上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
週末は良くないが、週明け25日は[曇りときどき晴れ]、26日は[晴れときどき曇り]という予報に、薬師岳登山を計画、22日昼 富山に向かった。その夜は北陸道有磯海SAで仮眠。ところが、翌朝の予報は、今日・明日[曇り一時雨]、25日から28日まで[曇りのち雨]が続き、29日になって[晴れ間が出る]と“悪い方”に変わってしまった。
そこで、当初の計画以外に、A.弥陀ヶ原を歩く と B.富山近辺の“平地”を歩く、の2つの代替プランを考えたが、結果的としては、新湊市街、雨晴海岸および黒部欅平を それぞれ 1日づつ歩く、Bプランとなった。

海王丸パーク、放生津八幡宮、前川に架る橋めぐり(8月23日)
道の駅「カモンパーク新湊」に車をおき、まず 海の方向 北北東へ歩く。新湊大橋を渡り、万葉線新湊港線の踏切を過ぎると 海王丸パーク。広い。海王丸は立山連峰を背に繋留されていたが、山は低く垂れこめた灰色の雲の中でした。

放生津八幡宮・阿狛犬放生津八幡宮・拝殿と狛犬放生津八幡宮・吽狛犬放生津八幡宮・二の鳥居と拝殿そこから西に向きを変え、放生津八幡宮(ほうしょうづはちまんぐう)へ。
由来より・・・放生津八幡宮の歴史は古く、天平十八年(746)、越中の国司として赴任した大伴家持が興した奈古八幡宮に始まる。現在の社殿は高瀬輔太郎の傑作で、文久三年(1863)に再建された。
拝殿の木彫りの大狛犬は、開口の“阿”(高160㌢)、閉口の“吽”(高150㌢)ともケヤ木の寄木造り。作者の矢野啓通は本市出身で、文政十一年(1828)生まれ、若冠19歳での作品である。

社殿はよく見ることができなかったが、拝殿および大狛犬はたいへん見事だった。子供が数人、野球に興じるほかはひっそりとした境内には、芭蕉の句碑「早稲の香や 分け入右は 有磯海」と新湊ゆかりの萬葉の歌碑が立っていた。家持は ここ 奈古之浦の風光をたいへん愛したそうである。
  奈呉(なご)の海の 沖つ白波 しくしくに 思ほえむかも 立ち別れなば
  水門風(みなとかぜ) 寒く吹くらし 奈呉の江に 夫妻(つま)よび交わし 鶴(たづ)さはに鳴く
  越の海(こしのうみ)の 信濃の浜を 行(ゆ)き暮し 長き春日(はるひ)も 忘れておもへや


新湊は港と市街の間を、内川という小さな川が東西に流れており、それぞれ趣向を凝らした15の橋が架かっている。八幡宮から さらに 西進を続け、放生津橋から藤見橋まで、九つの橋を 南へ北へ 渡り歩いた。川べりは整備された遊歩道。家並みの瓦も美しく、両岸に係留された漁船も情景によく溶け込んでいる。
東橋1東橋2、両詰めにガラス貼りの休憩所がある東橋3九つの橋の中で、赤い切妻屋根がついた東橋が金メダル、欄干をステンドグラスで飾った神楽橋が銀メダルで、三位以下は 放生津橋や山王橋など 横一線でした。神楽橋2神楽橋1
東橋のベンチに腰かけて、編み物をしているおばあさんがいた。東橋には両詰にガラス貼りの休憩所もある そろそろお昼、お勧めの寿司屋を聞くと「石松」。橋見物を中断してランチタイム。
石松寿司は大量の注文が入っていて、店内客はお断りだったが、にぎりだけならと作ってくれた。シロエビ、バイガイなど なかなか 美味であった。

残りの橋を見物し「砂時計」で休憩後、いったん道の駅に戻る。砂時計は馴染みらしい客が多く、カウンター、テーブルとも ほぼ 満席。パフェ風に盛った小豆入り抹茶クリームとコーヒーを注文する。どちらも美味しく、コーヒーは浅炒りであるが、香りも味も たいへん よかった。
その後 車で、街を散策中 見つけた銭湯の一つに行き(新湊は銭湯も多い)、第一ホテル内「潮騒」で夕食、再び道の駅へ。その途中、今まで気づかなかったが、道の駅「カモンパーク新湊」の隣に 天然温泉「海王」があるではないか ナビには出ていなかった。もっとも「海王」を発見できたのは、ナビの指示する道を走った結果であるが。明日のお風呂はここに決まり。

