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今年は9月に入って台風の当たり年。20号が足早に日本の東方海上を去ったあと 21号が発生。しかし 18日でも「沖縄」という予想で、10月15・16日、久しぶりに立山に行った。雪のない立山は初めて(過去2回はいずれも5月)。また今回初めて立山連峰最高峰の大汝山(3015m)に登った。

弥陀ヶ原ウォーク(15日)・・・晴れ
弘法バス停スペーサー未明に有磯海SAを出、立山駅前駐車場に525到着。(駐車場は)さすがにまだ空きが多い。ケーブル(7:00)、バス(7:35)を乗り継いで弘法で下車(8:00)。ケーブルは始発、バスは定期便である。定期便を待つ間にも、臨時を含め 室堂バスターミナル直行便が2,3台発車して行った。週明けの月曜日だが、今年の紅葉は今が見頃という立山はたくさんの人で賑わいそうだ。しかし、弘法(標高約1600m)で降りたのは私たちだけだった。

弘法~追分スペーサー案内図でルートを確認し出発(8:15)。追分まで約2.3㌔、遊歩道(木道)はバス道路につかず離れず。ひっきりなしにバスのエンジン音が聞こえてくる。台地の上に出ると、3年前に登った薬師岳とバスのガイドで覚えた鍬崎山が見えた。鍬崎山には佐々成政の埋蔵金伝説がある。前方には大日連山と天狗岳、その間に 立山(雄山など)が遠く小さく望まれる。
クマザサと紅葉が入り混じる中、ゆるやかな勾配の木道を進む。弥陀ヶ原の方から、家族連れが『私たちは下りで楽です』と言いながら 歩いてきた。子供はまだ小学校低学年ぐらい、弘法からバスで戻るのだろうか? この家族連れ以外、誰に会うこともなく追分に着く。この後も(追分から天狗平まで)パラパラと会っただけ。合わせても20人ぐらいで、弥陀ヶ原を歩く人は意外に少なかった。年間100万人が押し寄せるという立山だが、ほとんどの人は室堂ターミナルのまわりを歩いて、その日のうちに、立山駅に戻るか長野県側の扇沢に降りてしまうかするのだろう。この景色を車窓からだけ、というのはいかにももったいない。

追分弥陀ヶ原1弥陀ヶ原2スペーサー追分でバス道路を横断し[弥陀ヶ原]へ(9:10)。 弥陀ヶ原3スペーサー金色に輝く草原、点在する池塘(立山では餓鬼の田とも呼ばれる)、シラビソの濃い緑の中に黄・オレンジ・赤と様々に色づいた木々…右も左も前も後も 紅葉のまっただなかを歩く。 弥陀ヶ原と天狗山弥陀ヶ原と大日連山とりわけ、称名川を隔てて連なる大日三山(大日・中大日・奥大日)とその谷を埋めた紅葉が素晴らしい(そのアップはこちら)。
弥陀ヶ原ホテル方面への分岐を過ぎ、獅子ヶ鼻岩へ。 ラーメンタイムスペーサー弥陀ヶ原はところどころにベンチがあり、ほどよい休みをとりながら歩くことができる。小さな涸れ沢を渡ったあと、なかでも立派なベンチがあったのでラーメンタイムとする(9:30-10:00)。美景とベンチの二人占めである。
スペーサー称名川一ノ谷の紅葉スペーサー称名川一ノ谷の紅葉アップスペーサー弥陀ヶ原(池塘)
獅子ヶ鼻岩の鎖場称名川一ノ谷木橋快適な木道歩きはこのベンチまで。細い山道を称名川源流部の支流に下り、木橋を渡ると(10:15)、鎖場が連続する岩場の険しい上りとなった。 獅子ヶ鼻岩からの眺めスペーサー幸い、岩にはステップが穿ってあるので足場は確保しやすい。予備知識があった妻は ある程度 想像していたようだが、弥陀ヶ原ウォークをハイキングぐらいに考えていた私にはまったくの予想外のことだった。どうにか獅子ヶ鼻岩に上がり、さらに 岩の突端の“2,3歩”手前まで進んで小休止(10:50-55)。眼下は称名川が削った深い谷(一ノ谷)、前方には弥陀ヶ原の絶景を見渡せるビューポイントだった。
獅子ヶ鼻岩~天狗平3獅子ヶ鼻岩~天狗平2獅子ヶ鼻岩~天狗平1スペーサー獅子ヶ鼻岩から さらに すこし上ると、再び広い高原台地。緩やかな勾配を上って行く。一段高い丘(天狗ノ鼻?)をバスが走る。今日のゴール「天狗平山荘」が見える。が、そこまで まだ距離も高度もある。
木の階段スペーサー灌木の茂る木の階段を昇って天狗平へ。 天狗平1(空と雲)スペーサー誰も来ないので 一とき 木道の上に仰向けになった。真っ青な空を流れる雲の動きが早い。地上は弱いが、上空は強い風が吹いているらしい。見る間に形が変わる。明日登る予定の立山(雄山)が次第に大きくなる。そして、今日初めての剱の鋭鋒を 別山と奥大日の稜線の上に見た。
スペーサー天狗平2(立山)スペーサー天狗平3(ホテル立山など)スペーサー天狗平4(剱岳)スペーサー天狗平4(別山乗越)
天狗平山荘スペーサー追分以後離れていたバス道路に天狗ノ鼻(標高2150m)で近づき、長い竹竿が並んだバス道路を横切り、最後に一登りがあって天狗平山荘に到着した(標高2300m、追分から4.9㌔)。竹竿は除雪の目印のためである。早い時間の到着だったが チェックインできて(13:05)、夕食までの長い時間をのんびり過ごす(お風呂は3~)。 雲湧き上がる剱スペーサー天狗平山荘は正面に剱、左右に立山、大日岳が見える絶好のロケーションにあるが、惜しむらくは正面に“デン”と建つ立山高原ホテルがその景観を妨げていること。
※立山高原ホテルは一度泊まったことがあるが、共済組合員と一般とでサービスに格差があり、あまりいい思いはしなかった。

