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雨という予報は当たらず今日も晴れ、昨日の千曲川源流部~甲武信ヶ岳~十文字峠という周回コース歩いた疲れはだいぶん残っていたが、金峰山(きんぷさん)に登ることにする。朝食は7時にして、お弁当を1食分作ってもらい、8時に宿(白木屋)を出る。20分で廻り目平に到着、金峰山荘(きんぽうさんそう)の専用駐車場に車をおく。料金は通常300円、金峰山に登った人は100円だが、1㌔を歩きを我慢すれば無料で車をおけるところもある。
西股沢中ノ沢出合ベニバナイチヤクソウ廻り目平(まわりめだいら、標高1570m)出発8時35分。金峰山川・西股沢沿いの林道が延々と続く。中ノ沢出合(林道終点、9:50)で丸太橋を渡り、中ノ沢沿いの道を進む。中間点中ノ沢橋を渡ったところにベニバナイチヤクソウの小群落があった。開花は6月上旬頃らしい。
[金峰山登山口]と書かれた標識を過ぎ、「最終水場」(10:20-10:30、標高は1900m前後)からは沢を離れ、急斜面を150mほど登って尾根に上がる。展望のない尾根を急登し、中ノ沢出合と金峰山小屋との「中間点」を通過(標高2150m、11:15)。 ※2万5千分の1地図には中ノ沢という記載はない。西股沢の延長となっている。

金峰山小屋尾根道2尾根道1残雪が目立ち始めた。アイゼンを付けるが、柔らかく歩きにくい雪だ。森林限界に近づき、やっと西に展望が開けた(写真→中、八ヶ岳連峰)。緩やかになった道の脇に小さい広場を見つけ、そこで昼食(12:40-13:00)。再び、樹林帯の尾根を急登し、13時20分、山頂直下に建つ金峰山小屋(きんぷさんごや、標高2420m)に到着した。
小屋は開いていたが、管理人は買物で不在、明日(13日)には帰ると書いた木板がおいてあった。
金峰山頂道標展望1山頂(標高2595m)までは往復40分ほど。時計は1時、金峰山には大弛峠からではあるが一度登っている。そこで、今回はここでゆっくり休憩し、下山することにした。写真左:山頂を仰ぎ見る。同中:右へ下れば、富士見平(金峰・瑞牆分岐)を経て瑞牆山荘に下る(コースタイム3時間5分)。同右:瑞牆山を見る(写真中央の岩山)。
下山14:00。登山口16:15。金峰山荘駐車場17:45。今日の湯はここから信州峠を越え瑞牆山荘方面にすこし入った増富温泉。今晩の宿は道の駅「はくしゅう」である。

※その後、道の駅「はくしゅう」をベース基地に、黒戸尾根・尾白川渓谷を歩き、甲斐駒前衛・日向山に登って、3日後、横浜に帰った。
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甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)の名は、甲斐(山梨県)、武蔵(埼玉県)、信濃(長野県)の三国(3県)と境に位置するところから、また一説には、その姿が“拳”に似ていることから付けられたという。奥秩父の最深部にあり、千曲川源流コースが開かれるまでは、雁坂峠から破風山を越えて、大弛峠から国師ヶ岳を越えて、あるいは十文字峠から武信白岩山を越えてなど、どのルートを採っても、健脚家でなければ日帰り登山は難しい山であった。しかし千曲川源流コースを利用すれば、中級者でも 一日で 山頂を往復することができる。5月11日、その千曲川源流コース甲武信ヶ岳に登った。(帰路は十文字峠へ周る
川上村梓山の旅館「白木屋」の話によれば、千曲川源流遊歩道は十文字小屋の現在の管理人の祖父が開いたもので、文字通り、毛木平(もうきだいら)から、千曲川の源流(西沢)に沿って「千曲川信濃川水源地標」まで 約6㌔ほど 遡行したあと、国師ヶ岳からの稜線(奥秩父主脈縦走路)に上がり、その後は稜線を甲武信ヶ岳に至る。千曲川信濃川水源地標から甲武信山頂までは2㌔に満たない。

