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福島から米沢へ、東栗子ついで西栗子トンネルを抜けると雪道となった。今回の旅の目的は、西吾妻山の樹氷を森を歩くこと、そして、それはまったく無理なことだったが、できれば西吾妻山に登りたい。
小雪が降りしきるなか、米沢から県道2号を白布温泉へ、道路は除雪はしてあるが圧雪状態である。3月前に訪れたばかりの白布温泉は、久しぶりのまとまった雪で真っ白だった。宿(西屋旅館)のチェックインには早いので、この冬初のスノーシュー慣らしと[若女平登山口]を確認のため、すこし歩いてみることにした。

吾妻山スカイバレー3吾妻山スカイバレー2吾妻山スカイバレー1左へ折れれば天元台ロープウエイ湯元駅へ行く分岐をまっすぐ進む。道はU字にカーブ、その手前の大きな橋(下は最上川源流の一つ、藤右エ門沢)のたもとに、「歓迎・白布温泉」の看板が立っていた。ピンクの旗竿に誘われ、ほどなく西吾妻スカイバレーとなる車道と分かれて、山道に入る。しかし、この山道はまもなく前進不能となった。引き返して橋を渡り、ゲートを越えて冬季閉鎖のスカイバレーへ。車1台、人っ子一人いない静寂の車道は心地よいが、行けども歩けども[若女平登山口]は見つからない。小さな指道標で、雪に埋まっているのかもしれない。左に登れそうな所もない。諦めて白布温泉に戻った。
翌日、ロープウエイのスタッフに聞いて分かったのだが、旗竿が立っていた、私たちがちょっと足を踏み入れたところが[若女平登山口]だった。[若女平登山口]の指道標もあるらしい。しかし、積雪期は歩けないという。ブログには、西吾妻山の帰りに若女平を下った人の記事が出ていたが・・・


翌日(18日)も朝から雪。宿の駐車場からロープウエイ乗場まで1kmほどあるが、車の雪下しも面倒なので歩くことにする。数人のスキーヤーに混じって天元台(1350㍍)に上がる。天元台から終点の北望台(1820㍍)までは3つのリフトを乗り継ぐ。スノーシュー組は私たち二人と、歓声をあげながらゲレンデを歩いてくる中学生ぐらいの団体だけであった。同行者がいるとは心強い。夏場はできるが、スキーシーズン中は下りのリフトを使うことはできない。リフトのスタッフに、帰りはゲレンデを歩いて下る旨伝えて、次のリフトに乗る。平日で混んでいないので、ゲレンデのどこを下ってもかまわないという。月山では肩身の狭い思いをして下ったが。
リフトではじっとしているので、寒さが身に凍みる。雪に風が加わり、体感温度は氷点下10℃以下だろう。朝の寒いうちはスキーヤーは上がってこないとかで、第三リフトはほとんど空っぽだった。当然ながら、上がるほどゲレンデは狭くなり、リフトから離れたり、リフトを横切ったりしている。2001年、2002年のいずれも夏、リフトで上り下りしたことはあるが、ガスれば、ゲレンデといえども“道”が分からなくなるかもしれない。誰も上がってこない。少々、心もとない気分になって、北望台に下り立った。北棒台にはリフト係員が詰める小さな小屋一つがあるだけである。

ガイドブックによれば、冬の西吾妻山は中級、北望台から山頂を往復し、天元台に下る50分をいれて所要5時間45分である。誰も上がってこないのを幸い、一人リフト番をしている若いスタッフにいろいろと尋ねた。
それによれば、「目印となるようなものは何もありません。あのロープが張ってあるところが(と樹林の一角を指さして)夏道の入出口です」 「スノーシューを持った中学生たちが十数人上がってくるようですが」と問うと、「彼らはここからすぐゲレンデを下るでしょう。引率はガイドではなく、先生です」とのこと。この2日の新雪で、週末にはいたかもしれない登山者のトレースはもちろん消え、期待した道連れもないわけである。「かもしか展望台は近いですが、梵天岩(かもしか展望台から真南へ1時間30分)に行くのは無理でしょう。昨日、中年夫婦一組が来たが、樹氷の中を1時間ほど歩いて戻ってきました。樹氷を楽しむつもりで歩いてください」と助言してくれた。