夕陽スペーサー明日のルートについてオーナーの佐伯賢輔さんに相談する。雄山・大汝山・富士ノ折立を縦走したいが、その後、「別山」をまわって雷鳥平に下りるか、「大走り」という“エスケープルート”を雷鳥平に下りるか、どちらがいいか? 回答は、大走りはザレ場でお勧めできない。大走りを下った人は たいてい ヘトヘトになって帰ってくる。むしろ別山まで行ったほうがよいが、体力に自信がなければ 富士ノ折立から引き返すのがベスト、というものだった。登山地図にも大走りコースは“整備不良”とある! 大走りはやめ、別山まで足を延ばすかどうかは、明日の状況次第ということにする。

天狗平山荘からの夕景
夕陽に染まる剱夕陽に輝く立山三峰残照夕焼けと雲海と白山
①夕照剱 ②立山夕景 ③西空残照 ④夕焼けの空を背に白山が雲海に浮かぶ

夕食後はビデオ観賞会。プログラムは6年前に放送された、タイトルは聞き覚えのある『新日本紀行ふたたび・立山シェルパ村』。山麓の芦峅寺は佐伯性の人が多いが、賢輔さん一族はなかでも“有名人”かつ“名士”らしい。賢輔さんがたびたびビデオに登場した。立山アルペンルートが開通したのは昭和46年、当然といえば当然だが、ガイドの仕事は激減し 芦峅寺の人々の生活は一変。県の環境関係の仕事に携わったり、レストランを開いたり、生業の維持にたいへん苦労しているという。
その後 星を見に外へ。カシオペア座の“W”と北斗七星の“柄杓”が、北極星をはさんで同時に輝き(だいたいどちらかが地平線に隠れている)、真上には北十字星(白鳥座)などなど。みごとなのは(都会ではめったに見られない)カシオペア座から中天を南へ流れる天の川だった。

立山ミニ縦走(16日)・・・晴れ
今日の予定は、雄山・大汝山・富士ノ折立の立山三峰を“縦走”し(立山三山は浄土山・雄山・別山)、富士ノ折立から別山乗越まで足を延ばすか、富士ノ折立で室堂に引き返すかは状況次第。大走りコースを雷鳥平へという選択肢は、山荘オーナーの佐伯賢輔さんのアドバイスで消えた。少なくとも、未踏の立山最高峰の大汝山(3015m)は是が非でも登りたい。
天狗平山荘・剱岳天狗平山荘・白山早朝、6頃から山荘の外に出て日の出を待つ。剱の東壁が朝陽に輝き始める。ついで 大日や鍬崎山、遠く白山にも。 天狗平山荘・日の出スペーサーが、山に囲まれた天狗平の“日の出”は遅い。雄山の右、東一ノ越から大要が昇ったのは(いったん朝食に戻って)7過ぎだった。
あわただしく出立の準備をし、山荘の車で室堂ターミナルへ(7:30-35)。同宿の若い女性二人組は 今日 ひがな一日 天狗平でオコジョを探すというので、送迎は私たち二人だけだった。

室堂平~一ノ越1(室堂平)スペーサー日本最高所の湧き水、全国名水百選にも選ばれている「立山玉殿の湧水(たてやまたまどののゆうすい) 」をプラティパス(水袋)に詰めて出発(7:45)。一ノ越までは立派な石畳の道が続く。およそ“登山道”らしくない道だが、シーズンともなれば、一ノ越まではたくさんの人が歩くだろうから、このくらい広く頑丈に作っておかないと、道端の高山植物を傷めてしまうのだろう。 室堂平~一ノ越2(祓堂)室堂平~一ノ越3(登山道)室堂平~一ノ越4(雷鳥沢分岐)スペーサー周囲を積み石で囲った小さいながらも立派な祓堂がある。5月は雪の下だった。昔、ここまでが下界で、ここから上が神域とされた境界だったという。雷鳥平からの道を合わせてほどなく、一ノ越(膝、雄山は仏様の体に譬えられる)に上がると(8:45)… 一ノ越からの展望スペーサー目の前に黒部峡谷をはさんで、笠ヶ岳から槍・穂高、餓鬼岳・船窪岳まで、北アルプスの雄大な山並みが飛び込んでくる「感動の瞬間」である。今日は八ヶ岳連峰と南アルプスも望むことができた。(山座同定写真はここをクリック)
一ノ越~雄山1一ノ越~雄山2 しばしの休憩のあと、雄山へ(9:05)。道はここからは、大小の石がゴロゴロした 少々 歩きづらいガレ場。勾配も急(一ノ越~雄山は距離1㌔・標高差300m、ちなみに室堂~一ノ越は3㌔・250m)。 一ノ越~雄山4(剱)一ノ越~雄山3(富士)高度を上げるにつれ、笠ヶ岳の右に黒部五郎岳と薬師岳が見え始めた。途中、二ノ越(腰)、三ノ越(肩)の広場はノンストップで通過し、四ノ越(首)。富士山が餓鬼岳の後ろに見えるようになり、剱が稜線越しに頭を出した。

室堂から後になり先になりした若い女性が、石の上にカメラをセットし“記念写真”を撮ろうと苦労している。撮影をかって出る。剱を中央に彼女をその左に配した写真を(モニターで)見て、『いいカメラをお持ちなので(私の一眼レフのこと)、さすがに構図がお上手ですね』と褒められた。ちょっぴり嬉しくなる。あれが薬師岳、あれが燕岳・・・と、ついでに山々の名前を説明する。高い山は初めてというが、足取りはたしかだった。

