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浅間山28日 浅間山(前掛山)に登り、29日 黒斑山から浅間山を眺めました。
※写真はすべてクリックで拡大できます。

一ノ鳥居登山口 28日、前泊の道の駅(雷電くるみの里)から天狗温泉浅間山荘へ。山荘横に立つ大きな鳥居が登山口(標高1400m)。出発6時50分。樹林の中の林道のように広い、勾配も緩やかな道を歩くと一ノ鳥居(7:17)。 不動滝 ここで道は不動滝を経由する滝道と沢を高巻きする山道に分かれる。滝道へ。左岸から右岸へ渡ると不動滝。落差10m、一見の価値はある滝だった。 二ノ鳥居 滝からは急な階段状の道を上って二ノ鳥居で山道と合流(7:40)、そこから、長坂と呼ばれるやや急な登りとなる。
運が良ければカモシカに出会えるという明るい草地のカモシカ平を過ぎ、外輪山が切れこんだ狭間を通る。左右は釣鐘岩と牙山(ぎっぱやま)の岩山。狭間を抜けると浅間山が見えた 二ノ鳥居~三ノ鳥居・牙山と釣鐘岩二ノ鳥居~三ノ鳥居二ノ鳥居~三ノ鳥居・噴気地帯
樹林が途切れる、浅間山が火山であることを思い起こさせる蛇堀川源頭部の噴気地帯。草つきもまばらな荒地のところどころで水蒸気が上がり、硫黄臭が漂う。足早に通過する。
三ノ鳥居・浅間神社と火山館 噴気地帯からほどなくで火山館に到着した(8:48、標高1940m)。三ノ鳥居が立ち、小さな社が林の中にある(浅間神社)。ベランダで休んでいると、管理人(研究員?)が『カモシカ(ニホンカモシカ)がいますよ』と言って、裏の岩山(トーミノ頭)を指さす。が、どんなに目を凝らしても分からない。居合わせた登山者や妻は、自信はなさそうだったが、どうやら見つけたらしかった。管理人によれば、この時期 大気が澄んできているので、我々の声はカモシカに聞こえているそうだ。 火山館と噴火警戒レベル
水をもらいトイレを借りて、火山館を発つ(9:18)。館の前に『登山をする皆さまへ 浅間山は爆発的な噴火をする活火山です。登山は自己責任で!』と大書された看板が掲げられ、『現在の噴火警戒レベルは“1”(静穏な火山活動/噴火の可能性低い)です。前掛山までは登山できます。』とあった。同じ看板は登山口にもあった。

草すべり・湯ノ平分岐Jバンド・浅間山分岐 まばらになったカラマツやシラビソの林と枯れ野原の中の緩やかな登りから、草すべりへの道、続いてJバンドへの道を左に分けると賽ノ河原(9:46)。 賽ノ河原砂礫の登山道 西北の展望 ここから火山特有の赤茶けた砂礫だらけ道となる。前方は大きな浅いお椀を伏せたような浅間山(前掛山)、その山腹を 斜め一直線に 登ってゆく。オンタデが一見不毛に見える斜面のあちらこちらに生育している。次第に展望が開けてくる。外輪山と浅間山の間に(西北)、志賀高原の山や四阿山(あずまやさん)が見え、小諸市街の向こうに(南から南東)、甲武信岳、国師ヶ岳、金峰山・瑞牆山の奥秩父の山々八ヶ岳連峰が薄雲の上に浮かんでいる。金峰と瑞牆の間からは富士山が大きく、八ヶ岳の後ろには南アルプスの仙丈ヶ岳・甲斐駒・北岳が小さく頂きを出している。その右には、中央アルプスと木曾の御嶽山。そして、それは北アルプスの山並みへ続いている。壮大な山岳景観だ。

前掛山へ釜・前掛分岐 やがて 釜山・前掛山分岐(10:49、標高2480m)。ここから先 火口(釜山)は立入禁止、右に折れて前掛山の火口縁(旧火口)へ向かう。火口縁の登り口にシェルター(避難壕)が2基置いてあった。大量に溶岩が流れてきたとき、大丈夫かなと心配になるほど簡単なもの。もっとも そのような大噴火のときは、賽ノ河原(噴火警戒レベル2)や、それよりずっと手前の一ノ鳥居(レベル3)で立入禁止となるが。
噴煙をあげる浅間山前掛山から北アルプス前掛山山頂 シェルター付近の手ごろな石を椅子に食事を摂る(10:58-11:28)。前掛山山頂は火口縁の“一点”で吹きさらし、座るところもなくここで食事を済ませてよかった。火口縁を登る。けっこうな勾配である。火口からかすかに噴煙が立ち昇っている。北アルプスは乗鞍から白馬の先まで、その長大な山並みを 完全に 外輪山の上に見せるようになった。槍の穂鹿島槍の“双耳”もはっきり分かる。(山座同定はこちら
登山口から4時間50分(コースタイム4時間)、標高差1100m(歩行距離は7.5㌔?)を登りきって前掛山山頂に登る(11:40)。標高は2524m。釜山の最高点(2568m)よりちょっと低いが、標柱には“親切心”からか『浅間山(前掛山)』と書いてあった。

