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今日(27日、土曜日)は『三浦アルプス』を歩いてみることにしました。『三浦アルプス』とは、三浦半島のつけ根にある山並みで、森戸川をはさんで北尾根と南尾根があります。目指したのは南尾根です。ブログで、多くの人がコースの分かりにくさ・厳しさを書いていましたが、そのとおり。結果として、尾根半ばで森戸川に下りました。“尾根歩き”と“沢歩き”の両方を楽しめる、という意味ではお勧めのコースです。

2万5千図たよりの地図は、一枚は2万5千図のコピーですが、ルート情報が乏しく、また尾根道の半分は載っていないので大して役に立ちません。もう一枚は「三浦アルプストレッキングMAP」ですが、どなたかのブログから取ったものなので、文字が小さくよく見えない! それでもずいぶん参考になりました。このMAPは京浜急行が作成したものですが、今は手に入らないようです。

葉山教会京急逗子駅からバスに乗り風早橋で下車(9:30)。そのまま国道を三崎口方向に歩き、葉山トンネルの手前で右折(木の下通り)。右折してすぐ木の下交差点があり、そこで葉山教会への坂道をVターンするように上がる。坂の下に『仙元山ハイキングコース』の案内板が立っている。葉山教会はトンネルの真上あたりにあり、建物の左からハイキングコースに入る。道はすぐ照葉樹と落葉樹を混じる林の中の山道となった。
仙元山(石碑)葉山教会~仙元山20分ほどの登りで標高118mの仙元山。「不二仙元大菩薩」の石碑が立っている。 相模湾と江ノ島(仙元山)江ノ島(仙元山)
テーブルとイスが数セット置かれ、何よりも相模湾と江ノ島の眺望が素晴らしい。初冬の穏やかな風景に眺めいることしばし。富士山がそれに加われば最高だったが… 但し、この先 休憩所らしいところはここだけだった。

P189仙元山~P189仙元山から階段を下り(10:10-)、そして上り返すなど、大小4,5回のアップダウンで、誰が運んだか、ベンチが1脚ポツンと置かれたピーク(10:30)。その先、道は二つに分かれた(分岐1)。赤いリボンをたよりに“右”に下る
 ※2万5千図に「189」とある標高189mのピークらしい。分岐1~分岐2 元気な子供たち(分岐1~分岐2)
都会の気配が薄い木立の中を 緩やかに 下っていると、町内会だろうか、2,30人の子供たちが上ってきた。もちろん大人の引率付きで、しんがりは犬をつれた人。コリーにちょっと似ているが、ぜんぜん違う見たことのない洋犬だった。 分岐2
元気な子供たちのグループとすれ違ったあと、小さいピークを越えると 再び 分岐(2万5千図に付記した分岐2、但し 地点は定かでない)。ここには道標が2つ立っていたが、2つあるがために紛らわしい表示になっていた・・・一方の壊れかかった道標には[右:クリーンセンター・葉山小学校方面]と書いてある。他方は あたかも [左:葉山小バス停]と読める(道標の方向が悪く 実際は これも“右”:葉山小バス停)。

ここから“三浦アルプスの彷徨”が始まった。
今回の縦走では 2度 コースアウトしたが、この分岐2を右へ下った判断ミスが最初。いずれ、左に尾根へ上がる道があるだろうと思いながら下るうち ジグザグの急坂となり、坂の下のクリーンセンター(一般廃棄物焼却処理施設)からは広い舗装道路。さすがに変だと思いつつも なおも 進むと、右に葉山中学校への看板が出てきて、分岐2へ戻る(10:48-11:18)。
分岐3二度目のコースアウトは、分岐2から100㍍と進んでいない分岐3(2万5千図参照、地点は推定)。ここは ほぼ直進と左折に分かれていて、手書きの標板が木の幹に取り付けられていた。その内容を、「右:三浦アルプス南尾根、左:二子山・南中峠」と解釈し、直進してしまった。二度目は 幸い 登って来る三人連れに出会い、“傷”は浅くて済んだ(11:20-11:35)。この道は葉山方面に山を下りてしまう道だったが、三人連れに会わなければ、どこまで降りたことやら…
分岐4分岐3に戻り“右折”すると、すぐ分岐4(2万5千図参照、地点は推定)があった。やはり手書きの標板があり、左は[下沢尾根入口・森戸林道経由二子山方面]右は[田浦・乳頭山]右折する(11:38)。二子山観音塚
ほとんど展望のきかない尾根道だが、一度だけ、北尾根の二子山が木の間から見えた。名前のとおり、似たような2つの山、上二子山と下二子山が並んでいる。11時45分、標高167mの観音塚。観音塚は、道半ばで尾根を下りるまで(分岐6)、唯一といってよいポイントだった。

