道をちょっと歩くと、『大美輪の杉』と書かれた標識が立っていました(写真→)
奥へ進むとビックリ 見事というほかありません。
入口の説明によれば、樹齢:230年ぐらい、樹高:最大59m/平均49m、直径:最大152cm/平均106cm。本数:128本、私有林ですが、所有者の好意で公開しているのだそうです。
大美輪の杉2大美輪の杉3大美輪の杉4大美輪の杉7大美輪の杉5大美輪の杉6大美輪の杉9
大美輪の杉8圧倒的な杉林の素晴らしさに感動して、車に戻り、荷物の整理をしていると、品の良いおばあさんが話しかけてきた。御歳82、そのお歳に似合わず足腰がしっかりしておられる。13年前に連れを無くされ、今は一人暮らし。お子さんは年に1度しか帰ってこないという。気候が良くなると、毎夕、こうやって1時間ほど散歩をされるそうだ。山菜の話、冬はたいへんという話。家が道路に面していて、除雪した雪を家の前に積まれるのが困るとのこと。伺って、善政の金山町行政にも“汚点”もあるものだと思った。
ひとしきりおしゃべりをし、『大美輪の杉』ではない“杉林”の方へゆっくり歩いて行かれた後姿が 何となく 寂しげであった。
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17日、まだ陽が高い4時過ぎ、鉾立駐車場(五合目)に到着。
鉾立は“新”稲倉山荘が完成し、一段高い所にあった“旧”稲倉山荘(国民保養センター)跡地は駐車場になって、様相が一変していた。建設中の 昨夏 見た時は、てっきり宿泊施設だろうと思っていたが “旧”同様 食事・休憩だけ、外観も平凡でパッとしない。せっかく建て替えるのなら、鉾立山荘やビジターセンターと同じくらい「趣」のあるものにしてほしかったと、鳥海山ファンの一人として残念である。
鉾立山荘は収容40人の素泊り小屋で 、数組のパーティが泊っていたが、私たちは車中泊。夕食前、鉾立展望台を往復し、日本海に落ちる夕陽と(実際には 水平線には厚い雲があり、太陽は雲の中に消えていった)、鳥海山の右肩に昇った満月に近い月を楽しんだ(写真↓↓↓↓↓)
鋒立・日の入1鉾立・日の入2鉾立・日の入3鉾立・月の出1鉾立・月の出2
  (18時23分)  (18時25分)  (18時47分)  (17時28分)  (18時53分)

翌朝早起きし、6時出発。5月、ブルーラインは夜間通行できないので(17時~8時)、4時には鉾立に戻りたい。タイムリミット10時間、私たちのペースでは今日は伏拝岳までが限度であろう。また、とくに御浜から先の融雪の状況も分からない。
六合目あたり1鉾立展望台までの遊歩道は雪はなく、コンクリートの石段が露出していた。六合目あたりから雪原となり、新しく購入した軽アイゼンを着ける。雪が柔らく傾斜も緩やかなので、アイゼンなしでも大丈夫だが、ズルッ・ズルッと足を後ろにとられることがない。六合目あたり2
アイゼンは何種類か使ってきたが、この6本爪は快適。着脱が簡単で、ところどころ夏道が露出した、この時期の雪山にたいへん都合よい。賽の河原を過ぎる
[写真]鳥海山は五合目はすでに森林限界、御浜まで展望がよい緩やかな登りが続きます。[写真]象潟の街と日本海。水平線には雲がかかり、空と海の境は曖昧模糊としていました。雪の斜面の後ろの山に鉾立山荘やビジターセンターが見えます。[写真]賽の河原を過ぎると御浜はまもなく。ゆっくり登って来るのは妻、影は私です。