浅間山二万五千分の一地形図 『浅間火山ガイド』によれば、浅間山は年代的また地理的におおむね3つの火山から成る。 いちばん古いのは約10万年前から2万5千年前ぐらいまで活動した黒斑山。現在の黒斑山は、(現在の)浅間山の西側に 外輪山のように 大きく弧を描いている崖の一つのピークにすぎないが、この崖は黒斑山の大崩壊でできたもの。顕著な崖のピークにはそれぞれ剣ヶ峰、牙山、トーミノ頭、黒斑山、蛇骨岳、仙人岳、Jバンド(鋸岳)という名前が付いている。牙山とトーミノ頭の間は大きく切れ落ちていて、そこを湯の平コース登山道が通っている。(右図参照かた、クリックで拡大)
次は東に活動が移り、その後の前掛山の火山活動で覆われてしまっているが仏岩火山。その火砕流で嬬恋村のキャベツ畑ができ、その溶岩で小浅間山が生まれた。最後がおよそ1万年前に始まり、今も活動が続いている前掛山。前掛山は約千年に一度の割合で大噴火をしている。最近のそれは天明三年(1783)で、多くの死傷者を出し、「鬼押出し」を作った。前掛山は直径約1㌔の火口(旧火口)を持ち、その中に 現在、噴煙を上げている釜山が成長している。


①前掛山から後立山連峰②前掛山から中央アルプス③前掛山から八ヶ岳④四阿山など 改めて山頂からの展望・眺望を楽しんで下山(11:55)。①後立山連峰、その山座同定はこちら。②中央アルプスなど。③八ヶ岳連峰。④四阿山など。
賽ノ河原 上りと同じ道を、この時期 花が実になったシラタマノキゴゼンタチバナを鑑賞しながら下る。 ?マツムシソウシラタマノキゴゼンタチバナ 賽ノ河原から三ノ鳥居(火山館)の間で、シラタマノキもよく見たが、ゴゼンタチバナがとりわけ多く、ところどころに群生を成していた。マツムシソウは あと数日もすれば 散ってしまいそうだった。 火山館と三ノ鳥居二ノ鳥居二ノ鳥居~一ノ鳥居
火山館で見学(小さな展示室がある)と休憩後(13:35-14:18)、二ノ鳥居から一ノ鳥居は山道を下ったが、これが思わぬ幸運との巡り合わせとなった。ニホンカモシカに出会ったのである!! それも至近距離で。 カモシカ4カモシカ3カモシカ2カモシカ1 一頭のまだ若そうなカモシカだった。彼は私たちに気づくと斜面を駆け上がり、そのまま去っていくかと思いきや立ち止まり、15㍍ほど離れた木の間からじっと私たちを見つめていた。私たちがその場を離れるまで、ほとんど微動だにしなかった。
その興奮も冷めやらぬ15時50分、登山口(浅間山荘)に戻った。



