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梓川SAから常念岳前日(23日)、長野道・梓川SAから見た常念岳(じょうねんだけ、写真→の中央、標高2857m)。その右側の低くなったところ(コル、鞍部)は常念乗越(じょうねんのっこし)、常念岳と常念小屋がある常念乗越との高度差は400mあります。
私たちが選んだ一ノ沢コースは比較的登りやすいコースで、まず常念乗越に上がり、そこから空身で常念岳を往復します。常念岳に 直接 登るコース(三股コース)もあります。

一ノ沢登山口朝6時、一ノ沢(ヒエ平)駐車場に到着。登山口はここから1.1㌔先で、一般車はここまでしか入れない。簡単に朝食を済ませ、車道を歩く。途中、道端のところどころに 2,3台づつ 車がおいてあった。駐車場が広くないので(30台以下)、無理からぬことであるが、マナー違反には変わりない。登山届をポストに入れ、7時5分 出発。常念乗越まで距離5.7㌔/標高差1196mである。(←写真)

王滝ベンチ道は沢沿いに付けられた、樹林の中の緩やかな登り。あたりは白いガスが立ち込め、雨は降っていないが、時おり 木の枝葉から水滴が落ちてくる。妻に促され、初めから雨ガッパ上下を着こんでいてよかった。少々暑いが、濡れるよりはいい。
本沢(一ノ沢)に流れ込む支沢を いくつか 丸太の橋で渡り、ほぼ標準タイムの1時間ほどで王滝ベンチを通過した。(写真→)
時に沢に近づき、時に離れ、次第に高度を上げる。

飛び石連休の翌日とあって下山してくる登山者も多い。「上は晴れていますヨ、御来光も拝めました」という励ましも、半信半疑に緩登・急登をくりかえすうち、ホント青空が見え始めた。

樹間の黄葉雲の上に出る緑の中に、いち早く色づいた木々の葉が“こもれび”に映える(←写真)。やはり『山は晴れに限る』である。やがてガスは完全に切れた。
振り返ると見事な雲海、高度2000mあたりから上は“快晴”、下は“本曇り”である。(写真→、沢は一ノ沢上部)
常念乗越の紅葉東斜面の紅葉最後の水場一ノ沢コースは水場にはことかかないが、胸突八丁と呼ばれる急坂(さほど長くはない)を上がると最後の水場(写真→の左)。途中、補食の大休止を取ったにしては、ここまでかかった時間は4時間30分だった。(標準は休憩不含で3時間45分)
“最後の水場”から最後の急登、ようやく常念岳の“一部”が姿を現した。9月下旬の2500mを越える高山、すでに紅葉半ばという感じである(写真↑の中と右、山頂はこのピークの先にある)。ハイマツの緑とのコントラストが美しい。これを登りきると、槍・穂高の大展望が待っているはずである。“アシ”があがらず“アゴ”があがってきたが、“その時”を楽しみに 一歩一歩 頑張るのみ。

常念乗越常念乗越から浅間山方面登山口から5時間半、2456mの常念乗越に上がった(12:30)。真っ青な空をバックに槍ヶ岳がその鋭鋒を見せている。思い描いていた以上の素晴らしい眺めだ。(←写真、赤い屋根は常念小屋)
一ノ沢、安曇野は深い雲海の底である(写真→、とおおおくの山は浅間山)。

常念小屋テラスから常念小屋テラスから、槍ヶ岳アップ常念乗越は7.5合目あたりにある。常念岳山頂までは、一登り、いや二登りあるだろう。楽しみにしていた常念小屋名物ハンバーグ入りカレーで元気をつける。小屋のテラスで絶景から大喰岳(おおばみだけ)・中岳南岳と3000mを越える山並みは、南岳で深く切れ落ち(大キレット)、北穂高岳へと続くを眺めながら・・・(←写真、槍~大キレットと槍のアップ)

昼食・休憩後、常念岳へ(13:40)。岩がゴツゴツした道を、ペンキのマークを拾いながら登る。私たちの視点が高くなるにつれパノラマが広がってゆく。穂高連峰が姿を現し、横通岳(よこどおしだけ)に遮られ見えなかった大天井岳(おてんしょうだけ)や燕岳(つばくろだけ)も。
大きな岩に八合目と書かれたポイントを過ぎ、“前ピーク”を越えると、山頂がやっと見えた。九合目前後で、三股からのコースを左に分け、15時20分、常念岳山頂に立つ。標高2857m、今年登った山で一番高い。太陽は西に傾き、槍・穂高はシルエット的であったが、東西南北、遮るもののない大展望である。

