上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
二度目の縦走で、交通機関の便利さからも歩きやすさからも逆に歩いたほうがよいことを認識し、今回も陣馬山から高尾山へ“逆方向”に縦走した。駅まで5分という係りの話で(高尾駅近くの)その駐車場に車をおく(800円/日)。しかし それは京王高尾駅(南口)の場合で、「陣馬高原下」行きバスが出る北口(JR高尾駅)まではずいぶんとあった。15分~20分。駅構内を抜ければ早いが、入場料(130円)を払わなければならない。
高尾駅北口に着いたときはバスは すでに 発車したあと。次のバスは1時間後(9:34)である。その間 「小仏」行きのバスがあり(9:12)、小仏峠から高尾山あるいは陣馬山コースに切り替えようかと 一瞬 考えたが、予定どおり陣馬山~高尾山を歩くことにする。小仏行きはハイカー多数でバスが2台出るほど、いっぽう 陣馬高原下行きは(ハイカーは)10人程度だった。遅くなれば高尾山からケーブルカーで、あるいは1号路(表参道、舗道)を降りればよい。

ハイキングコース入口スタートは10時15分。陣馬街道(車道)をしばらく歩き、陣馬山ハイキングコースに入る。勾配のある尾根道が山頂まで続く。登山口~陣馬山下草が根づかず、表土が洗い流されて木の根が露出している。私たちハイカーが土を踏み固めることもその一因である。
登りはじめは ほとんど ヒノキ?など常緑樹の森だったが、次第に広葉樹との混合林となった。その広葉樹の多くは葉を落としてしまっているか、わずかに枯葉を枝に残しているかだが、中には まだ 鮮やかな色づきを保っているものもある。
陣馬山の紅葉1陣馬山の紅葉2陣馬山の紅葉3陣馬山の紅葉4陣馬山の紅葉5スペーサー陣馬山山頂付近の紅葉・黄葉
尾根を離れて山腹を平行に進み、和田峠からの道を合わせると山頂はすぐ。その合流点に、上は赤、中ほどは黄色、下はまだ緑と一本の木でみごとにグラデーションした大きなイタヤカエデ?があった。

11時45分陣馬山山頂。山頂は360度の大展望。東方は霞んでいるが、南から北へ丹沢山塊、富士山、生藤山から醍醐丸に続く尾根。それらの背後に三ツ峠山、大菩薩嶺、三頭山、雲取山、御岳山などを望むことができた。陣馬山は3度目だが過去2回は6月と8月、富士を見るのは初めて。高尾や丹沢登山はやはり晩秋から初春がいい。惜しむらくは一番の富士撮影ポイントにある茶屋は閉まっていて、テラスを開放していなかったこと。営業中の茶屋は(3店中)1店だけだった。
陣馬山展望1(パノラマ)陣馬山展望2(富士)陣馬山展望3(丹沢)陣馬山展望4(西方)スペーサー陣馬山山頂からの山岳展望・・・①富士山を中心とした90度のパノラマ、その山座同定はこちら。②富士山、そのアップはこちら。富士は 先日(11月17日) 大山から見たばかりだが、週末の荒天の“おかげ”で積雪の量がぐっと増えていた。③丹沢山塊、その山座同定はこちら。④北西方向の展望、その山座同定はこちら

陣馬山~明王峠昼食後 10㌔先の高尾山へ(12:25)。陣馬山が縦走路中の最高所(857m)なので、あとは基本的には下りである。ゆるやかなアップダウンと樹林帯の快適な尾根歩き30分ほどで明王峠(739m)。明王峠は都合よく富士山側だけに視界が開けている。木の枝がアクセントを添え、ここからの富士も悪くない。明王峠~堂所山
