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早池峰山、9月22日(土)
河原坊登山口 6時25分 道の駅(はやちね)を出て、6時50分 河原坊(駐車場)に到着。80台ほどのスペースは2/3ほど埋まっていた。 コメガモリ沢を徒渉する 登山届を投函し出発(7:05)、山頂まで[標高差870m・距離2.6㌔・コースタイム3時間]である。すぐに岳川を渡り、コメガモリ沢の右俣(左岸)を進む。沢は大きな石がゴロゴロ。その沢を“飛び石づたい”に左俣(右岸)に徒渉。まわりは雑然とした草木で、木の丈は低く 比較的 広い沢なので明るい。 頭垢離(コウベゴウリ)コメガモリ沢上部水場 こんなところにと思うところに水場(7:45)。ちゃんとカップがおいてある。以前は気がつかなかった。道は 次第に 沢と重なるようになり、時に 沢の中を大きな石を“飛び飛び”歩く。早池峰の岩石は蛇紋岩という特異な岩で滑りやすい。この蛇紋岩がハヤチネウスユキソウやナンブトラノオなど、数種の早池峰固有の高山植物を育成してきた。頭垢離コウベゴウリ、8:20)、“最後の”水場だが、それらしきものが見当たらない。大和坊の大女将が話していたが、今年は雨が降らず、キノコ類がサッパリ出てこなかったとか。夕食に出たキノコ類は昨年採ったものを保存しておいたものだった(それでもじゅうぶん美味しかったが)。頭垢離の水場も枯れていたのかしれない。
ウメバチソウなどラーメンタイムスペーサー 頭垢離から沢を離れ、傾斜が厳しくなった。大小の石で埋め尽くされた岩礫の道だ。道の両側の斜面に、ウメバチソウ、ナンブトウチソウ、そしてウスユキソウ(ハヤチネ・・・ではない)が夏の名残りを伝えている。高山植物の植生域はロープで保護されている。ごく簡素な朝食だったのでお腹が空いてきた。登山道をほんのちょっとはみ出た岩蔭でラーメンタイム(9:00-9:30)。 山でラーメンを作るのは久しぶり、暖かく塩気があって“山食”にはなかなか良い。
御座走り打石千丈ヶ岩 御座走り(由来不明、山頂まで800㍍)打石(ぶついしと読む、深い霧の中を飛んでいた天狗が頭をぶつけたとか、山頂まで700㍍)千丈ヶ岩(名前はその大きさからだろう、山頂まで400㍍)と命名された巨岩・奇岩の横を通り、一枚岩の「鎖場」に到着。 河原坊コース94スペーサー鎖場(下)鎖場(上) 中高年男性Aが半ばあたりで難儀している。ストックが邪魔なのだ。ストックは登る前にザックにしまうべき。下に、彼の仲間と思われる男性Bと若い二人組が待機。やっとのことで彼が鎖場をクリア。横に巻き道がある。無理することはない。私は巻き道を行く。すこし送れていた妻はまだ鎖場の手前。と、アーッという大きな声。誰かが(たぶんB氏)石を落としたらしい。50㌢はあろうかという大きな石が転がってきて、止まるのが見えた。鎖場の下は傾斜が緩く、石が落ちるスピードがゆっくりだったのが幸いした。誰も怪我はなかったが、まともに当たれば、大けがどころか命を落としかねなかっただろう。落石事件で肝を冷やし、慎重に 一歩一歩 登ること20分で、三度目の早池峰山頂に上がる(10:50)。標高1917m、三角点(一等三角点)の表示は1914.3m。