毛木平さすがに登山客が多い旅館らしく朝食は6時から可能、6時50分旅館を出て、10分ほどで毛木平(駐車場には毛木場と書いてあった)。バスだと4㌔ほど畑の中の道を歩かなければならない。ベニバナイチヤクソウの時期にはバスツアーが来るらしい。
7時10分毛木平(標高1460m)、500㍍で十文字峠との分岐点(写真→)。ここから[千曲川源流5.4㌔、甲武信ヶ岳6.4㌔]とある。沢沿いの林道(車道)を歩く。一般車は通れない。[千曲川源流4㌔]の道標が立つ東沢との出合を西沢の方へ進むと、ほどなく林道終点、やっと山道らしくなった。
砂防堰のない自然のままの流れ、苔むした岩、倒木の傍らに育った若木、濃淡入り混じった木々の葉。行き交う人もいない静寂の中に聞こえるのは、絶えない沢の音と時おりの野鳥の声だけ。道の勾配も緩やかで、快適な散策が続く。新緑の中に、淡いピンクの花を付けたミネザクラが 数本 残っていた。
ナメ滝(8:58-9:05)。毛木平から3.8㌔歩いてきたが、高度は300mほど稼いだにすぎない。甲武信山頂まであと3.1㌔、692mの登りである。
千曲川源流歩道1千曲川源流歩道2千曲川源流歩道3千曲川源流歩道4(ミネザクラ)千曲川源流歩道5(ナメ滝)
千曲川源流歩道6千曲川源流歩道7(水源地標)甲武信国師分岐甲武信ヶ岳山頂ナメ滝を過ぎると、道も森も様相が一変した。道は勾配が急になり、細くなった流れを、左岸から右岸へ また 左岸へと渡る。が、渉沢箇所には丸太を3本束ねた丈夫な橋を渡してあるので、靴を濡らす心配もない。遊歩道を開いた十文字小屋のおじいさん、その保守をされている方々に感謝して渡る。
千曲川源流コースは北からのアプローチ、融け残っている雪が次第に多くなった。陽が射さない所はアイスバーン状態になっているところもある。軽アイゼン着用。しかしおおかたは柔らかい雪で、表面からは分かりにくいが、地面と接している部分のほうが融雪が進んでいる。ために、踏み抜いた回数は数しれず。いつしか沢音が消え、コメツガやシラビソが多くなった斜面を登ると、待望の「千曲川信濃川水源地標」と書かれた標柱立つポイントに到着した(10:45-11:05、標高2175m)。水源地標からも残雪の急坂を踏み抜き踏み抜きし登り、主脈縦走路分岐に上がる(11:35、標高2350m)。右へ行けば国師ヶ岳(地図によれば4時間45分)、左へ行けば甲武信ヶ岳(地図によれば25分)である。私たちはもちろん左に進む。途中、昼食をとって、12時15分、標高2475mの甲武信ヶ岳山頂に到着した。

八ヶ岳連峰国師~金峰(白峰三山・甲斐」駒)富士山山頂に居たのは、私たちより一足早く宿(白木屋)を出た京都のご夫婦など数名。このご夫婦、高速料金休日限定割引をフルに活用すべく、土曜発ち土曜帰りで、このあと、両神山と雲取山に登る予定だという。ご主人は“深田”百名山をすでに95座登頂、しかも残るは容易な山ばかりだそうだ。ほどなく、稜線の途中で追い抜いた、私たちよりはかなり若い夫婦が登ってきた。
山頂からの眺めは素晴らしい。南(写真↑左)に富士山が雲の上に頭を出している。南西(同中)には国師ヶ岳、朝日岳、金峰山が連なり、これらの山間に南アルプス白峰三山の白き峰々が ちょうどよく 納まっている。金峰山のシンボル「五丈石」もそれと分かる。その右肩にうっすらと見えているのは甲斐駒ヶ岳だ。西には八ヶ岳連峰(同右)、権現岳から天狗岳、写真には入っていないが蓼科山まで一望である。主峰赤岳、横岳、硫黄岳の頂きにはまだ雪が残っている。好天に恵まれれば、天狗岳と蓼科山の間に槍・穂高を望むことができるらしい。