次の顕著なポイントは堂所山(どうところやま)。堂所山は北高尾山稜の終点、その縦走で“存在感”を見直させられた山である。底沢峠で、陣馬高原下と美女谷温泉への道を左右に分け堂所山(731m)に登る。陣馬山と生藤山の手前の連行峰の山腹が黄や赤に染まっていた(13:40-50)。
堂所山から、木の根や岩が露出し荒れた急坂を下り(堂所山の)巻道と合流。ここから景信山まで大小5つほどのピークがあり(すべて巻き道あり)、そのアップダウンはかなりこたえた。前回はさほどきつかったという覚えはないが。時間も遅く、速度を上げて歩いたためかもしれない。先を行くパートナー(妻)のペースは落ちない。やむなく私もそれに合わせる。

景信山展望やっとという感じで景信山山頂(727m)に着き、北に向いた広場のベンチに腰をおろす。彼女も、疲れたが時間が気になって急いだそうだ。居合わせた4,5人連れのリーダーらしき人がスカイタワーが見えると言っていたが、よく分からなかった。景信山~小仏峠 山と山の間に圏央道が見える。右側の大きな山塊のどれかが北高尾山稜の起点・八王子城山だが、どれとは分からない。熱いコーヒーで一息入れて小仏峠に下る(14:25-35)。ここからの富士山は見そびれた。景信茶屋の端っこに立てば見えるらしい。城山(小仏城山)から北に延びる斜面が西に傾いた日の光に輝いている。小仏峠(548m)から小仏にエスケープする方法もあったが、ここに掲示されているバス時刻表の文字が消えていて(バスの時間が分からず)、そのまま縦走を続行する。
城山展望(富士)城山(小仏城山)は巻くつもりで巻道に入ったが、日陰林道に出たところで思い直し 結局 城山もピーク(670m)も踏む。時刻は3時半、広い山頂はさすがに閑散とし、城山茶屋も店閉まいの最中。太陽は富士のほぼ真上、仰角30度のあたりにあった(15:25-35)。 富士見台展望1(富士)富士見台展望2(丹沢)スペーサー
城山から一丁平へ縦走路中の最低所(526m)を過ぎ、一登りすると立派な展望テラスと休憩舎が設置された富士見台。三度目の富士鑑賞をする。 富士見台から・・・①逆光の富士山。②丹沢、その山座同定はこちら
一丁平~モミジ台大きな立ち木が根こそぎ倒れ道をふさいでいる。8月のときはなかったので、9月の台風で倒れたようだ。まだ“壮年”といった感じの木。大気汚染やオーバーユースで木の生命力が落ちているのだろうか? 今日はあちこちでチェーンソーの音を聞いた。山中には倒れた木や弱った木がたくさんあるに違いない。

モミジ台は南北両側に巻き道がある。南側の明るい巻き道を選び、順方向に縦走すれば『これより奥高尾』の高尾山直下。山道(稲荷山コース)あるいは沢道(6号路)を下山すると、途中で暗くなることは必至(ヘッドランプは携行しているが)。ケーブルカーで降りることに決め、そこから薬王院へショートカット(5号路)したが、表参道(1号路)に出るとたくさんの人が行き来している。このぶんならケーブルカーはまだ 当分 動いていそうだし、よしんば動いていなくても、表参道は舗装され街灯もある。少々遅くなっても安全である。山頂に行った。
高尾山展望1(丹沢)高尾山の紅葉スペーサー高尾山山頂で・・・①山頂から富士と丹沢、その山座同定はこちら。②山頂付近の紅葉。
高尾山展望3(富士)高尾山展望4(富士)高尾山展望5(富士)高尾山展望6(富士) スペーサー③~⑥山頂から富士と夕日、撮影時刻:4時19分~25分
高尾山展望7(東方)スペーサー⑦東方の遠望
城山や富士見台から見たとき太陽は富士山の真上にあったので、富士山の後ろに沈むかと期待していたが かなり 右(西)にそれ、御正体山の後ろに沈んでいった。しかし 滅多に見られない美しい光景だった。
