上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
太郎平小屋の朝3スペーサ、タテ太郎平小屋の朝1太郎平小屋の朝2スペーサ、タテ山小屋の朝は早い。起床530。太郎平の日の出は遅い。615、水晶岳の左、薬師岳東南稜の裾から太陽が上がった昇った。朝食を中断し、写真を撮る(クロスフィルター機能使用)。西の空にはほぼ丸い残月。
五光岩ベンチから剱岳1五光岩ベンチから剱岳2スペーサ、タテ7、今回はとりわけお世話になった太郎平小屋をあとに折立へ出発。登山道は北西についている。五光岩ベンチの手前あたりから、薬師岳に遮られていた劔岳が見え始めた(≒7:45)。 白山遠望2、太郎平~折立スペーサ、タテ白山遠望1、太郎平~折立富山市街と富山湾前方には富山市街と富山湾。左には長く横たわる白山。立山は今日も上天気、しかし 明日は強風が吹くという。昨日の風でも往生したが、それ以上なら(薬師には)登れないだろう。
剱岳(青淵三角点)スペーサ、タテ薬師岳(青淵三角点)紅葉(青淵三角点)青淵三角点910。ここで、パートナーは1時間の仮眠。単独、二人連れ、三人パーティ、何組かが登ってくる。 薬師岳(折立駐車場)折立登山口スペーサ、タテ団体ツアーはいない。おかげで静かな山旅のフィナーレだ。発見はここから劔岳が見えたこと。
1135折立に降りた。駐車場の混み具合は7割方? ここでも新たな発見があり、薬師岳が見えた。
湯宿ホワイトベルと里の湯雷鳥スペーサ、タテ薬師岳(立山町)剱岳(立山町)スペーサ、タテ下山後、予定を変え麓の宿に1泊することに。宿は太郎平小屋で予約してもらった湯宿ホワイトベル(グループのロッジ太郎は満室)。ホワイトベルはロッジ太郎や里の湯雷鳥の近くだった。街まで出て買物をしたあと、宿に行った。
立山町から北アルプス109、自宅へ。山は見えてはいるが、雲は厚く低い。昨日、青淵三角点で会った若い二人連れ、(明日は風が強いという予報なので)今日中に薬師に登りたいと云っていたが・・・登っただろうか。 北陸道と新幹線1北陸道と新幹線2北陸道と新幹線3スペーサ、タテ
945立山インター。立山ICから上越JCTの間、北陸道は3度北陸新幹線と交叉する。1回目は滑川ICと魚津IC(上り有磯海SAと下り有磯海SA)の間。2回目は親不知ICから子不知トンネルを出て寺地トンネルに入る直前。3回目は糸魚川ICと能生ICの間C、但し北陸道はトンネル(髙の峰?)。新幹線も(当然)トンネル?
スポンサーサイト
◇行程:太郎平小屋7:00…薬師峠(テン場)7:20…8:20薬師平8:40…稜線に上がる[標識薬師岳山荘まで15]9:10…9:25薬師岳山荘9:30…避難小屋跡(愛大遭難ケルン)10:25…10:55薬師岳12:20…13:20薬師岳山荘13:25…薬師平14:10…薬師峠14:50…15:30太郎平小屋 ※太郎平小屋~薬師岳4㌔/標高差 600m

太郎平の朝、西太郎平の朝、東東 ご来光は拝めず、西には雲海が広がる。7太郎平小屋を出る。太郎兵衛平の木道を歩き、テン場のある薬師峠に下る。対面の斜面は常緑樹の中に黄葉した木々が混じる。薬師峠から沢伝
薬師峠への下り薬師平への登り1薬師平への登り2スペーサ、タテチングルマ1チングルマ、アップスペーサ、タテいに積み重なった石道を登り返すと、さほど広くはない薬師平。再び、木道となる。木道はわずかに勾配がある。槍ヶ岳がその穂先を見