今日は 新湊(現射水市)を、両辺4㌔・底辺2㌔の逆三角形に、およそ10㌔を歩いた。明日は、“洋上アルプス”(富山湾越しに見える立山連峰)は望めそうにないが、雨晴海岸(あまはらしかいがん)を歩くことにする。


雨晴海岸を歩く(8月24日)
雨晴海岸・氷見方向雨晴海岸・雨晴駅からJR氷見線雨晴駅横の駐車スペースに車をおかせてもらい、ホームはずれの線路を越えて すぐ 海岸に出た。立山連峰は今日も厚い雲の中(左)、氷見・能登方面も 同様に 雲が多い(右)。

雨晴海岸・カモメ1雨晴海岸・カモメ2雨晴海岸・カモメ3雨晴海岸・カモメ4人気のない砂浜はカモメの遊び場。テトラポットは安全な休息場。離れて歩く2羽は親子だろうか?

あちらこちらに、海水浴客やキャンパーが残していったゴミが散乱している。風光明媚な海岸が台無しである。 
雨晴海岸・花3雨晴海岸・花2(ハマナス)雨晴海岸・花1浜辺にはハマナスの花が咲いていた(中)。黄色い花(左)、白い花(右)は何の花だか分からない。
鳥尾の海浜植物園を抜けたあとは車道を歩き、雨晴駅からおよそ7㌔で、氷見フィッシャーマンズワーフに到着した。

氷見では 是非 行きたい寿司屋がある。地魚専門の「蛇の目壽し」。契約している漁師から仕入れ、市場からはめったに買わない。したがって 寿司種が切れると、店を閉じる。電話をかけると 幸い 開店中、6年前の記憶をたよりに店を探し出した。
はじめは私たち二人だけであったが、ほどなく ほどよく 混んできた。お盆前後はたいへん忙しく、やっと落ち着いてきたという。奥さんは 今日から 京都旅行とかで、実際、“おまかせ”から“お好み”に移るころ、友達が迎えに来て 店を出ていった。

「蛇の目壽し」は たまたま 入った高岡のレストランのオーナーに紹介してもらったのだが、彼のその後や漁の話を聞きながら、にぎりや刺身で、カウンターケースに並んだ種を 一通り 食べた。甘エビ、タコ、アオリイカとアカイカ、サザエに蒸しアワビ。光ものはコハダに〆サバ、白身系はキジハタとヒラマサ。小ぶりだったがクルマエビも。どれも逸品だが、特筆は 〆加減最高のサバとアオリイカ。アオリイカは飯(シャリ)に載っているのが1杯分、すなわち子供で とても 柔らかかった。サバは 昨日 大きいのが“1尾”入ったので、早速 〆たという。
近年、漁獲量が減って、店同士で魚の取り合いが起こり、人間関係が悪くなっているそうである。この店(蛇の目)も永くは続けられないでしょうとも。新湊の「石松」の御主人も、いずれ“廻る”寿司だけになるでしょうと、話していた。

帰りは さすがに 歩く元気はなく、氷見駅から電車で雨晴駅に戻った。
今日も「砂時計」で休憩し、昨日見つけた天然温泉「海王」に入る。夕食は「蛇の目」で御土産に持たせてくれた太巻き、これも逸品だった。

昨日は 午後から 雨の予報だったが すこし はずれ、夜遅くに雨が降った。今日は 日中 降水確率90%だったが、一滴も降らず、薄日さえ射す天気だった。しかし 山は明日も晴れそうにない。予報も[曇りのち雨」で、変わらない。まだ行ったことがない欅平を明日の目的地に決め、道の駅「うなづき」に向かった。


トロッコ列車で欅平(8月25日)
黒部峡谷鉄道(黒鉄)、鷲羽山に源を発し富山湾に注ぐ黒部川に沿って走る。長さ86km・標高差3000㍍のうち、宇奈月温泉から欅平までは 長さ20km・標高差350㍍(宇奈月250㍍/欅平600㍍)。私は初めて乗るが、妻は2度目 但し途中まで。客車は、窓なしの普通車(いわゆるトロッコ)、窓付きの特別車とリラックス車、天井もガラスのパノラマ車の4種類。私たちは むろん 普通車である。