雄山1(三角点)スペーサー“立山トンネルの真上の急坂”を登って、立山連峰の主峰雄山(五ノ越、頭)に到着(10:15)、一等三角点の標石と説明板がある(標高2991.6m)。槍穂高をバックに一枚。雄山の「標高3003m」は、その先の雄山神社本宮が建っているところ。 雄山3(山頂の様子)雄山2(山頂の神社)月山と同じく、夏は入場料(御祓料)が必要らしいが、今は受付所は閉まり 門は開いている。数段の石段を昇り、しばし、「標高3003m」からの360度の大パノラマとその撮影を楽しむ。槍穂高はもちろん、八ヶ岳連峰や南アルプスの山並みまで見える素晴らしい展望。こんなに遠方まで見渡せるのは おそらく めったにないことだろう。
撮影の真っ最中というのに、自分もアチコチにカメラを向けていた年配の男性が『1枚お願いできますか』と頼んできた。“自己中な御仁”とは思ったが すこし 待ってもらって依頼に応じた。

雄山からのパノラマ
①雄山から南の展望①a 薬師岳①b 笠ヶ岳~水晶岳①c 槍・穂高連峰【南】:①薬師岳から槍穂高まで(山座同定はここをクリック)、①a 薬師岳と五色ヶ原(山座同定)、①b 笠ヶ岳~水晶岳(山座同定)、①c 槍・穂高連峰(山座同定
②雄山から南東の展望スペーサー③雄山から東の展望③a 針ノ木岳と御前沢カールスペーサー【南東】:②富士山・南アルプス・八ヶ岳連峰(山座同定はここをクリック)。【東】:③針ノ木岳・蓮華岳など(山座同定はここをクリック)、③a 針ノ木岳と黒部湖(山座同定
④雄山から後立山連峰④a 爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳④b 鹿島槍・五竜岳・唐松岳スペーサー⑤雄山から北の展望【北東】:④後立山連峰(山座同定はここをクリック)、④a 爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳(山座同定)、④b 鹿島槍・五竜岳・唐松岳(山座同定)。【北】:⑤大汝山・剱岳(山座同定はここをクリック)

ところで、室堂から台形状に見える立山三峰~雄山・大汝山・富士ノ折立~で、主峰は雄山だがその標高は3003m、真ん中の大汝山のほうが高い(3015m)。立山は富士山、白山とともに日本三霊山に数えられている。雄山の山頂には雄山神社本宮があり「立山の神(立山大権現雄山神、本地仏:阿弥陀如来)」が祀られていた。また 大汝山に「白山の神」(白山の一つの峰は大汝山) 、富士ノ折立に「富士の神」が祀られていた。つまり 立山三峰に登れば三霊山のお参りがいっぺんにできるわけである。また 多くの立山曼荼羅の絵には、富士ノ折立のある場所に富士山の絵が描かれているそうだ。
これで、雄山が主峰であること、以前から気にかかっていた富士ノ折立という名前の疑問が解けた。

大汝山分岐スペーサー社務所の前に戻り、大汝山に向かう(10:45)。山崎カールの上部をトラバースするように付いている道は、すこしアイスバーンになっている(立山では10月6~7日初雪が降った由)。念のために携行してきたアイゼンを付ける。 雄山~大汝山3(山崎カール)雄山~大汝山2(室堂平・雷鳥平・天狗平)雄山~大汝山1(登山道)スペーサー眼下には、秋深し、褐色の室堂平の全貌はもちろん、雷鳥平・天狗平まで一望された(その説明はここをクリック)。今年の立山の紅葉は、ここ十数年でいちばん美しいそうだ。その紅葉とこの好天気、“冥土の土産”にもなろうかというラッキーな山行となった。
大汝山スペーサー大汝山は 巨大なケルンのごとく 石が積み重なった岩山で、山頂は“オベリスクふうに”突っ立った大きな岩。雄山の山頂部とはまったく趣きを異にした醍醐味のある山だった。もっとも、雄山ももともとは岩峰で、人間が削って平らにしてしまったに違いない。大汝山は雄山から300㍍離れているだけ。したがって、景観は雄山とたいして変わらないが、北の白馬や剱がより大きく見える。その“オベリスク”の前で記念写真を撮る。

大汝山からのパノラマ
⑥大汝山から北の展望⑥a 剱岳スペーサー⑦大汝山から後立山連峰北部 ⑦a 白馬三山⑦b 唐松・五竜・鹿島槍スペーサー
【北】:⑥富士ノ折立と剱(山座同定はここをクリック)、⑥a 剱岳(山座同定)。【北東】:⑦後立山連峰北部(山座同定はここをクリック)、⑦a 白馬三山(山座同定)、⑦b 唐松・五竜・鹿島槍と北信の山々(山座同定
⑧大汝山から後立山連峰南部⑧a 針ノ木岳と黒部湖スペーサー⑨大汝山から南の展望⑩大汝山から雄山【東】:⑧後立山連峰南部(山座同定はここをクリック)、⑧a 針ノ木岳と黒部湖(山座同定)。【南】:⑨槍穂高など南方の山々(山座同定はここをクリック)、⑩雄山・薬師岳(山座同定はここをクリック)

