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今日(24日)は本牧の三渓園まで行った。自宅から約12㌔、徒歩では“ちょっと”無理で自転車。自転車といっても無変速のママチャリである。自宅を出たとき(8:30)は行き先を決めていなかったのでカメラの携行なし(私の携帯はカメラ機能はついていない)。よって、テキストのみによるコース紹介である。
並木の団地内を走り、鳥浜町交差点(ヤマダ電機)で湾岸道路(R357)に出る。新杉田駅前を通り、横須賀街道(R16)に並行した産業道路を磯子区役所へ。区役所内にある磯子図書館には多いときは週2度来る。ここまでで約8㌔。
図書館で休憩後(9:30-10:30)、引き続き産業道路を走って、磯子警察署前で横須賀街道に合流。八幡橋を直進し(横須賀街道は左折)、根岸駅前を通過。根岸森林公園に行くときは、駅前のスーパー(東急)に自転車を置く。磯子署から根岸駅までは歩道が狭く、人通りが多いので走りにくいところだ。かといって車道は危険がいっぱい。日本の道路は「自転車」、ひいては「歩行者」にやさしくない。
コンビニ(左の歩道沿いはセブンイレブン、右はローソン)で弁当を買い、間門交差点を直進すると、1㌔足らずで、三渓園南門に着く(11:15)。正門は間門交差点を左折するが、倍近くありかつ分かりづらい。
南門のまえに自転車をおいて園内へ。65歳以上の横浜市民は(浜ともカードを提示すれば)入園料無料である。これまで三度ほど使った。園内は風があって(木陰は)涼しい。帰りのことを考えると園内を歩き回る気にはならず、コンビニ弁当を食べ終わると そそくさと 園をあとにした。
花の見ごろはサルスベリとハス。サルスベリは三渓園に限らず そこかしこで 目にする。ハスの花は昼には閉じる習性があるらしいが、いくつかはまだ開いていた。このときばかりは、カメラを持ってこなかったことを後悔した。

翌日(25日)また三渓園に行く。カメラを持って! 園内に入ると 何がともあれ 蓮池へ直行。幸い まだ開いている花があった。あるいは、咲いてから4,5日の花で、蕾に戻る力がないのかもしれない。カメラを持つと ついつい 園内を歩きまわる。三重塔が立つ山に上がり、松風閣展望台に行く。富士山と丹沢大山が見えたのはラッキーだった。
三重塔1三重塔2三渓園大池スペーサーハス1ハス2サルスベリと大池
松風閣展望台から松風閣展望台から、富士と丹沢1松風閣展望台から、富士と丹沢2スペーサー
25日に撮った三渓園のスナップ。下3枚は松風閣展望台から。


5月、利尻・礼文に行ったとき、飛行機から朝日連峰の写真を撮り、今月初め、その主峰大朝日岳に登りました。空撮写真の主な山名が明らかになったので紹介します。ついでに、飯豊連峰、月山、鳥海山も紹介します。
スペーサー空撮・飯豊連峰空撮・朝日連峰空撮・月山と朝日連峰空撮・鳥海山
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2012.08.19 炎天下の散歩
ロンドンのオリンピックが終わり、甲子園の高校野球も終盤? もっとも、高校野球は昨今は“野球専門学校”同士の戦いで、まったく興味がない。しかし、今年の熊本代表は“県立”済々黌高校~残念ながら私の母校ではない~で、しかも1回戦は勝利(相手も県立の鳴門高校)。2回戦で大阪桐蔭に負けた。強豪私立ひしめく大阪代表相手では、大敗しないのが不思議なくらい。いっぽう、オリンピックでかねてから思っていたことは、競泳に比べ陸上(競走)の予選突破率の低さ。(予選がない長距離は別として)決勝まで進む選手はほんの一握りで、ましてやメダル獲得はゼロ。陸上にも標準記録があるが、代表選手はみな標準記録をクリアしているのだろうか? どのレースにも“3人”エントリーしているところをみると、“国枠”を利用しているのだろうか?(競泳は2人?) 成績は3人とも真ん中から下で、揃って予選落ち、というパターンが極めて多い。代表を1人も送らないというのは、その競技の振興において問題だろうから、1人、多くても2人に“厳選”すべきだろう。とくに、マラソンや競歩、1万㍍の出場はたった30人~50人、その中に日本人3人は“目立ちすぎ”である。一ころのマラソンのように、日本選手3人が揃って上位グループというならカッコいいが・・・ 日本は「スポーツ大国」かもしれないが、実感としてそんなに富める国とは思えない。
これもオカネの話だが、その額たるやオリンピックの比ではなく、オカネには代え難い大打撃を自然環境に与えるにちがいないから、オリンピックよりはるかに深刻である。JR東海・リニア新幹線は地形地質調査を終了し、南アルプスの下を貫通するトンネルを ナント 2014年から掘り始めるという。未曾有の大災害からまだ2年も経たないというのに・・・ そんなに余裕があるのなら、管轄は違うが、東北の鉄道の一日も早い復旧にまわすべきである。それに 元はといえば、JR東海も国鉄時代の巨額債務を清算事業団に付け替えて棚上げした会社である。