早池峰山から岩手山早池峰山頂スペーサー 早池峰山は山頂も大きな岩や石が累々としているが、広く、その岩や石をベンチに休む場所にはことかかない。今日は「秋分の日」、風も弱く、柔らかな秋の日差しの下、たくさんの人が思い思いに休んでいる。9月22日が秋分の日となるのは 1896年以来 116年ぶりだそうだ。閏年と関係があるかと思ったら、そうでもないらしい。早池峰神社奥宮が鎮座し、山頂避難小屋がある。避難小屋のトイレは 最近 閉鎖され(6時間前後で登下山できる早池峰にトイレは不要)、携帯トイレの持参となっている。ここでも岩陰でラーメンタイムを取る。
早池峰山から岩手山など 視界は良好とはいえないがまずまず。どっしりとした岩手山をはじめ、小さいながら美しい三角錐の姫神山八幡平のたおやかな山容を見ることができた。(山座同定はこちら早池峰山から薬師岳 西から南は雲が多く、近いはずの栗駒山は分からず、奥羽山系の山並みがウッスラと続いている。南の真向かいは薬師岳。岩山である早池峰とは対照的に 山頂まで緑に覆われている。花崗岩を主とする地質だそうだ。クマの一頭や二頭は闊歩していそうだ。河原坊のビジターセンターと駐車場、小田越の監視員詰所も見える。
御田植場 ひとしきり展望を楽しんで小田越コース(標高差700m・距離2.7㌔・コースタイムで1時間30)を下山(11:30)。御田植場と呼ばれる“箱庭”風の湿地帯を進み、剣ヶ峰への分岐から下降する。 小田越コース八合目の梯子 ほどなく八合目の鎖場、「天狗ノ滑り岩」という大岩に2本の長い鉄梯子が設置されている。二本目はほぼ垂直で、スリルがある。一度に数人の大人が取り付くと緩みはしないかと心配になるが、点検は入念に行われているのだろう。 小田越コース竜ヶ馬場小田越コース御金蔵スペーサー 鎖場から岩礫地帯の急坂を ひたすら 下り(シーズンなら高山植物が咲き乱れる)、竜ヶ馬場(六合目、ハイマツ帯)、御金蔵(五合目)を過ぎると傾斜は緩やかになり、 小田越コース登山口 御門口(一合目)からオオシラビソが多いの樹林帯に入る。2つの木道を歩いて、小田越登山口に到着(13:25)。コーヒータイムのあと、そこから県道(25号)を 2㌔ 歩き、河原坊駐車場に戻った。終始下り坂、逆はきつそうだ。
下山後、大迫の産直センターに寄って、道の駅東和併設の立寄り湯に入り(15:50-16:45)、花巻インターから東北道を“北上”。予報が晴れのち曇りなので、八甲田山にも登って行くことに。岩手山SAで食事休憩(18:40-19:45)、津軽SAで仮眠(21:00)。深夜割引を利用するためである。



八甲田大岳、9月23日(日)
八甲田山はよく登る山である。といっても 北八甲田、それも八甲田大岳ばかり。直近は2010年9月26日、このときは大岳から井戸岳、赤倉岳をまわった。宮様コース分岐から上毛無岱分岐は泥んこ道で苦労した。今日は、酸ヶ湯~仙人岱~八甲田大岳~毛無岱~酸ヶ湯のお手軽、しかし 最も“八甲田らしさ”を満喫できる周回である。
津軽SAを発ち(6:45)、黒石ICで東北道を出て(高速料金は 目論見通り 2150円)、国道102号を東進、南中野交差点で(オレンジハートというコンビニがある、食糧を補充)国道394号へ、394号をさらに東進し、城ヶ倉大橋を渡って酸ヶ湯大駐車場に到着(6:25、黒石ICから約25㌔)。
地獄湯ノ沢1 予報は晴れのち曇りだが、山にはどんよりとした雲がかかっている。辰五郎清水で水を補給し 出発(6:50)。鳥居をくぐり、ブナとアオモリトドマツの混合樹林帯を行く。何組かのパーティに次々に追い抜かれる。なかなかペースが上がらない。これまでで 最も 長く感じて、地獄湯ノ沢に取り付いついたところで小休止する(8:02-07)。 地獄湯ノ沢3地獄湯ノ沢2スペーサー 背後には南八甲田の山が霞み、前方は殺伐とした湯ノ沢のガレ場。ところどころで噴気が上がり(硫化水素ガス、時と風向きによっては要注意)、山肌や岩石が硫黄で黄色い。北八甲田は活火山なのである。湯ノ沢の急登から、傾斜が緩やかな低木の樹林帯をしばらく進むと、木道となって仙人岱(8:42)。
仙人岱・八甲田清水 仙人岱…パイプの先から八甲田清水が勢いよく流れ出ているはずだが、ナント水が出ていない(わずかに湧き出しているのか 木枠の水溜めにはあった)。私たちのすこしあとから来た地元の人が、20年この方で こんなことは初めて、と驚いていた。早池峰の大女将の話といい、この八甲田清水といい、この夏、東北はよっぽど雨が降らなかったらしい。
仙人岱~大岳4(ナナカマド)仙人岱~大岳3(鏡沼)仙人岱~大岳2(小池)仙人岱~大岳1スペーサー 仙人岱に入ったころから雨粒がポツポツ落ちてきた。下をカッパで装備を固めて大岳に向かう(9:10)。木道から砂礫の道となり、タマミクリ(玉実栗、花期は7~8月)が生える小池を過ぎると、大岳への本格的な登り。いっとき アオモリトドマツの森に入り、それを抜けると一気に視界が開ける。が、今日は流れる霧に 仙人岱や酸ヶ湯の駐車場が 時おり 見えるだけ。急登が続く。道は岩礫や砂礫のガレで、崩れ止めの蛇籠や土留めの柵が施されている。鏡沼を通過。鏡沼は山頂からわずか60m下のところにあるが、雪融け水だろうか、いつも満々と水をたたえている。クロサンショウウオが生息しているらしいが、水は濃い緑で見たことがない。