始発(7時32分)で宇奈月を出る。途中 3つのダム湖があり、そのたびに 渓谷美は薄れるが、もともと 黒部川電源開発の資材運搬用に敷設されたものだから やむを得ない。80分で欅平に着いた。
線路沿いの冬期歩道トロッコ列車2(欅平駅)トロッコ列車1(黒薙駅)左:黒薙駅を出てすぐ、支流の黒薙川に架かる後曳橋を渡る。 中:客車は15両以上、2台の電気機関車が引っ張る(欅平駅で)。 右:冬 黒鉄沿線は雪に閉ざされるが、発電所のメンテは必要。作業員の安全な歩行のため、線路に沿って“トンネル”が作られている。しかし 鉄橋にはない。

猿飛峡1猿飛峡2猿飛峡3欅平で降りると まず 特別名勝特別天然記念物に指定されている。猿飛峡に行った。
案内によれば、黒部川で最も川幅が狭く、昔、猿が飛び越えたというところから、この名前がついたという。

祖母谷歩行用ヘルメット人喰岩欅平に戻り、今度は 奥鐘橋を渡って、名物“人喰岩”(左)が口を閉じる前に通り過ぎ、やはり黒部の支流、祖母谷川(ばばだにがわ)に沿って歩く。奥鐘橋からの、もう一つの特別名勝特別天然記念物:奥鐘山は見落とした。
石剣温泉の先に休憩所とゲートがあり、「これより先 祖母谷温泉に行く人はヘルメット着用」とあり、無料貸し出しのヘルメットが並んでいた(右)。その中から、青と赤のヘルメットを被り、ゲートを開けて先へ進む。

祖母谷・トンネル1祖母谷祖母谷のアップ祖母谷川の両側は険しい奥鐘山と名剣山、道は奥鐘山側についている。ところどころに[落石注意]の警告がある。短いトンネル(左)を過ぎると、谷が深くなった(右の2枚、全景とアップ)。道は次第に川を離れ、2つ目のトンネルに入った・・・
祖母谷・トンネル2祖母谷温泉1祖母谷温泉22つの橋祖母谷温泉は2つの山の登山口
・・・長いトンネルを出ると祖母谷川に再会。谷間が広がり、向こう岸に祖母谷温泉が静かに建っていた。祖母谷温泉で祖母谷川と祖父谷川が合流している。写真は祖母谷温泉側から撮ったもので、手前が祖母谷川に架かる橋、奥が祖父谷川に架かる橋。また、祖母谷温泉は唐松岳と白馬岳の西側からの登山口でもある。祖母谷に沿えば白馬、祖父谷に歩けば唐松、両方とも9~10時間の行程、途中には避難小屋が1軒あるのみ、どう転んでも私たちには“縁”のない道である。

祖母谷・花阿曽原温泉への登山道2阿曽原温泉への登山道1来た道2kmを、ハギなど愛でながら欅平に戻る。
昼休み後、これも私たちには“縁”がないであろう阿曽原温泉への登山道へ。この道は雪解けと積雪の間のごく短い期間しか歩けない。阿曽原温泉の先は有名なS字峡・十字峡に続く。阿曽原温泉まで 250分の道のりを 45分だけ歩いた。(高度差は250㍍)。奥鐘山と夕剣山のV字の間から、はるかに見えた山の頂は唐松岳であったろうか?!

14時37分のトロッコで宇奈月に戻り、かって泊まったことがあるホテルの日帰り温泉に入り、黒部インター手前の蕎麦屋で夕食、名立谷浜SAで仮眠、翌日 横浜に帰った。
スポンサーサイト
年に一度は、登山者が少なくなるお盆過ぎに、日本アルプスのどこかに登ることにしていますが、今年は燕岳(つばくろだけ)に登りました。この7,8月は台風が少なかった、というよりほとんど来なかった、かわりにスカッと晴れた日も多くなかったようです。お盆の翌週も前線が日本列島を上がったり下がったりで、不安定な天候が続きましたが、燕岳登山当日(18日)は前線が南に下がって“青空”。その好天は一日続かず、夕方から曇り空となり、翌日(19日)、かなりの雨の中を下山しました。しかし、“雨のち晴”でなかったことを“良し”とすべきでしょう。

8月17日
北アルプス三大急登の一つといわれる「合戦尾根」を登るにあたって、足慣らしに長峰山(明科、939m)に登り、安曇野しゃくなげ荘へ。長峰山からは安曇野と北アルプス前衛の山々が見えただけ。晴れていれば、蝶ヶ岳・常念岳から白馬三山まで見渡せるビューポイントである。