※済々黌は「選抜」だが、1958年優勝したことがある。準々決勝の相手が王さんがいた早実。準決勝は同郷の熊本工業だが、これも私の母校ではない。
※鳴門も公立としてはかなりの名門校。1950年夏:準優勝(優勝は松山東)。1951年春:優勝。1952年春:準優勝(相手は静岡商業)。


ところで、8月に入ってまだ台風が一度も来ない。珍しいことである。台風は発生しているが、日本列島を覆う高気圧の勢力が強すぎて(それゆえ暑いのだが)、北に進路を変えることができない。夏山登山には絶好のチャンスだが、近場を歩いたり、ママチャリで走って我慢している。その中で、最も長い散歩コース(約8㌔)を、昨日(18日)は雨上がりのあとは涼しかろうと(午前中珍しく雨が降った)、今日(19日)は 炎天下 大汗をかくのも気持がよかろうと、二日続けて歩いたので紹介する。

長浜公園・汽水池スペーサー並木団地を出てすぐ長浜公園。東京湾から引き込んだ汽水池があり、冬は渡り鳥で賑わう。最近は、ここを“永住の地”と定めたカモの類もいるらしく、飛行機(長浜公園)スズメ(長浜公園)夏でもカワウやサギに混じって泳いでいる。運がよければカワセミがを飛んでくるが、最近は、観察窓は おおかた 長望遠レンズをセットしたカメラに占拠されていて、“ちょっと見”族は観察小屋の隙間から遠慮がちに見るしかない。 横浜高校グラウンドスペーサー隣接して横浜高校のグラウンドがある。野球部の専用練習場で、照明設備はもちろん、室内練習場まである。さすが横浜高校である。道路の反対側は野口記念館長浜ホールと、それに並んで野口博士のレリーフがある横浜検疫所。守衛はたまにいるが、出入りする職員の姿を見たことがない。長浜ホール横浜検疫所
野口英世は日本では神さま的存在だが米国ではそうではないらしい。福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』によれば、彼はロックフェラー医学研究所(現ロックフェラー大学)に留学し、狂犬病や黄熱病の病原体を発見しその培養に成功する。しかしそれらの病原体はウィルスであって、当時の顕微鏡の倍率では見えるはずはなかった。彼は、ロックフェラー医学研究所では、ヘビイ・ドリンカーやプレイボーイとして有名だったという。

