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雲ノ平山荘の朝2雲ノ平山荘の朝1スペーサ、タテ24日帰路につく。といっても新穂高温泉までおよそ26㌔、一日で降りられるほど雲ノ平は“浅く”はない。今日は双六小屋まで。時刻は650雲ノ平山荘~祖父岳1チングルマ1チングルマ2スペーサ、タテ木道には霜。すこしでも下り勾配になると滑りそうで腰が引ける。滑り止めの横木に足をかけ、横木がなくなっているところは横向きになって、一歩一歩、歩く。悲しいかな、昔のようにスタスタと歩けない。
雲ノ平山荘~祖父岳4(登り2)雲ノ平山荘~祖父岳3(登り1)雲ノ平山荘~祖父岳2(祖父岳分岐)スペーサ、タテ昨日の道を逆にたどり、ガレ場からハイマツ帯を登る。ハイマツが切れると前方に雲ノ平、その緑と黄の中に雲ノ平山荘。直線距離にして5,600㍍だろうが、はるかかなたにみえる。祖父岳分岐(8:07-8:12)。 ここでチョイス。A:(往路と同様に)黒部川源流を徒渉する/B:岩苔乗越にまわり黒部川源流部の谷を下る Bは祖父岳にも登るということ。“ばあだけ”(祖母岳)だけ登って帰るのは中途半端、“じいだけ”も登ることにした。チングルマが朝陽に輝き、我が老体にも陽光が降り注ぐ。
雲ノ平山荘~祖父岳7、水晶岳スペーサ、タテ雲ノ平山荘~祖父岳6(雲ノ平2)雲ノ平山荘~祖父岳5(雲ノ平1)スペーサ、タテいつのまにか岩がゴロゴロと堆積した登りとなった。鳥海山新山や映像で見たトムラウシのようだ。後ろにいた青年もついてくる。祖父岳分岐~岩苔乗越は『ヤマタイム-ヤマケイオンライン』にはルート情報がない。マイナールートなのだろうか? そんなことはない。鷲羽・水晶に登って雲ノ平に下りる人が(ほとんどすべて)通るはずだ。が、マーキングが一つもない。どうやらルートを外してしまったようだ。しかし、登れないことはない。強引に“前進”するうち、正規ルートに戻った。かの青年は正規ルートに戻る前に私たちを追い抜いていった。

祖父岳山頂2、薬師岳と雲ノ平祖父岳山頂1スペーサ、タテ854祖父岳山頂標高2825m。山頂はだだっぴろい。ケルンが積んである。360度のパノラマを45度づつに切って撮影する(8枚)。 ※8枚のパノラマ写真…あとでチェックすると、1枚を除き露出オーバー!! 原因は「レンズ制御エラー」。コンパクトカメラだが、これまで
祖父岳山頂p1(水晶岳)祖父岳山頂p2(ワリモ岳・鷲羽岳)祖父岳山頂p3(槍ヶ岳・穂高連峰)祖父岳山頂p4(双六岳・三俣蓮華岳)スペーサ、タテもしばしば発生していた。ズームにするとよく起きる。それが
祖父岳山頂p5(黒部五郎岳)祖父岳山頂p6(黒部五郎岳・北ノ俣岳)祖父岳山頂p7(薬師岳)スペーサ、タテまた起きたのだ。幸いムーヴィーも撮った。左の7枚はそれをキャプチャしたもの。

イワヒバリスペーサ、タテ岩苔乗越へ(9:19)。岩苔乗越の前に鞍部があり(ということは登りもある)、イワヒバリとの出会いもあったりして 存外 時間がかかった(30)。岩苔乗越から三俣山荘は2回目のチョイス岩苔乗越スペーサ、タテA:黒部川源流を下る/B:ワリモ北分岐に登り返し鷲羽岳を越える このチョイスは躊躇なくA。岩苔乗越からはA、Bのほか、北へ岩苔小谷を下り、高天原に行くルートもある。つまり、ここは北アルプス最奥の“十文字峠”なのである。 岩苔乗越5、薬師岳・水晶岳岩苔乗越4、三俣蓮華岳岩苔乗越3、ワリモ岳・鷲羽岳岩苔乗越2、水晶岳スペーサ、タテ
黒部川源流の右岸(右岸・左岸の定義は上流から下流を見て)を下る。
三俣のテン場黒部川源流スペーサ、タテほどなく水場]の標識があったが、源流からすこし離れていて水音がしない。水量もごく少ないようだ。やがて道は源流に沿うようになった。目に清らかな流れと耳に心地よい水音。カメラ(動画)をまわし、“音のある風景”を録る。一跨ぎで左岸に移る。HEADWATER of HEADWATERs、川幅はまだ細い。左岸に渡ると川幅は急に広くなり、道は高巻きするように、源流から次第に遠のいていった。 鷲羽岳の上の青空三俣蓮華岳の上の青空スペーサ、タテ源流が視界から消え、雲ノ平への分岐(その先徒渉点)、続いて、岩苔乗越からコースタイム40のところ1時間と13要して黒部源流地標。下りはとくにコースタイムをキープすることが困難になった。そこから、150mの登りをコースタイム以内(50→44)で三俣のテン場に着く(11:52)。
槍ヶ岳・大天井岳スペーサ、タテ雲ノ平弁当のあと、三俣峠へ。三俣峠(1:10)で3つ目のチョイス。A:中道コース/B:巻道コース Aは三俣蓮華岳に登ってしまえばあとは おおむね 下り。Bは最後の双六岳分岐の登りがきついことは分かってはいるが、すでに黒部源流地標から350mを登ってきた。目先の下りに惹かれ、Bを選択する。

巻道1、槍穂高連峰巻道2、鷲羽岳とヒコーキ雲巻道3、大天井岳と秋の雲巻道4、燕岳と秋の雲巻道5
双六小屋分岐~双六小屋分岐(巻道終点)スペーサ、タテ穂高連峰~槍ヶ岳の稜線、槍ヶ岳北鎌尾根の岩稜、大天井岳~燕岳の稜線を眺めながら三俣カールを行く。双六岳頂稜部の東端に上がり、ハイマツの中の長い道を歩いて巻道終点(15:05)。そこで一息入れ、325双六小屋到着。三俣峠からの所要時間は実に2時間15。コースタイムは実に1時間40、しかも三俣山荘から双六小屋までである。unbelievable!! 双六小屋に下る途中、一人の若い女性が追い抜かれた。見覚えがある。雲ノ平で、水場の分岐にザックをおいて、電話をかけるか何か用事でもあるだろう、山荘へ歩いていった子である。聞けば、鷲羽も水晶も登ってきたという。unbelievable!!
双六小屋の夕食スペーサ、タテ双六小屋は定員200。これまで泊まった山小屋では、燕山荘)(600人)の次に大きい。広い食堂や談話室はタタミ敷き。今の山小屋はどこもバイオトイレだが、びっくりしたのは使用済みのペーパーも流せることだった。北に鷲羽岳、南は抜戸・笠の稜線を背景にした双六池。どちらを向いてもよい眺め。小屋の前の水場からは豊富な水が出ている。十畳ぐらいの中部屋に若夫婦と老夫婦の二組だけ。夕食は天ぷら中心の和食メニュー、ボリュームがあって美味しかった。揉沢岳に登って槍ヶ岳を眺めるもよし。双六小屋までなら、 まだ 来られるかもしれない。