スペーサ、タテ薬師平1スペーサ、タテ紅葉と槍ヶ岳、薬師平薬師平から薬師岳東南稜スペーサ、タテ薬師岳山荘への登りスペーサ、タテ稜線上の標識
薬師岳山荘と薬師岳スペーサ、タテせ始めた。薬師平から山腹を斜めに登り、稜線に出る。朽ちかけた道標が立っている。[薬師岳山荘まで15分]とある。道標どおり、ほぼ15後、薬師岳山荘に着く(9:25)。山荘はリニューアルされたようだ。 薬師岳への登りから槍穂高…笠・乗鞍・御嶽薬師岳への登りから太郎平5分休憩後、山頂への急登にかかる。ザレ場で歩きづらい。加えて、日本海から吹きつけてくる冷たい向かい風。ここは風の通り道だ。振り返ると、黒部五郎の両サイドに笠ヶ岳、乗鞍、そして御嶽も望まれる(⇒山座同定)。

薬師岳への登りから水晶・鷲羽…槍・穂高スペーサ、タテ愛大遭難慰霊碑スペーサ、タテ山荘から200mほどの登りで いったん 台地状になり、一息。半分壊れた避難小屋があり、愛大遭難ケルン(慰霊碑)が立つ。昭和381月、愛大パーティは 下山途中 ここから東南稜に迷い込み遭難、13名全員死亡した。槍に続き 穂高連峰がその全容を現し、鷲羽・水晶の稜線の上に、大天井(常念?)がわずかに頂きを出している(⇒山座同定)。
薬師如来を祀る薬師岳山頂薬師岳山頂スペーサ、タテ薬師岳山頂(標高2926.0m)1055。まず、祠の中に祀られた薬師如来様に孫5人の健やかな成長とそれぞれの娘夫婦の幸せを祈願する。ついで、名だたる峰々のパノラマ撮影(⇒山座同定)。 薬師岳山頂からのパノラマ写真スペーサ、タテ落ちついたところで、祠の建つ石積みを風除けに借りて、食事・休憩。山頂到着直後は見えていた立山・劔には雲がかかってしまった。穂高・槍にも雲が湧いている。4年前に登った水晶岳の秀麗な山容、未踏のとき(6年前)とは違った感動がある。昨年泊まった雲ノ平山荘も見える。
薬師岳山頂からの写真集
①五竜・鹿島槍…針ノ木・蓮華②赤牛・野口五郎③野口五郎・水晶…槍穂・三俣蓮華・双六④水晶岳
①五竜・鹿島槍…針ノ木・蓮華(⇒山座同定) ②赤牛・野口五郎(⇒山座同定) ③野口五郎・水晶…槍穂・三俣蓮華・双六(⇒山座同定) ④水晶岳
⑤槍ヶ岳・穂高連峰 ⑥雲ノ平山荘⑦黒部五郎岳⑧有峰湖
⑤槍ヶ岳・穂高連峰(⇒山座同定) ⑥雲ノ平山荘 ⑦黒部五郎岳 ⑧有峰湖
⑨薬師岳金作谷カール⑩薬師岳南陵カール⑪薬師岳三角点スペーサ、タテ
⑨金作谷カール ⑩南陵カール ⑪薬師岳三角点

薬師岳山荘前に立つ薬師岳圏谷群の碑薬師岳から薬師岳山荘へ一人、また一人と、10名を超える登山者が登ってきては降り、降りては登ってくるなか、1220下山。太郎平小屋帰着330水晶・ワリモ・鷲羽、薬師岳山荘~薬師平水晶岳、薬師岳山荘~薬師平鷲羽岳・ワリモ岳、薬師岳山荘~薬師平薬師岳の紅葉、薬師岳山荘~薬師平
薬師平~薬師峠1薬師平~薬師峠2スペーサ、タテ三俣蓮華・双六・黒部五郎、薬師峠~太郎平小屋水晶・ワリモ・鷲羽、薬師峠~太郎平小屋水晶岳、薬師峠~太郎平小屋薬師岳、薬師峠~太郎平小屋スペーサ、タテ夕食まで、フトンにくるまって一休み。用足しに部屋(個室)を出ると悪寒がする。低体温症の兆候? 疲労と、寒風の中を 写真を撮りながら ゆっくり 下りたからだろうか? カイロを売っていればと思ったところ、スタッフの方が親切にも熱々の湯タンポを用意してくれた。おかげで夕食前には回復した。