さて、これから別山をまわるのはくたびれそう、また富士ノ折立はわざわざ往復するほどのことはなさそう。ちょうどお昼時。ここから戻ることにして大汝山山頂に長逗留を決め込み、コンロとコッフェルで調理にかかっていると、調理といってもラーメンとコーヒーだが、『失礼します。ここで弁当を食べさせてください』と、えらく礼儀正しい年配の男性がそばの岩に腰かけた。『どちらから来られました?』、自然と会話が始まる。「大走り」を登ってきたという。大走り!? 天狗平山荘のオーナーのアドバイスで、選択肢から消えていたコースである。道の状況を尋ねると、そんなにたいへんなことはなかった、地図には“整備不良”とあるのでどうかと思ったが、“ふつう”の道だったという。雄山・一ノ越を室堂に戻る案は消去法で残ったもので、やむを得ずというところがある。今宵の宿は雷鳥荘、その点でも下りたところが雷鳥沢である大走りは都合よい。「大走り」を下りることに変更する。
お互いそれぞれの昼食を摂りながら談笑が続く。この方御歳62、私より5つ若いがたいへんな健脚家で、昨日は立山駅から(ケーブル・バスは使わずに)室堂まで歩いたという(宿はみくりが池温泉、四ノ越で会った女の子もみくりが池温泉と言っていた)。東京の人で、奥日光や奥多摩がフィールド。バスの時間に間に合わず、山中でビバークとなり 怖い思いをしたこともある(ツェルトは持っていない)。車ならもっと山域を広げられると思うことしばしばなので、免許を取りたいと思っているなどなど。

大汝山~富士ノ折立富士ノ折立一ノ越を経て東一ノ越を黒部湖に(歩いて)下りるつもりという彼と別れ、大汝山をあとにする(12:35)。 内蔵助カールと鹿島槍スペーサー富士ノ折立との間はかなり広い台地になっていて、閉まっていたが 立派な休憩所があった(その説明はこちら)。富士ノ折立の山頂部には一般道はなく、横を通って(12:50)真砂岳との鞍部へ下る。大汝の“オベリスク”に上って写真を撮っていた若者二人が先を歩いている。大走りの分岐からどうするか見ていたら、別山の方へ登っていった。 大走り分岐富士ノ折立~大走り分岐我々も真砂岳との鞍部、大走り下降点に着く(13:15-13:20)。黒部峡谷側はみごとにおわん状にえぐりとられたカール(内蔵助カール)、その真正面に聳える鹿島槍ヶ岳の堂々とした山容は後立山連峰の盟主にふさわしい(鹿島槍の拡大写真はこちら)。カールの縁に建つ赤い屋根は内蔵助山荘、今年の営業を終わっていた。内蔵助山荘に限らず、稜線の山小屋はほとんど9月下旬~10月上旬で閉まる。
大走り3大走り2大走り1スペーサーザレ場の大走りを下る。左側は岩肌むき出しの立山三峰の迫力ある斜面、右側はなだらかでハイマツの緑に覆われた別山尾根。裾野は黄や赤に染まっている。(山肌の拡大写真はこちら)。 雷鳥沢の紅葉雷鳥沢に架かる橋下るにつれ勾配が急になった。ハイマツの横をジグザグに下りる。立山は日本一の雷鳥の生殖地。ライチョウに出会えないかキョロキョロするが、ピーカンのこの天気、無理なようだ。道はやや荒れているが我々の基準で中難度、大汝山で会った健脚家に感謝である。
下りきったところは石がゴロゴロとした雷鳥沢。河岸が真っ赤に紅葉している。雷鳥沢に架かる木橋を渡って雷鳥平。橋は水嵩に応じ、高低どちらかに橋げたを架けるようになっている。今日は低い方。
雷鳥荘スペーサー雷鳥平には広いテント場があるが、テントは一張りもない。剱に登ったのだろうか、撤収を終わった登山者が2,3人、ベンチで休んでいるだけだった。ロッジ立山連峰と雷鳥ヒュッテ(どちらも営業終了)の横を通り、存外、長い坂を歩いて、1545雷鳥荘に到着した。
雷鳥荘の前は地獄谷、盛んにガスを噴き上げ、地獄谷はもちろん雷鳥荘の南側広場も立入り禁止になっていた。地獄谷の温泉を引いているのが、みくりが池温泉、ロッジ立山連峰と雷鳥ヒュッテ、雷鳥荘である。早速、高所2450mの温泉を味わう。温泉の後は、夕食前のひととき、夕陽見物。

雷鳥荘から別山乗越夕陽に染まる立山三峰日の入スペーサー雷鳥荘からの夕景
①雷鳥平のテント場と別山尾根。別山乗越に剱御前小舎が見える。②夕陽に染まる立山三峰。③夕陽と地獄谷(57

夕食後、観星会があった。天体望遠鏡による星空観察は高峰高原以来(2002年4月)。参加者は意外と少なく、3グループ10人足らず。第一幕は8時から、第2幕は木星が昇る9時から。望遠鏡の操作と説明は中橋幸一さん。この方、元?山岳救助隊員で、食事時は山荘の厨房にも入るオールラウンドプレイヤー。第1幕で見せてもらった星々は、①東北の空のカペラ…ぎょしゃ座一等星 ②中天高く輝く白鳥座(北十字星)のβ星アルビレオ…白鳥の嘴部分にある金色と青色の二重星、β星といっても明るさは5番目 ③青白い星々がキラキラと輝く「プレアデス星団」(和名:すばる) ④ガーネット・スター…ケフェウス座の赤色超巨星で太陽の約1400倍、この星を太陽系に持ってくると木星まで飲み込まれてしまうそうだ ⑤リング星雲…こと座にある惑星状星雲、中心に爆発の残骸である白色矮星が見えたような見えなかったような ⑥大小2通りの倍率でアンドロメダ大星雲…“小"はシミのように、“大”はアンドロメダ以外の星も重なり、写真で見るような[渦巻き]ではなかった。ふつうでは[渦巻き型]には見えないらしい。 ⑦最後に、私たちの銀河「天の川(Milky Way)」 第二幕は木星とガリレオ衛星。木星の縞は見えたがタテに2本。ガリレオ衛星(イオ・エウロパ・ガニメデ)も上に2つ下に1つ、カリストは見えず。地球と木星との位置関係で、90度回転して見えることもあるらしい。