29日、浅間山荘から黒斑山の登山口である車坂峠駐車場へへ(9:18-9:48)。車坂峠の標高はすでに1973mで、黒斑山との標高差は450m足らずである。。
明るいカラマツの林の表コース黒斑山登山口 表コースと中コースがあったが、表コースを選ぶ(10:00)。ほんのり色づいた明るいカラマツの森、林床にはシラタマノキの実がここかしこ、ゴゼンタチバナがちらほら。 シラタマノキシラタマノキとゴゼンタチバナ カラマツの林が切れ、突然、火山岩が積み重なった溶岩台地に出る。お尻が少々痛いが、腰をおろして中休みする。 表コースから篭ノ登山 今日は昨日より大気が澄んでいるようで、抜群の山岳展望日和。目前に、水ノ登山(みずのとやま)篭ノ登山(かごのとやま)三方ヶ峰(みかたがみね)が並ぶ。これらは浅間山より古く、100万年前から活動でできた山だそうだ。その中腹を横切る車道は湯の丸高峰林道。篭ノ登山と三方ヶ峰の間には池ノ平がある。 表コースから槍穂高連峰表コースから後立山連峰 以前、初めてスノーシューを履いて、高峰温泉から池ノ平を歩いたことがある。その三山の背後に、槍・穂高連峰から後立山連峰まで、北アルプスの全容が驚くほどに鮮明に見える。(槍・穂高連峰の山座同定はこちら、後立山連峰の山座同定はこちら
槍ノ鞘から富士山槍ノ鞘から浅間山 再び樹林帯に入り、一登りで槍ヶ鞘(標高2250m)。赤ゾレの頭ともいうようだ。赤錆びたシェルターがあった。さらに一登りで外輪山の稜線に上がると、下半分は緑・上半分は赤茶色ときれいに色分けされた浅間山、富士に劣らぬ均整がとれた姿である。その富士山が南はるか遠くに見える(その山座同定はこちら)。
黒斑山山頂トーミの頭 そこから左へ、まず岩山トーミノ頭(12:00-12:10、標高2320m)に上がる。緩やかに弧を描く外輪山と浅間山、その間の湯ノ平の景観が素晴らしい。次いで、外輪山最高点の黒斑山(12:30-12:35、標高2404m)。 トーミの頭から黒斑山・蛇骨岳・仙人岳・Jバンド 前後の道は林の中、山頂も展望が開けているのは浅間山側だけと、黒斑山は意外と“森の山”だった。 黒腑山~蛇骨岳クジャクチョウ
さらに稜線を進み蛇骨岳へ。途中、珍しいチョウ(クジャクチョウ)が“乾いた地面”に降りている。カメラを構えてシャッターチャンスを待ったが、翅をなかなか全開してくれない。そのうちどこかへ飛んでいってしまった。 蛇骨岳山頂
蛇骨岳山頂(12:55-1:40、標高2366m)。東西とも展望が開けた稜線は、この先仙人岳、Jバンドと続く。Jバンドから湯ノ平に降りて浅間山に登るルートもある。しかし“ピストン”と“時間”という制約から戻ることにした。その代わり、蛇骨岳山頂には長い時間(45分)滞在する。 蛇骨岳から剣ヶ峰と湯ノ平蛇骨岳から浅間山 ここから見る浅間山の姿もなかなか美しい。黒斑山もそうだが、蛇骨岳からは浅間山を ほぼ 真西から見ることになり、山頂の構造がよく分かる(説明付き写真はこちら)。 表コース・中コース分岐
昭文社の『山と高原地図』によれば蛇骨岳から裏コースがあり、表あるいは中コースより(コースタイムが)20分短かい。いざそのコースに入ろうとした途端、通行禁止のロープに制止され、来た道を戻る。黒斑山で小休止し(2:10-15)、トーミノ頭のすこし先から中コースを通り(理由:道標によれば所要時間が10分早い)車坂峠駐車場に戻った(3:15)。しかし10分程度の違いなら、表コースのほうが明るくて気持ちがよい。
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行程概要
第一日(9月9日:金)
新平湯温泉民宿5:00=5:45ホテルニューホタカ5:50~7:15ワサビ平小屋7:50~12:05鏡平山荘・・・歩行距離10.9㌔/標高差1300m
第二日(9月10日:土)
鏡平山荘6:00~7:07弓折乗越7:17~8:33双六小屋9:06~10:26双六岳11:19~12:46三俣蓮華岳13:27~14:33三俣山荘・・・歩行距離11.6㌔/累積標高差約800m
第三日(9月11日:日)
三俣山荘6:20~8:00鷲羽岳8:40~ワリモ岳9:10~11:30水晶岳11:45~12:25水晶小屋12:50~ワリモ北分岐13:20~岩苔乗越13:30~黒部源流~黒部川水源地標14:40~15:25三俣山荘・・・歩行距離11㌔ぐらい?/標高差800mぐらい?
第四日(9月12日:月)
三俣山荘6:20~巻道分岐7:10~(巻道)~巻道分岐8:45~9:10双六小屋9:38~10:45弓折乗越10:50~11:30鏡平山荘11:55~12:40シシウドヶ原12:45~イタドリヶ原13:14~13:50秩父小沢14:05~秩父沢14:01~15:07わさび平小屋15:22~16:25ホテルニューホタカ・・・歩行距離19.4㌔/累積標高差-1550m+300m

第一日(9日):新穂高温泉~鏡平山荘
新穂高温泉バスターミナル 新平湯温泉の民宿「お宿のさわ」から新穂高温泉へ。登山届を提出し、昨日 それまでの『晴れ時々曇り』から『雨』に変わった予報通り、雨の中を鏡平山荘に向け出発(6:00)。わさび平小屋までは蒲田川左俣林道の広い道。新穂高温泉との標高差は400mあるが、3.5㌔という距離は ほとんど “登り”を感じさせない。わさび平小屋を過ぎて ほどなく「小池新道」に入る。鏡平山荘まで7.4㌔/標高差900m、今回の山旅で最もきつい行程である。途中 秩父沢などの休憩適地があったが、雨ではどこも同じ、適当なところで休憩を取りつつ、鏡平山荘に 昼ごろ 到着した(12:05)
オヤマリンドウ霧の鏡池 雨と汗で濡れたウェアを乾かし、生ビールを飲み、軽昼食のラーメンを食べたあとはやることなし。夕食まで、与えられたスペースで休んだり、ガイドブックを開いたり、3時過ぎ 雨が上がったので小屋の周辺を散策して過ごす。小屋から0分戻ったところに、槍・穂高連峰をその水面に映す絶景で有名な鏡池がある。もっとも今日の天気では絶景は望むべくもないが。山荘付近には植生保護の木道が敷かれている。その木道わきに、固く蕾を閉じたオヤマリンドウがあった。
5時夕食。一皿盛りだが、コロッケや春巻きなど品数豊富だった。ウドンの小椀、それに山小屋では珍しい?酢の物も付いていた。夕食後はまたやることなし。午後のひとときと同じように時間を潰し、7時をまわるとお寝みタイム(消灯は9時)。上下2段の大部屋で、混み具合は50%ほど、ゆっくり休めた。
8月下旬から9月はシーズンオフだが、山小屋が空いているのがいい。私たちが日本アルプスに登るのは いつも この時期である。が、今日は30名ほどの中高年ツァー(大半は女性)が 3時ごろ 小屋に到着した。着くなり、さほど広くない休憩室(部屋というかコーナー)に夕食の時間まで居座り、それだけならまだいいが、その姦しいこと姦しいこと。大きな話し声やけたたましい笑声が小屋中に響きわたっていた。幸い、夕食は彼らとは別の時間帯、部屋も大部屋から離れた小部屋に分散して入り、食事と睡眠は静かに取ることができた。