楽しい尾根歩きはつかの間、観音塚から 再び “三浦アルプス彷徨”となる。
観音塚~分岐5、藪のトンネル観音塚~分岐5、ドングリ並木?観音塚~分岐5今度は“道迷い”ではなく、“道の悪さ”ゆえである。人一人が通るのがやっとの細い道。(人通りがないらしく)草が生い茂った道。アップダウンが多く ことに下りは滑りやすい道。加えて 道標べがない分岐が2箇所。一つ目は左、二つ目は右方向へ進む。その選択が正しかったどうか、分岐5の道標べを見るまでは分からず、それまでは心もとない歩行だった。
分岐6分岐5を通過したのは12時5分、お腹もだいぶん空いてきたが、道は変わらず“悪路”で、腰を下ろせるところがない。そうこうするうち、森戸林道へ降りるという分岐が出てきた(2万5千図の分岐6、但しこの下り道は載っていない)。座るスペースはないが、空腹は限界。ラ・フランスとリンゴの豪華デザート付きランチタイムとする(12:25-45)。
分岐3または分岐4から南尾根に入って以来(その前は仙元山ハイキングコースらしい)、出会ったのは 逆コースを来た年配の男性だけだったが、ランチタイム中、三組6人のハイカーが通り過ぎた。夫婦二人連れと若い男性は森戸林道から登ってきて仙元山方向へ、三人連れは私の同じ道を来て尾根道を そのまま 田浦方面に行った。

道半ばで森戸林道へ降りる
さて 私は、縦走を完遂すべく田浦方面へ進むか/縦走を断念し森戸林道へ降りるか・・・ 分岐6の道標べによれば「林道終点 15分」。いっぽう南尾根はまだまだ続きそう。茂みの中のかつアップダウンの多い尾根歩きには いい加減 飽きていたので、森戸林道に下ることにした。
森戸林道終点急坂をジグザグに下り林道終点の広場。ベンチが数脚ある。老若男女14,5名のグループが昼食と休憩していた。京急MAPによれば、ここから二子山や中尾根の南中峠・乳頭山への道があるはず。またの時のためにちょっと探索したが見つからず、林道始点(逗子方向)に向かって歩き出す(13:05)。
森戸林道1歩き始めてすぐ、[この先通行止め]の立て札が立っている。気にはなったが、交錯している踏み跡は新しい。南尾根に戻る気力は失せている。林道終点で休んでいたグループに、どこから来てどこに行く予定か、聞けばよかったと悔やんだが、そのまま前進する。森戸林道2森戸林道3
道は川から離れまた近づき、左岸から右岸また左岸と渡り返す。林道といっても山道を広くした程度、簡易舗装の上には落ち葉が積もっている。左右は深い森。「通行止め」のことを忘れかけていたころ、それはやはりあった。正に『心地よき悠歩を覚ます・・・』だった。林道崖崩れ地点
10㍍ほどにわたって岩石が林道に崩れ落ち、その前後に鉄パイプの柵が設けられ[立入禁止]になっている。林道終点から40分ほども進んきたところである。通れば通れそうな感じ、柵をくぐって強行突破した。 ※あとで調べて分かったことだが、この崖崩れが起きたのは今年の3月10日、鎌倉八幡宮の大銀杏が強風で倒れた日のことだった。
森戸林道始点崖崩れ地点からは5分足らずで林道始点(13:45)、ここにはゲートがあり 閉じられていたが、ゲートの端は通れるようになっていた。もちろん、これは関係者用の通路だが。
ゲートから集落の間を10分少々で川久保交差点。右折すれば逗葉新道、左折は長柄交差点です。川久保交差点にはバス停がありましたが、運行は平日の夜間2本だけ。長柄交差点までバス一駅分を歩き(14:20)、京急逗子駅に戻りました。