スノーシューをつけて『白い森』に入る。元木の多くはオオシラビソ(別名:アオモリトドマツ)で、ダケカンバがすこし。リフト係員の話では、数日前までは樹氷は(融けて)なかったそうで、今の“衣”はこの2日間で“新調”されたものである。ラッキーだった。足元の雪はフカフカのサラサラ、動物の足跡一つない。森閑とした空気が たいへん 気持ちよい。しかし 歩くのは超難儀で、一足踏み出すごとに膝上まで沈んでしまう。南西方向へ 40分 直進できれば[かもしか展望台]のはずであるが、立ち木に行く手を阻まれ、間隙を縫って右へ左へと進路を変えざるえない。雪は止むことなく降り続き、視界もきかない。これだけの深い雪になると、転んだら なかなか 起き上がれないことも体験した。私たち自身のトレースが消えないうちにと、結局、1時間ほどで北望台に戻った。
樹氷1樹氷2樹氷3樹氷4樹氷5
樹氷6樹氷7樹氷8樹氷9樹氷10
写真の補足:下段真ん中はココアタイムを取ったところ。下段右の2枚にも私たちのラッセルの跡がついている

ゲレンデ1ゲレンデ2ゲレンデ3ゲレンデをトコトコと下る。天元台まで約3km。平日とあってか、スキーヤーは 存外 少ない。私たちが天元台に着く間に、若者が二人、何度も雪煙をあげ滑り降りていった。こういうシーンにあうたび、スキーを習おうかという気になるが、いつもその時だけに終わっている。
写真の説明:[左から1枚目]第三リフトの中間あたり、ここからスロープは緩やかとなる。[2枚目・3枚目]中腹にはダケカンバが多い。リフト係員は「ゲレンデわきの森の中を歩くのも面白いですよ」と言っていた
西吾妻山天元台天元台に着く頃には雪が止み、雲も切れてきた。振り返ると、西吾妻山の全貌が。西吾妻山はなだらかな山容を持つ。標高2035㍍、北望台から200㍍も登れば山頂である。山頂まで樹林に覆われ ほとんど 展望はきかないが、途中、大凹(おおくぼ)という湿原があり、7月には、ワタスゲの大群落が見られる。

飯豊連峰1飯豊連峰2西に、白銀に輝く飯豊連峰を望むことができた。
朝日岳とともに、一度登りたいと願いつつ、その山フトコロの深さから まだ 実現していない。
案内板によれば、中央奥のどっしりした山が飯豊本山(2105m)、左のなだらなかな三角錐は大日岳(2128m、飯豊連峰最高峰)、右に美しい山襞を見せているのは扇ノ地紙(1880m)である。

新高湯温泉へ1新高湯温泉へ2新高湯温泉・吾妻屋旅館思いがけず飯豊の眺めを堪能でき、満足して「湯元」に下りたものの、スノーシュー“ハイク”としては物足りない。そこで、ここから1km 山奥に入った秘湯「新高湯温泉」まで往復することした。新高湯温泉はロープウエイの ちょうど 中間あたりに位置している。泊り客は湯元駅?まで送迎してくれるようだが、平日でお客がないのか、轍は半ば消えかかり、吾妻屋旅館はひっそりとしていた。

白布温泉白布温泉・西屋旅館白布温泉・西屋旅館4時頃、白布温泉(西屋旅館)に戻る。名湯“湯滝”で温まり、蒸し鍋がメインのオリジナル御膳でおなかを満たす。昨夜は米沢牛のすき焼き御膳だった。
西屋旅館については、昨年11月のブログで詳しく書いたが、創業約700年の老舗。落ち着いた雰囲気で、湯も食事も申し分なく、私たちのお気に入り宿である。
夜半から また 雪となり、翌朝まで降り続いた。写真右の手前が西屋、奥は火事のあと再建された東屋、中屋は場所を変えて営業しており、空き地になっている。
雪が消えた新緑のころ、是非 若女平を下りたいと思いながら、白布温泉をあとにした。
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2009.02.08 高尾山を歩く
日本一の山、高さではもちろん富士山(3776m)、登山者の数では高尾山(年間250万人)。その高尾山に、2月8日の日曜日、登った。2回目である。1回目は、紅葉にはちょっと早い昨年10月下旬に、表参道コース(1号路)を上り、稲荷山コースを下った。

4501今日は6号路を上る。6号路は最も東寄りの稲荷山コースの1つ内側(山側)のコース。ケーブルカー清滝駅の左手の舗装道路をしばらく歩くと、赤い毛糸の帽子を被ったお地蔵さんたちが並んでいた(写真→)。赤い帽子はお地蔵さんばかりでなく、石碑や祠にものっていた。岩屋大師びわ滝
高尾保養院の手前から山道に入った。弘法大師の伝説がある岩屋大師(写真←)に続いて、[琵琶滝]の看板。6号路は“びわ滝”コースともいう。その「琵琶滝」は、小さいが立派な神社(名前は失念した)の裏の崖の中ほどから落ちていた(写真←)。想像より小さい。

