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ガイドブックによれば、岩手山柳沢コースは「登山口(馬返し登山口)からの距離 5.2㌔(道標では5.7㌔でした)、標高差1400m、標準コースタイム 往路4時間25分/帰路3時間25分」。秋の日暮れは早い。早発ちが必要です。
馬返し登山口6時に道の駅「雫石あねっこ」を出て、途中、コンビニで弁当を仕入れ、馬返し駐車場着7時07分。広い駐車場にはかなりの車がいました。八合目の避難小屋に泊まった人の車もあると思われます。
登山口は駐車場から100㍍ぐらい入ったところで、立派な休憩舎とトイレ、豊かな水場(鬼又清水)があります(写真→)。かって、物見遊山に一合目まで往復したことがあります。
登山カードをポストに入れて出発 7時30分。今年初めてとも言える“本格的”な登山です。
一合目〇.五合目 先に出発した十名ほどの若者グループの元気な声が次第に遠のく。若い人はやはり足が早い。学生かと思ったこの集団は、盛岡市内の会社に勤める男女だったことが、帰路の“アクシデント”で分かりました。
0.5合目で、道は旧道と新道に分かれたが新道を進みます(写真→)。小さい広場になった一合目で休憩中(8:15-8:25)、旧道を登ってきたという男の人が階段ばかりの歩きにくい道だった、と話していました、(写真→)
ウメバチソウ(2~3合目)紅葉(4~5合目 二合目8時40分。ここで、再び道は七合目まで旧道と新道に分かれた。新道を選びます。ウメバチソウが点々と咲いている。浅い谷をはさんだ向かいの尾根の斜面が色づいているが、折り悪くガスがかかってしまった。
ひたすら樹林帯の中の急勾配の道。旧道はその尾根を登る道で、新道より眺めがいいらしい。2つの道は100㍍程度しか離れておらず、時おり旧道を登る人の声が聞こえてくる。三・四・五合目には連絡路がある。次があれば旧道にしよう。

六合目~七合目五合目 五合目10時(写真→)。ここまでの所要時間は2時間30分。このペースを保てれば、山頂に到達できそうです。木々の丈が低くなり 空が広くなった。見下ろせば、馬返しへの車道がはっきり見える。車道と森で隔てられた広い空き地は陸上自衛隊の演習場。小さいが姿・形が見目麗しいのは姫神山(写真→)岩手山の“奥さん”だった山です。 六合目~七合目七合目
うっすらと紅葉したナナカマドやダケカンバ、“背の高い”ハイマツが茂る道を登り、七合目を過ぎると(11:05)、ようやく勾配が緩やかになりました(写真←)鉾立
七合目のすこし先が鉾立。大小の石がほどよく敷き詰められた自然の“広間”で、岩手山の山頂を仰ぎながら、昼食と休憩(11:10-11:30、写真→)。まだ正午前、どうやら山頂に登れそうです。 八合目避難小屋御成清水
八合目避難小屋。標高1770m。馬返しが660mなので1150mを登ってきました。小屋は“避難”という言葉からは想像つかない大きくて立派なもの。小屋の前にたくさんテーブルとベンチが並び、潤沢な水場(御成清水)がある。トイレも完備。食事の提供はないが、毛布は貸してくれるとか。多くの人が、盛岡の会社員もくつろいでいました。彼らは食後の大休止といった感じでした。
鉾立で休んだばかりだが、私たちも小休止し 11時45分 コースタイム55分という山頂を目指しました。