冬至の前後は太陽が富士の真上に沈む、いわゆる“ダイヤモンド富士”が見られるそうだ。高尾山はいちだんと賑わうことだろう。
スポンサーサイト
20日日曜日、久しぶりに鎌倉を歩きました。前日はひどい風雨でした。
マップとりあえず 新杉田から大船行きに乗車。どこに行こう? 「文庫判神奈川区分・都市図」を開く。そうだ!先日放映された『美の壺~鎌倉の古寺』の中で紹介された浄光明寺に行ってみよう。地図によれば、鎌倉駅と北鎌倉駅の間の鎌倉寄りにある。また、地図には載っていないが北鎌の付近に亀ヶ谷なんとかという切通しがあったはず。そこも歩いてみよう。
①北鎌倉駅~亀ヶ谷坂大船で横須賀線に乗換え、一駅の北鎌倉で下車する。駅員に”切通し”を尋ねると、そこは駅の近く。北鎌倉で降りて正解だったようである。正しい名前は『亀ヶ谷坂切通』だった。 ②亀ヶ谷坂③亀ヶ谷坂切通④亀ヶ谷坂切通建長寺・八幡宮への道の途中、長壽寺のところを右に入ると すぐ 『亀ヶ谷坂切通』。切通しはバイク・自転車は通れるが四輪車は通行禁止。但し カラーコーンが置いてあるだけ。 ⑤亀ヶ谷坂切通
切通しは短く、ほんの数分で終わった。これで、大仏切通を除き「鎌倉七切通し」を全部歩いた。大仏切通は2009年11月のときは“土砂崩落により”通行禁止、通行禁止はたぶん今も続いているだろう。
⑥亀ヶ谷坂~浄光明寺亀ヶ谷坂を下るとT字路。標識が立っており、[←浄光明寺350㍍]とある。左折。線路沿いに出てY字路。標識[↑鎌倉駅800㍍|←浄光明寺150㍍|↓亀ヶ谷坂切通500㍍]にしたがって ⑦浄光明寺山門⑧浄光明寺・客殿と仏殿(石段の上)⑨浄光明寺・仏殿と収蔵庫左に進むと『浄光明寺』があった。山門をくぐり、客殿の横を通って石段を上がると、管理人の方が3,4名ほどの拝観者に話をしているところだった。管理人の指示で私もその輪に加わる。説明が終わり、聞けなかったところを話してくれるかと思ったが、そういうことはなく、拝観料(200円)を受け取っただけだった。
⑩浄光明寺庭園(TVから)『美の壺』を観て『で浄光明寺』に興味を覚えたのは一に「庭園」、二に「勢至菩薩」。鎌倉のお寺は谷戸(やと、山と山の間の谷)に建てられているものが多く、「切岸(きりぎし、人が削った崖)」を背景に取り入れた独特の“美学”を持っているそうだ。番組では浄光明寺と瑞泉寺が紹介されていたが、浄光明寺の庭園は非公開だった。
勢至菩薩(せいしぼさつ)は浄光明寺所蔵の国重文「阿弥陀三尊像(陀如来及両脇侍坐像:阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩)」の御一体。こちらは東京国立博物館で開催中の『法然と親鸞・ゆかりの名宝展』にご出張中でご不在だった。収蔵庫には、代わりに、常は非公開という「愛染明王坐像」と「不動明王坐像」、「地蔵菩薩立像」が安置されていた。
※浄光明寺のパンフレットはあんがい不親切で、庭園の写真も阿弥陀三尊像(阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩)の写真も載っていない。
 浄光明寺の創建は建長三年(1251)頃、鎌倉幕府六代執権:北条長時の時代。鎌倉幕府を滅ぼしたのは足利尊氏(1305~1358)だが、尊氏の正室は北条守時の妹:赤橋登子(あかはしとうし、1305~1365)。つまり室町幕府初代征夷大将軍:足利尊氏は鎌倉幕府最後の執権:北条守時の妹婿というわけ。そのゆえ(かどうかは分からないが)、浄光明寺は北条氏滅亡のあとも足利氏の庇護を受け栄えた。しかし江戸時代に入って荒廃し本堂も失われた。現在の仏殿は寛文八年(1668)に再興されたもの・・・管理人の方の説明から