常念小屋~常念岳山頂の写真
横通岳と常念乗越・常念小屋草紅葉と槍ヶ岳ホシガラス左から、①横通岳と常念乗越に建つ常念小屋 ②槍ヶ岳をバックに草紅葉(八合目付近で) ③草紅葉に遊ぶホシガラス(八合目付近で)
槍・穂高連峰パノラマ槍から裏銀座の山槍ヶ岳、前景は表銀座大キレット左から、④槍・穂高連峰のパノラマ ⑤槍から鷲羽岳など北側の山なみ ⑥槍ヶ岳アップ、前景は赤岩岳から西岳 ⑦大キレットのアップ。右側が南岳、左側が北穂高岳
横通岳、遠景は後立山連峰と北信五岳三股コース分岐常念岳山頂左から、⑧横通岳(前景)、燕から延びる合戦尾根と有明山(中景)、後立山連峰北信五岳(遠景) ⑨左へ行けば三股登山口、前へ進めば常念岳、後ろへ下がれば常念乗越(九合目付近で) ⑩常念岳山頂、2857m

常念岳山頂からの大パノラマ
穂高連峰、遠景は乗鞍岳穂高連峰(北穂・奥穂・涸沢岳・前穂)奥穂と前穂の間の吊尾根大キレット西南~西
①穂高連峰、左後ろは乗鞍岳、その奥は木曽の御嶽山 ②穂高連峰アップ、右から北穂・涸沢岳・奥穂・前穂 ③奥穂高岳と前穂高岳の間の吊尾根と涸沢カール、手前は屏風ノ頭 ④くどいですが、再び大キレット
燕岳と大天井岳剣・立山遠望針ノ木岳・蓮華岳遠望蓮華岳と鹿島槍ヶ岳遠望西~北
⑤槍は省略して大天井岳(左)と燕岳(右)の稜線、背景は左から野口五郎岳・立山連峰・剱岳・針ノ木岳・蓮華岳、手前は横通岳 ⑥立山(龍王岳と雄山)・剱岳遠望、龍王岳と雄山の間は一ノ越 ⑦針ノ木岳蓮華岳の遠望、中景は燕岳 ⑧蓮華岳と鹿島槍ヶ岳の遠望。双耳峰をもつ鹿島槍は後立山連峰に属します。耳の間に見えているのは白馬岳?
浅間山遠望蝶ヶ岳と大滝山御嶽遠望東~南
浅間山(右側の山)遠望 ⑩蝶ヶ岳と大滝山の稜線、蝶ヶ岳は2つ目のピーク。遠景は木曽駒ヶ岳 ⑪御嶽山遠望


“影”常念安曇野、八合目付近から山頂付近の紅葉見飽きることのない360度の大展望を“30分間”楽しんで、山頂を後にした(15:50~)。
写真左:風雨にさらされる山頂から乗越の稜線にも丈の低い灌木は育つ。それらが真っ赤に紅葉している。 写真中:雲が切れ、安曇野が眼下に広がった。 写真右:一ノ沢の上の雲は相変わらずとれない。その雲海に常念岳が影を延ばしている(影常念)。

槍ヶ岳夕景常念小屋夜景、槍ヶ岳山荘と北穂小屋の灯が見える日の入17時30分。晴れ過ぎは夕焼けには都合が悪い。太陽の光を反射するチリや水蒸気が少なく、西の空は ほんのり 茜色に染まっただけだった(←写真、17時40分)。
夕食17時45分。消灯20時。部屋は6畳4人の相部屋だった。混雑時は12名詰め込まれる
消灯前、小屋の外に出る。満天の星。カシオペヤ座から白鳥座、銀河系の中心方向である射手座にかけ、ほぼ南北に流れる天の川が よく 見えた。都会からは孤光の星に見える北極星の周りにも星がいっぱい。そして、ポツンポツンと見えた槍ヶ岳山荘と北穂小屋の灯が印象的であった(写真→、常念小屋の灯りの上にある2つの点、三脚なしで撮影)。