不動平(九合目)八合目~不動平 人の背丈より低い潅木の中の平坦な道を進み、不動平(九合目)。ここで裏岩手縦走路が合流します(写真→)。ガイドブックに、不動平一帯は風衝草原で、濃霧のときは道に迷いやすいとあったところです。幸い、今日は好天気だが風は強い。レインウエアを着込んで防寒。 御鉢への登り御鉢の上りから
不動平からは火山特有の砂礫地。勾配も急で、一歩一歩登るのみです。盛岡の会社員グループが登ってくる。相変わらず賑やかです。雲が低くなりました。姫神山が雲の下に見えます(写真←)御鉢
12時20分、火口の縁(御鉢)に上がりました。目の前に異様な火口の光景が…(写真→) ところどころ赤茶けた不気味な色合いの中央火口丘(妙高山)が盛り上がっています。ピーク(薬師岳)まではもう一息、御鉢を半周ほどです。 焼走り・上坊コース下山口岩手山山頂(薬師岳)
石仏が立ち並ぶ火口縁を歩き(登り)、焼走り・上坊コース下山口の道標を左に見送り、12時40分、岩手山山頂(写真←)。標高2038mは今年は初めての2000m越え。登山口から5時間10分、休憩を除けばほぼコースタイム。まさにヤッターという気分です。
火口(南側)中央火口丘(妙高岳)火口壁を歩いてくる登山者鬼ヶ城八ツ目湿原 八幡平森吉山遠望
やや雲が多いが、近景・遠景、360度の眺めは、どこを見てもどこを向いても素晴らしい。 写真上の段左から、○南側の火口。○中央火口丘(妙高岳)、天辺に誰が積んだかケルンがある。○火口壁の縁を歩いてくる登山者(例の会社員グループ)、ポツポツと見えるのは石仏。○鬼ヶ城尾根(旧火口の外輪山)、手前は不動平。○八ツ目湿原、木道と御苗代湖が見える。背後は黒倉山と昨日歩いた姥倉山。
下の段左から、○八ツ目湿原をはさんで鬼ヶ城と対峙する屏風尾根。大きな岩の前に建つのは平笠不動避難小屋。後ろは八幡平。○八幡平と遠く森吉山。手前は屏風尾根。

馬返しに5時までには着きたい。1時5分前 下山を開始八合目避難小屋1時30分~50分。七合目からは“安全策"で新道を降りる。五合目2時35分~40分、一合目3時40分~50分。二合目からは緩やかな下り、もう大丈夫と思った一合目で、アクシデントに遭遇した。
七合目の前後から、盛岡の会社員グループと後になり先になりしていたが、一合目で2人が休んでいる。一人はいちばん元気よく、常に先頭を切っていた男子。彼が脚を痛めたらしい。他のメンバーは先に行ってしまったようだ。「大丈夫ですか」声をかけて一合目を出たが、降りて来る気配がない。妻が心配して引き返していった。私も従う。かなり難渋の様子に私のダブルストックを貸し、二人ともライトを持っていなかったので妻をアシストに残し、私は仲間に状況を伝えるべく急いで降りた。 途中、心配して上ってくる仲間に会うかと思ったが、そういうことはなく、結局、馬返しの登山口で(すこし心配げに)待っていた仲間に助けに行くよう伝えた。
その後、20人を越す中高年大パーティーや数人のグループが降りてきたが、彼の青年はなかなか来ない。様子見に行こうと歩きかけた5時過ぎ、妻に続いて、一行が戻ってきた。両脚とも痛めてしまったらしく、彼の青年は仲間の一人にオンブされていた。急坂の飛ばしすぎが脚を痛めた原因らしい。
歩けなくなったのがもっと上からだったら、大事になっていたかもしれない。急坂をオンブして降りるのは容易ではない。ストックも片脚だけなら役に立つが、両脚となると無理である。


岩手山のシルエット(帰路の車窓から)夕焼けの西空(帰路の車窓から)最後は思わぬ人助けで遅くなったが、無事、岩手山“日帰り”登山を終えることができた。標高差1400mを越す日帰り登山は黒姫山(2006年8月)以来。今年は高い山に登らず、足腰の衰えが気になっていたが、まだ大丈夫らしい。
今日も道の駅「雫石あねっこ」泊まり。途中、岩手山が夕焼けの空に美しいシルエットを描いていました。

※岩手山に登ったことで早池峰はパス。翌10月1日仙台に泊まり、高速千円(2日)で横浜に帰りました。かねがね仙台に安くていい宿はないかと探していましたが、たいへんいいところでした。
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28日は雨で、一日、編張温泉に停滞。ここから岩手山はリフトを使っても4時間20分のロングコース。リフトの運転は週末のみで、ゲレンデ横の登山道を歩くと 1時間40分のプラスされて6時間。よっぽどの健脚でないと日帰りは無理だが、昨年夏、秋田駒の麓の国見温泉で同宿した中年女性は、網張温泉から岩手山に登り馬返しに降りる(標準3時間30分)と言っていた。平日だった。登って降りて9時間30分の行程、無事予定の行動ができただろうか?
翌日、雨は上がったが風が強い。水曜日でリフトは動いていない。行けるところまで登ることにしました。