大岳~鞍部大岳山頂スペーサー 108 大岳山頂。真っ白で何も見えない。加えて 風も強く、即、下山。登路と同じような、ガレ場、そしてアオモリトドマツの林の中を下り、井戸岳と大岳の鞍部に建つ大岳避難小屋に着く。小屋はログハウス風の頑丈な作りで、初めて室内に入ってみた。室内もきれい。中で煮炊きをしてもよいらしく、ラーメンのランチタイムを取る(10:35-11:10)。雨風のときは とくに 有難い施設である。
鞍部~毛無岱 鞍部から毛無岱へ、緩やかな砂礫地は すぐ アオモリトドマツやオオシラビソの急坂となる。木立が切れ、眼下に 上下毛無岱の湿原を一望できるところがあった。息を呑む景観に しばし 歩みが止まる。再び 木々の中に没し、宮様コースの道を右から合わせると上毛無岱(11:45)。北八甲田連山(上毛無岱) 黄色く色づいた草原に敷かれた木道の一本道を歩く。振り返れば、常緑の潅木林の後ろに 山頂部の雲がとれた大岳、井戸岳、赤倉岳が連なる。日が射せば 湿原は金色に輝くだろう。左にすこし離れて 田茂萢岳山頂に建つロープウェイの駅も見える。湿原中央の展望テラスで一休み。十畳ほどのテラスは ほぼ 満員だった。
岩木山(下毛無岱)南八甲田連山(下毛無岱)北八甲田連山(下毛無岱)上毛無岱~下毛無岱スペーサー 再び、木道を歩いて下毛無岱へ。二つの湿原は長い木の階段で結ばれている。この階段の上部から見る下毛無岱の眺めもまた圧巻である。但し 渇水の影響だろう、水をたたえた池塘は2,3しかない。下毛無岱に降り、上毛無岱より長い木道を歩く。南八甲田の山並みがたおやかに連なり、目を凝らせば岩木山も見える。下毛無岱にも展望テラスがあるがカット。木道(湿原終点)からブナ林の山道を下り(12:36)、途中 城ヶ倉温泉への道を右に分け、酸ヶ湯に戻る(13:02)。

酸ヶ湯で、名物「千人風呂」に入る。初めて。男女の仕切りは浴槽の縁にある“目印”。洗い場はなく、かけ湯を浴びて浸かるだけ。浴槽は2つ。“千人”はとても無理で、二つ合わせて150人も入れば“芋の子を洗う”状態となるだろう。男湯は混んでいたが、女湯は閑散、一人いたような いなかったかような・・・

城ヶ倉大橋 横浜への帰路は、奥入瀬・十和田湖経由は 距離は短いが時間がかかるので、往路(国道394号・102号)を戻り、黒石ICから東北道という経路を選択した(岩手山SAで仮眠、高速料金6500円)