感想…三浦アルプス南尾根は“葉山側半分”だけだが、たいへんなところだった。“たいへん”というのは危険ということでなく、①道が分かりにくいこと、②道標が整備されていないこと(道標らしき道標は1つだけ)、③一つ一つは標高200mにも満たないがアップダウンが非常に多いこと(今回行かなかった乳頭山は211m)、④休憩所や休憩適地が非常に少ないこと(仙元山と林道終点ぐらい、強いていえば観音塚)、⑤道が細々と頼りないこと(整備された道が必ずしも良いというわけではないが)、⑥適切な地図がないこと
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三浦半島の先端にある3つの山――三浦富士・砲台山・武山――を歩きました。二度目です。
一度目は3年前。YRP野比駅で下車し、「文庫判神奈川区分・都市図」をたよりに通研通りを歩いて、三浦富士に“直登”する道を見つけ、武山からは「武山不動」横の“舗道”を武山住宅に降り、そこから、たしかバスで衣笠駅に出た、という行きあたりばったりのウォーキングでしたが、今日(15日)はネットで十二分に下調べをしてきました。
2万5千図③2万5千図②2万5千図①起点は京急長沢駅、終点は津久井浜駅、地図はDLLした国土地理院の2万5千分の1地形図です。

京急長沢駅を11時5分にスタート。大小の団地(どちらもグリーンハイツ)の間の広い道路(2車線)を歩く。団地内に[三浦富士]への一つ目の標識があったが、そのまま直進。団地がきれて、津久井小学校の前を通過。二つ目の標識もやり過ごし、東光寺の先の三つ目の標識で、“予定通り”右折する。
“三浦三山”一望キャベツと大根だろうか、青々とした野菜畑の奥にこんもりと林があり、その先に、目指す武山・砲台山・三浦富士の三山が並んでいる。けっこう距離がありそうに見える。東光寺の裏をまわるように進むと たわわに実ったミカン園に変わり、道は二又に分かれた。津久井浜観光農園入口
分岐点には標識(地図上の標識4)と『津久井浜観光農園案内図』と書かれた大きな看板が立ち、標識には、左:オレンジルート、右:三浦富士・武山、手前(来た方向):津久井浜駅とある。右、観光農園の中の道を行く。紅葉の三浦富士
緩やかな坂道を上がる。私の200㍍ほど先を歩いている人がいる。男か女かよく分からない。遠くに見えていた三浦富士や砲台山が いつのまにか 目の前に迫っている。二つの山の間にも小さいピークがある。山の斜面が美しく色づいている。
ミカン園が終わると、犬が吠える大きな声が聞こえてきた。横須賀警察犬訓練所である。こちらは裏手で、裏門に懸かった看板に“地震災害救助犬訓練場”とあった。

ここで、右から合流する道があった。“2つ目”の標識で曲がると、この道に通じると思われる。このほうがすこし近そうである。

三浦富士山頂1三浦富士へ2三浦富士へ1訓練所から山道らしくなった。300㍍ほどで三浦富士山頂(12:10)。頂上手前は、手摺りが付いたすこし急な階段だった。右手から上ってきた道は3年前に歩いた通研通りからの道。山道が短く、YRP野比駅から登山口までのアプローチが長いので、今日のコースのほうがお勧めである。 三浦富士山頂2三浦富士山頂3
標高183m、2万5千図には富士山(ふじやま)と記載されている。先を歩いていた人が休んでいる。中年の男性だった。浅間神社奥宮でもある狭い山頂には祠や石碑が並んでいる。眺望は西に開いた木々の間からだけ。ぼうっと霞んで、陸・海・空の境が判然としない。
中年男性が去って一人になった山頂に、おばあさんが空身で登ってきた。聞けば地元の人。週に一度は来るが、ここから先には行ったことがないという。しかし、杖も持たずに元気だ。祠や石碑の一つ一つに丁寧に拝んでいた。今日もここから帰る、というおばあさんに別れを告げ砲台山へ向かう(12:30)。