双六小屋の朝スペーサ、タテ翌朝、最後の二組の一組になって朝食を食べていると、窓の外が赤っぽい。中座して外に出る。鞍部にある双六小屋の日の出は遅い。まさに(樅沢岳の稜線から)太陽が昇ろうとし、雲と空がオレンジ色に染まっている。 槍ヶ岳・穂高連峰(花見平)双六小屋~弓折乗越2双六小屋~弓折乗越1スペーサ、タテ朝焼けは雨の兆しとよくいわれるが、予報のとおり、今日は雨になるのだろうか? だとすると、その前に左俣林道に出たい。633、一番の遅出で双六小屋を発つ。山腹を斜めに登り稜線に出る。花見平で小休止し、帰りも槍穂高を大展望する(⇒山座同定)。連なる3000越の峰々、この中に『深田百名山』は僅かに2つ。穂高は4つ(北穂・奥穂・前穂・西穂)一まとめに“穂高岳”。ずいぶん軽くあしらわれたものだ。他方、東岳・中岳・前岳から成る南アルプス荒川岳にはえらいこだわりよう。くどくどとした口上で、荒川東岳は悪沢岳と呼ぶように述べている。穂高流にいけば“荒川岳”でよかろうに。
双六小屋~弓折乗越6、白山双六小屋~弓折乗越5、焼岳・乗鞍岳・御嶽山スペーサ、タテ稜線を進む。花見平だけでなく、『ヤマタイム-ヤマケイオンライン』によれば、お花畑が続くらしい。やはり花の時期に一度来てみたいものだ。行く手に鏡平が見え隠れするようになった。西穂高岳や焼岳・乗鞍、その後ろに御嶽山。 弓折乗越1弓折乗越2、大キレット弓折乗越3、鏡平山荘スペーサ、タテ西穂を除き『百名山』。ロープェイの西穂高口駅が見える。まだ時間が早く、白山方面は雲海が厚い。弓折乗越でも小休止(8:05-8:10)。あとは新穂高温泉までひたすら下りである(標高差1460m/12.4㌔)。
鏡平山荘の夕食(21日)鏡平山荘スペーサ、タテ鏡平山荘でラーメンの昼食(8:57-9:22)。写真は21日の夕食。鏡池でパノラマムーヴイを撮る。4日間晴天続きだったが、今日は曇天。その空模様の中、チラホラと登山者が登ってくる。1,2日 山小屋で待機すれば、週末、天気は回復するだろう。 鏡池1鏡池2鏡池3上スペーサ、タテ鹿児島の4人パーティの一人が話していた。山に4日入って雨に降られないのは珍しいと。
スペーサ鏡池3下鏡池4鏡池5スペーサ、タテ
秩父沢スペーサ、タテ小雨が落ちてきた。本降りになってからでは面倒なので、シシウドヶ原で雨具をつける(ズボンとザック)。秩父沢(11:05-11:10)。小池新道終わり(12:16)。ここからわさび平小屋まで、ブナ林が美しい。『ブナの森』の看板が立っている。黒部源流の石碑といい、行政は何かと記念碑を作りたがる。 わさび平わさび平小屋左俣林道1スペーサ、タテ大規模なダムや砂防堰を造っておいて、“美しい自然を明日に・・・”が空虚に響く。わさび平小屋でリンゴを食べ(12:36-12:50)、155、林道ゲート前のホテルニューホタカに無事下山した。
左俣林道ゲートスペーサ、タテホテルニューホタカは 今は おじさんが一人で管理とメンテ。食事は近くの食堂に車で送迎してくれる。温泉はあるが、お湯の温度が下がったと心配していた。たしかに3年前より低くなっていた。原因が、源泉の井戸にヒビがはいって地下水が流れ込んでいると修復できない。閉館せざるを得ないそうだ。今回の夕食は「ひがくの湯」だったが、3年前は元旅館の中崎山荘(『氷壁』のモデル)。奥さんの具合が悪いとかで休みだった。
新穂高温泉は寂れるいっぽうだが、おじさんの話によれば、9月半ばの連休は8月の天候が悪かったこともあり超混雑。路駐が溢れ、定期バスの運行にも支障を来たし、警察が出動したそうである。世の中うまくいかないものだ。

【行動記録】 20 6:30新穂高登山指導センター/奥飛騨温泉郷総合観光案内所6:48~6:51ホテルニューホタカ7:10~笠新道入口8:15~8:28わさび平小屋8:55~オコジョ~秩父沢10:36~11:22イタドリヶ原11:35~12:15シシウドヶ原12:35~13:30鏡平山荘(泊) 21 鏡平山荘6:10~弓折中段~7:25弓折乗越7:30~花見平7:50~9:00双六小屋9:20~巻道コース~11:55三俣峠12:05~12:25三俣蓮華岳12:55~13:15三俣峠13:25~14:10三俣山荘(泊) 22 三俣山荘5:57~雲ノ平分岐6:43~休憩7:43~日本庭園8:39~スイス庭園~10:20雲ノ平山荘(ギリシャ庭園)~11:42祖母岳(アルプス庭園)11:58~奥日本庭園~折返す(アラスカ庭園)12:55~キャンプ場水場14:38~雲ノ平山荘(泊) 23 雲ノ平山荘6:50~キャンプ場分岐7:15~8:07祖父岳分岐8:12~8:54祖父岳9:19~9:50岩苔乗越9:55~黒部源流地標11:08~三俣山荘テン場11:52~13:00三俣峠13:10~巻道コース~15:00双六岳分岐15:05~15:25双六小屋(泊) 24 双六小屋6:33~7:41花見平7:46~8:05弓折乗越8:10~8:57鏡平山荘9:22~シシウドヶ原10:10~秩父沢11:10~小池新道入口12:16~12:36わさび平小屋12:50~13:55ホテルニューホタカ(泊) 25 ホテルニューホタカ7:55~
【データ】 新穂高温泉1100m(4㌔)わさび平小屋1400m(7.4㌔)鏡平山荘2300m(1.4㌔)弓折乗越2560m(3.1㌔)双六小屋2600m(巻道3㌔)三俣蓮華岳2841m(1.5㌔)三俣山荘2550m(徒渉コース2401m5㌔)(*新穂高温泉から25.4㌔)雲ノ平山荘2500m(1.5㌔)祖父岳2825m(1㌔)岩苔乗越2730m(2.4㌔)三俣山荘2550m(巻道3㌔)双六小屋2600m(4.5㌔)鏡平山荘2300m(11.4㌔)新穂高温泉1100m
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三俣山荘~黒部川源流3(岩苔乗越雲ノ平分岐)三俣山荘~黒部川源流2三俣山荘~黒部川源流1スペーサ、タテ557三俣山荘を発つ。今日は鷲羽岳にも水晶岳にも登らずに雲ノ平山荘に直行、という“超”ゆとりのあるスケジュールなので、そんなに早く出発することはないのだが。 黒部川源流徒渉スペーサ、タテテン場のある分岐から黒部川源流に向かう。枝沢に沿って150mの下り。「黒部源流の石碑」を過ぎるとすぐ岩苔乗越との分岐(6:43)。そして・・・、黒部川源流の徒渉。2014922651~52、我が人生にとって記念すべき一瞬である。補助ロープを使って 一歩一歩 飛び石伝いに渉る。木橋でないところが醍醐味。幸い水量は少なく靴を濡らすこともなかった。
雲ノ平入口~祖父岳分岐1雲ノ平入口~祖父岳分岐2(槍穂高)スペーサ、タテ対岸は「雲ノ平入口」。祖父岳の西側斜面を登り返す。分かってはいたが、思いのほかの急登。背後に槍ヶ岳が、そして北鎌尾根、穂高連峰が次第に姿を現す。九十九折の坂道(200m)を登りきると、第一雪田・第ニ雪田と呼ばれるところ。今は荒涼とした石礫の道だ。 雲ノ平入口~祖父岳分岐3(黒部五郎岳)スペーサ、タテ綿毛となったチングルマが風に揺れる。大きく抉られたカールを持つ黒部五郎岳が圧巻だ。
“五郎”は語呂の良さからの命名ではない。この山の麓には、太古、氷河が山頂部から押し流してきた大石・小石が散乱している。その様を“ゴーロ”(ドイツ語?)という。それが由来である。中ノ俣岳という名前もある。
雲ノ平入口~祖父岳分岐4(立山・劔遠望)スペーサ、タテハイマツを主とした緑が多くなった。日本庭園というらしい(8:39)。道は祖父岳の西斜面から北斜面へ。緩やかな登り。行く手に薬師岳がせりあがる。その右に立山連峰をはるかに望む。立山から延びた一筋の道は薬師岳へ縦走路、広い高原の中に見える白点は五色ヶ原山荘だろう。 雲ノ平入口~祖父岳分岐5(水晶岳)スペーサ、タテ立山と大日岳の稜線の上に見える三角と鋸歯は劔岳と八ツ峰に違いない!! さらに北にまわりこむと、水晶岳が目に飛び込んできた。山肌を幾筋もの襞が走る。「無名峰ヒマラヤ襞」ならぬ「有名峰クロベ襞」である。対峙するなだらかでゆったりとした薬師岳とは対照的だ。