今夜のビデオは、薬師岳で遭難した息子(愛大生)を関係者の協力を得ながら捜索、ついに発見する父親の話をドキュメンタリー化したもの。若かりし頃の太郎平小屋のご主人五十嶋博文さんも登場する。
シルバーウィークの混雑を避け、9月27日~10月1日、人生二度目の北アルプス薬師岳登山を計画した。初登頂は6年前(⇒ブログ)。今年は高山の経験なし。日頃の鍛錬もいい加減。果たして登れるかどうか不安な出発であった。とくに折立から太郎平小屋までの6㌔余り/1000mの登りが高いハードルである。
横川SAスペーサ、タテ26日夜自宅を出、上信越道横川SAで仮眠。27日上信越道から北陸道へ。上越JCTを過ぎると子不知トンネル1スペーサ、タテ子不知トンネル2北陸道親不知付近親不知トンネルスペーサ、タテすぐ26個の連続するトンネル。19番目が最長4560㍍の子不知トンネル、21番目が親不知トンネル(2220㍍)。その間に名所“海の道”がある。
称名滝、称名橋からスペーサ、タテ立山インターで下り(10:48)、いつも観光バスが1,2台は駐まっている立山あるぺん村に寄り(私たちが行くのは向かいのコンビニ)、落差日本一の称名滝(350m)へ。駐車場から1.2㌔歩いて称名滝ダイモンジソウスペーサ、タテ称名滝は今渇水期で、隣りのハンノキ滝(500m)は岩壁をつたう一筋の流れのみ。以前、雪解け期(5月下旬)に訪れたことがある。もの凄い水量は滝見台に渡る橋(称名橋)のところまで水しぶきを飛ばし、傘なしではとても渡れなかったが。
八郎坂スペーサ、タテ滝見台から観賞したあと(滝見台園地には珍しくダイモンジソウが咲いていた)、飛竜橋を渡って八郎坂中ほどの第二展望台まで上がる。 称名滝、八郎坂からスペーサ、タテパラパラと弥陀ヶ原から下りてきた登山者とすれ違う。滝見客のほとんどは滝見台から駐車場へと戻り、八郎坂から観ようとする人はまれ、子供二人の家族連れと若い男の子と私たちだけであった。 滝上部の紅葉称名滝とハンノキ滝スペーサ、タテ展望台からは滝をほぼ真正面から見ることができるので、三段(四段?)から成る滝の構造がよく分かる(⇒上段、⇒中段、⇒下段)。家族連れはさらに上に上がって行ったが、私たちはここまで。3時間近く称名滝で過ごし、『里の湯雷鳥』(極楽坂エリア)に行った(15:45)。

折立~太郎平小屋(9月28日)・・・晴れ
折立スペーサ、タテ工事のためところどころ片側一方通行の有峰林道を走ること45分、8時10分折立駐車場到着。混雑度は7,80㌫(臨時駐車場は0㌫)。距離6.3㌔/標高差950m、足腰に支障さえ起きなければなんとか太郎平小屋に辿り着くだろう。身支度を整え準備
折立~三角点3折立~三角点2折立~三角点1スペーサ、タテ運動をして、8時40分超スローペースでスタート。太郎坂と呼ばれる急登を40分ほどで尾根に上がる。緑濃い樹林の中に黄や赤に色づいた葉が映える。尾根伝いの登りが続く。
折立~三角点5折立~三角点4ゴゼンタチバナ(実)スペーサ、タテちょっとした小広場、根元にアラレちゃんの看板が取り付けられた立ち木を過ぎると勾配が緩やかに、樹高も低くなり、空が広くなった。 三角点1 三角点2スペーサ、タテ三角点(青淵三角点、1870.6m)到着10時30分。ここまで2時間弱(コースタイム1時間30分説と2時間説あり)、まずまずのペースだ。ベンチが数脚あり大休止(15分)。薬師岳が山頂部をわずかに見せている。この時は薬師にばかり気を取