砲台山へ2砲台山へ1勾配も距離もすこし急坂を下り、なだらかなアップダウンを2つ過ぎると、道幅が広くなって三叉路に出たが標識がない。[前方:砲台山・武山/後方:三浦富士]と書かれた標識が、そのすこし手前にあったが これでは分かりにくい。2万5千図で、右はYRP(横須賀リサーチパーク)方面に下りてしまう道であることを確認し、左へ進む。 武山・砲台山へ見晴し台
ほどなく小さな広場に出た。[見晴らし台へ]の標柱と『武山オレンジルート観光案内図』の看板(地図上の標識5)が立ち、左へオレンジルートへの細い階段が降りている。
見晴し台は広場からすぐのところだった(12:50)。
見晴し台から城ヶ島方面大気が澄んでいれば、伊豆大島や富士山も見えるはずだが、靄がかかって見えない。それでも、三浦海岸・城ヶ島方面の眺めはなかなかだった。
眺めに見入っていると 突然 車の音がして、年配夫婦が車から降りてきた。YRPから砲台山に上がって またYRPに下るという。道はかなり狭い悪路だが、小さい普通の車だった。砲台山への分岐
10分ほど休憩し、見晴し台をあとにする(13:00)。砲台山の登り口は山裾を半周した武山側にある標識にしたがって砲台山へ。山頂まで“車道”が付いているが、往きは途中からショートカットの“歩道”を、復りは“車道”を歩いた。砲台山山頂1砲台山山頂2(砲台跡)砲台山山頂3(コンクリートの柱)
海上保安庁のアンテナ塔が立つ砲台山(13:05-13:10)は標高204m、名前のとおり 昭和初期に砲台が築かれたところ。その台座跡が遺っているだけで、「砲台山」という立て札も説明板もない。おぞましい戦争の遺物という感じである。遺物らしきものは復りの道脇にも立っていた。

武山へ3武山へ2武山へ1分岐点に戻り武山へ。砲台山から武山の道は、武山山頂のハイキングコース案内図に「尾根づたい快適」とあったとおり、今日一番の気持ちよい道だった。高低差はわずか4,50m。緩やかな下りのあとは ほとんど平坦になり、そして 段差の低い歩きやすい階段を上ると、無線中継所の電波塔が見えてきた。武山山頂1(展望塔)武山山頂2(武山不動)
武山到着(13:30)。標高は200mジャスト。山頂は広場になっており、よく手入れされた木々や植え込み、石組みは“庭園”といったふう。展望塔と休憩所、武山不動がある。まず展望塔に上がる。相変わらず雲が多いが、360度の展望は素晴らしい。
武山山頂3(城ヶ島方面)武山山頂4(相模湾方面)武山山頂5(砲台山と三浦富士)武山山頂6(YRPと東京湾)
北風が冷たい。展望塔を下りベンチで、駅前のコンビニで買った巻き寿司とお茶でお昼。気がつくと、不動院の飼いネコか野良ネコか、数匹のうちの1匹がおこぼれに与ろうとでも思ったのか、じっと私の様子をうかがっていたが、望みナシと分かると仲間のところに戻っていった。
武山山頂7(下り口)山頂広場は、私と、三浦富士の登りからずっと私の前を歩いていた彼の中年男性を含め、それぞれ独り身の男3,4人だけという閑散としたものだったが、帰りぎわに女性4人のグループが登ってきて、すこし賑やかになった。
「津久井浜・・・」とかの表示はなかったが、小さな石造りの門(不動院南門)と階段があり そこを降りる(14:10)。標識は階段の下、山道となるところにあった(地図上の標識6、写真は撮り忘れた)