⑪建長寺山門浄光明寺からは横須賀線の線路沿いに戻って寿福寺の踏切りを渡り なんとなく 鎌倉駅方面へ。駅の北の端の踏切りを小町側に渡り返して鎌倉ウォークの人・人・人の中を八幡宮。⑫円覚寺山門⑬紅葉、円覚寺前で八幡宮から巨福呂坂切通(シェルター)を抜けて「建長寺」。建長寺は外から眺めて「円覚寺」。円覚寺も中には入らず、北鎌倉駅から電車に乗りました。
歩いた距離は、北鎌倉駅から鎌倉駅まで2.5㌔なので往復5㌔に過ぎないが、自宅から新杉田駅の分を加えるとおよそ13㌔でした。
二万五千図 11月17日(木) 快晴のもと BYOOL(SNS)コミュニティ『山楽会』で丹沢・大山に登り 富士と丹沢山塊の眺望を満喫し 横浜みなとみらいの遠望も楽しみました
ルートはヤビツ峠からイタツミ尾根を登り、大山から表参道を阿夫利神社下社に降りる。歩行距離は4.1㌔(往路2.5㌔・帰路1.6㌔)、標高差は往路+491m/帰路-562mです。(二万五千分の1地形図は右、クリックで拡大できます)

写真①~③:ヤビツ峠~大山
①晩秋の空①:常緑樹が多い樹林帯。数少ない広葉樹はおおかた葉を落としていた。 ②:中ほど イタツミ尾根で唯一展望が開けるところがあり、富士を見る。 ③イタツミ尾根から丹沢表尾根と主脈②イタツミ尾根から晩秋の富士丹沢には幾度か登っているが、これほどくっきりと見た記憶はない。雪は思ったより少なく、山頂付近がわずかに冠雪している程度だった。 富士の手前はニノ塔。 ③:ニノ塔から右(西)へ三ノ塔・塔ノ岳の表尾根が延びる。塔ノ岳から北は丹沢山・蛭ヶ岳と続く丹沢核心部、南は大倉尾根を経て大倉に降りる。

写真④~⑧:大山山頂
④雲の運動会、大山山頂で25丁目分岐で表参道(阿夫利神社下社からの道)と合流、そこから約400㍍の岩の道を登って、標高1252mの大山山頂に到着。山頂はかなりの賑わいで売店も営業。風はほとんどなく暖かい。北側の広場で、北から南東で風景を見ながらお昼。 ⑥大山山頂から横浜中心街と海ほたる⑤大山山頂から江ノ島と三浦半島
④:細長い雲が五片青空に浮かび、あたかもレースをしているよう。 ⑤:南東 相模湾方面、かなり薄っすらとだが江ノ島と三浦半島が。 ⑥:東側、横浜中心街のランドマークタワー、ベイブリッジ、さらに東京湾アクアライン・海ほたるも。
⑦a 大山山頂から富士山⑦b 富士山のアップ北側の広場からは富士山は見えない。トイレ裏側の鉄塔下に移動する。ベンチもなく殺風景なところだった。 ⑧大山山頂から丹沢の山並み加えて、ケーブルを張り替えるのだろうか? 何やら材料が山と積み上げてあった。
⑦a・⑦b:裾を長く引いた富士の眺めは素晴らしくまさに絶景。 ⑧:富士の右側に丹沢の山並みが連なる。(ここをクリックすると丹沢山塊の山座同定写真が開きます)

⑨表参道・富士見台からの富士⑩夫婦杉、表参道⑪紅葉、表参道で写真⑨~⑪:大山から下社(表参道)
⑨:富士見台から富士山。富士見台は表参道の中ほどにある。 ⑩:8丁目にある夫婦杉。樹齢5,600年。 ⑪:登山道で唯一?色づいていたところ。
⑭大山ケーブルカー下り車内から⑬阿夫利神社下社境内から・伊勢原市街・相模湾・江ノ島⑫阿夫利神社下社境内の紅葉写真⑫~⑭:阿夫利神社下社境内