祖父岳分岐スペーサ、タテ祖父岳山頂を経て岩苔乗越に至る分岐をピーク(2688m)に下りとなる(9:08)。雲ノ平山荘方面へ、キャンプ場を通るショートカットは植生復元のため通行禁止で、道は溶岩台地の縁をまわるように付いている。山側のガレた斜面のところどころにイワギキョウやミヤマリンドウが咲いている。 祖父岳分岐~雲ノ平山荘4祖父岳分岐~雲ノ平山荘2祖父岳分岐~雲ノ平山荘1スペーサ、タテ
日本最後の秘境ともいわれる『雲ノ平(くものだいら)』は祖父岳の噴火によってできた日本最高所・最大の溶岩台地。その歴史的な大仕事から見ても、祖父岳は高い評価を得て然るべき山である。

祖父岳分岐~雲ノ平山荘8祖父岳分岐~雲ノ平山荘7祖父岳分岐~雲ノ平山荘5(水晶岳)スペーサ、タテ雲ノ平の東の端に出る。緑と黄の高原の中に木道が延び、その先に北ノ俣岳が低く横たわる。青空が広い。振り返れば水晶岳の峻鋒(⇒水晶岳のアップ)。 雲ノ平山荘1スペーサ、タテ至るところ、もちろん綿毛になっているが、チングルマの群生。左から別の木道が合流した(9:58)。合流点には『スイス庭園』と書かれた小さな標識がある。合流した木道は、地図によれば、すこし先で行き止まりになっている。カマボコ型の赤い屋根、瀟洒な造りの雲ノ平山荘が次第に大きくなる。山荘到着は1020!! チェックイン。案内されたのは2階の6人部屋。荷物を整理したあと、ベランダ(南向きと東向きの2つ)に出て、まわりの風景を撮影する。
雲ノ平山荘2スペーサ、タテ東から南西…黒部五郎岳と三俣蓮華岳、その間遠く笠ヶ岳。南側の風景はとくに素晴らしい。ギリシャ庭園と称され、池塘が点在している。池塘はここからでないと見えない!! 東側の平原は露岩が多い。連なる山並みは祖父岳と、南北に長い稜線を引く水晶岳。ワリモ岳の頭が見えている。
雲ノ平山荘6(水晶岳・薬師岳)雲ノ平山荘5(祖父岳・水晶岳)雲ノ平山荘4(三俣蓮華岳)雲ノ平山荘3(黒部五郎岳・笠ヶ岳)スペーサ、タテ山荘北側に薬師沢からの道と、雲ノ平からさらに奥、高天原に入る道がある。
雲ノ平山荘8(喫茶室・食堂)雲ノ平山荘7(喫茶室・食堂)スペーサ、タテきょう日、横浜元町にもなさそうな落ち着いた雰囲気の喫茶室(兼食堂)でお昼を食べ、薬師沢方面の「木道終点」を目標に雲ノ平逍遥へ(11:15-)。昨日、三俣山荘の夕食時、大阪から来た高年紳士二人連れ、といっても私より十歳は若い、が話していた『ほとんど垂直だった』という薬師沢から雲ノ平の急登をこの目と脚で確認したいからである。

雲ノ平逍遥往1(祖母岳)スペーサ、タテ時期と時間によるのだろう。ワンダラーはチラホラとしか見かけない。山荘からすぐ、分岐から祖母岳を往復する。“岳”といってもこんもりとした“丘”のようなところ。この一帯はアルプス庭園という。どこがアルプス的なのか分からないが。360度のパノラマを写真とムーヴィーで撮る(11:42-11:58)。
雲ノ平逍遥往5(黒部五郎岳)雲ノ平逍遥往4(雲ノ平山荘)雲ノ平逍遥往3(水晶岳)雲ノ平逍遥往2(薬師岳)スペーサ、タテ写真は北(左)から南(右)へ180度。
雲ノ平逍遥往8(太郎兵衛平)雲ノ平逍遥往7(黒部五郎岳)雲ノ平逍遥往6(奥日本庭園)スペーサ、タテ分岐に戻って西進。ほどなく 奥日本庭園というところに来る。背丈の高いハイマツの緑と自然の石組みが日本的といえば日本的。
雲ノ平逍遥往9(アラスカ庭園)雲ノ平逍遥(折返し点)スペーサ、タテそれまでの草原状の植相がオオシラビソとハイマツの森に変わった。この景色もなかなかいい。道は緩やかに下る。次の庭園はアラスカ庭園。木道がなかなか切れない。“木道終点”はついに諦め、山荘に戻ることにした(12:55)。

雲ノ平逍遥復1(水晶岳)雲ノ平逍遥復2(薬師岳)雲ノ平逍遥復3(水晶岳)スペーサ、タテ逍遥帰路、つまり、薬師沢から雲ノ平に入ると、華麗なる水晶岳の秀峰を つねに 見ながら歩く。それは急登の
雲ノ平逍遥復5(祖父岳・祖母岳・水晶岳)雲ノ平逍遥復4(立山方面)スペーサ、タテ疲れをおそらくいっぺんに消し去ってくれるだろう。もちろん、水晶だけではない。右を見れば黒部五郎、左を見れば薬師。それにしても『雲ノ平』とは最高最適のネーミングだ。『名は体を表す』という。ここでは『体もまた名を表す』。
雲ノ平逍遥復7(雲ノ平山荘)雲ノ平逍遥復6(祖母岳・祖父岳)スペーサ、タテ祖母岳分岐を過ぎ そのまま 水場に向かう。山荘は天水で運用しており、飲料水は有料。しかし、山荘から1㌔ほどのキャンプ場に水場があり、宿泊客にはそこに汲みにいくよう勧めている。
キャンプ場・水場2キャンプ場・水場1高天原分岐スペーサ、タテ高天原への道を左に分け、直進する祖父岳への道から離れてキャンプ場へ。キャンプ場にはテントが数張。 “黒部の水”はパイプからほどほどに勢いよく出ていた。喉を潤し、数㍑の水を持ち帰る(14:20-14:30)。
山荘に戻り着いた頃、後ろを見ると 案の定 十数名の一列が木道を歩いてくる。昨日、夕刻 三俣山荘に到着した中高年の団体。鷲羽に登り、水晶を往復してきたに違いない。私たちのように、三俣山荘からストレートに雲ノ平山荘に来る人は極めてまれだろう。彼らはどんどん近づいてくる。急いで所用を済ませ部屋に入る。

昨日もそうであったように、一行が入口を開けたとたん、静寂の山荘は、賑やかというより、騒々しくなった。ワイワイ・ガヤガヤ、ドタドタ・バタバタ、落ち着くところが決まると(2階の大部屋)、全員1階に降り(その際私たちの部屋を覗いていくご婦人も数名)、受付前の談話コーナーを貸し切って(陣取って)の宴会。のべつまくなし大声で話し大声で笑う。一行には男性が数人。男は ふつう そんなに喋ったり笑ったりしないものだが、女性メンバーの手前だろうか、負けず劣らず頑張っている。彼らは何ゆえかくも 山小屋の隅々まで聞こえそうな 大きな声を張り上げるのか? 夕食後、夕景を撮りに外に出たさい、観察すると…2,4人のグループがいくつか、それぞれが好き勝手に話をしている。声を大にしなければ右隣のグループの騒音で聞こえない。すると左隣のグループはもっと声を張り上げざるをえないのだ。大宴会は彼らの食事の番がくるまで 延々 2時間ほども続いた。