津久井浜駅へ3津久井浜駅へ2津久井浜駅へ1山道は500㍍ぐらいで、その後はフェンスに沿った歩(舗)道。階段を降りて広い道路にぶつかり、それを進むと 標識(地図上の標識7)のあるT字路。左折し津久井浜駅方面に進む。砲台山と三浦富士
振り返ると、黄色く実ったミカンとキャベツ畑の緑が美しい。その後ろに、三浦富士・砲台山・武山、三浦半島ならではの風景である。
津久井浜観光農園案内所の前を過ぎる。ミカン狩りだろう、折りしも「はとバス」が来て、30人ほどの観光客が降りてきた。年配客に混じって若い人もいた。津久井浜駅へ4
道が左に大きくカーブして「たかだばし」を渡る。橋の東詰めに標識(地図の標識8)によれば、直進は三浦富士・武山、後方(来た方向)は津久井浜観光農園で、津久井浜駅は右折である。この表示、三浦富士は問題ないが、武山だけを目的にした人はエライ遠回りをさせられることになる。
直進して京急長沢駅へ行くのも、右折して津久井浜駅に行くのも距離的に大差ないが、“予定通り”津久井浜駅へ右折する。つくい川の川沿いを歩いて、15時ちょうどに津久井浜駅にゴールした。
武山から武山不動側へ下る道は住宅地の中を通るのでつまらない。津久井浜駅に下る今日のコースがお勧めでである。

 (1)標高:三浦富士183m、砲台山204m、武山200m。(2)歩行時間:約3時間(休憩を除く)。(3)歩行距離:約8㌔。(4)武山山頂には休憩所、ベンチ、トイレ、水飲み場が完備している。(5)京急長沢駅前にはコンビニ(セブンイレブン)とスーパー(コープ)、津久井浜駅前にはコンビニ(ローソン)、スーパー(京急ストア)がある。
予報は朝から晩まで“雲”マークなしの晴れに、富士を見るべく、6日早朝から金時山に出かけた。過去2度は公時神社または金時登山口からのピストンだったので、今回は乙女峠からまわることにする。
2万5千図無料化社会実験中の新湘南バイパスと西湘バイパスをフル活用し、8時公時神社に到着。“無料”駐車場はすでに満杯で、有料駐車場にもすでにたくさんの車が駐まっていた。土休日のみかつ午前中1本だけの箱根湯本発御殿場行きのバスが来るのは1時間半後なので、[乙女口]バス停まで約500㍍を歩く。乙女口
この車道歩き(R138)はかなりの緊張を強いられた。道幅自体がさほど広くないうえ白線で仕切られただけの“歩道”は狭い。カーブも多い。そこへ車がかなりのスピードで向かってくる。車にとっては多からず少なからずの適度な交通量である。車がすれ違うときなどは冷や汗ものだった。

7063.jpg7062.jpg[乙女口]バス停そばの登山口から階段状の道を登り始める(8:30)。道標によれば乙女峠まで30分。始めはヒノキ林の中の緩やかな広い道。ブログに「道が分かりにくいところがあり一度道に迷った」とあったが、その後、ロープが拡張されたようで、その心配はなかった。
ヒノキ林から潅木の林に変わり、道の左に国道を走る車が見え隠れするようになると、石がゴツゴツと露出した細い道となった。勾配もきつい。乙女峠
やがて、青空が木立の上に広がって頭上が明るくなり、標高1005mの乙女峠に到着(9:10)。登山口から40分、道標の“30分”は厳しい7066.jpg7065.jpg
まず、設えられた小さな展望台から富士山を鑑賞。ここからの富士は東南の方向。それを如実に示すように、雪は北斜面ほど多く付いている。しかし、予想していたよりはるかに少ない。次いで、金時山側にある高台(テーブルとベンチあり)から、白煙を上げる大涌谷や明神ヶ岳・明星ヶ岳の箱根外輪山の連なりを眺める。芦ノ湖は木々に遮られて見えない。
土曜日でも乙女峠に来る人は少ないのか、峠の茶屋(乙女茶屋)は閉まっていた。事実、乙女口からここまでで会ったのは一人、二人。ここでも、数人の中高年グループと若い二人連れだけだった。
中高年グループの中に目が不自由な人がいたが、サポートの人がいろいろとまわりの風景を説明していた。彼らは明神ヶ岳から最乗寺へ下ったことがあるらしい。明神ヶ岳はきついだけのつまらない山だったと話していた。