⑫:下社は紅葉・黄葉を楽しむ観光客で賑わっていた。 ⑬伊勢原市街と相模湾。江ノ島が大山山頂からよりはっきり見えた。 ⑭ケーブルカーで、大山寺駅(旧不動前駅)を発車したところ。
三浦アルプスを完歩した。昨年11月27日、道半ばで断念したのでそのリベンジでもある(ブログはここをクリック、追記版ルート図はこちら)。起点は京急新逗子駅(風早橋バス停)、終点は京急田浦駅(田浦郵便局前バス停)。
2.仙元山山頂1.仙元山ハイキングコース入口風早橋バス停のすこし先の葉山隧道の手前で右に曲がり、葉山教会への坂道を上がる。けっこうきつい。教会横から仙元山ハイキングコースに入る(9:59)。 仙元山から丹沢の山なみ仙元山から伊豆半島 広葉樹の林が切れ、草付きの尾根を登ると仙元山(標高118m、10:20-30))。今日も富士山は見えず、相模湾を隔てて丹沢の山並みと伊豆半島が霞む。 3.P189ハイキングコースからP189を見る
仙元山からいくつかの小ピークを越え、最後に長い階段(250段あるらしい)を上ると無名ピーク(標高189m、10:45)。縦走路中でも一、二の立派な山と思うが名前はない。その山頂では幼児たちが木登りやかくれんぼに興じていた。どっちから来ても、かなりの距離と高さ、元気な子供たちだ。
P189~分岐2 P189の次の小さいピークを越えると道は二股に分かれる。右に下る。かなり下ってすこし登り返すと(標高約140m)、“鬼門のY分岐”(10:56)、前回悩まされたところだ。緩やかな登りになっている左に行くY分岐の手前でトレランの女性が追い抜いていったが、彼女はどっちに走っていったのだろう。 5.分岐26.分岐37.分岐4 そこからすぐ、手書きで『三浦アルプス南尾根入口』と書いたパネルが幹にくくりつけられていたはずだが、ない。代わりに、幹に 直接 赤ペンキで書いた『田浦』の文字が見つかった。1年前のことで、外れて(外されて)しまったのだろうか? とにかく左折する。続いて二股。ここには、[下沢尾根入口・森戸林道経由二子山方面]と[田浦・乳頭山]と書かれた手書きの板があったが、ない。
8.観音塚 しばしの逡巡のあと、30分歩いても観音塚に着かなかったら戻ることに決めて右へ進む。途中 心細くなるようなところもあったが(人間(私)の記憶とは心もとないものだ)観音塚を過ぎる(標高167m、10:30)。 観音塚~分岐5
観音塚から下っては上り、上っては下ることの繰り返し。個々の高度差は小さいが、回数が多いのでボディーブローのように足腰にきいてくる。雑木の林や身の丈より高い笹竹で展望がほとんどないことも疲れる要因である。新沢バス停に下りる道を見過ごし(分岐5)、9.分岐6 前回、そこから森戸林道に下りて縦走を中断したT分岐に着いた(12:05)。仙元山を(私より)先に出発した同年輩の男性が地図(京急:三浦アルプストレッキングMAP、私は二万五千分の1地形図)を広げていたが、(私が)休憩している間に発ち、また やはり 仙元山から来たという中年夫婦が 木の枝を杖に 通り過ぎていった。さほど疲れた様子もなく、元気なご夫婦だ。

分岐6~鉄塔下 私も未体験ゾーン「三浦アルプス、(ここの道標によれば葉山アルプス)]の後半戦へ(12:20)。初手から一山を越える。 10.鉄塔下11.分岐7 その後も 二山、三山と相変わらずアップダウンの多い道を歩いて、「送電鉄塔下」に到着(13:10)。礎石に腰を下ろし、コンビニ弁当を広げる。座れたのは仙元山を発ってから初めてである。 12.乳頭山から