案内板岩手山は火山活動の活発化により長らく登山が禁止され、それが解除されたのは比較的最近(2004年7月)である。入山する場合は『“自己責任”のもと案内表示に従って行動するように』とある。写真は登山口に立っていた、その看板。姥倉山まで足を延ばせば要注意である。

第三リフト上犬倉山登山口出発8時50分。“登山道”はゲレンデの右端に付いています(写真→)。スキー場オープンの準備か、草刈りをしていました。作業員の一人:「どちらまで?」、私:「犬倉山あたりまで」、彼:(笑って)「いい運動になりますよ」。急勾配のゲレンデ登りはたしかに“いい運動”になりそう。第一リフト30分、第二リフト35分、第三リフト45分、2時間近くかかってリフト最上部に上がりました(写真→)
トンボとチョウここの標高は1300m。網張温泉は760mなので、登った高さは500m以上! 単調なゲレンデの登りを楽しませてくれたのはアズマギク、リンドウ、アキノキリンソウ、それにトンボにチョウでした。アズマギクは小粒だがたくさん、太陽が高くなるのを待っているのかリンドウは蕾、これら紫の花に黄色のアキノキリンソウが彩りを添えている。
ナナカマドの紅葉と犬倉山犬倉分岐そこから15分ほど登ると、畚岳(もっこだけ)から岩手山まで、延々25㌔の裏岩手縦走路の稜線(犬倉分岐、10:55)。北の展望が一気に開けました。八幡平の長くゆったりとした山なみと広大な緑の高原台地、東北の山らしい心休まる眺めです。分岐を右に、犬倉山へ向かいます。犬倉山の斜面がすこし赤くなっています(写真→)犬倉山山頂犬倉山から岩手山
犬倉山(1408m)11時5分。5分滞在して、次の姥倉山へ。写真(←)は犬倉山山頂と山頂からすこし下ったところからの岩手山。岩手山から右に延びた尾根が「鬼ヶ城」、左に延びた尾根が「屏風尾根」、手前の禿山は黒倉山です。

犬倉山~姥倉山犬倉山~姥倉山から岩手山犬倉山のピークの巻き道が合流し、道は樹林帯の中を緩やかに下ります。明るい、なかなかいい道でしたが(写真←)、この頃からガスがかかり始め、岩手山の山頂、次いで鬼ヶ城も次第に雲に覆われていきました。(写真←)岩手山は雲の中(姥倉分岐)姥倉分岐
鞍部から緩やかな長い上りと短い急な登りがあって、12時25分、姥倉分岐(1490m)到着。姥倉山のピーク(1517m)は左へ500㍍ほど。岩手山は右、まだ6.2㌔も先です(写真→)
ここ一帯は草木もまばらな裸地で、今日は風も強い。“高温注意箇所”でもある。すこし戻って風を避けて食事を摂り、そのまま下山しました。
八幡平(姥倉分岐)写真は姥倉分岐からの八幡平と緑の高原台地の雄大な眺め。高原台地の中を走る「八幡平樹海ライン」が見えます。姥倉分岐の道標によれば編張温泉まで5㌔。往復10㌔。ちなみに高低差は730m、ちょっとした山歩きとなりました。
明日は、いつかは登りたいと思っていた「馬返し」から岩手山にチャレンジすることに決め、網張温泉の日帰り専用の「温泉館」で休憩、一昨日も泊まった道の駅「雫石あねっこ」へ向かいました。
9月25日~10月2日、北東北を旅し、北八甲田の大岳・井戸岳・赤倉岳(26日)、網張温泉から裏岩手の犬倉山(29日)、そして柳沢コースで岩手山(30日)に登ってきました。今年は猛暑のせいで紅葉が遅く、どこも色づき始めたばかりでした。