三角点~五光岩ベンチ2(有峰湖)三角点~五光岩ベンチ1られて気づかなかったが、ここから剱岳が見えることが帰路のさい分かった(薬師の左側に)。三角点からは草原帯のなだらかな起伏で、ちょっと歩きづらい石畳の道となった。頻繁に標識が立っている。ベンチも処々にあり、ついつい腰をおろしたくなる。
五光岩ベンチ1五光岩ベンチ2スペーサ、タテ12時25分、コースタイム(1時間30分)10分オーバーで五光岩ベンチ(2169m)到着。五光岩とは木々に覆われ分かりにくいが、ベンチ前にある大きな岩山。薬師岳の稜線上に薬師岳山荘が見えた。五光岩ベンチ出発
五光岩ベンチ~太郎平小屋1五光岩ベンチ~太郎平小屋2五光岩ベンチ~太郎平小屋3スペーサ、タテ12時40分。やがて太郎平小屋の屋根が見え隠れするようになり、 太郎平小屋スペーサ、タテシーズンならニッコウキスゲやチングルマが咲き乱れる草原状の中の木道を緩登すること1時間5分(コースタイム1時間30分!?)、1時45分、無事、太郎平小屋に到着した。早速チェックイン、部屋は今度も個室。小屋は空き空きのようである。

太郎平小屋からのパノラマスペーサ、タテ夕食まで時間があるので小屋周辺の散策と撮影に出た。ここの標高は2300m、時は9月下旬。風もあり外は初冬?の寒さだった。小屋前の広場から三方の山々を1枚の写真(パノラマ)に撮る。この6年間、概ね年に一度は北アルプスに登ってきたので山の名前はガイドブックに頼らずとも分かる。個々のアップ写真はこちら(⇒黒部五郎双六から三俣蓮華三俣蓮華鷲羽・祖父・雲ノ平水晶薬師)。
太郎平のチングルマ4太郎平のチングルマ3太郎平のチングルマ2太郎平のチングルマ1スペーサ、タテ小屋の裏を太郎山・薬師沢方面へ。すぐ分岐があり、薬師沢へ木道が切れるまで進む。斜面は一面のチングルマ。
太郎平から水晶岳太郎平から薬師岳スペーサ、タテ薄桃色の穂が風に揺れ葉が深紅に紅葉している。この時期ならでは美観。太郎平小屋からよりすこし高みから見ることになる薬師、水晶もいい眺めである。水晶岳は4年前に登って以来、最も好きな山となった。今一度、その山頂を踏むことができるだろうか。
太郎平の秋の空2スペーサ、タテ太郎平の秋の空1ミヤマリンドウ(ドライフラワー)小屋近くの木道きわにリンドウが二輪あった。ほぼ原形を留めたまま枯れている。見上げると秋の雲「うろこ雲(いわし雲?)」が広がっている。その形はかなり強風が吹いていることを示していた。
太郎平の夕景4、薬師岳太郎平の夕景3、水晶岳太郎平の夕景2、三俣蓮華岳・双六岳太郎平の夕景1西に低く傾いた太陽が山々を照らし、黄葉・紅葉がいちだんと耀く。暖を取りに小屋に戻る。
スペーサ、タテ太郎平の夕陽1スペーサ、タテ太郎平の夕陽2スペーサ、タテ太郎平の夕陽2(クロスフィルター処理)スペーサ、タテ太郎平の夕陽3スペーサ、タテ太郎平の夕陽4
太郎平の夕陽5太郎平の夕陽5日の入は夕食の時間(5時30分~)と重なって、夕食を中断し撮影。寒いからか興味がないからか、夕陽を撮るため外に出たのは私だけだった。 太郎平の月スペーサ、タテ
