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5月下旬、所用で福岡に行ったさい、大分・日田市を 一日 観光した。日田(ひた)は天領、徳川幕府の直轄地だった。その天領時代の街並みの面影を色濃く残しているという豆田の町は、是非一度、歩いてみたかったところ。大分道日田インターを出てすぐ豆田北無料駐車場が見つかり、町の中心からはすこし離れているが、そこに車をおくことにした。
月隈城址から月隈城址駐車場から石垣だけが残る月隈城址に上がる。“月隈”は城の名ではなく山の名前。大名小川光氏が慶長六年(1601)に築城(丸山城)、 御幸橋御幸通り松平氏の転封後(貞享三年、1686、永山城)は廃城となった。城址には月隈神社や古墳時代の横穴墓がある。
城址から日田御役所(永山布政所跡)の横を通り、花月川を渡ると、豆田町(御幸通り)である。※写真はクリックで拡大します。

日田醤油・雛御殿日田醤油・雛御殿:店内、およびその奥の大小十ほどもある座敷に飾られた古今の雛人形を鑑賞。それぞれの質もさることながら、膨大な数のコレクションには ただただ 圧倒された。どれもこれも素晴らしい人形だが、珠玉品は・・・
雛人形1雛人形2雛人形3雛人形4雛人形5
★雛人形6(享保人形)★雛人形7雛人形8雛人形9★雛人形10(古今雛)★
雛人形11★雛人形12(享保人形)★★雛人形13(享保人形)★雛人形14★雛人形15(享保人形)★
雛人形16雛人形17雛人形18雛人形19雛人形20★雛人形と道具類★
現代雛スペーサー二段目左から1番目と5番目、三段目2,3,5番目など。本業の醤油・味噌製造は天保十四年の創業。店(工場?)はすこし離れたところにある。

ツバメ(草野本家)スペーサー草野本家2草野本家1スペーサー草野家住宅:御幸通りの“目玉”。国指定重要文化財。屋内の撮影は禁止。財の源は精蝋(原材料はハゼの木)。欄間の屋久杉の一枚板で作られたという欄間がとりわけ印象に残った。
日本丸館2日本丸館1岩尾家住宅(旧日本丸館):草野家住宅が御幸通り(西)の“横綱”なら、岩尾家住宅は上町通り(東)の“横綱”。丸薬『日本丸』で財を成した。 特効薬「日本丸」1特効薬「日本丸」2スペーサー日本丸(にほんがん)は万能薬で、戦時中は日本兵が背嚢に入れて戦地に赴いた。岩尾薬舗はその大量買入れのお礼に戦闘機を1機贈ったとか。 日本丸館4日本丸館3『日本丸』は その後 原料(ジャコウジカ、サイカク、ゴオウ、クマノイ、センソ、真珠)の調達ができなくなり、製造中止となった。 日本丸館展望楼からスペーサー
日本丸館には展望楼(2階)がある。この日、日田は34℃という暑さ、明け放たれた窓から心地良い風が入る。甍の波が美しい。日田は明日・明後日の週末(25-26日)、川開き観光祭(鮎漁解禁と鵜飼シーズンの幕開け)。20万の人で賑わうという。 日本丸館6スペーサー☆百歳雛(日本丸館)☆日本丸館5スペーサー
階下に戻り、座敷の雛飾りや松の一枚板でできているという廊下を鑑賞して、暑い通りに出る。雛人形は珍しい百歳雛。髪はやはり白髪で、衣装は十二単ではなく袿。江戸時代の作品。

広瀬資料館スペーサー広瀬資料館:御幸通りと上町通りの間にある。儒学者廣瀬淡窓とその弟豪商久兵衛の生家。国指定史跡だが、門前のみ。 深見酒舗福寿上町通り侘助スペーサーその他、深見酒舗(上町通り)、日田カステラ本舗福寿(御幸通り)、婦人子供服侘助(上町通り、出入口の取っ手がユニーク)、赤司日田羊羹本舗など。
ツバメ(薫長酒造)2ツバメ(薫長酒造)1薫長酒造(上町通り)では酒造りではなく、ツバメの巣作りを見る。雌はじっと抱卵中、雄は巣のまわりを飛び回って見知らぬ私たちを警戒。蕎麦・酒處麦屋で食事・休憩後(酒はなし)、日本丸館の隣にある長福寺へ。 長福寺スペーサー永興寺1永興寺2スペーサー本堂は国指定重要文化財で、寛文六年(1669)の建築。永興寺(ようこうじ):町の中心から離れた慈眼山という小山にある。“山”というだけあって、ちょっとしたウォーキング。伽藍はなく、鐘楼と仏像庫があるのみだった。国指定重要文化財の仏像の見学は事前連絡が必要で、拝顔ならず。

山陽館1スペーサー宿は九州一の大河筑後川(このあたりは三隈川という)の川べりに建つ『山陽館』。名前は江戸後期の文人頼山陽が泊まったことに由来するとか。 雛人形(山陽館)1☆雛人形(山陽館)2☆スペーサー山陽館2スペーサー山小屋、民宿、ビジネスホテルがほとんどの私たちにとって久方ぶりの“本格的”旅館。スタンダードプランながら、食事(食事処は半個室)、部屋、温泉すべて良しの宿だった。 鏡坂公園山陽館3
日田といえば英彦山。英彦山は見えるだろうか? 宿のスタッフに尋ねると、鏡坂公園の展望所からは見えるかもしれないという。翌朝 その展望所に上がって英彦山を遠望し、川岸に屋台が立ち始めた日田を後にした。
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