45034504道はびわ滝川の沢沿いに付けられているので、ガイドブックには夏場がお薦めとある。梅雨時に咲くセッコク(野生のラン)がいちばん多いコースでもあるようだ。せせらぎの音を聞きながら、高度差約400㍍を3.3kmで登る、ゆったりとした山道である。沢を隔てた左側(*)の尾根が、昨秋、下った稲荷山コース。雨のあとは滑って歩きにくそうな道だった。 (*)山では沢の上流から下流に向って「右・左」というから、正確には“右側”である。
麓の駐車場はいっぱい、清滝駅前広場もたくさんの人だったが、多くはケ-ブルカーやリフト、表参道コースに流れたのであろう。冬枯れの季節ということもあって、ハイカーは思ったより少なく、前後をふりかえっても、人影が絶えることがしばしばであった。
45054506高尾山(薬王院)の歴史は古い。天平十六年(744)、高僧行基菩薩の開山という。開山以来、いっさいの殺生を許さず、森の木を切ることも禁じてきた。そのため、永々と植林されてきた杉の木とともに、自然の森が守られてきた。南斜面は常緑樹が、北斜面は落葉樹が多いという。
豊かな森は動物も育む。リスやアナグマには会えなかったが、ヤマガラは何度か見ることはできた。初夏にはオオルリが東南アジアから渡ってくるそうだ。姿はともかく、さえずりだけでも聞きたいものだ。

丹沢の山々富士山杉の木がなくなり急な階段を上がると、山頂ループコース(?)や、一丁平を経て陣場山への縦走コースなどが合流した広場があった。いくつかベンチがおいてある。山頂は混雑しているだろう。ここでランチ休憩とした。
“合流”広場から舗装された道を一登りで山頂(599㍍)。穏やかな冬の日曜日、山頂は人・人・人である。休憩所のベンチはもちろん、およそ座れそうなところは一人分の空席もないほどだった。今日は富士山がよく見えた(写真)。前景左の三角錐は大群山(1588、大室山とも)である。前景右は道志山塊の御正体山(1682)、赤鞍ヶ岳(1257)と続く。
道志の山には登ったことがないが、富士山の左(東)側には馴染みのある丹沢の山々が連なる(写真)。左から大山(1252)、ヤビツ峠の鞍部を経て、二の塔、三の塔、いくつかピークがあり、中央右寄り、丸みおびた比較的大きな山が丹沢山(1567)、右のピークが丹沢の最高峰・蛭ヶ岳(1673)である。表尾根縦走の終点・塔ノ岳(1491)は丹沢山の後ろにあり、ここからは見えない。

4509吊り橋帰路は4号路を選ぶ。山頂から2,30mの三叉路をまっすぐ下れば表参道の1号路、右へ下れば上がってきた6号路、4号路は左の樹林帯に入る。あたりは途端に静かになった。山頂のざわめきがウソのようである。淨心門
北斜面の4号路はブナなどの落葉樹が多いと聞いていたが、けっこう緑も多い。モミの木が目立った。関東の600㍍に満たない低山にブナの木があるのは珍しいのだそうだ。NHK『日本の名峰・高尾山』によれば、200年ほど前、気候が一時的に寒冷化したときに高尾山まで広がり、それが日当たりが悪く涼しい北斜面に生き残ったとのこと。しかし、常緑樹も次第に植生を延ばしているようだ。4号路のシンボル・吊り橋を渡ると、ほどなくして淨心門。ここで1号路と合流する。

45134512舗装された1号路を下るのはつまらないと思っていたところ、幸い、淨心門のすこし先に、6号路(びわ滝)へのショートカットがあった。これを下る。マップ下り始めてすぐ3号路を右に分け直進すると、また分岐、左はびわ滝へ迂回するルート、右のほうが清滝駅に近そうである。右を選ぶと、案の定、高尾保養院の裏手に降り立った。 (*)前出の主尾根の南斜面というコース。シイやカシの自然林が残っているそうだ。

NHK『日本の名峰・高尾山』から得たその他の情報
4月~尾根沿いに咲くヤマザクラ、足元にも色とりどりの花が咲く。日当たりのよい地面にイカリソウ、木影にヤマルリソウ、ヒトリシズカ、高尾山で初めて発見されたタカオスミレ。 5月~北斜面の新緑が日増しに濃さを増す。主役はブナやイヌブナ、森一番の巨木は樹齢200年といわれる「元禄ブナ」である。高尾山では一つの山としては最多、1500種の植物が確認されている。~ムササビが150頭ほどいる。 6月~杉の木についた野生のラン・セッコクの大群落が見られる。高い木や崖の上など人が容易に近づけないところに咲く。 11月~萌えるような紅葉に、山は日に4万人のハイカーでにぎわう。カエデの種類だけでも15種類。高尾山は江戸時代から展望の名所として知られていた。南東に遠く横浜、東に新宿副都心、西に富士山。
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