乙女峠はほぼ南北に走る金時山と丸岳の稜線の道(神奈川県と静岡県の県境でもある)と、仙石原側の[乙女口登山口]と御殿場側の[乙女峠]をほぼ東西につなぐ道が交叉する“十字路”。乙女峠の登山口としては、[乙女峠]バス停のほうが茶屋やトイレもありメジャーだが、マイカー登山には不便である。

長尾山7067.jpgしばしの休憩を取ったあと、金時山へ向かう(9:25)。間に小ピークが2つあるが、道標によれば金時山まで50分である。なだらかな逍遥路には、半ば葉を落とした枝の間から陽射しが降り注ぎ明るい。乙女峠から15分で長尾山頂。道標には乙女峠10分とある。ここの道標の設定は早足の人が対象らしい。7069.jpg
山頂は潅木の林に囲まれ展望はなし、先へ進む。快適な逍遥の小径は続く。ときおり、すっかり裸になった枝の後ろやぽっかり開いた林の切れ間に富士の姿を見ることができる。美しく黄葉や紅葉した木々も目立つようになった。
ニつ目のピーク(名無し、1150mぐらい)を通過する。
7070.jpg 7071.jpg7072.jpg7073.jpg 7074.jpg
7075.jpg その先はちょっと厳しい下り、次いで金時山頂直下の険しい登り。補助ロープを張ったところもある。『金時山は、昔は猪鼻岳(いのはなだけ)と呼ばれた急峻で岩場の多い山です。特に頂上付近の尾根筋では、コースの両側が切り立った深いガケで、たいへん危険です。コースをはずれたり、走ったり、ふざけたりは絶対にしないでください』と書かれた看板が立っていた。

その急坂を、乙女峠へ下る人たちとときどき行き交いながら、ひと登りし、標高1213mの金時山山頂に到着(10:35)。乙女峠から70分、“道標タイム”を20分オーバーである。(昭文社の地図では65分)
山頂の混雑はじゅうぶん予想されたが、ベンチというベンチ(茶屋の営業用テーブルも)、腰掛によさそうな岩という岩は、人・人・人で溢れていた。どうにかベンチの半分のスペースを確保し、真正面に富士山を眺めながら、朝食とも昼食ともつかぬ食事タイム(10:35-11:05)。それまで一片の雲もなかった富士の中腹に帯状の雲がたなびき、いつのまにか空にも雲が多くなった。長く引いた裾野の先の山は愛鷹山である。横にはすこし霞がかかった大涌谷や芦ノ湖、そして眼下に仙石原の2つのゴルフ場が広大な面積を占めている。
金時山から富士愛鷹山(越前岳)富士のアップ大涌谷と芦ノ湖 山頂部の紅葉
昼どきに近く、さして広くない山頂はますます込み合ってきた。
山頂をあとにする(11:05)。急な細い道を登ってくる人の列が続く。目立つのは若い人や子供連れのファミリィ、とくに軽快で鮮やかな色合いの出で立ちの“山ガール”が多いこと。高尾でもそうだったが、ここでも私たちのような中高年は少数派だ。そういうハイカーを“上り優先”で待つことたびたび。待っている間に、前を下りる人に追いついたり後続の一団に追いつかれたりで、渋滞ができるほどだった。
勾配が緩くなって一息つく。振り返ると山頂部の斜面が赤く色づいている。丸くて大きな山頂部は登降の厳しさを示すものがあった。ほどなく矢倉峠・明神ヶ岳への分岐、そこを右折し公時神社へ。
公時神社登山口 金時宿り石7083.jpg道は再びジグザグの急坂となったが長くは続かず、金太郎が夜露をしのいだという「金時宿り石」を過ぎ、林道を横切って公時神社境内。神社に無事下山のお参りをして、12時半、駐車場に戻った。境内や駐車場には、これから金時山を目指す人もかなり見受けられた。昭文社コースタイムによれば90分である。

7086.jpg7087.jpg7088.jpg7089.jpg 白い花とリンドウ
白い花はシロヨメナか?、長尾山の周辺にたくさん咲いていた。リンドウは金時山から下る尾根道で。なかなか綺麗なリンドウだった。
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