雲ノ平山荘の夕食スペーサ、タテ夕食のメニューは石狩鍋。大阪の高年紳士二人連れ(折立~雲ノ平山荘泊~水晶・鷲羽~三俣山荘泊~?)が絶賛していた名物。具だくさんでたしかに美味しかった。ネットには品数が少ないという意見もあったが、逸品であれば品数は不要である。
やっと空いた談話コーナーでは、自炊の登山者たちが調理を始めた。その中には、鹿児島から来たという同室の4人も。彼らは基本的にはテント泊だが、山行最後の夜は 全員一致 山小屋でゆっくり休むことになったらしい。やはり 折立から入り、昨日は三俣のテン場、明日は一気に折立まで下るという健脚パーティだった。マイパートナーが彼らの話すアクセントで鹿児島と分かったのだそうだ(マイパートナーの父母は鹿児島出身)。
団体が一組だけだったのは“幸い”だったといえようか。いっぽうで、3年前もそうだったが、単独の登山者も多い。年齢はさまざま。年配の夫婦づれはここでは少数派のようだ。3年前に比べると、若い女性が増えている。華麗なるは女子の一人登山、もっと華麗なのは女子の二人連れ。
夕景1(水晶岳)夕景2(黒部五郎岳)スペーサ、タテ夜ふけ。洗面場でもトイレの前でも ところかまわず 立ち話をし、消灯ぎりぎりまで 寝床で話していた団体も もさすがに 静かになり、雲ノ平山荘に 再び 静寂が訪れた。外に出る。カシオペヤ座からサソリ座に向かって南北に天の川が流れ、天頂に北十字星(ハクチョウ座)の橋が架かる。その他、煌めく星々。明日は双六山荘まで。明後日午後から雨という予報。早い時間に新穂高温泉に戻るためにも、双六山荘までは行きたい。しかし、大阪の二人組が話していた。霜が降りるので、遅めの出立をお勧めすると・・・

チングルマ1チングルマ2イワギキキョウスペーサ、タテ花の写真…チングルマと青空(日本庭園)、チングルマと槍穂高(日本庭園)、イワギキョウ(祖父岳)
ミヤマリンドウチングルマ3チングルマ4スペーサ、タテミヤマリンドウ(祖父岳)、チングルマの大群落(雲ノ平)、陽光を浴びるチングルマの綿毛(雲ノ平)
齢70を過ぎ“登山余生”もあと5年か? 登りたい未踏の山は“山”ほどある。もはや夢かなわぬ山も多い。槍、劔、赤石等々。利尻山、宮之浦岳も。そのような中、まだかないそうな夢の一つ、雲ノ平に挑戦した。連休明けを考えていたが、台風16号が進路を北から東に変え『日本列島に上陸する可能性大』との予報に、山小屋の混雑覚悟で、19日夕刻、自宅を出た。予定は、
その日はサービスエリアまたは道の駅に泊まり、20日:新穂高温泉から鏡平山荘まで。21日:双六小屋を経て、稜線・中道・巻道のいずれかで三俣山荘。22日:黒部源流を遡り岩苔乗越から祖父岳を経てあるいは黒部源流を徒渉して雲ノ平。どちらでも早い時間に雲ノ平山荘に入れるので憧れの雲ノ平で日がな半日を過ごす。23日:雲ノ平山荘から(水晶・鷲羽をパスし)双六小屋に直行。翌日が楽になる。24日:双六小屋から新穂高温泉。下山して1泊(ホテルニューホタカ)、山中4泊のロング山旅。
※参考…雲ノ平は5年前に行く機会があったが雲ノ平山荘の建替え年にあたり実行できず。折立から入山し、黒部五郎岳→三俣蓮華岳→雲ノ平→薬師沢周回プランは薬師岳と北俣岳だけに終わる。(⇒ブログ また、3年前、同じようなルートを歩き、今回はパスした鷲羽岳や水晶岳に登頂。最終日は三俣山荘から新穂高温泉まで歩いた。(⇒ブログ

中崎橋左俣林道ゲートスペーサ、タテ長野道みどり湖PAに前泊し(トイレがきれいなのでここに決めた)、安房トンネルを通って(ETCが使えるようになっていた)、新穂高登山指導センターに到着(6:48)。登山届を出し、ホテルニューホタカへ。ニューホタカは宿泊すれば駐車料金が半額となる。ホテルの先が登山口(左俣林道ゲート)なのでたいへん便利。710いよいよ登山開始。わさび平小屋の先、小池新道入口までは作業用車両が入る林道である。わさび平小屋の10ほど手前に笠新道登山口がある。さらにその手前20ぐらいのところに中崎橋という橋があるが、その袂に写真のような無責任な看板がおいてあった。工事車両が通るたび傾きが増すだろうに。
小池新道入口わさび平小屋笠新道入口スペーサ、タテ笠新道は笠ヶ岳の稜線まで4㌔/標高差1400mの急登。TBS『絶景探訪…』で元ノルディック複合日本代表の荻原さんが音をあげそうになったほど。コースタイムは6時間。2組のパーティが登っていった。一組は体格もいい若い男性二人だが、もう一組はせいぜい小学校高学年と見える男の子と父の親子だった。わさび平小屋で軽食休憩(8:28-8:55)し、登山口から2時間余り、小池新道に入る(9:23)。標高差は370m、そんなに上ったと感じなかったのは5㌔という長い道のりだからだろうか?
ところで新穂高の蒲田川は上高地の梓川にあたるだろう。梓川に堰など一つもない。横尾まで流域沿いの美しい逍遥路が続く。しかし蒲田川はどうだろう。砂防ダムや砂防堰だらけ。道も舗装されたりなかったり中途半端。工事はまだ続いている。景観美観を壊すこと甚だしく、新穂高が上高地に比べずっと寂れている大きな要因だろう。梓川は静流で蒲田川は荒川なのだろうか? 蒲田川の対岸に聳える錫杖岳やワサビ平のブナ林など、みどころはたくさん。もっと自然を生かすやり方は無いものだろうか? もっとも上高地のように大混雑するようになるのも困るが…

槍ヶ岳(小池新道)穂高連峰(小池新道)スペーサ、タテ小池新道は双六小屋の経営者であった小池義清が1955年に開いた登山道。自然感を損なわず丹念に積まれた石畳はほどよい段差でデコボコも少なく歩きやすい。その労苦は計り知れないし、その後のメンテもたいへんだろう。氏はその後、鏡平山荘もわさび平小屋も作った。 オコジョスペーサ、タテおかげで私たちのような素人も北アルプスの奥深く入れるようになった。手を汚さない国はそれによって増えた収入に対し増税する。3年前は鏡平山荘まで雨の中を黙々と登った。今日は上天気、やがて奥丸山を間に槍穂高が見え始めた。ここから見る槍の姿は大槍と小槍が離れチョット珍しい。前方を歩いていた青年が立ち止っている。オコジョだ! ライチョウの雛を食べてしまうほどの獰猛さからは想像できない実に愛らしい動物だが、たいへん敏捷でカメラに撮るのは至難。手当たり次第シャッターを押した一枚がどうにかその姿をキャッチしていた。
秩父沢スペーサ、タテオコジョの観察と撮影に時間を取られたので、大石小石が累々と堆積した休憩ポイント秩父沢は休憩なしで通過し(10:36)、1時間ほどでイタドリヶ原(11:22-11:35)。鏡平までのほぼ中間点である。視界が開けてきた。 焼岳と乗鞍岳イタドリヶ原シシウドヶ原スペーサ、タテ
振り返れば焼岳と乗鞍岳が並ぶ。御嶽は雲の中。秩父小沢を過ぎたあたりから始まった急登は途切れることがない。脚がだんだん重くなる。双六小屋1泊で雲ノ平に入る登山者も多いが、私たちには無理なようだ。続いてポイントシシウドヶ原。標高2000mを越え、視界がさらに開けた。見上げる弓折岳・抜戸岳稜線の斜面には 文字通り シシウドが林立している。鏡平までで 唯一 ベンチがあるところ、昼食休憩を取る(12:15-12:35)。エネルギー補給で元気を取り戻し、シシウドヶ原からはコースタイム以内(70→55)で、130鏡平山荘に着いた。