称名滝・・・(17日)曇り
2日続いた日の出を待ったが、東の空は赤く染まることなく雲が多い。
早朝の立山スペーサー好天は昨日まで、東の空は雲が多い。太陽は空を赤く染めることなく昇ってしまった。雷鳥荘をチェックアウトし(8:10)、ミクリガ池を経て室堂ターミナルへ。 ミクリガ池とみくりが池温泉大日岳とかさ雲途中、みくりが池温泉でコーヒーとケーキで休憩する。雷鳥には出会えず。室堂ターミナルの周辺はかなりの人で賑わっている。立山は雲に隠れたり晴れたり、大日岳の上に「かさ雲」が出ている。二重のみごとなかさ雲だが 高原バスからスペーサー“かさ雲は天候が崩れる予兆”、早めに山を下りることにする。
高原バスの乗車率は7,80㌫。右に左に展開する車窓の風景に歓声が上がる。とくに剱岳が見えたときは、『剱岳・点の記』効果もあってか、一部の乗客は大騒ぎ。やや西寄りからの剱はなかなか均整のとれた姿だった。いっぽう、北アルプスの女王「薬師岳」は興味を示す人は少なかった。
称名滝スペーサー満車に近くなっていた駐車場に戻り、落差日本一(350m)の称名滝へ(11:15)。称名滝(11:25-12:35)は渇水期。隣りのハンノキ滝(落差500m)はさすがに枯れていたが、思ったより水量があった(拡大写真はこちら)。称名滝は飛竜橋を渡って対岸の展望所に上がることができるが、雪解け期の5月は傘をささなければ渡れないほど水しぶきを浴びる。
再び駐車場に戻り、お昼はコンビニ。立山インターから一気に横浜に帰る。双葉SAで仮眠したが、東名が集中工事ということで大型トラックが中央道に迂回、係員が夜通し車を誘導していた。
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台風19号が 予想より 日本列島の東方をかつ足早に通過し、進路を 急遽 日本列島に変えた18号も去った10月1日、「台風一過の青空」を期待し、常念岳・蝶ヶ岳縦走の山旅に出発した。安曇野(一ノ沢)から登り上高地(徳沢)に下るので、妻との山行では初めての電車・バス・タクシーの利用である。“マイカー回送サービス”もあるが割高となる。
「安曇野蝶ヶ岳温泉 ほりでーゆ~四季の郷」からタクシーで登山口(ヒエ平)へ(7:50-)。道々、運転手に、台風の影響で一ノ沢が増水していないかと尋ねると、台風が常念岳の東側を通ったときは雨はそれほど降らない、という説明。なるほど、台風の目が常念岳の右側にあれば、太平洋の湿った空気は常念岳までは運ばれないわけだ。
マイカーは駐車場が空いているかどうかが一番の心配と言うと(一ノ沢の駐車場は登山口の手前1.1㌔にある)、一ノ沢は空いていることが多いが、三股(常念岳および蝶ヶ岳の登山口)の混雑はタクシー泣かせ。シーズン中は路駐のマイカーで“一方通行”になることがしばしばとのこと。また 予約した下山者に1,2時間待たされるのはいいほうで、動けなくなり 山ノ神(登山口から500㍍入ったところ)まで迎えにいった話や、途中でビバークしてしまって その日は降りてこなかった話など、山のタクシーならではの苦労話を聞く。

10月2日 一ノ沢登山口~常念乗越/常念小屋…曇りと霧
一ノ沢登山口スペーサー一ノ沢林道終点(標高1260m)に到着(7:50)。登山指導所(不在だった)・水場・トイレがある。一般者の駐車場はここより1㌔手前にあり、林道を歩かなくてすむのもタクシーの利点だ。登山者カードを投函し出発(8:30)。 ※前回は2008年9月25日。計画は燕岳への縦走だったが、天候が崩れ 常念岳の往復だけに終わった。
一ノ沢~常念乗越1スペーサー大きなトチの木がある山ノ神(登山口から0.5㌔)で登山の無事を祈り、記憶からは消えていたが古池、頑丈に組まれた丸太の橋を渡って王滝ベンチ(大滝)を過ぎる(9:45)。道はモミ・コメツガなどの濃い緑の針葉樹と明るい緑の雑木の混合林の中で、勾配はまだ緩やか。台風の影響か 水が道に溢れているが靴が濡れるほどではない。本沢(一ノ沢)には、いくつもの支沢(そのほとんどが涸れ沢)が流れ込んでいる。その一つ、コースのほぼ中間点の烏帽子沢を渡り、沢沿いに架けられた丸太の桟道を進み、また大きな支沢(笠原沢)を渡る。笠原沢は記憶にない。 一ノ沢~常念乗越2スペーサーその後 すこし沢歩きがあって(飛び石伝いに歩くので流れに入ることはない)、山の斜面に木の階段が付いた胸突八丁の急登。この階段の記憶は鮮明。木々が徐々に色づいてくる。霧に霞む紅葉・黄葉もまた一興。急登は長くは続かず 再び 河原に出る。最終水場(標高2250m)で、ここでラーメンタイムを取る(12:50-13:30)。水場をあとに、美しいダケカンバの黄やナナカマドの赤の中をもう一ふんばり。斜面が崩壊したあとの急拵えの道を用心して進み、[常念小屋まで500㍍、標高2400m]の標識があるベンチを過ぎ、登山口から距離5.7㌔、高度差1200mをクリアして常念乗越に上がった(14:32)。