第二日(10日):鏡平山荘~双六岳~三俣蓮華岳~三俣山荘
弓折乗越焼岳と乗鞍岳槍穂高を映す鏡池 昨日とは一転して今日は好天 朝食後、鏡池に映る槍・穂高連峰をカメラに収めてから(朝は逆光になるので撮影は午後の方がよいが)、出発(6:00)。一登り(1.5㌔/標高差260m)で、樅沢岳と笠ヶ岳稜線の鞍部弓折乗越(標高2560m)に上がる。槍・穂高連峰の大岩壁がど迫力で眼前に迫り、眼下には箱庭のような中に立つ鏡平山荘(写真は帰路)、南は抜戸岳(ぬけどだけ)から笠ヶ岳まで稜線が延び、その後ろに焼岳と乗鞍岳が それぞれ 荒々しい山肌と秀麗な山容を見せている。
双六小屋へ双六小屋と鷲羽岳ナナカマド 鏡平山荘で同宿となったかの「姦しグループ」が休んでいたが、彼らは弓折乗越から左、笠ヶ岳へ登っていった。笠ヶ岳はここから4.5時間の行程、かなりの健脚を要するツアーである。私たちは右、双六小屋方面へ、樅沢岳の稜線を登る。ナナカマドの実が真っ赤に色づいている。葉っぱの紅葉はまだまだ。花見平を過ぎ、稜線を離れ、山腹を斜めに降りていくと双六小屋が見えてきた。樅沢岳と双六岳の幅広い鞍部に建ち、双六池を前景に鷲羽岳(わしばだけ)を背景にした風景は、絵心のある人ならばスケッチブックを広げたくなるところであろう。

双六小屋の看板 双六小屋に到着(8:33)。入口にかかる表札は『花の百名山』の著者田中澄江さんの筆だった。テラスで長休止のあと、今回の山旅最初のピーク双六岳に向かう(9:06)。 双六岳山頂双六岳へ2双六岳へ1 山頂は広々としており、一気に200mほど急坂を登ったあとは、雄大な北アルプスの山なみを満喫しながらの稜線漫歩。双六岳の上は牛の背のように幅広く長い。
双六岳山頂に登る(10:26、2860.3m)。私たち以外誰もいない。改めて四方の山々を見渡す。
正面、北の方向に黒部源流の山鷲羽岳(2924m)、その先に その名のとおり 水晶やガーネットの原石がある(という)水晶岳(2986m)、次のピーク三俣蓮華岳(2841m)は大きな丸山に遮られて見えない。東には燕岳から大天井岳の表銀座縦走コースの稜線が連なり、槍・穂高連峰と続く。天を突く槍ヶ岳(3180m)と、奥穂(3190m)・北穂(3106m)・前穂(3090m)・西穂(2909m)の3000m級の岩峰を揃えた穂高連峰の眺めは さすがに 群を抜いている。北穂と奥穂の間には涸沢岳(3103m)もある。深田久弥は、それぞれ個性ある四座を“四把一絡”に「穂高岳」と片付けてしまったが…。背面、南は笠ヶ岳(2898m)と抜戸岳(2813m)、その左後ろに乗鞍岳(3026m)。ここから見る笠ヶ岳はピラミダル。そして、西には「五郎のカール」が印象的な黒部五郎岳(2840m)と3つのカールをもつ薬師岳(2926m)。唯一、高い山なみが途切れた笠ヶ岳と黒部五郎岳の間には雲海が広がっていた。

双六岳山頂からの山岳展望(山座同定付き)
①双六岳から北の展望②双六岳から東の展望③双六岳から槍穂高④双六岳から槍ヶ岳⑤双六岳から穂高連峰
⑥双六岳から南の展望⑦双六岳から黒部五郎岳と薬師岳 ①鷲羽・水晶など北の展望、その山座同定はこちら。②東、燕岳~大天井岳の稜線と槍ヶ岳。③槍・穂高連峰、その山座同定はこちら。④槍ヶ岳アップ。⑤穂高連峰アップ。⑥南、笠ヶ岳と抜戸岳。⑦西北、黒部五郎岳と薬師岳。