鏡平山荘スペーサ、タテ小池新道入口から3.5㌔/標高差830m、新穂高温泉からの累積では11.4㌔/1200m。無理をして脚でも痛めたら「夢の雲ノ平」が“夢”で終わってしまう。鏡平山荘に泊まることにした。 ミヤマリンドウトリカブトスペーサ、タテ
鏡平は大小の池塘が点在した湿地帯。最も大きな池塘が山荘の手前150㍍のところにある鏡池。幸運に恵まれれば水面に映る“逆さ槍”を見ることができるが、槍は中腹まで雲が下がって、水面に映っているのは雲だけだった。夕刻には山荘周辺も霧が立ち込めた。山荘の混み具合は50%以下、ゆったりと寝ることができた。

鏡池1鏡池2鏡池3スペーサ、タテ21日5前に起床し外に出る。冷気が肌をさす。スタッフの話では、朝の気温は2,3℃、晴れた日は大気冷却で氷点下に下がるという。昨夕から鏡平を覆っていた霧は晴れ、月(月齢27日ぐらい)が東の空に残っている。鏡池に行く。水面に槍ヶ岳・穂高連峰が映る。加えて月も。しばし 鏡池ならではの光景に見入る。写真はカメラのダイナミックレンジが狭いからか、オリジナルは水面の境界が分からない。PCで明るさを補正したので、空は明るくなりすぎ月もぼやけてしまった。
鏡平~弓折乗越スペーサ、タテ610山荘を出発。一面うっすらと霜が降り木道は滑りやすい。弓折岳が朝陽に輝いている。木道はすぐ終わり、低木の樹林帯になる。弓折中段を過ぎると森林限界、これから登る道が弓折乗越へまっすぐ延びている。その上は真っ青な蒼空、台風一過でもないかぎり横浜では見られない空だ。
槍穂高と鏡平(弓折乗越)槍ヶ岳・穂高連峰(花見平)白山遠望(花見平)スペーサ、タテ弓折乗越(2360m、7:25-7:30)。朝陽を背にした槍ヶ岳・穂高連峰の雄大なシルエット、鏡平にも陽が射してきた。鏡平は中空に浮かぶオアシスのような造詣だ。弓折乗越まで登れば、双六小屋まで距離はあるが(3㌔)、高低差の少ない(100m)アップダウンである。稜線を進み、今は枯草だけの花見平(7:50)。しかし 山岳風景は季節を問わず、東に槍穂高、西に双六岳。そして 双六岳と笠ヶ岳の間からは消えきらぬ雲海に浮かぶ霊峰白山。
鷲羽岳と双六小屋2鷲羽岳と双六小屋1スペーサ、タテ道はやがて稜線を離れ、(樅沢岳の)山腹を下る。鷲羽岳が姿を現す。その背後に重なるように水晶岳。見てよし登ってよし、3年前の山行ですっかり魅了された山である。 双六小屋笠ヶ岳と双六池スペーサ、タテ双六池湖畔のテント場の横を通り、鏡平山荘から3時間近くかかって双六小屋に着いた(9:00)。昨日、新穂高温泉から双六小屋はやはり無理だった。双六小屋は樅沢岳と双六岳の広い鞍部に立つ要衝の山小屋。建設中だった別棟は冬季専用の避難小屋だった。小屋前のベンチで軽食休憩後、三俣山荘へ向かう(9:20)。

双六岳三俣山荘巻道分岐スペーサ、タテ三俣山荘へのルートは3つ。イ.双六・丸山・三俣蓮華の稜線コース、ロ.双六のピークは巻く中道コース、ハ.どの山頂も通らずカールを歩く巻道コース。(ハ)を選ぶ。巻道といっても、双六岳の山頂とほぼ同じ高さの分岐まで登り(2660m)、カールへ下り(最低部2590m)、三俣蓮華の山頂近くの三俣峠まで登り返すので(2750m)、しんどさは他のコースとそれほど変わらない。コースタイムは1時間40
スペーサ、タテ鷲羽岳~三俣蓮華岳(巻道)大天井岳~唐沢岳(巻道)三俣のカール(巻道)槍ヶ岳・大天井岳(巻道)ナナカマドと三俣蓮華岳
30双六岳山頂・三俣山荘巻道の分岐(9:50)、そこからほぼ水平にハイマツ帯を進む。シーズンなら巻道コースは高山植物が咲き乱れるお花畑となる。今はミヤマリンドウぐらい。お花畑を一度見てみたいが山小屋はどれほど混むのだろう。紅葉も山の斜面が ところどころ 赤くなっているぐらいである(もっとも、今年は8月後半曇りの日が続いたので紅葉は綺麗でないかもしれない)。ならば、ライチョウが現れないかと期待したが出てこなかった。
ガレ場を下ってカールの中へ。四方展望が開けた稜線コースはもちろん素晴らしいが(3年前歩いた)、巻道コースも(花も紅葉もなくても)また楽しく面白い。前方に鷲羽や三俣蓮華、右には燕・大天井~槍の表銀座の山並み、左は巨大なスプーンでえぐったような草付の斜面。立山の山崎カールや薬師岳の金作谷カール、仙丈ヶ岳の藪沢カールなどに比べると、規模が小さく 一見 カールらしくないが、氷河の威力を今に伝える痕跡である。
三俣峠槍穂高連峰・大天井岳、常念岳(三俣峠)スペーサ、タテ巻道のラストは100mは登る急坂。喘ぎ喘ぎ三俣峠(2750m)に上がる。1155、双六小屋から2時間35、コースタイム(100)の1.5倍!! 昨日もそうであったが、槍ヶ岳・穂高連峰に雲がかかり始めた。 三俣蓮華岳三角点初秋の空(三俣蓮華岳山頂)スペーサ、タテ下から湧くのではなく、南にできた雲がゆっくりと北へ動いているのだ。この分では、三俣蓮華の山頂に着くころは雲に隠れるだろう。とりあえず写真を撮り、125、三俣蓮華岳へ。
三俣蓮華岳山頂(12:25-12:55)。槍穂高はやはり雲がかかってしまったが、ぐるり360度の大展望。

三俣カールの巻道(三俣蓮華岳山頂)北鎌尾根独標・常念岳・大天井岳(三俣蓮華岳山頂)スペーサ、タテまず南。丸山と長大な双六の頂稜、山頂部は丸山の後ろで見えない。カールの底に1本の“スジ”、歩いてきた巻道である。東へ。大天井から燕、表銀座縦走路の山並み。槍ヶ岳北鎌尾根の上に常念岳が頭を出している。
黒部源流と鷲羽岳・ワリモ岳・水晶岳(三俣蓮華岳山頂)薬師岳と雲ノ平(三俣蓮華岳山頂)スペーサ、タテ鷲羽・ワリモ・水晶。鷲羽岳と祖父岳の間の谷は黒部川源流。水晶岳・赤牛岳の稜線の先には立山が見えている!! 北には巨大な山体の薬師岳。山頂に薬師如来を祀る。薬師の前に雲ノ平が広がり、雲ノ平山荘がポツンと建っている。
太郎兵衛平(三俣蓮華岳山頂)黒部五郎岳(三俣蓮華岳山頂)スペーサ、タテそして 太郎(兵衛)平をはさんで、南西に「五郎のカール」を真正面にした黒部五郎岳。三俣蓮華岳ほど黒部川源流の峰々を眺むるに最高のポシジョンにある山はないだろう。黒部五郎だけは未踏、一度は登っておきたい。