9月25日朝の槍ヶ岳方面翌日(25日)は予報より早く天候が崩れ、つかの間見えていた槍ヶ岳も雲に隠れてしまった(写真→、6時40分)。昨日と打って変わって西風も強く、大天井岳から燕岳への縦走はやめ、山を下りた(6:45~11:15)。
穂高温泉郷の日帰り湯「健康館」でさっぱりし、「榑木野(くれきの)」で、大きな車エビが2尾付いた天ぷら蕎麦を食べて、道の駅「ほりがねの里」で休憩。常念岳方面には黒い雲がかかっていた。おそらく雨になっていただろう。
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2008.09.13 初秋の苗場山
スキー場として有名な苗場山に行った。『さわやか百景(NHK)』9月7日放送の「上信越 苗場山」で、山頂に広大な湿原があることを知ったからである。天気予報によれば、12日の金曜日がベスト、しかし13日(土曜日)も“曇りときどき晴れ”で悪くはない。14日は“曇りときどき雨”、13日を登山日と決め、11日夜、自宅を出た。 (しかし予報は当たらず、13日は“雨ときどき曇り”、逆に14日が“登山日和”であった
計画は、○“裏側の”秋山郷・小赤沢から登る。○前夜は三合目駐車場で車泊する。ネットによれば ここに泊って苗場に登った人がいる。代替はR117沿いの道の駅「信濃さかえ」。○翌朝 早発ちし、東西3�・南北4�という湿原を のんびり・くまなく 歩く、である。

三合目駐車場まで(12日、晴れのち曇り)
秋山郷保存民家小赤沢温泉楽養館上里SAで仮眠、長さ11�の関越トンネルを 何年かぶりに くぐり、塩沢石打ICで出る。R353、R117を走って、道の駅「信濃さかえ」へ。しかし ここから小赤沢登山口までかなり遠い。周りにこれといった見所もなかったので、R117を[大割野]まで戻り、そこでR405へ右折、秋山郷に向かった。

秋山郷は、苗場山と鳥甲山に挟まれた深い谷あいに点在する13の集落から成る。その1つ、R405から苗場側に坂をすこし上って、小赤沢温泉『楽養館』 の湯に入る。タップリ鉄分を含んだ赤い湯がいかにも効能がありそう。木造の建物もなかなか趣があった。写真左の奥が温泉棟で、手前は食堂と休憩室。坂下にあったドライブインが休みで、夕食の頼みの綱はここだけ。営業時間を確認して(4時まで)、秋山郷の“観光”巡りをする。
写真右は保存民家の福原総本家旧宅。江戸時代中期頃の建物で、豪雪地特有の中門造りに特徴があるとか。秋山郷は 近世まで 冬季には隔絶されるケースが多く、たびたび飢饉・飢餓が発生、天明三年(1783)には、「大秋山」という一集落8軒が全滅したという。

大瀬の滝民宿は数軒あったが、食堂は『楽養館』だけ。再び坂道を上って早い夕食(岩魚定食)を食べ、小赤沢の集落の間を三合目に上がる。途中、大瀬の滝(おぜのたき)という、立派な滝があった。下山する車数台とすれ違いながら、5時前には、三合目駐車場に到着した。三合目(9.12夕)
ガイドブックには50台駐車可とあるが、先客は2台だけ。どちらも無人だったが、仕事か釣りかで登山ではないらしい。
やることもないので、夕焼けの西空を 小1時間も 眺める。太陽は雲の後ろ、それもかなり厚い雲で、空は赤く染まることなく闇となった。月も(今夜は満月に近いはずだが)星もない真っ暗な夜、8時には 早々 消灯

苗場山(山頂)湿原(13日、雨ときどき曇り)
三合目(9.13朝)5時起床。東の空が赤い。朝焼け?! 朝焼けなら悪い予兆である。
1台また1台と車が上ってくるうち、雨が落ちてきた。しかし、1泊までしたのだ、この程度の雨で諦めるわけにはいかない。登山届をポストに入れ、出発(6時50分)。 ここは1290m、高度差855m/歩行距離6~7�である。七合目から西の山
四合目を7時30分(1470m)、五合目を8時5分(1580m)、六合目を8時45分(1750m)、七合目を9時20分(?m、文字が消えかかっていて判読できず)、八合目を9時45分(1940m)に通過、9時55分 湿原の一端に到達した。随所に補助ロープや鎖が付けられていたが、それらのの世話にはならずに澄んだ。
写真右は七合目を過ぎたあたりからの西方の山々、手前は布岩山、後ろのどれかが鳥甲山と思われる。