展望・眺望を楽しんでいるとトレランの若者が登ってきた。薬師岳を指し『あれが三俣蓮華岳ですか?』と聞かれたことから会話が始まる。新穂高温泉から三俣蓮華岳を一日で往復するという。新穂高温泉からここまでわずか4時間、とんでもないスピードである。(槍ヶ岳の)西鎌尾根も走ったことがある。小さいザックの中身を問うと、防寒具とおにぎり、それに水という答えだった。この山旅の間、彼以外にもトレランナーに数人会った。みんな一人で若い男子だった。登りは さすがに “歩き”で、走るのは下りだそうだ。

三俣蓮華岳山頂三俣蓮華岳へ2三俣蓮華岳へ1 1時間近く双六岳山頂にいて、丸山を越え三俣蓮華岳へ。丸山は何の変哲もない名前で、二万五千分の一地形図には山名も出ていないが、標高2854mのなかなか堂々たる山容である。双六岳と三俣蓮華岳に挟まれている悲哀だろうか? 丸山を過ぎたあたりから、東側の谷からガスが上がってきて視界が悪くなった。
三俣蓮華岳山頂(12:46)。標高は双六岳よりすこし低く2841.2m。“三俣”とは富山・岐阜・長野の3県を意味する。鷲羽岳と水晶岳がぐっと近くなった。北の眼下には 日本最後の秘境といわれる雲ノ平が。昨夏、リニューアルした雲ノ平山荘がガスに霞む。槍・穂高は雲の中、その展望を楽しみに登ってきたという数名のグループががっかりしていた。
コケモモイワギキョウ 山頂ステイは40分ほどで、三俣山荘に降りる。岩場に濃い青紫色したキキョウが咲いている。 三俣山荘へ1三俣山荘へ2 この花は丸山~三俣蓮華の稜線にもあったが、そちらは一つ、こちらは20個ほども集まっている。チシマギキョウではと期待したが、チシマギキョウには花やがく(萼)に“毛”が生えているそうで、“ふつう”に見るイワギキョウだった。彩りにつけた赤い実は双六~丸山の稜線で撮ったコケモモ

山頂から山荘までのコースタイムは30分とあったが小1時間もかかった(2:33) お決まりのビールを飲み(生ビールはなく缶ビール)、休憩コーナーでくつろいだりして(三俣山荘の休憩コーナーは広くて立派、本や雑誌も揃っていた)、夕食(5時)、メニューは千切りキャベツにジャガイモサラダを添えたハンバーグと鰹節がかかった茹でナスなど。たいへん美味しかった。
三俣山荘と表札十三夜の月 夕食後テラスに出る。十三夜ぐらいの月が山々のシルエットを浮かびあがらせている。月の真下はちょうど槍ヶ岳のはずだが、あいにく雲の中である。ひと寝入りした11時頃 再び 小屋の外へ。北十字星(白鳥座)、ベガ(織姫)、アルタイル(牽牛)などの星々が 月明かりの中 輝いていた。
ところで、三俣山荘の看板も重厚で立派である。が、残念ながら『筆者』が読み取れない。

第三日(11日):鷲羽岳・水晶岳と黒部源流
今日も絶好の登山日和 今日は鷲羽岳・ワリモ岳に登り、ワリモ北分岐から水晶岳を往復、帰路は黒部源流の沢沿いを下って三俣山荘に戻る周回コースである。
東の空3東の空2東の空1 三俣山荘の朝食は5時半。ほかの山小屋より30分遅いのは朝から手作りするからだった。その時間までテラスに出る。暁の空に鷲羽岳、大天井岳から槍ヶ岳のシルエットが浮かぶ。秋分に近い今、太陽は鷲羽岳の稜線から昇るようだ。
鷲羽岳へ3鷲羽岳へ2鷲羽岳へ1 鷲羽岳を目指し出発する。朝食を弁当にして早発ちする登山者が多いなか、6時20分の遅発ち。頂上まで標高差およそ400m/1.5㌔。“一気登り”というわけにはいかない。休憩をとりながら登る。道も砂礫で歩きにくい。振り返れば、ハイマツの緑に囲まれ赤い屋根の三俣山荘が映える。昨日歩いた双六・丸山・三俣蓮華が朝陽に輝いている。
鷲羽岳へ4・白山トウヤクリンドウ 高度を上げるにつれ展望が いっそう 開けてきた。これまで槍に隠されていた常念岳が姿を現し、三俣蓮華と黒部五郎の間 はるかかなたには 加賀白山が、わずかだが雲海の上に頭を出している。足元にはトウヤクリンドウが日の光を浴び蕾を開こうとしている。ここは風が強く乾燥した(雪が積もりにくいので)風衝地、トウヤクリンドウはそのような厳しい環境に育つ高山植物の一つなのだそうだ。