常念乗越/常念小屋スペーサー槍や穂高は雲に隠れて見えない。小屋は乗越の西側、緑・黄・赤と彩り豊かな樹林の中。すぐ小屋にかけこむ。入口に『前常念経由三股コースは岩場、急坂等“危険”が伴います。相談されることをお勧めします』という看板があった。タクシーの運転手も三股コースは厳しく 事故が多いと言っていた。登山地図には“危険”という表示はない(むしろ一ノ沢コースに注意書きがあり、また“初心者向き”と紹介したネット記事さえある)
部屋は6畳に夫婦2組。定員は12名とある。つまり畳1枚に2人。夜中、トイレに立ったが最後 自分のスペースがなくなっているだろう。やはりシーズンは避けたほうがよさそうである。
常念乗越1スペーサー常念乗越2
一段落し小屋の外に出る。乗越は横通岳と常念岳の鞍部。強い北西の季節風のため横通岳と常念岳の西斜面はほとんど木が育っていない(とくに常念岳は)。今も、西風に薄雲が東(安曇野)へと流れている。その雲の流れの中に見え隠れする紅葉・黄葉がまことにみごとである。

常念小屋のすぐそばにテント場がある。ポツンと一つ張ってあった小さなテントから、人が一人出てきて、私たちのところに近づいてきた。見ればまだウラ若き女性である。山に入って1週間、今日は蝶ヶ岳から大天井岳まで行くつもりだったが、展望のない稜線歩きに飽いて、ここでキャンプを張ったという。明日は燕岳、燕山荘のケーキフェア(ケーキ食べ放題)が楽しみという。「蝶ヶ岳から来て7日目?」、いったいどういう山行なのか、聞けばびっくり仰天! 今どきの“柔”な「山ガール」ではない、とんでもない「岳女(女性クライマー)」だった。
中房温泉から入山、燕から表銀座を槍ヶ岳、大キレットを踏破して!!北穂・奥穂、涸沢に下り、ナント横尾から蝶ヶ岳へ!!!(そのルートなら私たちも登ったことがある) 台風18号は横尾山荘でやり過ごした。大キレットは初めてだが、思ったほど怖くはなかったそうだ。夫婦2人のパーティといっしょになり、『どちらか落ちたら連絡お願いね』と言い合って歩いたそうだ。妻より小さいくらいのその体のどこに、そんな強靭な精神と体力を秘めているのか、タダタダ驚かされた。田部井淳子さんも小柄だが。ザックの重さはスタート時は17㌔、今は食糧が減って14㌔ぐらいとか。どんな食事か尋ねると、アルファ米と棒ラーメンを日々交互と笑って答えた。それもあっただろうが、ケーキフェアの話をしたときは、まさに ふつうの女の子の顔だった。短かければ友達と行くこともあるが、長い山行は休みが合わないので一人が多いという。若い女性の単独行、親御さんはさぞ心配だと思うが敢えて聞かず。
梅雨明けの8月初めは鷲羽や水晶に登り、雲ノ平・高天原もまわったそうだ。私たちも経験のある山が話題になると話がはずむ。お盆前でも太郎平や雲ノ平の混雑はそうでもない。薬師沢は、太郎平→雲ノ平or雲ノ平→太郎平、急坂を上るか下るかの違いで(太郎平→雲ノ平は上る) どっちがいいかはその人の判断。太郎平→雲ノ平の場合、前日に薬師沢小屋まで入っていれば楽、それに薬師沢小屋はいい所と教えてくれた。(2009年は雲ノ平山荘がリニューアルで雲ノ平まで足を延ばせなかった。そこで 今回は黒部五郎岳と雲ノ平を考えていたが、黒部五郎小舎の営業が9月末いっぱいで 希望は来年以降に持ち越しとなっている。この話はたいへん参考になった)
話題は日本アルプスから北へ南へ。飯豊・朝日は彼女も是非縦走したい山。この夏、大朝日岳を10時間以上かけて往復したと話すと、凄いですネと褒められた? 利尻や礼文、屋久島も憧れだが、費用と時間の両方で 今は 無理と羨ましがられた。しかし この若さとエネルギー、これから海外も含め チャンスはいくらでもあるだろう。ひょっとすると、将来、田部井淳子さんのような日本を代表する女性登山家になっているかもしれない。

常念乗越3スペーサー翌朝、朝食前、小屋の外で日の出(545前後?)を待つ。空がほのかに青みを帯び、小屋の灯が3つ、黒々とした山並みの中に見える。槍ヶ岳山荘、北穂高小屋、ヒュッテ西岳である。安曇野の雲海の上には明けの明星、槍ヶ岳の上空には残月。身支度を整え、ケーキフェア目指し 横通岳に向かう(昨夕の)彼女に会う。バックパックの背にヘルメットの颯爽とした姿だった。私たちの今日の行程は蝶ヶ岳ヒュッテまで。太陽は空を茜色に染めることなく昇ってしまった。

10月3日 常念小屋~常念岳~蝶槍~蝶ヶ岳ヒュッテ…曇りと霧、一時晴れ
常念小屋テラスからのパノラマスペーサー常念小屋は槍穂高を眺めながら食事をすることができる。ところどころ雲がかかっているが、槍から南岳、大キレットを経て北穂高と続くその稜線の全容が見えた(山座同定)。(撮影のため)テラスに出たり席に戻ったりのせわしない食事が終わり、常念小屋を発つ(6:45)。蝶ヶ岳ヒュッテまで、3,4回のアップダウンがある7.5㌔のロングコースである(コースタイムは5時間25)。
常念岳1常念乗越~常念岳まず、標高差380mの常念岳の登り。乗越から見えるのは八合目のピークで(“偽常念”) 本峰はその奥。ガスが一帯を覆い始めた。石が積み重なったガレ場を右に左にジグザグに登ってゆく。山頂からの日の出を見るためだろう、相部屋だったご夫婦が下りてきた。ちょっと年配のご婦人が私たちを追い抜いて行く。皆さん健脚だ。勾配が緩くなった八合目で一息。真っ赤な草紅葉(チングルマ?)が美しい。再び登り。ガスが薄くなって槍・穂高連峰が見え始めた。三股からの道を左から合わせ、20分ほどで、標高2857m、本年最高所の常念岳の山頂を踏む(8:35)。