満月に近い月が昇った。夕食後のビデオ会(登山黎明期に薬師~槍を冬季縦走した記録)のあと、三度外へ。太郎平小屋の今夜の宿泊数20人以下。定員は200名である。
「午前晴れ/|午後曇りときどき雨」という予報に、石川雲蝶巡りの中日(18日)、奥只見湖(銀山湖)と奥只見ダムを観光した。喜ぶべきか悲しむべきか複雑だが、天気は夕方まで持った。
奥只見シルバーラインへ奥只見シルバーラインゲートスペーサ、タテ銀山湖へのルートは、急カーブが連続しすれ違いもままならぬ国道352号(酷道という異称もあるくらい)とバイパス的な発電所建設のために開発され、のち新潟県に移譲された奥只見シルバーライン(県道50号)の二つ。後者を行く。
奥只見シルバーライン1奥只見シルバーライン2スペーサ、タテ無人のゲートを通ると[奥只見ダム22㌔|銀山平14㌔]の標識、内18㌔がトンネル この道路のもう一つの特徴は標高差が500㍍もあること。照明は暗く、側壁は岩壁がそのまま露出しているところも
奥只見シルバーライン3奥只見シルバーライン4奥只見シルバーライン5スペーサ、タテ多々。つかの間の“外気区間”や時おりのスノーシェッド(覆道)にホッとする。トンネルの数は19(銀山平までは17)、11号トンネル(栃の木、[奥只見ダム17㌔|銀
奥只見シルバーライン6奥只見シルバーライン7奥只見シルバーライン8スペーサ、タテ山平9㌔])を過ぎると1000㍍以上の長いトンネルが続く。17号トンネル(明神、3920㍍)をかなり走ったところで、トンネル内で銀山平方面に右折、ほどなく長いトンネルから解放された。

奥只見湖遊覧船銀山平船着場奥只見湖遊覧船銀山平待合所判断ミスでR352を尾瀬御池方面に進み、奥只見湖遊覧船の銀山平乗船場に戻ったが、幸い第1便(10:00)にじゅうぶん間に合った。昼から天気が悪くなるという予報に、宿(民宿旅館源次郎)を早く出た
奥只見湖遊覧船の外輪奥只見湖遊覧船内(8:25)のも幸いした。遊覧船の奥只見ダムまでの所要時間は40分。13時の4便に乗れば、2時間余、奥只見ダムを見学・散策できる勘定、このプランに決める。さてファンタジア号は定刻通
奥只見湖遊覧船から荒沢岳スペーサ、タテり10時出港したが、乗客はナント我々二人だけ(定員300)。乗組員の方に気の毒になった。船はミシシッピー川を航行していた船を模した外輪船、奥只見湖遊覧船からのパノラマスペーサ、タテゆったりと静かな水面を進む。秋、湖のまわりは黄や赤に染まるという。が、今は一面の深い緑。紅葉シーズンには日に8便(今は3便)、大勢の観光客が押
奥只見湖遊覧船から平ヶ岳スペーサ、タテし寄せるそうだ。船内アナウンスが荒沢岳を紹介する。平ヶ岳の紹介もあったが定かに分からず。山の上の鉄塔および送電線は只見幹線。275kvの超高圧で川越変電所に送られているという。
奥只見湖遊覧船から奥只見ダム船着場奥只見湖遊覧船から奥只見ダム2奥只見湖遊覧船から奥只見ダム1スペーサ、タテやがて複雑に入り組んだ入江の最奥に奥只見ダムが見え、ほどなく船着場に着いた。 奥只見ダム堤奥只見ダム堤からスペーサ、タテ奥只見ダムの貯水量は国内一、二位、発電量は黒四を凌ぐ。遊覧船を降り、ダムの堤を歩き、157m下の下流を覗く。その先には、大鳥ダム、田子倉ダムがある。