鷲羽岳山頂鷲羽ノ池8時ちょうど、山荘から100分を要して標高2924.2mの鷲羽岳に登頂。眼下に鷲羽ノ池(火口湖、鷲羽岳が火山とは知らなかった)が青々とした水をたたえ、その上方、硫黄尾根を前景に槍ヶ岳が北鎌尾根と西鎌尾根を左右に広げる。その姿は正に「横綱の土俵入り」だ。その後ろに連なる穂高連峰は、ここ(北)からの眺めでは「大関」か? 進行方向、北には 鷲羽・水晶から続く野口五郎岳~烏帽子岳の裏銀座縦走コースの稜線、その後ろに(たぶん)針ノ木岳と蓮華岳。そして最奥に鹿島槍ヶ岳の“双耳”が霞む。北の展望は、ガスがかからなければ これから ますます開けてくる。左右の展望は双六岳からとほぼ同じ。違いは常念山脈の盟主常念岳が槍と大天井の間に見えることと、「五郎のカール」(黒部五郎岳)と「金作カール」(薬師岳)の“圏谷地形”がより正面から見えるようになったこと。その双六岳はたおやかで異質の存在、岩峰・鋭鋒ばかりの中で一種の安らぎを与える。山すそは北アルプス有数のお花畑というこの山は百名山はおろか、三百名山にも選ばれていない。(「花の百名山」には入っている)。

鷲羽岳山頂からの山岳展望(山座同定付き)
①鷲羽岳から北の展望②鷲羽岳から北東の展望③鷲羽岳から唐沢岳と餓鬼岳④鷲羽岳から表銀座縦走コース⑤鷲羽岳から東南の展望
⑥鷲羽岳から槍ヶ岳⑦鷲羽岳から南の展望⑧鷲羽岳から西の展望⑨鷲羽岳から西北~北の展望 ①正面、水晶・ワリモなど北の展望、立山・鹿島槍も遠望される。その山座同定はこちら。右へ、②裏銀座縦走コース(野口五郎~烏帽子)など北東の展望、その山座同定はこちら。③餓鬼岳と唐沢岳。④東、表銀座縦走コース(燕~大天井)の展望。⑤常念岳など東南の展望、その山座同定はこちら。⑥槍ヶ岳と穂高連峰。⑦双六、笠、乗鞍など南の展望、御嶽山が遠望される。その山座同定はこちら。⑧黒部五郎など西の展望、白山が遠望される。その山座同定はこちら。一周まわって、⑨薬師と水晶、その山座同定はこちら

ワリモ岳山頂 鷲羽岳からワリモ岳へ(8:40)。岩が折り重なったようなワリモ岳はルートの見究めに 少々 難儀して頂上を越え(9:10、標高2888m)、ワリモ北分岐を過ぎる。 雲ノ平と太郎兵衛平水晶岳の東面・ 祖父岳(じいだけ)が真横に並ぶようになり、その北側の台地雲ノ平に北アルプス最奥の山小屋雲ノ平山荘が建っている。黒部川を隔てたその先は太郎平小屋がある太郎兵衛平だ。振り返って鷲羽岳の東側を初めて見る。月の裏側は表側と似たりよったリだったが、鷲羽岳は 西側とは だいぶ様相が違う。氷河で削り取られたような跡(カール?)がある。 雲海
ワリモ北分岐から道は歩きやすくなり、緩やかな下り上りで水晶小屋(10:34-44)。 水晶岳へ2・赤岳北の肩に建つ水晶小屋水晶岳へ3 水晶小屋は水晶岳の前衛のような赤岳の肩、2900mの高所に建っている。水晶岳の上りは ワリモ岳に増して 岩だらけの険しい道だった。鎖・梯子の類は1所だけだったが、両手両足を使って登ること幾度か。 イワツメクサ水晶 表面に白いものが付着した石が転がっている。水晶に違いない。『鉱物(水晶等)や土石の採取はご法度』と書かれた看板が立っている。山荘に戻ってから聞いたスタッフによると、ガーネットもあったそうだ。トウヤクリンドウを見たのは水晶小屋あたりまでで、この一帯はイワツメクサの植生域らしい。岩陰に風を避けるように咲いている。このような高地に花の生命力も逞しいが、受粉に登ってくる虫たちのパワーも凄い。

水晶岳山頂 11時半、水晶岳に登頂する。黒岳という名前もあるが この山には 水晶岳のほうがふさわしい。標高は2986m、日本で23番目に高い山。岩が積みあがった山頂。標柱はその岩の隙間に刺してあるだけで、触れるとぐらぐらする。稜線はさらに赤牛岳へと続いているが、その先、山また山の間に黒部湖が望める。黒部ダムも見えた。雲が多く、どれが立山でどれが針ノ木か分からない。もっとも、晴れていても分からないだろうが。剱は完全に雲の中である。振り返れば、来し方、ワリモ・鷲羽へ続く稜線。槍・穂高も雲に隠れようとしている。雲ノ平山荘三俣山荘そして双六小屋も見える。山だらけの中に山小屋を見つけると なぜか 安堵感を覚える。大自然に溶け込んだ“風物”でもある。高天原山荘は見逃した。薬師岳はさらに近くなり、北薬師と間にある金作谷カールがほぼ正面から見えるようになった。(赤牛岳まで頑張れば薬師は真横、但し 片道2時間)
水晶小屋~ワリモ北分岐水晶小屋分岐水晶小屋 三角点(2977.7m)は北へすこし降りたところにあったらしいが、パスして下山(11:45)。まだコース半ば、水晶小屋で、餅入りぜんざいで力を付ける(12:25-50)。水晶小屋は収容人員30人の小さなプレハブ造りの小屋だが、ここで裏銀座コースが合流する要衝の小屋である。