道の駅いなかだての朝道の駅いなかだての朝青森市内の宿が取れず、前夜は道の駅「いなかだて」に泊まり、翌朝早く(26日)、R394を酸ヶ湯温泉へ(6:55)。写真は『道の駅いなかだての朝』、日の出前の東の空と西の空高く浮かぶ残月です。台風12号が北海道東方沖に去った朝は冷え込み、車の温度計によれば、外気は6℃でした。
岩木山遠望(地獄湯沢)大岳(仙人岱)酸ヶ湯温泉大駐車場到着7時40分。出発7時55分、大岳まで4.2㌔です。少々ぬかるんだ樹林帯の中の道を抜け、1時間ほどで地獄湯沢の取り付き、ここで補食と小休止。外人二人が登ってきました。日本人はいっぱいです。仙人岱9時30分、再び休憩。春4月、ここまで来ましたが、その時の雪景色がウソのよう、水場とベンチも見当たりませんでした。
写真は地獄湯沢から岩木山の遠望と、仙人岱からの大岳です。
ナナカマドの紅葉、大岳の上りで鏡沼(大岳山頂下)仙人岱の木道を歩き、小岳・高田大岳への道を右に分ける。木道はここまで、大岳の本格的な登りとなります。潅木とアオモリトドマツの混合林の見通しがきかない道がしばらく続き、やがて森林限界。大岳の南面がほんのり紅葉しています。写真は真っ先に紅葉したナナカマド。鏡沼(写真←)は変わらぬ水量を湛えていました。
説明板によれば、鏡沼は爆裂火口に水が溜まったもの。モリアオガエルやクロサンショウウオ、メススジゲンゴウロウが生息しているそうです。

大岳山頂大岳山頂(1584m)10時30分。写真には登山者は写っていませんが、10名ほどはいたでしょう。山頂から岩木山遠望山頂から南八甲田の山なみ山頂から青森市街と陸奥湾イワギキョウ(大岳山頂)
西に岩木山が霞んでいます。酸ヶ湯温泉と駐車場も見えます。南方の眺めは南八甲田連峰、手前の山は硫黄岳、湖は鏡沼です。そしてには青森市街と陸奥湾。腰掛けた岩陰にイワギキョウが強風に揺れている。私たちは(風と寒さに)早々に山頂をあとにしました(10:40)。
大岳井戸岳鞍部大岳と井戸岳の鞍部。避難小屋があり、小屋の前にはベンチがたくさん並んでいます。ほぼ満席のベンチに空きを見つけ、昼食と休憩(11:05-11:35)。ここから、いつもならまっすぐ毛無岱に向かうのですが、今日は井戸岳・赤倉岳と回り道して毛無岱に行きます(写真→)。鞍部から井戸岳へはちょっと厳しい登り。井戸岳から赤倉岳は緩やかな稜線歩きでした。井戸岳噴火口と大岳井戸岳
井戸岳は爆裂火口の跡で 山頂らしきものはなく、大岳を振り返りながら火口の淵を進みます(写真←)。ピーク(1550m)は登山道を外れたところにあるようです(12:00、写真←)。赤倉岳ナナカマドの紅葉と赤倉岳緩やかな下りのあと、緩やかな上りを、ナナカマドに負けないくらい真っ赤なシャツを着た女性二人が下ってきました(写真→)赤倉岳(1548m)を12時15分に通過。(写真→)赤倉岳から毛無岱赤倉岳から田茂萢湿原
道の左側はスパッと切れ落ちた断崖。その下に緑から黄の絨毯に模様替えした毛無岱(上毛無岱)が広がります(写真←)断崖絶壁は火山の爆発で吹き飛ばされたため、強風などのときは要注意、とありました。
赤倉岳からはしばらく田茂萢湿原(写真←)への道を下ります。白い建物はロープウエイ山頂公園駅。田茂萢湿原には一周約2㌔の遊歩道(ゴードライン、ゴードとは“ひょうたん”の意)があり、ロープウエイを利用して、気軽に湿原の散策を楽しむことができます。

宮様コース分岐実際は赤倉岳から25分でしたが、毛無岱への分岐はそれより長く感じ、田茂萢湿原に下りてしまうのではないかと思うころ、冬はみごとな樹氷をまとうアオモリトドマツの森の中に、地図では「宮様コース分岐」とある道標を見つけました(写真→)。ここで明後日(28日)の宿の予約を入れ(裏岩手・網張温泉) 、そのままロープウエイ駅に進むか否か思案しましたが、同行者も現れたので、毛無岱へ(12:35-12:40)。
毛無岱への道は、アオモリトドマツの高い枝に「宮様コースXX」のルート板が付けられていますが、下はところどころ水溜りも残る悪路でした。アップダウンも多く、難行苦行の末、13時15分、左から大岳避難小屋からの道が合流する上毛無岱に出ました(大岳・ロープウエイ分岐)。