奥只見電力館から奥只見ダム奥只見電力館「秘境奥只見」スペーサ、タテダムから『秘境奥只見』探索へ。“秘境”といっても大きなレストハウス、スキー場、ホテルまである。東屋風の展望所のまわりは草茫々で近づけない。その展望所にはおそらく利用されることがない空き地(駐車場)があった。辛うじて残された自然、池のまわりを歩き、最後に電力館を見学し、高所から奥只見ダムを俯瞰する。奥只見発電所は国策会社電源開発が所有する。発電した電力は東京電力と東北電力に送られる。
関越道谷川岳PAスペーサ、タテ予定通り、13時の便で銀山平へ。帰りは団体2組といっしょ、銀山平にバスが2台待っていた。枝折峠(越後駒ヶ岳登山口)を通る国道352号は難路ということで、再び奥只見シルバーラインを魚沼(民宿旅館源次郎)に戻る。
翌日19日は湯沢インター近くの瑞祥庵(仁王像)だけ見て、横浜へ戻った。
日本のミケランジェロと称えられる石川雲蝶の彫刻がある越後魚沼の古刹を数か所巡った。石川雲蝶については、つい最近、NHK朝放送の『もういちど、日本』で知った。
◇1814年(文化11年):江戸雑司ヶ谷に生まれる。江戸彫りの石川流の門人で、20代ですでに彫物師として名を馳せていた。◇1845年(弘化2年):本成寺の世話役内山又蔵の「良い酒とノミを終生与える」という誘いで越後に入り、三条や栃尾で製作活動を開始、32歳。後に三条の酒井家に婿入り。◇1852年(嘉永5年):西福寺開山堂起工。永林寺再建。◇1855年(安政2年):永林寺の製作に入る、13年の歳月をかけ多くの作品を残す、42歳。◇1857年(安政4年)西福寺開山堂落成、44歳。・・・◇1883年(明治16年)逝去、70歳。
石川雲蝶の作品は三条、長岡(旧栃尾)、魚沼・南魚沼の多くの寺社に広く分布しているが、著名?なのは魚沼の西福寺と永林寺。17と19、この二寺と龍谷寺、瑞祥庵を訪ねた。

龍谷寺…南魚沼市大崎3455
関越トンネル4関越トンネル3関越トンネル2関越トンネル1スペーサ、タテ久しぶりの関越トンネルを通り(トンネルを出ると“雪”ならぬ“雨”だった)、六日町インターで一般道へ、R291を10㌔ほど北に行くと八海山龍谷寺。 龍谷寺入口スペーサ、タテ
門を入ると人影はなく、受付らしきところも見当たらない。庫裡らしき玄関を開けて案内を請うと、右の建物から入り、本堂へまわれという。インド様式の特異な御堂(観音堂慈雲閣)に入ると、金ピカの大きな観音様に目を瞠された。 本堂欄間を裏から見る雲蝶:本堂欄間の彫刻スペーサ、タテこの菩薩像は新潟県村上市出身の山脇敏男という人の作。庫裡を抜けて本堂へ。
廊下と室内の間に欄間彫刻が六面、獏・麒麟・牡丹と唐獅子(二面)など。小林源太郎の作品もある。透かし彫りなので、室内(裏)から見てもおもしろい。
スペーサ、タテ雲蝶:本堂欄間の彫刻、獏スペーサ、タテ雲蝶:本堂欄間の彫刻、麒麟スペーサ、タテ雲蝶:本堂欄間の彫刻、牡丹と唐獅子スペーサ、タテ雲蝶:本堂欄間の彫刻、牡丹と唐獅子
雲蝶:本堂室中の欄間の彫刻、船子得誠と夾山善会スペーサ、タテ室内の間仕切りの欄間彫刻、『船子得誠と夾山善会』(せんすとくじょう・かつさんぜんね)。後に禅師となる夾山善会が師匠得誠から舟上で峻烈な試練を与えられている場面を描いたもの。“船子”は舟頭のこと、得誠は渡し舟の舟頭をしていた。浅彫りで、裏面にも葡萄や蝶々などの彫りがある。