8月18日
駐車場がいっぱいだったら大変 と早めにしゃくなげ荘を出たが、第二駐車場は10台程度、橋を渡った第一駐車場も 十分 空きがあった。登山口の中房温泉まで車道を10分ほど歩き、売店・トイレ完備の登山口を 6時45分 出発した。燕山荘(えんざんそう)まで5.5㌔/標高差1218㍍である。

合戦小屋いつものように、はじめは尾根に取り付く斜面をジグザグに登る。急登は第一ベンチ(7:35)を過ぎ、第二ベンチ(7:55)まで続く。第二ベンチで尾根に上がったらしい、勾配が緩やかになった。第三ベンチ(8:35)の手前から 再び 急登、急登は富士見ベンチ(9:20)まで続く。南方は厚い雲で、富士はむろん南アルプスも見えず。再び 傾斜は緩やかになって、登山口から3時間と15分で合戦小屋に到着した(10:00)。
合戦小屋名物はスイカ。長野波田産のたいへん甘いスイカで元気をつけ、再び合戦尾根(10:20)へ。

槍の穂先木々の背丈が低くなって展望が開け、大天井岳(おてんしょうだけ)が見え始めた。そして 大天井の右、お誂えに低くなった稜線の向こうにが穂先を出している 槍を見る感激は やはり 富士山以上である。
合戦沢ノ頭合戦小屋から一登りで、三角点のある合戦沢ノ頭(10:40-10:50)、標高2489m。(←
北に針ノ木岳蓮華岳餓鬼岳、南は大天井岳の先に常念岳が。そして、槍ヶ岳は 高度を上げるにつれ その全容を現し、穂高へと続く縦走路も望めるようになった。
左から針ノ木岳・蓮華岳・餓鬼岳槍ヶ岳と大天井岳(手前左)大天井岳~常念岳※写真…左:右から稜線伝いに大天井岳、東大天井岳、横通岳、離れて常念岳。中:槍ヶ岳から大喰岳、中岳、南岳あたりまで見える。右:針ノ木岳(左奥)・蓮華岳(中奥)・餓鬼岳(右)。
燕山荘北岳or甲斐駒ヶ岳?槍ヶ岳~穂高連峰蓮華岳と鹿島槍ヶ岳(奥)合戦沢ノ頭からは眺望を楽しみながらの尾根歩き。蓮華岳の右後ろに鹿島槍ヶ岳も見える(左)。穂高には雲がかかりはじめ、この写真がベストとなった。南東は相変わらず深い雲海、顔を出しているのは甲斐駒ヶ岳だろうか? やがて燕山荘直下(右)。

ハクサンフウロやミヤマトリカブトなどが咲く お花畑の中の最後の登りは、花崗岩特有のザレ道であることもあって 案外きつく、妻はすこしバテ、私より一足遅れ 11時50分 燕山荘立つ主稜線に到着した。
槍ヶ岳、燕山荘~燕岳から裏銀座の山々、燕山荘から燕岳、燕山荘から稜線に上がり、対面の山なみがパッと目に入る瞬間は、登山の大きな醍醐味の一つ。正面に、高瀬川をはさんで裏銀座の山々(烏帽子岳~鷲羽岳)が連なる(中)。左には 槍ヶ岳から延びる北鎌尾根と東鎌尾根(左)、そして右には 花崗岩の白とハイマツの緑のコントラストが美しい燕岳右)。

宿泊手続きを済ませ(団体以外は予約不要)、一休み後、燕岳へ(距離1㌔/登り56㍍)。西側斜面の砂礫地にコマクサが群生している。こんな水も栄養もないところに、いつ見ても不思議な高山植物だと思う。
夕食後のイベントの中で、燕山荘オーナーの赤沼健至さんが話していた。 ①コマクサは他に先駆けて進出し、荒れ地を開墾する。他の植物が育つ環境になると、彼らとの生存競争に負けてしまい、新たな荒れ地を探す。もちろん 開墾は幾世代にも亘って行われる。 ②ロープを張ってコマクサを保護しているが、これがアマチュアカメラマンに不評。しかし 一たび足を踏み入れると、降雨時 そこが水路となって、じゅうぶんに根を張っていないコマクサは流されてしまう。
コマクサが不思議なら、花崗岩の奇岩も不思議。まるで人が彫ったような、イルカそっくりの石がある。山荘の西側にはオットセイに似た石もあった。これからどんな動物になるか、製作途上の石もたくさんある。