三俣山荘鷲羽岳と三俣山荘スペーサ、タテ三俣峠でデポしておいた荷物を取って(13:15-13:25)、1410三俣山荘に入る。スタッフが『今日は混みます、夕方には団体が入るのでフトン2枚に3人でお願いします』という。昨日、(携帯が通じる)鏡平山荘から予約し「黒部川源流徒渉点の状況(水量は少なく危険なし)」を聞いたが、予約はしてもしなくても同じとのこと。また、忙しそうなスタッフに恐る恐る(明日予定の)雲ノ平山荘について尋ねると、どこの山小屋も今日と同じくらい混むだろうという返事。それはそうだ。連休中日、今日の三俣山荘宿泊者のかなりが雲ノ平山荘に移動するだろうし、太郎平・薬師沢からも来るだろう。これを聞いて、マイパートナーが雲ノ平は取りやめ、明日下山しようと言い出した。しかし、今を逃せば夢は夢と消えそう(Dream doesn't come TRUE?)。何とか説得して、“下山”を思い止まらせた。
槍穂高連峰・大天井岳(三俣山荘)槍ヶ岳アップ(三俣山荘)大天井岳(三俣山荘)スペーサ、タテ夕食前の長い時、夕食後の短い時を山荘前の広場から、超一級の眺めを見て過ごす。一時的にだが、槍ヶ岳にかかっていた雲が切れた。 三俣山荘の夕3(大天井岳)三俣山荘の夕2(鷲羽岳)三俣山荘の夕1スペーサ、タテつい槍ヶ岳に目がいくが、それに劣らぬ山が大天井岳である。みごとなピラミッド型の山容。2922m、標高も十分。表銀座縦走路と常念山脈の分岐点というポジション。また、三俣蓮華岳。標高2841m。自身カールと一級のお花畑を持ち、富山・岐阜・長野三県の県境を成し、3つの山稜~白馬から針ノ木・烏帽子と連なる山稜、立山と薬師をつなぐ山稜、穂高から槍を経て通る山稜~の接合点で、北アルプスの心臓部。美ヶ原や霧ヶ峰、草津白根山、天城万三郎岳、筑波山などがこの二山を排して『百名山』というのは驚くほかない。荒島岳に至ってはその存在すら知らなかった。
夕食スペーサ、タテ夕食は(3年前連泊したときはハンバーグとエビフライだったが)ニホンジカのシチュー。山荘のオーナー(伊藤正一)が拡大する一方の鹿の駆除対策の一つとして考案したメニュー。なかなか美味。結局、山小屋はそれほど込まず、中には三人のところもあったようだが、おおむね1区画(定員平常時3~混雑時6)二人だった。

?イワギキョウイワオトギリミヤマリンドウスペーサ、タテ花の写真…ミヤマリンドウ(カール)、イワオトギリ(カール)、イワギキョウ(三俣峠~三俣蓮華岳)、不明(三俣峠~三俣山荘) 鷲羽岳(三俣峠~三俣山荘)スペーサ、タテ
鷲羽岳の写真…鷲羽岳の名前は、三俣蓮華岳からは「鷲が羽ばたいているように」見えることから付いたという。右の羽は自分自身の稜線だが、左の羽はワリモ岳を拝借しているようだ。(撮影場所:三俣峠~三俣山荘の下り)
花と紅葉の間(はざま)の9月上旬、東北の山旅に出かけた。巡った山は(新しい山はプランニングが面倒なので)八甲田山、岩木山、秋田駒ヶ岳そして鳥海山と、いずれも歩き慣れた山ばかり。但し、山頂に登ったのは八甲田山(大岳)だけ。また、秋田駒と岩木山は新ルートで、秋田駒は静寂のブナ林コースとして紹介されていた乳頭温泉郷から笹森山コース、岩木山は岩木山神社から登る百沢コースである。

八甲田大岳(9月7日)
道の駅ひろさきに前泊し国道394・103号を酸ヶ湯公共駐車場へ。公共駐車場は酸ヶ湯温泉をちょっと通り過ぎたところにある。収容台数160台の大駐車場で、満車になることはまずないだろうが、好天の日曜日とあってすでに多くの車が駐車していた。730出発、八甲田大岳まで距離3.6㌔/標高差675mである。
妻の案で、今回は歩き始めの1時間は15ごとに休憩(1目は4、2目は3…、4目は1)を取るという歩き方を採用。この方法だとバテないのだそうだ。その後は?と訊くと、例えば50歩いて10休む、あるいは25歩いて5休むなど個々の歩き方でよいのだそうだ。深い樹林帯を抜け、背後に南八甲田の山並みを見るようになると、やがて 地獄湯ノ沢。沢を渡る。道は一転、ガレ場の急登。沢を流れ下る水量が多い。この日の宿の女将さんの話では、一昨日かなりの雨が降ったそうだ。沢を渡り返し、低木帯に入ったところで食事休憩。
仙人岱・八甲田清水スペーサ、タテ道は細く緩やかになった流れに沿う。周りは低い樹林帯、勾配は緩やか。しばらく進むと平坦な木道になり、前方に目指す大岳を臨む仙人岱に出る。八甲田清水のあるベンチでまた休憩(9:18-9:25)。清水はどうにか出ているが昔ほどではない。2前の9下旬、同じコースを歩いたが、その時はまったく出ていなかった(⇒ブログ)。
『仙人岱は 以前 湿原”だったが、登山者に踏み荒らされ消失してしまった』と、看板に明記されている。“登山者が踏み荒らした湿原”は花の時期は終わったこともあって索漠としていた。ベンチに一休みしていく人、通過する人、何人かの登山者が通り過ぎて行く。
看板は国か県のさる機関が立てたものだろうが、最大の自然破壊者は経済界の飽くなき利潤追求を後押ししてきたその国や県自身である。ゴルフ場、スキー場、ダムそして林道。これから始まる最大の自然破壊は、JR東海のリニア中央新幹線の南アルプス貫通大工事とそれに伴う工事用道路の建設。鉄道自体はトンネルの中だが、工事用道路は地中に造るわけにはいかない。景観も損なうことは必至である。自然破壊の問題だけでない。東京駅でなく品川駅が起点・終点、加えてホームは深地下という不便さ、原発一基分は食うという電力消費量、大阪まで伸びるのは30年後以上。まだある。果たして 南アルプスのトンネルが大地震に対して安全なのか、東海道新幹線の代替ルートに成り得るのかという疑問などなど。リニアモーターの開発には国鉄時代から50以上をかけてきた。そのメンツにかけて、JR東海は突っ走っているとしか見えない。9円という莫大な費用を投じて・・・

大岳から青森市街と陸奥湾大岳山頂仙人岱・南八甲田連峰仙人岱仙人岱をあとに大岳を目指す。小さな池塘があり、ウメバチソウがところどころで咲いている。花期の長いウメバチソウは この時期 貴重な花。アオモリトドマツなどの樹林帯の急登にかかる。樹林帯を抜けザレ場の急坂にあえぐ。鏡沼からの一登りも足に堪えた。1015、およそ2時間45を要し(コースタイム2時間15)、幾度目かの八甲田山最高峰の大岳山頂(標高1585m)に上がる。
山頂は風も弱く穏やか。イワギキョウがその風に揺れている。かなりの登山者が思い思いに休んでいた。北の青森市街と陸奥湾はよく見えたが、西の岩木山は視界不良で見えず。35の休憩のあと毛無岱へと下る(10:37)。酸ヶ湯まで5.2㌔である。
上毛無岱上毛無岱と南八甲田連峰上毛無岱と北八甲田連峰スペーサ、タテ砂礫地から樹林帯となり鞍部避難小屋~鞍部とは大岳と井戸岳の鞍部~で小休止(11:02-11:07)、そこから長い(1.2㌔)かつ急な下り(220m)30上毛無岱に出る。湿原は早や黄に色づき、アオモリトドマツなどの緑とのコントラストが美しい。 下毛無岱俯瞰スペーサ、タテここにもウメバチソウが点々と咲いている。上毛無岱の休憩所は混雑していたので素通りし、下毛無岱への長い階段を降りる。ここから眼下に広がる下毛無岱の景観がまた素晴らしい。“絶景”という言葉をむやみには使いたくないが、ここは真に絶景である。 下毛無岱下毛無岱と南八甲田連峰下毛無岱の紅葉スペーサ、タテ
下毛無岱の休憩所は“ただいま一人”で貸切り状態。ここでゆっくり休み、時間の至福の高層湿原歩きを終え、ブナ林の中を、121酸ヶ湯温泉に下りた。
今日の宿は黒石板留温泉旅の宿「斉川」、民宿と謙遜しているが旅館並みの大きさで、仕事の人もよく利用するらしく、インターネットが使える便利な宿だった。