水晶岳山頂からの展望(説明付き)
①水晶岳から黒部湖②水晶岳から裏銀座縦走コース③水晶岳から南の展望④水晶岳から双六岳⑤水晶岳から雲ノ平
⑥水晶岳から薬師岳 ①黒部湖と黒部ダム。②野口五郎岳から北へ烏帽子岳に延びる裏銀座縦走コース。③鷲羽・ワリモなど南の展望、その山座同定はこちら。④双六岳、三俣山荘と双六小屋が見える。⑤雲ノ平、黒部五郎と北ノ俣には雲がかかった。⑥薬師岳、こちら(東)を向いたカールがみごと。

岩苔乗越ワリモ北分岐 ワリモ北分岐まで往路を戻り、そこから登山道が十字に交叉する岩苔乗越へ(1:20)、岩苔乗越で、いよいよ黒部源流(に沿った道)を下る(1:30)。最初は枯れ谷、しかし かすかだが水音がする。やがて、伏流水が地表に現れて流れとなり(最初の一滴を見つけるのは至難)、その水量が次第に多くなる。白いイワウメの花と名前が分からない赤い実をつけた草を見る。道はかなりの急坂、乗越から300mぐらい下って源流コースの終点、雲ノ平山荘と三俣山荘の分岐(2:35)。この先 源流沿いに道はついていない。分岐点近くに石碑『黒部水源地標』が立っていた。“源流”からは離れており、それに“立派(御影石)”すぎてまわりの雰囲気から浮いていた。

黒部源流
①黒部源流全貌 ①三俣蓮華岳の下りから黒部源流。②源流の“源流”? ③黒部源流三様。④イワウメ。⑤黒部源流を下る。⑥源流コース終点。⑦黒部水源地標。
②源流上部③源流中~下部④イワウメ⑤源流沿いの道⑥三俣山荘・雲ノ平分岐⑦黒部源流地標
黒部川は鷲羽岳の中腹に源を発し西へ、赤木沢などの沢を合わせながら薬師沢出合で北に転じ、上ノ廊下、下ノ廊下という峡谷を作り、富山湾に注ぐ。長さ85㌔、二つの廊下の間に黒部ダムがある。

分岐から山荘までは また 上りとなり(150mぐらい)、3時25分三俣山荘に帰着した
夕食のメニューは副品は昨日と同じだが、主品はエビフライと一口カツ。まわりのテーブルを見まわすと みんな ハンバーグ。三俣山荘は連泊の人はオカズを替える心配りの行き届いた山小屋でもあった。
槍ヶ岳水晶岳三俣蓮華岳 夕食後テラスに出ると、槍ヶ岳が夕陽があたっている。ほんのり赤くなった水晶や三俣蓮華の上空の雲も美しい。槍ヶ岳はやがて雲に隠れた。

第四日(12日):三俣山荘から新穂高温泉へ
東の空2東の空1 最終日もいい天気 今朝も朝食前、明けゆく東の空を見にテラスに出る。
山荘出発は昨日と同じ6時20分。新穂高温泉までまでの長丁場なので、三俣蓮華岳・丸山・双六岳の頂上はパスした(カールの中の)巻道ルートを採る。それでも距離19.4㌔、コースタイムは7時間30分である。単純標高差は-1550mだが、3箇所ほど顕著な上りがある。その累積は約300m。巻道起点の三俣蓮華中腹までの200m、巻道終点の手前の上り。そして双六小屋から弓折乗越までの上りだ。
双六小屋へ3・三俣峠双六小屋へ2双六小屋へ1 三俣山荘を出てすぐ黒部五郎岳巻道を右に分け、三俣蓮華岳の頂上まで、半分強も登った三俣峠から巻道ルートを進む。 双六小屋へ4双六小屋へ5 心地よいアップダウン、正面に槍・穂高連峰...爽快な“巻道漫歩”だ。これに盛夏の高山植物の花々が加われば“天国”を歩いているような気分だろう。 双六小屋へ6・分岐ハクサンフウロチングルマ その名残り、チングルマの綿毛があちらこちらで風に揺られ、ハクサンフウロが最後の?花を咲かせていた。巻道の最後はすこし上りとなって、双六岳山頂からの道を右に合わせ、少し下って双六小屋に着いた(9:10)。