ともあれ約1㌔で16号線、能見台の駅前に出る。この道、1㌔の半ばを過ぎると坂道。変速ギアなし自転車では上るのが困難なほどの勾配で、足腰のためにはよい。16号線に出る手前で、高台に建つ県立循環器呼吸器病センターに上がれば、(視界に恵まれれば)丹沢の山並みと富士山を眺めることができる。今日はパス。
能見台駅前から京急文庫駅前の約2㌔の16号線歩きは、車の排気ガスとビルのエアコン排熱、アスファルトの照り返しで、散歩コース中、最もつらくかつつまらない部分である。半ば過ぎにコンビニ(7-11)があり、ここで軽食を仕入れることが多い。それを開くのは称名寺か海の公園。コンビニから片吹交差点を左折し、称名寺の裏手にショートカットする坂道は 春は サクラ並木が美しい。また、谷津ニの橋交差点の先で京急の踏切を渡れば六国峠ハイキングコース入口。念のため寄ってみると、通行止めは解消されていなかった。おそらく1年近くになると思うが(『六国峠ハイキング』)、庶民の憩いの場、早く修復して欲しいものだ。
称名寺仁王門称名寺境内金沢文庫駅前から住宅地に入る。車は逆方向の“一通”である。最初は坂道、ほどなく平坦になって、金沢文庫から900㍍ほどで称名寺に着く。人影もまばらな静かな境内で一休みする。称名寺は裏山を半周することができ、けっこう歩きがいがあるが、真夏はムシやクモの巣が多そうで、歩いたことがない。 海の公園スペーサー一休み後、海の公園(柴口)に向かう。海の公園は家族連れ、若者グループらで さすがに 大賑わい。対岸は八景島シーパラダイス、白い雲が豪快で美しい。気分よく眺めていると、同じ輩と見たのか、変な男がしきりと話しかけてきた。小声でよく聞きとれないので、適当に相槌を打ったが、まあ、この暑い日のこの暑い時に、ノコノコと海の公園にやってくる私も はたからみれば 変な(怪しい)おじんに違いない。
海の公園から並木団地へ、この2㌔余りがまた単調。幸い、車道に沿って一部は緑地になっていて、石組みで流水も作ってある。ただ、流れがあるのは4~6月ごろの一時期だけ。その頃はオタマジャクシがウジャウジャ泳いでいる。また、まだ若木だが弘前城など東北のサクラがある。今年は花を開かなかったのが気になる。
夏山シーズンは残りわずか。お盆を過ぎ、北や南のアルプスの人混みも減ったろう。が、今のところ計画はない。
最上屋旅館の食事は相変わらず美味しかった。家庭料理といった感じだが、食材が高級で品数も豊富。時期ものの一品と豪華なデザート(当日は岩ガキとメロン)がつく。朝のコーヒーサービスも嬉しい。その上、びっくりするような料金。酒田の飲み屋街に古風然として建っている。ロビーや廊下、部屋にさりげなくおかれた調度品・装飾品も逸品ぞろい。いつぞやは立派な雛人形を見せていただいた。
翌31日、洗濯(コインランドリー)や行動食の仕入れ(スーパー)などの所用のあと、鶴岡から大井沢へ(国道112号と県道27号)。「朝日山の家」(『朝日山の家と月山弓張平』)の前を通る。何度か泊まったが、最後は2009年9月30日・10月1日の連泊(『月山(牛首)の紅葉』『朝日連峰(小朝日岳)の紅葉』)。その後、ご主人が亡くなられたことをネットで知り、気になっていた。今年5月営業を再開されたようだ。ここも山菜や茸などの食事が美味しい宿である。
県道を離れ真室小国林道(林道といっても広い舗装道路)へ、続いて、ブナ峠・ナチュラリスト朝日鉱泉へと続く同林道から狭い古寺林道に入る。対向車を気にしながら、約3㌔で林道終点の駐車広場(30台ほど)。必要最少限の荷物をザックに詰め、4時ちょうど、古寺鉱泉「朝陽館」に着いた(徒歩5分程度)。