データ…酸ヶ湯~仙人岱~八甲田大岳:4.2㌔、八甲田大岳~毛無岱~酸ヶ湯:4.6㌔ 酸ヶ湯:標高910m、仙人岱(八甲田清水):標高1300m、八甲田大岳:標高1585m、大岳(鞍部)避難小屋:標高1439m、毛無岱始点:標高1215m、毛無岱終点:標高1010m
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東北道上河内SAに仮眠し、20日昼過ぎ、早池峰山麓の集落(花巻市大迫町)に到着。チェックイン(宿坊「大和坊」)には早過ぎるので早池峯神社大迫郷土文化保存伝習館を見る。
早池峯神社神楽殿 早池峯神社は大和坊の真ん前。鳥居をくぐり、杉の巨木が並ぶ参道を進むと山門の脇に御神楽の舞台がある。いつごろ建てられたのだろうか、古くて味わい深い。平成21年、ユネスコ無形文化遺産となった早池峯神楽(岳神楽と大償神楽)が、年に一度、7月31日~8月1日の例大祭の日、ここで舞われる。 もう一つ、目に引いたのが“しだれ桂”と説明板。『妙泉寺しだれ桂』と題したその伝説がたいへんおもしろかったので紹介する。
妙泉寺枝垂れ桂 ■岩手県には世界的にも例のない枝葉の垂れ下がった「南部しだれ桂」という珍木があり、現在、盛岡市などにある3本の大木が国の天然記念物に指定されているが、元は岳の妙泉寺の境内にただ一本生育していたものであったという。
妙泉寺では、お盆が近づくころ、桂の緑葉を採って干し粉末香にしてその年に使う分を作るのが習わしであった。その年も、ある日、和尚は寺の小僧に境内にある桂の枝を切るように言いつけた。ところが、この桂の大木は毎年毎年枝を切るので、手の届かないような高いところにしかなくなってしまっていた。小僧は梯子をかけ必死に枝を切ろうとしたが、足を滑らせ枝を手にしたまま地面に落ちて気絶してしまった。
そのとき、気絶した小僧の枕上に早池峰山の女神:瀬織津姫(せおりつひめ)が現れ、「お前は和尚の言いつけをよく守って、毎年この桂の枝を採っているが、このままでは下枝がなくなり、ついにはどんなに長い梯子をかけても及ばなくなろう。岳の水無沢の東、参道の所から二十歩ほどの岩のくぼみに一本の枝の垂れた桂を育てておいたから、それを寺の境内に植えておくがよい」と申されたのである。明朝、和尚と小僧がその場所に出掛けてみると、お告げのとおり、枝の垂れた桂が一本あったので、二人は、早速、これを寺の境内に移し替えた。それからは、毎年、たくさんのお香を作ることができたという。
このしだれ桂は、2,3百年後、みごとな大木となったが、寺の普請のために切られてしまった! しかし、その株から出た新枝は各地の寺院などに分けられ、後に国の天然記念物に指定された南部しだれ桂の原木となったという。■


早池峯神社山門と本殿 立派な山門をくぐって境内に入り本殿に参拝。慶長十七年(1612)建立という趣きのある本殿もさることながら、目に留まったのは右(吽形)の狛犬の足の上に子供の狛犬がチョコンと乗っていたことである。帰り、神社の敷地内にある大迫郷土文化保存伝習館(愛称:早池峯岳神楽伝承館)に立寄る。中央に、ふだんの練習に使う御神楽の舞台があり、ビデオでいくつか舞を見る。係りの方のお話によれば、岳神楽には40を越える舞があるそうだ。 鳥兜 館内には、華麗な御神楽の衣装や数々のお面、道具類に混じって、傷みの激しい仏像(妙泉寺四天王立像と妙泉寺延命地蔵尊半跏像)が展示されていた。『しだれ桂』にもあった妙泉寺とは? 実は早池峯神社の前身は妙泉寺。例の明治維新の神仏分離令(実態は廃仏毀釈)で、多くの伽藍と仏像が破壊され妙泉寺は廃寺と化した。早池峯神社本殿は破壊を免れた妙泉寺新山堂であり、この仏様たちもゴミ同然に打ち捨てられていたものを復元したものだそうである。
係りの方はかなりのご高齢であったが、このような類の仕事を続けられるなんて羨ましく思いつつ(ひょっとしたら有名な舞人だったかもしれない)、館を出て、大和坊に入った。明日(21日)は早池峰山に登る予定だったが、宿の大女将が~予報が「晴れのち曇り」から「曇りのち雨」に変わり、山は昼前から雨が降り出すかもしれない。今の時期は小田越に車を駐められるから(河原坊ではなく)小田越から登ったほうがよい~と勧める。そこで、明日は県道を挟んで、早池峰の南にある薬師岳に、明後日、天候の回復次第だが、早池峰山に登ることにした。薬師岳は早池峰と違い、緑深く登山者も少ないだろう。万全の熊対策が必要である。