常念岳3常念岳2ラッキーなことに山頂に着いたときは、霧がすっかり晴れ、槍穂高連峰の展望が広がった。峻峰「槍ヶ岳」、槍ヶ岳山荘もはっきり分かる(山座同定)。涸沢カールを囲む「穂高三峰(北・奥・前)」、 常念岳4スペーサー日本一紅葉が美しいと喧伝される涸沢には大勢の登山客が押し寄せていることだろう(山座同定)。常念岳は、先客の紳士組3人が下山し 後客の単独行の女の子が上ってくるまでの一とき、 私たちだけという“貸切”であった。南方は雲が多い。焼岳と霞沢岳、その後ろの乗鞍は(雲の海に)埋没寸前。御嶽山も見える。眼下には梓川の流れ(山座同定)。北や東は展望ナシ。前途は長い。下山にかかる(8:55)。
常念岳~蝶ヶ岳1スペーサー縦走路中の最低鞍部(2435m)へ“急降下”する。標高差400m強。巨石累々とした岩の道で、険しさは(乗越~山頂の)上り以上。浮石を踏まないよう、丹念にペンキマークを追って下る。あたりは 再び 霧に包まれた。頂上を ほぼ 同時に降り始めた単独行の女の子の姿が たちまち 霧の中に消える。途中、一見、道を誤りそうなところがあった。(平らな“土の部分”がありかつ直進方向なので、うっかりするとそちらに足が向きそうだが、左へ“石の道”をトラバースするように進む) 大柄な中年男性とすれ違った。そのコンパスなら、私のコンパスでは難儀するであろう この急坂も大丈夫だろう。(道を間違えなかったか気になって)女の子の消息を尋ねると、はるか下の樹林帯を出たあたりで会ったという。
P2512の前後で傾斜が緩やかになり ハイマツ帯にさしかかったところで、下りは いつも 私より早い妻の足が停まった。ライチョウ(雷鳥)である。親子三羽いるようだ。

雷鳥A1スペーサー雄(お父さん)が私たちの前で毛づくろいを始めた。大切にされていることを知っているからだろうか?雷鳥は人を恐れない。立山で 山荘の近くに営巣した雷鳥(のビデオ)を見たことがある。天敵に襲われる危険が少ないからだろう、というのが専門家の解説。 雷鳥A3雷鳥A2雌(お母さん、子供かもしれない)がすこし離れた岩の上にいる。おなかのあたりは冬毛の白。これまで雷鳥は幾度か見てきたが、冬毛に変わりつつある雷鳥は初めてなので 感激ひとしおである。真っ白い雷鳥をこの目で見てみたいが、それは夢のまた夢。
雷鳥A5雷鳥A4雷鳥は霧や曇りのときよく姿を見せる。期待をしながら急坂を下ってきたが、期待に応えてくれた雷鳥一家に感謝。もう親と大きさが変わらない雛(子供、お母さんだったかもしれない)が岩の向こうに歩いていった。いつまでも見ていたい気持ちはヤマヤマだが、目的地はマダマダ遠い。この冬を元気に過して欲しい、と願いながら先へ進む。

常念岳~蝶ヶ岳2(ラーメンタイム)スペーサーP2512から草つきが多くなった急坂を下り 縦走路中の最低鞍部(2465m)。 常念岳~蝶ヶ岳3スペーサーまわりの紅葉が美しい。“人の手”がいっさい加わらないありのままの紅葉である。 ここでラーメンパーティーを開いていると(10:45-11:20)、『私たちは上で食べてきました』と、若い女性が二人蝶ヶ岳の方から下りてきた。ライチョウを6羽!も見たという。彼女たちは、つかの間の休憩のあと 元気に常念岳へ登っていった。
常念岳~蝶ヶ岳4スペーサー私たちも出発。樹林帯に入る。蝶槍の手前まで、思いのほか長く深い森だった。小雨が降ったのか、ツガかマツの枝葉から 時おり しずくが落ちてくる。P2592を越える(12:27)。 常念岳~蝶ヶ岳5(蝶槍)スペーサーすでに常念小屋~蝶ヶ岳ヒュッテのコースタイムをオーバーしている。酸欠だろうか?足が重い(標高3000mの空気は地表の2/3だそうだ)。が、蝶槍(2644m)までノンストップ。蝶槍通過150、3前には蝶ヶ岳ヒュッテに入れるだろう。一安心。
常念岳~蝶ヶ岳7(三角点)常念岳~蝶ヶ岳6(紅葉)晴れていれば、槍穂高の大展望を楽しみながらの稜線歩き。しかし、今日は右も左も前も真っ白。単調な稜線歩きに刺激を与えるのは真っ赤な草紅葉。登山道からちょっとはずれて、大きなケルンが積まれた三角点(標高2644.3m)に立ち寄る。そして、霧の中、再びライチョウの一家に出会った。