こちらから質問する前に、館主の方から明日の予定を聞いてきた。「大朝日岳を往復する」と答えると、暑さが厳しいのでなるべく早発ちすること、5時は遅い。 水場が3箇所あり どこも水量豊富なので、水は0.5~1㍑/人あればよい。荷はできるだけ軽く。 今夜も泊まることになるなら 古寺山あたりで電話を。docomoだったら電波が届くところがあるなど、懇切丁寧にアドバイスくださった。
朝陽館の創業は昭和12年。当代の館主は三代目、山形で料理店を経営していたが、先代が亡くなったのを期に後を継いだとのこと。ほんとうは料理店を続けたかったのだそうだ。古寺鉱泉は朝日岳へのアプローチが最も便利な登山口。己を捨て朝陽館の“灯”を消されなかった当代に、一登山愛好家として感謝感謝である。
風呂場は一つ。鄙びた作りで、湯は茶褐色。いかにも効能がありそう。さっぱりしたあとは、川の幸・山の幸がいっぱいの夕食。今夜の泊り客は3組5人。が、奥のテーブルに四膳用意してある。その4人?がなかなか現れない。館主が連絡先に電話を入れている。ところが当の本人は不在で、行く先はナント富山。しばらくして 折り返し 電話が架かってきた。やりとりから、「状況を尋ねただけで、予約までしたつもりはない」ということらしい。おそらく予約したのだろうが、館主としてはそれ以上つっこむことはできない。泣く泣く4つのお膳を片づけていた。
朝陽館は限りなく山小屋に近い温泉。照明は自家発の裸電球とランプ。10時 電球の灯が消えると、ランプと瀬音だけの風情に溢れた世界となる。もっとも、消灯前に寝入ってしまったが・・・


古寺鉱泉~ハナヌキ峰分岐3古寺鉱泉~ハナヌキ峰分岐2古寺鉱泉~ハナヌキ峰分岐1スペーサー月が替って8月1日、まだ薄暗いなか朝陽館を発つ(4:27、標高670m)。沢沿いの道から(朝陽館の)“裏山”の斜面を一登りし、古寺山~ハナヌキ峰尾根から派生した支尾根に上がる。 古寺鉱泉~ハナヌキ峰分岐4一服清水東の空が金色に輝き、やがて太陽が昇った(5時頃)。早朝というのに暑い。風がほとんどない! 鳥海山より内陸にあるからだろうか? ブナとヒメコマツに囲まれた坦々とした登り1時間余りで、最初の水場『一服清水』に着く(5:45-5:55)。ストレートで一杯、ポカリの粉末をとかして一杯。このポカリ粉末はパートナーのグッド・アイデアである。
三沢清水ハナヌキ峰分岐一服清水から10分で鞍部(ハナヌキ峰分岐、6:05)。ここから古寺山まで1.5㌔が本コースで最もきつい登り(標高差460m…ハナヌキ峰分岐1140m/古寺山1501m)。しかも日陰は少なく、暑さは一通りではない。その登りのほぼ中間で、第二の水場『三沢清水』(6:50-6:55)。同様に、ストレートと即製ポカリスエットで水分とイオン(電解質)を補給する。古寺山古寺山から朝日連峰次の水場(銀玉水)までは2時間以上、1㍑のプラティパス(ソフトボトル)にも水を詰める。
古寺山山頂に着く(7:22)。朝日連峰の山並みなど展望は素晴らしいが(←写真、その山座同定)、カンカン照りの陽射しを防ぐものがまったくなく、小朝日岳巻き道古寺山~小朝日岳から月山遠望とてもゆっくりは鑑賞していられない。木陰・岩陰を求め、ただちに小朝日岳に向かう。下って 再び 上り、小朝日のピークを巻く岐れ道手前のわずかながらの緑陰で朝食&休憩(8:00-8:10)。分岐から小朝日のピーク(1647m)まで大したことはないが、すこしでも体力消耗を防ぎたい。巻き道に入る。