①ミヤマリンドウ②タチギボウシ③ウメバチソウスペーサ、タテ①ミヤマリンドウ、仙人岱で。 ②タチギボウシ、仙人岱で。 ③ウメバチソウ、仙人岱で。ウメバチソウは毛無岱にもたくさん咲いていた。
⑥エゾシオガマ⑤アキノキリンソウ④イワギキョウスペーサ、タテ④イワギキョウ、大岳山頂で。⑤アキノキリンソウ、毛無岱。アキノキリンソウは山頂を除く登山道のほぼ全域で見られた。⑥エゾシオガマ、毛無岱で。

岩木山(9月8日)
岩木山2岩木山1初めての岩木山は津軽岩木スカイライン+リフト利用で“歩き”は九~十合目だけという“超”お手軽登山。二度目は嶽温泉から往復。新緑のブナ林がみごとだったが、八合目から九合目の荒れた登山道にはちょっと辟易した(⇒ブログ。三度目の今回は百沢コース、ひゃくさわと読む、に挑戦することにした。“挑戦”…標高差1400m以上、コースタイム(上り)4時間と5。写真の岩木山は、6日、道の駅ひろさきで撮ったもの。
岩木山神社楼門岩木山神社奥宮登拝口下山はリフトとバス(八合目~嶽温泉~岩木山神社)にすることにして725、板留温泉「斉川」を出発。岩木山神社駐車場到着830(標高180m)。400㍍ほどの参道を歩き、御朱印を頂き(これまででいちばん貧弱)、拝殿に参拝する。百沢コース登山口岩木山神社奥宮登拝口は拝殿横にある。
登山口スキー場ゲレンデ神苑桜ヶ丘登拝口~スキー場スペーサ、タテすぐ大きな標柱があり、『山頂まで4時間15』とある。ただ今852、休みなしに歩いても登頂は1をまわることになるが… 杉林、続いて桜林(神苑桜ヶ丘)を歩き、索漠としたゲレンデを登り、神社から1.5㌔、ようやく登山道に入った(9:30)。
登山口~七曲七曲七曲上カラスの休場カラスの休場~鼻コクリ鼻コクリ鼻コクリ~姥石スペーサ、タテほどなく七曲の急坂を登って尾根に上がる。標高はまだ400m足らず。七曲は大したことはなかったが、ここから長く間断のない単調な登りが始まった。森の中だが、嶽温泉コースのような立派なブナの林ではなく、雑木の林。展望なし。カラスの休場とか鼻コクリと名付けられたポイントははすこし広場になっているだけ。急登ではないが緩登でもない坂をひたすら登る。
姥石スペーサ、タテ姥石~焼止りヒュッテ1姥石~焼止りヒュッテ2焼止りヒュッテ駐車場から、2時間を2きってビッグポイント姥石に着く(10:28、コースタイム+30)。 花2花1スペーサ、タテ小休止後、また展望のない単調な登り。姥石から65、1136、コースタイムを15オーバーして焼止りヒュッテに着いた(岩木山神社から5㌔/標高1140m)。
さて、「斉川」の女将さんが調べてくれたシャトルバス(八合目→嶽温泉)は1340と1545。明日は秋田駒(笹森山)の予定で、今夜は温泉がある道の駅「雫石あねっこ」に泊まりたい。“15時”では遅すぎる。焼止りヒュッテから九合目はコースタイム1時間15の急登。リフトの乗り降りを考えると、“13時”に間に合うかどうか いささか 微妙である。どんなにゆっくり下っても2時には車に戻るだろう。楽しい道ではないが来た道を戻ることに決め、1150分、焼止りヒュッテをあとにした。
弘前市街と八甲田遠望岩木山登山口~登拝口スペーサ、タテ姥石1242、鼻コクリ1256、カラスの休場13、七曲上125、スキー場(登山口)135岩手山スペーサ、タテ岩木山神社鳥居前駐車場着22
同発240。大鰐弘前IC412(東北道)盛岡IC529(国道46号)道の駅「雫石あねっこ」着650。無事、温泉タイム(9:00-21:00)に間に合った。 ※写真右は東北道岩手山SA手前からの岩手山、サービスエリアから見るより姿・形がいい。

秋田駒笹森山(9月9日)
地形図スペーサ、タテ国見温泉から秋田駒は7月に登ったばかり。八合目から登るのは味気ない。今回選んだのは山麓から歩く笹森山コース。道の駅発6時50分、休暇村田沢湖高原着7時42分。休暇村は田沢湖高原といっても“乳頭温泉郷”にある。休暇村で尋ね、笹森山登山口のある田沢湖側にすこし戻った乳頭スキー場跡の駐車場へ。 登山口1登山口2登山口3スペーサ、タテ
駐車場には1台もいなかった。道路を渡ってゲレンデを上る(8:09)。スキー場がいつ閉鎖になったか分からない。リフトは撤去されたようだが、植生はまったく回復していない。ゲレンデの上部は背丈を越えるススキの原だった。そのススキを払い払い、駐車場から1㌔ほども歩いて やっと ブナ林に入った(8:33)。
ブナ林1ブナ林2スペーサ、タテガイドブックによれば、原生林らしいがさほど大木でない。さほど密生もしていないので明るい雰囲気である。 キノコ2キノコ1スペーサ、タテ道はいつしか小さな尾根を緩やかに登るようになり、両側を沢が流れている。左がホンナ沢、左が石黒沢。ちょっと変わった道である。沢を離れる。ブナの林が延々と続く。倒木に大きなキノコが自生してる。 ブナ林3マイヅルソウブナ林4スペーサ、タテキノコにはまったく疎いので食べられるかどうか分からない。マイヅルソウが赤い実をつけている。誰とも会わない(ガイドブックどおりの)静寂の世界、クマでも出てきそうな雰囲気である。やがて笹森山の主尾根を登るようになり 次第 勾配がきつくなった。
乳頭山スペーサ、タテ時間半ほどのブナの森の逍遥が終わり、道は笹森山の北東斜面を巻くようになった。視界が開け、かなたに見えるのは乳頭山。ここからの姿は“乳頭山”でなく、別名の“烏帽子岳”に近い。 ウメバチソウスペーサ、タテミヤマリンドウ1ミヤマリンドウ2スペーサ、タテ眺めはいいが、生い茂った灌木と熊笹に隠された道の谷側は蟹沢に落ちる崖となっていて、おいそれと展望を楽しむ余裕はない。傾斜も急で、逍遥のブナ林から一転、藪漕ぎとガレ場の難路、足を踏みはざさないよう慎重に進む。
アザミシモツケソウ笹森山スペーサ、タテその緊張した歩行から解放され、登山道にウメバチソウやミヤマリンドウなどの高山植物を見るようになり、ほどなく湯森山・駒ヶ岳八合目分岐(1365m)に到着した(10:49)。道標には笹森山とあるが、真のピークは すこし先 登山道を離れたところにある。
道標によれば駒ヶ岳八合目まで1.3㌔。ブナ林は良かったが、崖っぷちの藪漕ぎはゴメン。バスがあるかどうか分からないが、分岐から駒ヶ岳八合目に下ることにした(10:58)。
ミヤマダイモンジソウスペーサ、タテ思いがけなくミヤマダイモンジソウを見、笹森山の頂き往復はパスして、八合目へ向かう。前方には男女岳など秋田駒ヶ岳を成す峰々、広々とした緑の草原の中に木道が伸びている。爽快な高原漫歩 花の時期はさぞかし素晴らしいだろう。 笹森山~八合目1タチギボウシ笹森山~八合目2スペーサ、タテ
秋田駒は誰もが絶賛する山だが、深田久弥は『百名山』に選ばなかった。“品格”が劣っていたのか?、“歴史”が浅かったのか? あるいは“個性”が足りなかったのか? 笹森山~八合目4スペーサ、タテそも「人」が「自然」を格づけするなど傲慢かつ不遜な行為で、愛情と畏敬をもって山に接する者はそのような言動をとらないはずだ。もっと愚かしいことに、彼は“百”という数字に執着し、“名峰”を切り捨てた。ほんとうに“いい山”と思い“好きな山”であれば、百九でも三百二十一でもよかったはずだ。
八合目駐車場
傾斜がすこし急になった坂を下り、沢を徒渉し、上り返して、八合目駐車場に到着(11:35、標高1310m)。案の定、バスは土日祝日だけ。タクシーを呼ぶ。八合目には避難小屋と小さな売店がある。売店のおばさんの話では、おおかたの草刈りは終わったが笹森山はまだだという。先日 年配の登山者が転倒し、足を引きずり血を流しながら下りてきたそうだ。
タクシーは30ほどして上がってきた。下山にタクシーを使うのは初めての経験で緊張したが、気のいい運転手で、規制前はところかわまず駐車するマイカーに大変苦労したこと(すれ違いままならぬ狭い所にも路駐)、バスは上と下から1台づつ発車し決まった所で離合すること(道路の大半は狭い一車線)など、終始 話をしながら、元スキー場の駐車場に下りてきた(12:45)。駐車場には“愛車”がポツンと1台、主の帰りを待っていた。
宿は二月前に泊まって、温泉・食事・部屋とも気にいった『駒ヶ岳温泉』。内湯も大きくいいが、とくに貸切りにできる露天風呂(2箇所)がよい。建物のわりに部屋数が少なく(それだけに館内もゆったりしている)、今回取れた予約は一部屋だけ残っていた18畳の大部屋だった。