鉄塔下から金属製の階段を下り、[上山口分岐]と思われるところ左折し、最後のピーク乳頭山へ。乳頭山は標高200m以上(211m?)、それなりの覚悟をしたが あんがい 簡単に山頂に登り着いた。2つのピークがあり、手前には「三角点」らしきものがあったが、地形図には表示されていない。
13.分岐814.分岐9 乳頭山から下り始めてすぐ分岐、うっかりすると[中尾根・森戸林道終点]へ進んでしまいそうなところを[田 浦]へ“右折”する。続いて、左は斜め方向に上がる“細い道”と、右は直角に谷すじを下る“太い道”の二股。 東尾根の杉林(分岐9~分岐10) 道標があり、来た方向[田浦梅林・仙元山]、右方向は[4,5丁目商店街・東逗子・二子山・港が丘]、左方向は表示なし。“4,5丁目商店街”とはローカルな表示だが、“田浦4,5丁目”のことだろう。右折する。東尾根と通称されるなだらかな杉林の中の道があって、 15.分岐1016.分岐11 左から二子山・北尾根からの道が合流した(14:25)。以前 歩いた道だ(そのブログはここをクリック)。その分岐から5分ほどで[白赤稲荷・田浦大作町]と[沼間・港が丘・田浦4丁目]の分岐を白赤稲荷への道に入る。二子山からの下りでは敬遠した道である。 ハイキングコース終点
ほどなく 白赤稲荷の鳥居の列が見え住宅地に出た(14:50)。街中を適当に歩き国道16号を左折すると『田浦郵便局前』というバス停があった(15:08)。品の良い年配の女性に京急田浦の駅を尋ねると、バス停で3つ、歩いても大したことはないという返事で、京急田浦駅まで歩いた。
今日は西から東へ歩いたが、逆では山道に入るまでが分かりにくく たいへんである。
三浦アルプス南尾根は 初体験で 一度も迷わず 歩きとおすのはむずかしい。ワイルドとかきついとか楽しいとか 人によって 感想もさまざま。気楽に歩いている感じの人にもたまに出会う。
花4花3花2花1 夏山のための(冬場の)“足腰の鍛錬”には適したコースだ。道標とか休憩所など もうちょっと 整備されれば、大楠山や三浦富士では物足りない人にとっても、歩きがいのある面白いコースとなろう。  おしまいに 山中でみかけた花の写真を添える。
三浦半島の南端に「三浦富士」と呼ばれる『富士山』がある。標高は200m足らず(183.1m)。電車の窓やキャベツ畑から見ても、武山から眺めても とくに “富士山”らしい形はしていない。津軽富士(岩木山)や薩摩富士(開聞岳)など「○○富士」と愛称される[ふるさと富士]は全国に多いが、“三浦富士”の国土地理院地形図の表記は『富士山』、つまり「三浦富士」でなく『富士山』が国お墨付きの正式名称である。
気になって、全国に“富士山”以外の『富士山』がいくつあるか調べてみた。その数23。東日本がほとんどで、近畿以西はわずか2つ。最高峰は那須塩原市にある『富士山』で1184.1m、最低峰は37.8m(常陸大宮市)か埼玉県行田市の田んぼの中にある15m(標高の記載なし)だった。ついでに、控えめに『小富士山』と名乗る山は9つだった。

さて『富士山』の登山口は3つ。(1)YRP野比駅から市街地を延々歩いて通研通りから左に入る、(2)津久井浜駅または京急長沢駅から住宅地を抜けて観光農園の中を通る・・・山と渓谷社「神奈川県の山」で紹介されているコース、および、(3)京急長沢駅から長沢殿前公園を右に入る・・・山と渓谷社:全国隠れ名山(2010.1)で紹介されたコース、である。(1)と(2)は歩いたことがある。直近は2010年11月15日(そのブログはここをクリック)。 今日は、二万五千分の一地形図にはないことで敬遠してきた(3)から登ることにした。(地図はここをクリック)