湿原に上がるとパッと視界が広がった。見渡す限りの平坦な草原、山頂にいるとは とても 思えない。“真の”山頂はまだ1.2�先、湿原はいったん途切れ、オオシラビソの林の中に入った。再び湿原に出て ほどなく 標高2145mの山頂、山頂を示す木柱は山小屋『遊仙閣』すぐ横の“平地”に立っていた。
山頂の湿原1苗場山頂苗場山頂ヒュッテ鈴木牧之レリーフ山頂の湿原2
この頃から雨足が強くなったが、遊仙閣は閉業中で、もう1軒の山小屋『苗場山頂ヒュッテ』に駆け込む(写真中)。折からの雨で、小屋の休憩室はほぼ満員の盛況だった。休憩料\300@人であるが、熱いお茶が入ったポットや乾燥用の石油ストーブなど、サービスが行き届いたヒュッテだった。外がすこし明るくなってきたので、ヒュッテを出る。(2時間近く小屋にいた)
ヒュッテの近くの大きな岩に[鈴木牧之]のレリーフがある。彼(1770~1842)は越後国魚沼郡塩沢町の生まれ。家業の縮布仲買で産をなすいっぽう、「北越雪譜」、「秋山紀行」など民族学上貴重な著書を遺した著述家でもあった。「秋山紀行」に、文化八年(1811)7月の苗場山登山の記述があるという。

湿原は歩いてきた方向とは反対の斜面にも広がっていた。北東へ祓川コースを下ればスキー場、北西へ大赤沢コースを下れば、中腹に小松原湿原があるが、そこまで往復する時間的余裕はない。大赤沢コースをちょっと歩き 小赤沢コースに戻った。

山頂の湿原(池溏3)山頂の湿原(池溏2)山頂の湿原(池溏1)湿原には大小無数の、無数はすこしオーバーだが、池塘が点在する。池には、ミヤマホタルイなどのイネ科植物が生えていて、その様から、古の人はこの山に「苗場」と名前を付けたという。 そんな池塘の三景、左:やや生育が遅い池塘、中:実りを迎えた池塘、右:刈入れが終わった池塘。

チングルマの草紅葉白い花赤い花花は終わり紅葉はこれから、というこの時期の苗場山登山の醍醐味は360度の展望と“静寂”。しかし雨雲が垂れこめた今日は後者のみ。その“静か”で単調な風景に彩りを添えたのは、チングルマの草紅葉“など”だった。 ※“など”すなわち写真右の2枚は名前が分かりません

山頂の湿原(木道2)山頂の湿原3山頂の湿原(木道1)湿原はところによりさまざまな様相を見せる。小高い丘にはオオシラビソの林がある。オオシラビソは雪に強く、樹氷の“芯”になる樹木である。気になるのはクマザサの侵略。乾燥が進んでいるのだろうか? アチコチの草原・湿原でクマザサが増えているのを見てきたが、とくに八幡平で顕著だった。クマザサに罪はないのだが、黄葉することなく枯れてしまうので 美観上 ありがたくない植物である。
写真中央の背景の山は鳥甲山(右端)と佐武流山(左端)、2つの間の遠望は志賀高原の山々。

オオシラヒゲソウオヤマリンドウウメバチソウ?種類も数も少ないが、秋に咲く花もある。[左]はオオシラヒゲソウ、東北から近畿の日本海側に分布する、五合目と六合目の間で。[中]はオヤマリンドウ、陽が射さないと開かない、登山道(三合目から九合目)の広い範囲で見られた。[右]はウメバチソウ?、三合目付近にすこしと三合目から一合目の車道からたくさん見られた、花期は8月~10月と長い。オオシラヒゲソウはウメバチソウの近い親戚。

4時過ぎ三合目駐車場に戻り、今日も『楽養館』の湯に入る。[行き]は気づかなかったが、R405はずいぶん勾配がある道だった。「ウォッちず」(国土地理院の地図閲覧サービス)の2万5千分の1地形図で調べると、小赤沢750m前後、大割野250mぐらいで、500mほども下った(上った)ことが分かった。
『楽養館』の夕食には間に合わず、R117沿いのコンビニで。味は当たり外れなく、値段も安いので『コンビニ食堂』はよく利用する。塩沢石打ICから関越道に入ってすぐの塩沢石打SAで仮眠し、翌日自宅に帰った。
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