十文字峠へ1山頂での展望と休憩30分、来た道(千曲川源流遊歩道)を戻るか/十文字峠へ回って毛木平へ帰るか、後者は3つのピークを越える5時間のコース。京都のご夫婦は来た道を下っていった。若い夫婦も千曲川源流遊歩道を帰るという。時刻は12時45分。若干の躊躇はあったが、日が暮れれば十文字小屋に泊まればよいという考えで、十文字峠へ向かった(写真→、背景は三宝山)。甲武信小屋も確認したかったが、そのためには雁坂峠の方へ100mほど下らなければならず諦めた。
十文字峠へ2(甲武信ヶ岳)十文字峠へ3(三宝山)十文字峠へ4十文字峠へ5(尻岩)十文字峠へ6
最初のピークは三宝山(さんぽうさん、13:40-13:50)。急坂を75m下って、いったん平坦な樹林の中の道となり、83mの急坂を上がる。すなわち三宝山は甲武信より高い(標高2483m)。が、目立たない山だ。一つはその位置(甲武信から3つの稜線上の1つ、埼玉・長野県界にある)、一つは山頂からの展望がないことだろう。写真上の左は三宝山への登り返しで見た甲武信ヶ岳である。三宝山を過ぎると、甲武信は三宝山の巨体に隠れ見えなくなった。三宝山からは武信白岩山との鞍部まで313mを下る。残雪と鬱蒼とした緑、時間さえ気にしなければ、また雪に足をとられることも多いが、千曲川源流とはまた違う趣きのある道だ。鞍部(14:30-14:35)には“尻岩”という岩があるが、なるほど斜めから見た“おしり”にそっくりだった。甲武信ヶ岳から2.7㌔、十文字峠へ2.9㌔、まだ半分だ。
十文字峠へ9(大山)十文字峠へ8十文字峠へ7(武信白岩山)第二のピーク、武信白岩山への登りは約100m。山頂は岩峰となっているので、道はそれを巻くように付けられていた(写真→左、15:17)。武信白岩の岩峰を巻いたあとは100m下って(写真→中)50m上る。最後のピーク、大山(標高2225m、16:30-16:45)である。振り返ると、まだ三宝山が堂々とした山容を見せていた(写真→右)。

十文字小屋十文字峠大山からは毛木平まで800mを下るのみ。十文字小屋建つ十文字峠(標高1970m)到着17時25分、ここから毛木平まで2.9㌔であるが、5月下旬で日は長い。明るいうちに車に戻れるだろう、そのまま下ることにする。
十文字峠は、秩父では雁坂峠に次ぐ古の往還道である。しかし、道は八丁坂と呼ばれる単調な急坂だった。もっとも、疲れた体(と頭)にはそれを偲ぶゆとりはなく、「五里観音」も見落とし、唯一、水場で喉を潤しただけで、19時、毛木平にたどり着いた。夕食には間に合わなかったが(幸いコンビニがあった)、その夜は 再び 「白木屋」にお世話になり、暖かいお風呂で、シーズン最初にしてはハードな登山(歩行距離:約16㌔,累積標高差:約1500m)の疲れをとることができたのは幸いだった。

※毛木平のベニバナイチヤクソウとともに有名なのがシャクナゲ。十文字峠から大山にかけての尾根に群落を成していた。ここも“シカ害”がひどいらしく、十文字小屋や峠には防護ネットが張り巡らされていた。シカは木の皮を食い尽くすだけでなく、ヒルを体に付けてあたりにまき散らすやっかいもの。天敵のクマは少ない。ヒト(猟師)も高齢化し、逃げ足が早く なかなか 仕留められないのだそうだ。
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