鳥海山御浜(9月10日)
7月のリベンジもあり鳥海山に登るつもりで鉾立にあるTDK東雲荘に予約を取っていたが(鉾立山荘は大改装中)、2日前の予報で“晴れ”が“雨”に変わり、翌日も変わらず。やむを得ずキャンセルしたが、天気は崩れそうにない。東雲荘の当日予約はできないので御浜あたりまで登ることにして、825、駒ヶ岳温泉を発つ。
生保内小学校潟分校生保内小学校潟分校生保内小学校潟分校生保内小学校潟分校スペーサ、タテ駒ヶ岳温泉の食堂に貼ってあったポスターで気になっていた生保内小学校潟分校を見学する。鉾立への通り道、田沢湖畔道からちょっと集落に入ったところにある。分校は明治15年創立、昭和49年廃校となり、修復後、平成16年から一般公開されている。現在の校舎は大正12年~昭和2年に建てられたもの。 たつこ姫像スペーサ、タテ残念ながら水曜日は“休校”で中に入ることはできなかったが、写真で見るように、現在の四角四面のコンクリ造りと違い たいへん 趣のある情緒豊かな建物である。分校から、大してロスにならないので『たつこ姫』像にも寄り道する。十数年ぶりの『たつこ姫』のあとは、徐々に延伸する日本海東北道を最大限に使って(秋田道協和IC~日本海東北道由利本荘IC) ひたすら 鉾立を目指す。
展望台から鳥海山ブルーラインから鳥海山象潟から鳥海ブルーラインに入って(吹浦側は遠回り)、1135鉾立駐車場に到着した。45、さしあたり賽ノ河原、できれば御浜を目的地として鉾立を出発。雲は多いが青空も見える。展望台までは遊歩道。登山口からすぐのところにTDK東雲荘がある。せっかく予約を取っていたのに惜しいことをした。 ハクサンシャジンスペーサ、タテ展望台を過ぎると登山道。但し、御浜までは 延々 石畳である。何でも皇太子(天皇?or皇太子?)が登るというので“完全舗装”にしてしまったようだ。誰の指図だろう? 宮内庁? 古いことで“舗装”前の状況は知らないが、無駄というより愚なことをしたものだ。
鉾立は標高1150mであるが森林限界。山と海(日本海)を同時に眺望しながら歩くのは海に近い独立峰鳥海山ならでは。路傍には早や高山植物(ハクサンシャジン)が。鉾立から御浜の先、御田ヶ原・八丁坂までの西鳥海は古い火山で高原状の台地を成す。展望は開けているものの単調な登りが1時間ほど続く。道はほぼ一直線、振り返ると鉾立駐車場が見える。駐車場でいちばん大きい建物は稲倉山荘。昔(10年ぐらい?前)、いちだん高いところにあった稲倉山荘を取り壊して駐車場の一部に建て替えたもの。建築中 どんな洒落た“山荘”が建つか楽しみにしていたが、完成してガッカリ。“山荘”といいながらただの食堂と売店だった。旧稲倉山荘は宿泊もでき、外観もまだ味わいがあった。おまけに、登山者の駐車は旧稲倉山荘跡地に追いやられ、新稲倉山荘とビジターセンター前は観光客専用の駐車場となった。まあ、観光客と登山者では数も落とす金も違うので仕方がないか。

ニッコウキスゲ?ミヤマダイモンジソウスペーサ、タテトウウチソウ?トウウイチソウ?スペーサ、タテやがて広く浅い窪地のようなところに出る。9月も半ば近くというのにニッコウキスゲが咲いている。キスゲだけではない。 賽の河原から御浜小屋スペーサ、タテさすが花の名峰、ミヤマダイモンジソウやトウウチソウに似た?花なども。草地の中に大岩・小岩が点在するさまは“賽ノ河原”特有の景観。仰ぎ見る稜線の上に御浜小屋が見える。賽ノ河原から御浜小屋が見えるところがあるとは、これまで何度も何度も鳥海山に登っているのに初めて知った。1過ぎ、『賽ノ河原』通過。標高1500m、鉾立から350mも登ってきたとは思えないのは1.9㌔という距離か?
賽の河原御浜小屋賽ノ河原からはやや急坂となる。山腹を稜線(西鳥海の外輪)に向かって直登する感じだ。143、稜線の(端の)御浜に上がる。標高1700m。鳥ノ海御浜神社御浜小屋がある。 御浜鳥海湖スペーサ、タテ神社は窓が固く閉じられ無人。小屋もすでに閉鎖。風が強く、わずかに残ったハクサンフウロやハクサンイチゲが揺らぎ、その風にあたりはガスがかかったり晴れたり。 ハクサンフウロハクサンイチゲ
暗い小屋の中には数人の登山者がお休み中だったので、遠慮して小屋の軒下で(風を避け)休憩を取る。ガスの晴れ間に鳥海湖の写真を撮りに行く。鳥海湖を見るのも久しぶりだ。鳥海山(東鳥海の新山や外輪山)はついに姿を現さなかった。
御浜~賽の河原スペーサ、タテ今日は当初(TDK東雲荘をキャンセルすることがなければ)御浜から笙ヶ岳を歩くつもりだったが、20ほど御浜小屋の前で過ごし、23鉾立に下りた。 イワイチョウアキノキリンソウニッコウキスゲハクサンボウフウハクサンチドリスペーサ、タテ賽ノ河原付近で、去る夏を惜しむ花々…イワイチョウ、ハクサンボウフウ、来る秋を楽しむアキノキリンソウなどを愛でながら、鉾立駐車場に341戻る。行きは気づかなかったが、
鉾立から鳥海山ナナカマド賽の河原~鉾立スペーサ、タテ東雲荘は赤い実をつけたダケカンバに囲まれていた。十月に入れば葉っぱも真っ赤に紅葉することだろう。さぞみごとにちがいない。

鳥海山といえば大物忌神社。御浜神社で御朱印をいただくことができなかったので、また 一度も訪れたことがなかったので、酒田の定宿『最上屋』に行く前、吹浦口之宮に寄ることに。幾度も道を尋ね、一度は体育授業中の小学校の先生にまで教えてもらって、やっとのことで行きついた。7号線にどでかい標識が出ていて広い駐車スペースもあるが、そこからの参道は草ぼうぼう、とても歩けたものでない。神社は由緒ある大きなものだった。
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