雷鳥B1雷鳥B2四羽。最低鞍部で聞いたのとは別の世帯のようだ。雄(お父さん)の赤い冠がはっきり見える。 雷鳥b1スペーサー雌(お母さん)は心なしか雄より優しい目をしている。彼女が ときどき 後ろを気にしている様子を見せる。と、明らかにまだ雛(子供)と思われる一羽が 小走りに 私たちの前を横切り、親のあとを追っていった。この一家はワンマン・パパのようだ(写真参照!)。常念の下りで会った一家は母親が強そうだった。
雷鳥b2雷鳥b3雷鳥b4雷鳥b5スペーサー雷鳥B3

常念岳~蝶ヶ岳8スペーサー微笑ましい雷鳥ファミリーに別れを告げ、再び歩き出す。横尾分岐を通過。横尾から蝶ヶ岳を往復したことがある。その時も 槍穂高は見えなかった。そこから50mあるかなしかの緩やかな坂にあえぎ、3ジャスト、ヘトヘトになって蝶ヶ岳ヒュッテに着いた。
夕食後 テレビの天気予報を見ていると、日本にやってくるのは週末と思っていた台風20号が、明日(4日)日本の東海上を通過するという。雨風は大したことがないというが、明日の下山を心配しつつ カーテンで仕切られた“個室的な”相部屋で眠りにつく。

10月4日 蝶ヶ岳ヒュッテ~蝶ヶ岳最高点~徳沢~上高地…曇りのち時々晴れ
蝶ヶ岳ヒュッテ2(雲海)スペーサー未明 雨が降ったようだが、日が昇る頃には上がっていた。風も強くない。東の空は青空が出て、雲海の間から安曇野の街が見えているが、西側の霧は晴れず雲も切れない。長塀尾根(ながかべと読む)に入れば展望はない。 蝶ヶ岳ヒュッテ3(ブロッケン)スペーサー出発の準備を整え 小屋の前の広場で、数名の登山者といっしょに つかの間でも 霧が晴れるのを待つ。中には三脚を立てている人もいる。が、霧は現れない。梓川対岸の山腹にブロッケン現象が現れた。歓声が上がる。虹の輪がかなりはっきりしている。虹の輪のなかに、見ている人それぞれの影が映るブロッケン現象は摩訶不思議なものである。
蝶ヶ岳ヒュッテ4(展望)スペーサー 霧が薄くなり ブロッケンが消えると、穂高や明神五峰などが見えるようになった。但し 山頂部には 依然 雲がかかっている。(山座同定-左山座同定-右)。
蝶ヶ岳ヒュッテ1(最高点)スペーサー結局、出発は720となった。蝶ヶ岳の“最高点”(2677m)を踏んでゆく。最高点はヒュッテの裏、別名「長塀ノ頭」、長塀尾根を登りきったところにある。「長塀山」は長塀尾根の途中にあるからややこしい。最高点は 最近 認定されたらしく、「蝶ヶ岳山頂」と書かれた真新しい標柱が立っていた。

蝶ヶ岳~徳沢1スペーサー長塀尾根下降点は蝶ヶ岳最高点のすこし手前にある。目印はハイマツの枝に付けられたピンクのリボン、他には何もない。ヒュッテで、前もって聞いてこなかったら戸惑っただろう。20ほど下ると「妖精ノ池」という小池。“妖精”とはまたずいぶん可愛い名前だ。水面に映る紅葉が美しい。 蝶ヶ岳~徳沢2(長塀山)スペーサー次第に まわりの木の丈が高く、森は深くなっていく。林床を好むゴゼンタチバナが赤い実を付けている。葉も真っ赤。ゴゼンタチバナの葉が紅葉するのは知らなかった。樹林の中の目立たないピーク長塀山(標高2565m)で小休止(8:20-30)。
長塀山~徳沢3(ラーメンタイム)スペーサーまだ誰一人会っていない。蝶ヶ岳に登る人の多くは三股を利用するようで、登りが延々と続く長塀尾根(6.2㌔)は嫌われているようだ。また池があった。妖精ノ池より広いが無名。コゲラが幹の高いところにとまっている。見上げていると、幹を回って後ろに“歩いて”いった。緩やかな下りが続くなか、尾根が平坦になったところがあったので、倒木に腰掛けて休憩とランチとする(今日もラーメン、10:05-35)。
蝶ヶ岳~徳沢4スペーサー道はそこから急坂となった。一人の中年男性が登ってきた。私たちが今日初めての登山者らしい。蝶ヶ岳から長塀尾根を下りたのは我々だけ?! 徳沢に近づくにつれ 斜面はいっそう急になり、何度も何度もジグザグを繰り返したあと、11時50分、氷壁の宿「徳澤園」(標高1560m)の脇に出た。
徳沢~明神スペーサー徳澤園の前には大勢の登山者。大半は涸沢か槍沢からの行き帰りの人だろう。ポカリを飲み干し、1個残しておいたリンゴを食べて上高地へ向かう(12:15)。 明神~上高地スペーサー明神まで4㌔、上高地まで7㌔。大きなバックパックを背負った登山者から上高地から足を延ばした観光客まで、さまざまな人々が行き交う。紅葉・黄葉はまだまだ。255、上高地・河童橋に着く。穂高連峰は中腹まで厚い雲が下り(当然 吊尾根は見えない)、焼岳の山頂にも雲がかかっていた。

上高地スペーサー上高地からは、上高地発14:40(バス)、新島々16:06(電車)、松本18:35(特急スーパーあずさ)、・・・。松本では残念なことが。それは時々利用していたトンカツ&すき焼き~馬肉料理も、どちらかというとこっちが専門?~の「米芳」がなくなり、空き地になっていたことである。駅前にあった喫茶店(穂高)も見つからず、ファストフードのチェーン店に変わっていたようだ。松本に限らず、歴史ある街から“個性”がどんどん失われてゆく。残念なことだ。
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