大岳・井戸岳・赤倉岳(上毛無岱)横岳・櫛ヶ峰・駒ヶ峰(上毛無岱)毛無岱、いつ歩いても何度歩いてもいいところです。秋は3度目ですが、まだ紅葉最真っ盛りという“幸運”に巡り合わせたことはありません。陽の光が射すと、70㌶という広大な湿原全体が金色に輝き、それはもう絵もいわれぬ美しさだそうです。写真左は上毛無岱から見た、今日歩いてきた大岳、井戸岳、赤倉岳(合成写真)。右は同じく南八甲田の山なみ、右から横岳、櫛ヶ峰、駒ヶ峰。チングルマの紅葉(上毛無岱)
木道わきに紅くなったチングルマがありました。チングルマは花、綿毛(果穂)、葉の紅葉と三度楽しめる落葉低木です。ナント、綿毛どころか、花が数輪残っている株がありました。上毛無岱と下毛無岱を結ぶ長い階段下毛無岱(上毛無岱と下毛無岱を結ぶ階段から)
毛無岱は上毛無岱と下毛無岱の二段構造で、両者は長い木組み階段で結ばれています(写真←)。この階段から俯瞰したときの下毛無岱の全貌がまた素晴らしい。まさに『神の造詣』です。写真はその右三分の2、標準レンズでは全貌は入りません。横岳・櫛ヶ峰・駒ヶ峰(上毛無岱)大岳・井戸岳・赤倉岳(下毛無岱)
毛無岱には、上・下それぞれに休憩所(展望所)が設けられています。(下毛無岱を俯瞰した写真の白いところがそれ) 写真左は上毛無岱の台地とその奥、大岳、井戸岳、赤倉岳。写真右は南八甲田連峰。春4月、ここも歩いたのですが・・・
木道をゆっくり歩き、二箇所の休憩所で休み、酸ヶ湯温泉に戻ったのは15時ちょうどでした。大岳から歩いた距離は、直接、酸ヶ湯へ降りるコースが5.2㌔なので、それ以上であることはたしか。累積標高差は、大岳だけで684mですから、800m~900mです。
小駐車場わきにある「辰五郎水」で、顔・手を洗い、喉を潤し、泥んこになった靴も洗って(ここは靴も洗える!) 、今夜は予約が取れた青森市内のホテルに向かいました。


付録・・・蔦温泉沼めぐり十和田湖・・・(9月27日)
翌27日は移動日。青森市から酸ヶ湯・奥入瀬・十和田湖を経由し、田沢湖をかすめて道の駅「雫石あねっこ」へ。途中、初めての「蔦温泉沼めぐり」をしました。ブナやトチノキなどの森に点在する六つの沼はそれぞれ個性ある美しい沼。一周2.8㌔の道はよく整備され、快適な1時間と30分の散策でした。
蔦沼鏡沼月沼長沼左から、蔦沼、鏡沼、月沼、長沼。蔦沼は六つの中でいちばん大きい沼(周囲1㌔)。それより大きい赤沼があり、“蔦七沼”といいますが、赤沼はちょっと離れています。赤沼には行ったことがありますが、遊歩道というより登山道でした。長沼はこの時期水量が減っていて“丸沼”でした。
菅沼菅沼二つとも菅沼です。
七つの沼は、10万年前、(南八甲田の)赤倉岳(蔦沼の写真では写真左奥)の火山活動によって大量の土砂が流れ造られたそうです。
もう一つの沼、蔦温泉のすぐ裏にある瓢箪沼は湿原化が進み、片方だけになっていました。
蔦の森ブナ、蔦の森でトチノキトチノキブナ(左の2枚)とトチノキ(右の2枚)。萱野高原から酸ヶ湯あたりまでのブナ林は二次林で細い木が多いですが、ここは十和田樹海と呼ばれる原生林の一部、大木が林立しています。林床にはハイイヌガヤなどの常緑低木が生え、緑豊かなところでした。
※二次林:そのあたりのブナは 明治の頃に牛馬放牧のために大規模に伐採されたあと、再び人の手で保護されて育ったブナ林。樹齢60~70年くらい。
発荷峠から十和田湖おまけに、発荷峠からの十和田湖。十和田湖はカルデラ湖ですが、その対岸の火口壁の最も高いところが御鼻部山展望台、後ろの山なみが南八甲田連峰です。何度か見た景色ですが、これだけはっきり八甲田山が見えたのは初めてのような気がします。
発荷峠は標高631m。発荷(はっか)とは崖坂のことで、昔は峠越えの難所だったそうです。
猛暑にダウンというわけではありませんが、8月の山は高尾山に行っただけに終わり、今日(11日)、丹沢・大山に登りました。大山は 実に 40年ぶり、ヤビツ峠から上り、阿夫利神社に下るコースです。
秦野駅北口からヤビツ峠行き8時18分のバスに乗りましたが、このバスは正規便で 臨時便はすでに出たあとでした。乗客が 多数 並んだので、定刻前に臨時便を出したということのようです。正規便も満員でした。バスは蓑毛を過ぎると ぐんぐん 高度を上げていきます。大型バス1台がやっと、という狭いところも何箇所かあります。バスは定刻より少し早く 9時、ヤビツ峠に到着。