御浜・鳥の海、月山が霞む御浜小屋(七合目)到着8時10分。小屋は開放されていたが、風も弱く陽射しもあるので、「鳥の海」を真正面に見る“岩の椅子”に座る。「海」は中州にある小山がちょっとだけ顔を出しているていどで、まだ一面真っ白。遠くに月山が霞んでいた(写真→,。20分ほど休んで腰を上げた。月山アップ
ここまでは ほぼ コースタイムで登ってきたが、鉾立ルートは御浜で3分の1、これからが長い。御田ヶ原まで緩やかな尾根歩きの登りが続き、七五三掛へ八丁坂の急坂を下る。その後、道は外輪コースと千蛇谷コースに分かれるが、いずれをとっても厳しい登りである。御浜から鳥海山を仰ぐ
[写真→]尾根の後ろに聳える岩山が新山(鳥海山の最高峰、2236m)、それを半円に取り巻いているのが外輪山、新山の左後ろが七高山(外輪山の最高点、2230m)。今日の目標、伏拝岳は写真では右端の外輪山の1ピークです。
鳥海山は1801年の大噴火で新山が生まれ、七高山に変わって最高峰となった。新山は大きな火山岩が積み重なって、草木まだ1本も生えていません。

御田ヶ原をいく雪の鉾立コースを御浜から先に進むのは初めて。御浜から御田ヶ原への尾根道には雪はまったくなかった。北側も視界が開け、展望は(鉾立から御浜より)さらに良くなる。但し ゴロゴロした岩道なので、ルートを見失わないよう用心も必要。6月になると、この展望に可愛い花たちが加わるが、山肌に描かれた美しい白黒の縞模様はこの時期ならではのものである(写真→、御田ヶ原から)。
御田ヶ原から八丁坂を下る。立派な階段が付けられているが、今は雪に埋もれている。鞍部まで下りきって登り返す。七五三掛付近は小さい沢を渡ったり、山腹を巻いたりの複雑な地形となっているので、雪解けが進むと、かなり歩きにくく危険でもあろう。しかし、今日は雪原が広がるばかりで、(外輪コースと千蛇谷コースの)分岐の指標も見えなかった。
伏拝から鳥海山と千蛇谷頭上に見える外輪山のピークを目印に急登にとりつく。アイゼンなしでは滑り落ちそう。もっとも滑っても谷底に落ちるということはなく、元の登り地点に戻るだけであるが。雪の斜面から草木が出ている尾根スジに入ったところで休憩。すこし遅れて来た妻が『今日はここまで』という。伏拝から稲倉岳
御浜から1時間50分、伏拝岳までは行けそうだったが、妻の“決定”に従うことにした。20分ほど休んで下山。10時50分、ゲートが閉まる時間にはじゅうぶん間に合うだろう。
[写真↑]外輪山と新山、千蛇谷はまだ深い深い雪。伏拝岳は右端のピーク、伏拝まで上がればあとはいくつかの小さなアップダウンで七高山です。[写真→]稲倉岳と中島台方面、稲倉岳の向こうが鉾立です。

下りは軽快、雪がクッションとなり膝も痛まない。行きの半分1時間で御浜。「鳥の海」の上を、トビが3羽 悠然と飛んでいる。時おり「鳥の海」に舞い降りる。トビが自分より低いところを飛ぶ姿は、めったにお目にかかれないだろう(写真。御浜からも快調に雪原を駆け下る。鉾立に着いてしまう前に残りの写真を紹介します。
(写真三~四合目に広がるブナの森、ブルーラインはその森の中を走っている。(写真稲倉岳南側の奈曾渓谷の白糸の滝(右端)は雪解けの時だけ現れる。
御浜・トビ1御浜・トビ2御浜・トビ3山麓のブナの森奈曾渓谷に落ちる白糸の滝
(タチツボ)スミレショウジョウバカマ5月の鳥海山は花はまだ少ない。鉾立の近くに咲いていたショウジョウバカマとタチツボ?スミレ(写真→→)

2時、鉾立に戻る。日帰り湯「あぽん西浜」で汗を流し、酒田市内へ。酒田は明日から『酒田まつり』で、本日休業の飲食店が多い。いつも立ち寄る炉ばた焼『田舎』は休み(日曜は不定休らしい)、次候補の『魚一』も休み。この類の店は諦め、一度ランチを食べて気に入ったフランス料理店『欅』にする。ディナーも気に入って、再び鳥海山方面へ。
今夜は道の駅『ちょうかい』に泊まり、明日金山町へ向かう。
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