燕岳山頂燕岳山頂、標高2763m。日本(深田)百名山の選に洩れたことが“幸い”したのか、「燕岳頂上」と書かれた標識(石碑)が洒落ている(→)。
山頂からは“270”度の大展望(東方は雲)。北から南へ(写真は右から左へ)、1.蓮華岳、2.針ノ木岳、3.剱岳立山(雲が多い、以上北方)、4.野口五郎岳(右のなだらかな山)と水晶岳(左端のすこし尖った山)、5.ワリモ岳(中央)と鷲羽岳(左、以上西方)。
鷲羽岳(左)とワリモ岳(右)水晶岳(左)と野口五郎岳(右)立山・剱岳方面針ノ木岳蓮華岳

大天井岳へ続く表銀座縦走路と常念岳(雲の中)燕の下りから燕山荘燕山荘から安曇野燕からの帰り。写真左:燕山荘から大天井を経て槍への表銀座縦走路が延びる。写真左:燕山荘はこんな所に建っている。写真右:眼下に広がる安曇野。

燕山荘、夕食後のイベント夕食後、赤沼さんの話を聞く。1時間半近く、燕岳のこと、登山の心得、スイスアルプス、ファミリー登山の勧めなど話題は多彩。時おり宣伝も入り、合間にアルペンホルンの演奏も(←
コマクサのことは先に書いた。キヌガサソウやトリカブトを根こそぎ持ち帰った不埒者の話。ゴミは絶対持ち帰ること、残飯の味を覚えて合戦小屋に居ついたクマを“自然”へ“撃退”するのに苦労したそうだ。キツネが上がってきて、ライチョウが 今年は 5羽しか確認できていないらしい。ファミリー登山では、実際多くの小学生 あるいはそれ以前と思われる小さい子を連れた家族を かなりの数 見かけた。
消灯9時。大部屋もあるらしいが、ほとんどはタタミ2畳づつ仕切った上下のベッドで、プライバシーは守られる。ただし 混雑時には ここに 3人押し込まれる。ちょっと高いが個室もある。

夕 景
日没は6時40分ということであったが、雲が厚く、空は 期待したほど 赤く染まらなかった。しかし、それなりに味わいのある写真が撮れたと思います。
左端は、燕岳西側斜面から強い風が吹き上げてきて、東斜面を霧となって吹き下ろしていくさま。燕から大天井の稜線は偏西風の影響でいつも風が強く、とくに大天井岳の手前は強いとのこと。右端のシルエットは燕岳、左の 燕と相似形のような小さなピークは烏帽子岳。真ん中3枚のシルエットは裏銀座縦走路の山々です。
強風吹く燕岳暮れゆく空(1)暮れゆく空(2)裏銀座の山々夕景燕岳夕景
トピックを一つ。6時過ぎ 山荘前テラスで写真を撮っていると、半袖・スニーカー姿で、小ぶりのザックを背負った30代と思しき男性が 一人 大天井方面からやってきた。聞けば、今朝6時 奥穂(穂高岳山荘?)を出たという。これだけでも驚きなのに、ベンチで一休みし柔軟体操をやると、中房へ降っていった!!。明日 弟子のデビュー戦があるので、今日中に降りなければならないという。ボクシングのコーチらしいが、凄い人がいるものだ。


8月19日
日の出は5時5分、しかし 山荘の外に出ると あたり一面 真っ白、時おり小雨が落ちてくる。赤沼さんが「縦走は自重したほうがよい」と注意するが、早発ちののパーティは大天井岳へ向かう。雨は その後 本降りとなったので、東鎌尾根は危険、おおかたは大天荘か大天井ヒュッテ止まりとなったであろう。
私たちは 定刻どおり(5時30分)朝食を食べ、食堂横の喫茶スペースでケーキセットをいただいてから、計画どおり下山した(7時15分)。合戦小屋を過ぎるころから雨足が強くなり、富士見ベンチ(8:15-8:25)、第二ベンチ(9:25)を()の時刻に通過し、10時15分 登山口駐車場に降り立った。


奇岩と花
イルカ石オットセイ石?ハクサンフウロミヤマトリカブトタカネニガナ(左)とイワオトギリ(右)有名なイルカ石(左、燕山荘~燕岳稜線)と無名?のオットセイ石(右、燕山荘西側)
ヤマハハコ?クルマユリお花畑と安曇野コマクサ(1)コマクサ(2)上の列、左から○タカネニガナとイワオトギリ ○ミヤマトリカブト ○ハクサンフウロ。 下の列、左から○ヤマハハコ、拡大写真は蓮華温泉から天狗の庭の歩道で撮ったもの ○不明 ○クルマユリ ○アキノキリンソウ?などと安曇野 ○コマクサ ○コマクサ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。