②マテバシイの林①登山口 京急長沢駅から団地の間の広い通りを進み、長沢殿前公園(とのまえこうえん)の先の石段を上がる(12:50)。石段は短くすぐ、根元から乾が、多いもので10本以上分かれた林の中に入った。南国風の珍しい木だと思っていたら、暖かい海岸近くに多く見られるマテバシイという木、いかにも三浦半島の気候風土を思わせる。 ③三浦富士へ④野比から道と合流 そのマテバシイの林とミカン園の柵沿いの道がしばらく続いたあと、“ふつう”の雑木の林になった。緩やかに起伏した道が意外と長く歩き効いがある。全国隠れ名山に『すぐに登山道に入れて・・・』とあったが、まさにその通り、富士山(三浦富士)への登山口として「長沢殿前公園口」はベストである。ようやくという感じでYRP野比からの登路と合流、あまり使われていなさそうなベンチが一つあった。
⑤三浦富士へ合流したあと、コンクリート製丸太の階段を一登りして富士山山頂(13:20-30)。 三浦富士から相模湾⑥三浦富士山頂 山頂には石祠が二つ、浅間神社奥宮である。富士山は浅間山(せんげんやま)とも呼ばれる。午後から晴れるという予報だったが曇り、それも雲がかなり厚い“本曇り”である。
山頂の先客は3人。お弁当を広げていた中年の女性二人連れと、所在なげに佇んでいた(私と)同年輩の男性が独り。ほどなく、ペットを連れて若い夫婦が既知の警察犬訓練所の道(前出のコース2)から登ってきた。

⑧砲台山分岐 三浦富士への未体験ルートを確認したことで、今日の目的の大半は達成したようなものだが、三浦富士から武山もまわることにする。道は一本道、市街地に下るダートの車道を右に分け、見晴し台に ほんのいっとき 一時立ち寄り、武山・砲台山分岐で砲台山往復はパスして武山に向かう。
⑩武山への尾根道⑪大きな木 すこし急な短い坂を下ったあとは、緩やかな尾根づたいの道が続く。高い木が少ないので道は明るい。⑫武山へ(急坂) その中で 見覚えのある大きな木を過ぎ、コンクリート製丸太の階段を一登りにして、電波塔・アゼリアハウス(展望台)・武山不動と古今の建物で“賑やかな”武山山頂に着いた(14:10-15)。標高は富士山より高く200mである。
武山展望台から花 山頂は植え込みや花壇が作られ園地というイメージ、あまり期待できないが展望台に昇る。曇り空で遠景は効かず、近景(砲台山と三浦富士)も木の枝に遮られてよく見えない。よく見えるのは、旧横須賀通研などYRP(横須賀リサーチパーク)の建物群だけだった。
⑭山道の終わり⑬武山から下り 武山からの下りは、山道のあと畑地や宅地の中の車道歩きとなるが、今日も津久井浜観光農園の方へ。一度、「神奈川県の山」や「全国隠れ名山」に載っている竹川バス停の方に下りたことがあるが、十月桜?ミカン園とキャベツ畑はなから(武山不動参道の?)舗装道路であまり楽しい道ではなかった。緩急の坂を15分ほど下り、山道から農道(舗装道路)に出る。青々としたキャベツ畑の向こうに黄色いミカン、この季節ならではの三浦半島の田園風景である。ふと見上げると、十月桜だろうかサクラが咲いている。
3時過ぎ、津久井浜駅よりすこし遠いが、電車では一駅近い京急長沢駅に戻る。約2時間の『文化の日ウォーキング』だった。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。