双六小屋唐沢岳と餓鬼岳 双六小屋で長休止中、単独行の中年女性と話す機会を得た。きっかけは、北東に見える目立たない山の名前を尋ねたことから。 爺ヶ岳から唐沢岳・餓鬼岳 この山は 先月 爺ヶ岳から見たときから気になっていた山(右の写真) 。地図を広げ、妻も交え検討した結果、唐沢岳と餓鬼岳ということに落ちついた。(本文「鷲羽岳からの山岳展望」③も参照)
彼女は三俣山荘のテン場から三俣蓮華・双六を越えてきたという。このあと、笠ヶ岳に登って新穂高温泉に下るつもり。ザック容量60㍑(私たちは40㍑)、大学生を筆頭に4児の母。行動中のエネルギー補給は明治製菓のSAVASがお勧めと私たちに一個づつわけてくれた(私たちはコンビニのブドウ糖、お返しは新穂高から持ち上げた最後のリンゴ)。驚いたのは山行歴。北鎌尾根を槍ヶ岳へや冬の燕岳も登ったことがある。山岳会のメンバーとも行動を共にすることがあり、会の新人に対してはむしろ指南役を務めるという。街で会えば、それとは分からぬふつうの中肉中背の女性である。また、一度は槍ヶ岳に登りたいというと、シーズンは槍の穂の梯子は“蟻の行列”で頂上まで何時間かかるか分からない。槍ヶ岳山荘は超満員となるのでやめた方がいいと助言してくれた。彼女も(彼女はいつもテントであるが)テントを張るスペースを確保するのがたいへんだったとのこと。あまりに凄い話に感心したのだろう、隣りのテーブルにいたご夫婦が 出発のさい 声をかけていた。
弓折乗越へ1オオヒョウタンボク弓折乗越へ2・花見平 彼女が発ってしばらく、私たちも双六小屋をあとにする(9:38)。樅沢岳の稜線への坂道の半ばで、鹿島槍・爺ヶ岳の登山で覚えたオオヒョウタンボクをここでも見る。スーパーウーマン弓折乗越 花見平に上がる。花見平は この時期 花はなく、“槍・穂高見平”。弓折乗越に着く(10:45)。双六小屋で出会ったスーパーウーマンが笠ヶ岳への最初のピーク弓折岳へ登っていく。 弓折乗越から鏡平山荘1弓折乗越から鏡平山荘2鏡平山荘へ 乗越に降りるまでは私たちも弓折岳を往復する気もあったが、降りてみると意外と高度があり(実際は30mぐらい)取りやめた。小休止のあと鏡平山荘へ(10:50)。

鏡平山荘 鏡平山荘でウドンを食べ(11:30-11:45)、鏡池に映る穂高連峰を見て(槍は残念ながら雲の中)わさび平へ、往路は雨だった小池新道を下る。 わさび平小屋へ1わさび平小屋へ2・シシウドヶ原わさび平小屋へ3・イタドリヶ原 わさび平小屋まで7.4㌔/標高差900mの長く厳しい下り。強い陽射しが体力消耗に輪をかける。シシウドヶ原(12:40-45)、ベンチはあるが木陰はない。ほぼ中間点のイタドリヶ原を過ぎ(1:08)、 わさび平小屋へ5・秩父沢わさび平小屋へ4・秩父小沢 秩父小沢の冷たい水で喉を潤し顔を洗う。そこからすぐ秩父沢。わさび平まで[1時間]の標識に一安堵して中休止を取る(1:50-2:05)。秩父沢は絶好の休憩ポイントだが、流れが大きいので、洗顔・水飲みは秩父小沢のほうがやりやすい。秩父沢に橋がかけられるのは7月上旬~10月上旬で、それ以外ははずすのだそうだ。
サラシナショウマとチョウわさび平小屋へ6・小池新道入口 林道(蒲田川左俣林道)に出る。路傍のサラシナショウマのまわりを大きな蝶が飛んでいる。やっと花にとまってくれたが、いいアングルではなかった。サラシナショウマを好むのはアサギマダラだそうだが、それとはすこし違うようだ。
わさび平小屋新穂高温泉へ新穂高温泉・林道ゲート わさび平小屋ですこし休んで(3:07-3:22)、ホテルニューホタカに4時25分に到着した。 ホテルニューホタカの露天風呂 ニューホタカは(今は)素泊まりで、夕食は送迎で、今は温泉施設だけとなった「中崎山荘」。さすが以前の昔の名湯宿、食べたカレーが美味しかった。
その中崎山荘のご主人が『ニューホタカの露天風呂に入りましたか? おもしろいですよ』という。翌朝、行って見る。庭の一番奥、蒲田川川べりにある野趣溢れるお風呂だった。
新穂高温泉は西穂独標に登って以来久しぶりだったが、その際利用した「ホテル氷壁」は駐車場となり、左俣駐車場前の大きなホテルは廃屋になど、新穂高温泉はさびれた感じだった。
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