トイレや駐車場など周辺の設備環境を確認。トイレは水洗のきれいなもの、25台という駐車場は2台分ほど空いていました。その他、売店と自販機がありました。

ヤビツ峠からイタツミ尾根を大山頂上へ
出発9時25分、バス停前の木の階段を上がります(写真1)。大山山頂まで2.3㌔、標高差491m(大山1252m、ヤビツ峠761m)なので、平均勾配は12度ぐらいということになります。階段を上がるとヤビツ山荘がありますが、使われていないようです。ここの道標には[大山2.4㌔]とありました。山荘のすこし先に ベンチがたくさんおかれた広場があり、某アウトドア用品メーカーのツアーが出発前の説明会を開いていました。 道はまず“森の中の小径”という感じから始まりました(写真2)。600㍍進んだところに 早くも 腰掛けとテーブルが揃った“お休み処”がありました(写真3)。ここは休憩なしで通過。ほどなく鎖場が現れてびっくり(写真4)。鎖場は 今日歩いたところでは ここ一箇所だけでした。
ここで、15分ほどの 予定外の“休憩”を取ることになりました。家内からメールが入り、“アンテナ”が立ったり消えたりの電波状況で、返信に時間がかかったためです。
写真1:大山登山口写真2写真3写真4:鎖場写真5写真6
写真7鎖は使わず 岩を手がかりに鎖場を越え、ゴツゴツと大きな石が露出した急坂を登り(写真5)、明るい樹林の間の平坦な道を歩くと(写真6)、前方に目指す大山が見えました(写真7)。イタツミ尾根で大山を見ることができるのは(おそらく)ここだけ、ヤビツ峠から30分ぐらいのところです。
写真8写真9写真10 一息入れて歩行再開(写真8,9)。朝早く家を出たので おなかが空いてきました。が、最初の休憩ポイントのあと、座るに適した所が なかなか ありません。やっと 登山道をちょっと離れたところにベンチが一つ(写真10)。 写真12写真11
食事と休憩後(10:25~10:45)後、歩行再々開(写真11)。緩登・急登の道を10分くらい進むと、西に視界が大きく開け、丹沢表尾根(三ノ塔~塔ノ岳)から丹沢主脈(塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳)の山並みを一望することができました(写真12)。
写真13:25丁目分岐写真14写真15写真16写真17:大山山頂そのイタツミ尾根随一(唯一?)のビューポイントからほどなくして(11:00)、右から下社からの道が合流、25丁目の分岐です(写真13)。
山頂まであと一息。大きな石がゴロゴロしたすこし急な道を登ると 第一の鳥居が見え(写真14)、さらに登ると、第二の鳥居があり(写真15)、奥の院と売店の前を通って(写真16)、11時15分、大きな標柱がある大山頂上に立ちました。ヤビツ峠から1時間50分、休憩を除くと1時間10分、ぴったり コースタイムでした。

大山山頂
山頂は、南側の売店前の休憩所も トイレがある北側の広場も、大勢の人で賑わっていました。家族連れ(小さい子を連れた若いパパ・ママが多い)、颯爽とした出で立ちの山ガール(山ボーイも)、女子中学生の団体など。私を含めた中高年の登山者は少数派でした。
写真18:トンボの群れ写真19:トンボの群れ丹沢の山々さえ霞んで 展望は楽しめず、代わりに飛び交うたくさんトンボを眺めたり(写真18,19)、空いたベンチに座ってぼんやりしたり、トイレの良し悪しの調査(結果は“良)”などで時間を潰して、コンビニ弁当のお昼(12:00~)。写真20
※大山頂上から下社へは表参道コース(1.9㌔)のほか、見晴台を回るコース(3.6㌔)もあります。見晴台から日向薬師へ下るコースもあります(写真20)。
今日の空模様では“見晴らし”も期待できず、また 大山ほとんど初体験の私は「表参道コース」です。