ところが、翌日(21日)は朝から小雨、薬師岳も中止し、半日、盛岡市内を散策することにした

大和坊の夕食民宿大和坊 大和坊:NHKの新番組『にっぽん百名山』に出てきた民宿。岳の宿坊には初めて泊まったが、それぞれに味付けした山菜づくし、鍋ごとでてきたブナマイタケ入りひっつめ汁、イワナの甘露煮(甘露煮は初めてなかなかの美味)などの食事とお安い料金の良い宿でした。まだお若い大女将もたいへん気楽な方。 『にっぽん百名山』は毎回楽しみに見ているが、オーバーで、あの…なんというか、ナヨッとしたテーマ曲は好きではない。もっとも彼の曲風はどれもそうだが。



岳から盛岡への近道は、道の駅「はやちね」から県道25号を そのまま 4号線まで西進することだが、この道はたいへん狭いことが分かっている。県道43号も道路地図からはかなり厳しそう。大迫市街へ迂回し(県道43号)、386号線を北上するルートを選ぶ。
石割桜 盛岡市街に入り、最大500円の駐車場を見つけ、散策スタート。まず、何がともあれ 地方裁判所前庭(盛岡藩家老北家跡)にある「石割桜」を見る。むろん桜は咲いていないが。初めて石割桜を見たのは12年前の4月半ば、一分咲きだった。そこから、とくに目的もなく盛岡駅方面へ。盛岡の街は落ち着いた いい雰囲気である。高い建物が少ないせいかもしれない。駅近くの焼肉屋(六本木にも店があるチェーン店)で岩手牛のお昼。なかなかの美味で値段も手ごろ、店はサラリーマンや工員風の人で賑わっていた。
盛岡信用金庫本店旧第九十銀行本館岩手銀行旧本店 盛岡城跡公園に戻り、桜山神社に参拝後、赤レンガと白の花崗岩の帯のコントラストが美しい岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店、ベージュの煉瓦も瀟洒な旧第九十銀行本館(現啄木・賢治青春館)、ギリシャ神殿風の重厚な盛岡信用金庫本店(旧盛岡貯蓄銀行)の3つの歴史的建造物を見る。岩手銀行旧本店と旧第九十銀行は国の重文である。 茣蓙九 続いて、茣蓙九や旧井弥商店などの町屋建築が並ぶ通りへ。茣蓙九(森九商店)は黒漆喰の壁と格子窓がみごとに調和し、入口にぶら下がっている“タワシ”のモチーフがなんともユニーク。店内はカゴ、ザルの竹製品、大小さまざま・色とりどりのタワシが所狭しと並べられ、タワシで作られたゾウさんやカメさんのの置物まである。 スペーサー旧井弥商店紺屋町番屋 紺屋町番屋(盛岡消防団第五分団番屋)は大正期の木造洋風建築で、屋根から突き出た望楼がひときわ目を引く。まだ現役だそうだ。旧井弥商店(呉服問屋跡、現盛岡正食普及会)は豪壮な黒漆喰の土蔵造り。店内は覗かなかったが、岩手県産の小麦を自家製粉し、小麦粉やパン、麺類などの穀類加工品を販売しているらしい。

明日(22日)は天気が回復しそう。6年ぶりの早池峰山に登ることにする~2006年山の旅続・2006年山の旅~。今日は薬師岳に登るつもりだったので朝食を早めに準備してもらった。自然の流れとして宿を発つのも早くなり、行き、まだ入荷の真っ最中だった大迫産直センタ-のブドウとリンゴは、帰りは、おおかた売れてしまっていた。その中から、紅伊豆と未希ライフという、どちらも初めて聞く品種のブドウとリンゴを買う。紅伊豆は上品な甘さ・香りがあり、食感も良かったが、甘いことが特徴という未希ライフのほうは、さほど甘くはなく酸味も少なく寝ぼけた味だった。向かいのスーパーで、今晩の夕食、明日の朝昼の食料を仕入れ、道の駅「はやちね」へ。金曜の夜、1台くらい仲間がいるかと思ったが、道の駅に泊まったのは私たちだけだった。
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