小朝日~大朝日から月山遠望小朝日~大朝日から大朝日岳小朝日岳からの道と合流し、熊越へ急坂を下る(帰りは急登)。3年前の秋、小朝日から熊越まで来て美しい紅葉を見た。熊越から登りに転じ、行く手に大朝日岳が眼前に迫ってきた。大朝日小屋がその肩にポツンと立っている。Y字雪渓がわずかに雪を残し、足元にはミヤマリンドウ、タカネマツムシソウ、ミヤマウスユキソウ(ヒメウスユキソウ)などの高山植物(有名なヒメサユリはせいぜい7月初めごろまでらしい)。そして、朝日連峰や月山などの展望。暑さは変わらぬが、このあたりが 本日 最も楽しい稜線歩きであった。
ミヤマリンドウミヤマウスユキソウミヤマクルマバナハクサンシャジンミヤマアキノキリンソウタカネナデシコ
大朝日岳へ最後の登り銀玉水ほぼ平坦で快適な稜線が終わり、ちょっときつそうな上りになるところに小さな広場があって、『銀玉水』の指標が立っている。銀玉水はそこからほんの1分下ったところ(9:25-9:35)。雪解け水が流れ出てきたものだが、枯れることはないらしい。こんな高い稜線に・・・、山の構造とは不可思議なものある。朝日一番の水というだけであって、チョー冷たく実に旨かった。銀玉水から大朝日小屋まで一登り、小屋から大朝日岳までさらにもう一登りあるが、銀玉水のおかげで ナントカ 朝日連峰の主峰に立てる見通しがついた。

大朝日岳山頂スペーサー大朝日小屋から、カメラと銀玉水の水だけを持って いよいよ 大朝日岳に向かう(10:20)。10時40分、古寺鉱泉から6時間とちょっとで、(東北の山で)是非 登りたかった大朝日岳に山頂(標高1870m)に上がる。コースタイムは5時間50分だからなかなかのペースである。まず南西方向に、これも 是非 登りたい山:飯豊連峰を眺める。左へ目を転じ、磐梯山と吾妻連峰から蔵王連峰。来し方、小朝日岳と古寺山。その左に月山を遠望。残念ながら鳥海山は見えない。そして、北から北西方向に、中岳・西朝日岳・竜門山・・・以東岳へと続く大縦走路が延びる。
大朝日岳から飯豊連峰大朝日岳から磐梯山・吾妻連峰大朝日岳から蔵王連峰大朝日岳から小朝日岳大朝日岳から北へ伸びる縦走路
ところで大朝日岳山頂では小さな虫に悩まされた。赤トンボも飛んでいたが、これは問題ない。小さな虫は気味悪い橙色で長さ1㌢ほど。その数たるや尋常ではない(山頂の写真に写っている黒点はそれ。4枚の展望写真はソフト処理してある)。せっかくの大朝日岳山頂だったが、10分で退散を余儀なくされた。

古寺鉱泉古寺山から小朝日・大朝日・西朝日熊越から小朝日北壁大朝日~小朝日から朝日連峰帰路・・・大朝日小屋(11:05-11:10)。銀玉水(11:45)。小朝日は帰りも巻き、古寺山(13:30)。三沢清水(13:55)。一服清水(14:45)。古寺鉱泉駐車場(16:10)。帰路所要時間は5時間余(コースタイムは3時間35分)であった。ちなみに、本コースの歩行距離は8.9㌔(片道)、累積標高差は1550mである。

駐車場から大井沢トンネル(県道27号)を抜け、東日本大震災後しばらく営業を停止していた柳川温泉に立ち寄る(朝日山の家のご主人に勧められた温泉)。夕食はコンビニ。寒河江ICで東北道に入り、古関PAで仮眠。翌朝、道路状況24時間放送が『東北道上り・白石IC~国見IC事故で通行止め』と言っている。通行止めとはおだやかでない。どうなることかと心配したが、放送はほどなく『解除』に変わり、古関PAを出る。問題のIC間にさしかかる。ところが事故の痕跡もない。ただ、工事1車線規制区間中のところに事故が重なって“通行止め”というおおごとになったようだ。ついでに言えば、その規制車線もカラーコーンが並んでいるだけで、工事や作業は(まだ)行われていなかった。
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