大山頂上から表参道をバス停「大山ケーブル」へ
山頂に1時間と25分もいて、12時35分 下山開始。25丁目分岐までは往路と同じ、そこから下社へ 表参道コースに入ります(写真21,22)。“表参道”という名前の割りには 道の状況も勾配も厳しい道でした。イタツミ尾根より 距離は短く(1.9㌔)、標高差は大きい(562m)ので、それも道理です。
山頂からおよそ25分、富士見台がありました(写真23,24)。説明板には『大山の中で、この場所からの富士山は絶景であり、江戸時代は、浮世絵にも描かれ茶屋が置かれ、来迎谷と呼ばれている』と書かれていました。
富士見台から丹沢の山々を眺め、大小の石が点々と露出した道を下り(写真25,26)、下社・蓑毛の分岐点 16丁目の分岐で小休止(13:20~13:25)。16丁目分岐には、『十六丁目追分の碑』が立っており、説明によれば、高さ3㍍68㌢というこの石柱を 強力たちが 麓から 担ぎあげたのだそうです。
写真21写真22写真23:富士見台写真24:富士見台写真25写真26写真27:16丁目分岐
16丁目分岐からも道の状況は変わらず、勾配は むしろ きつくなった感じ(写真28,29)。表参道の道中には、下社を1丁目、山頂を28丁目とし、一丁ごとに石柱が立っています(写真30)。8丁目には『夫婦杉』がありました(写真31)。左右同形で、樹齢5,600年だそうです。
下社“上”(写真32)から、長い急な石段(写真33)を降りて、下社(写真34)に着いたのは14時10分。頂上から1時間35分、休憩を除いても コースタイム1時間というのは ちょっと 厳しく感じました。
写真28写真29写真30:石柱写真31:夫婦杉写真32写真33写真34:阿夫利神社下社
写真35:二重の滝上の境内から伊勢原?(秦野?)の市街を眺め、大山名水を見物し、茶店が3軒並ぶ下の境内へ降り(どの店も客の呼び込みが激しい)、茶店の横から二重滝へ。二重滝は5~10分ぐらいの距離なので、一見の価値はあり。大山山頂から見晴台のコースを採ると、二重滝を通ります。写真36:男坂女坂分岐写真37:これより女坂道写真38
下の境内に戻り、下社から さらに 直進する方向に(次の石段を)降りれば、男坂と女坂の分岐(写真36)。右へ進めば、ケーブルカーの阿夫利神社駅(旧称下社駅)です。大山寺を見たいので、女坂を下ります(15時~、写真37)。大山寺までは段差の高い“自然的な”石段の道、歩きにくい道でした。(写真38)。
しかし ネット情報によれば、男坂は急な階段で見どころも少ないので女坂がお勧め、とありました。

写真41:石段に並ぶ童子像写真40:大山寺本堂の彫刻 写真39:大山寺本堂『紅葉の名所、本尊の不動明王は国指定の重要文化財』というガイドブックに惹かれて立ち寄った大山寺(15時15分~、写真39,40,41)は、東大寺を開いた良弁僧正が天平勝宝七年(755)に開山、弘法大師も住職を務めたという、歴史も由緒もあるお寺でした。明治初年、神仏分離・廃仏毀釈で伽藍は悉く破壊され、文化財は消失。現在の本堂は、明治18年、寄進によって再建されたものだそうです。本堂全体も良かったですが、屋根と横木の間の蟇股(かえるまた)の彫刻がみごとでした。
雨降山(あぶりさん)は大山の別名で、阿夫利山(あふり)とも書きます。ケーブルカーの駅(大山寺、旧不動前)もあります。


写真42:大山ケーブルカー(大山ケーブル駅)写真43:バス停(大山ケーブル)20分ほど休んだあと、童子像が並ぶ長い参道(石段)を降り、沢沿いの道と“人工的な”石段の道(参道?)を下り、ケーブルカー乗場(大山ケーブル駅、旧称追分駅)の横を通り、土産物屋・食堂・旅館が並ぶ表参道を通って、すでに 伊勢原駅行きバスが停まっていた停留所「大山ケーブル」に着きました。16時すこし前で、大山寺見学を除き 下社から40分、コースタイムでした。バスはすぐに発車しました(16時2分)。
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