スペーサ、タテ雲蝶:本堂室中の欄間の彫刻、船子得誠スペーサ、タテ雲蝶:本堂室中の欄間の彫刻、夾山善会スペーサ、タテ雲蝶:本堂室中の欄間の裏、葡萄・朝顔などスペーサ、タテ雲蝶:本堂室中の欄間の裏、蜂の巣・蝶々など
龍谷寺境内龍谷寺妙光堂の仏像群本堂の先の妙光堂へ。昭和50年落慶という新しい御堂。小さいがたくさんの仏像が整然と並ぶ。その数120体。竹内勝山という人の作。観音堂といい妙光堂といい、龍谷寺はなかなかユニークであった。この後訪ねた西福寺や永林寺のように、雲蝶を強くアピールすることもないので、落ち着いて鑑賞できた。
次の西福寺はR291をそのまま北へ9㌔。途中、食彩工房『そばの華』で昼食。店名から推察されるように現代風蕎麦屋さん。月に一,二度、ライブを開くそうだ。肝心の蕎麦は…蕎麦もたいへん結構だった。

西福寺開山堂…魚沼市大浦174
開山堂向拝彫刻西福寺開山堂 西福寺仁王門スペーサ、タテ125赤城山西福寺到着。開山堂は屋根があるだけの大きな鉄骨の“覆堂”で保護されていた。ちょっと異様な光景。掲示板によると、西福寺は 1534年 芳室祖春大和尚によって開かれ、開山堂は当山23世蟠谷大龍大和尚によって 1857年 に建てられた。列を成す見学者に続いて、庫裏拝観口から堂内へ。 西福寺開山堂入口開山堂天井の大彫刻『道元禅師猛虎調伏の図』、パンフレットスペーサ、タテテレビやインターネットである程度予想はしていたが、実物は息をのむ見事さだった。超絶技巧の大胆かつ繊細な透かし彫り。まだ鮮やかな彩色も驚き。雲蝶はこの超大作を6年で彫ったという。 雲蝶:建具(組み物細工)スペーサ、タテ開山堂天井の大彫刻『道元禅師猛虎調伏の図』はストーリーがあり、道元禅師が天童山へ行脚の途中、山中で一頭の虎が襲いかかろうとしたとき、禅師は持っていた柱杖を投げつけ岩の上で座禅に入る。するとその柱杖が龍に姿を変えて虎を追い払い、禅師の身を守った、という物語を表現している。
雲蝶:崖上猛虎雲蝶:三顧之礼雲蝶:孔雀遊戯之図スペーサ、タテ雲蝶は木彫り以外にも、襖絵や石彫り、建具(組み物細工)など、多彩な作品を残している。西福寺では、大縁(廊下)の板の節などに施された埋め木細工も見どころである。
これほどの作品が国宝でも重文でもないのは不思議である。時代が比較的新しいからか? その疑問を龍谷寺の住職にぶつけると“県民性”―国宝だ、重文だとと騒がない―だろうという説明。最近、日本でも世界遺産にとの動きがやたら多い。最もピントがずれていると思うのは富士山が“文化”遺産だということ。富士山の自然が如何に損なわれているかの証左である。ほんらいなら「自然遺産あるいは複合遺産」であるべきだろう。
245西福寺を出、いささか閉門時間が気になるが、11㌔離れた永林寺へ向かう。

永林寺…魚沼市根小屋1765
永林寺本堂スペーサ、タテ扁額と一匹龍・雲水龍スペーサ、タテ創建年は定かでないが、針倉山永林寺も500有余年の歴史がある古刹・名刹。前後関係は定かでないが、年表によれば、雲蝶は西福寺開山堂の天井彫刻のかたわら、永林寺での製作も行ったことになる。 天女2(背中)天女2天女1スペーサ、タテ永林寺の題材は、見る者を圧倒する西福寺天井彫刻とは対照的に優しく柔らか。『天女』のモデルは雲蝶があこがれた魚沼の女性だそうだ。 小夜之山中蛇身鳥1スペーサ、タテ小夜之山中蛇身鳥2スペーサ、タテ
『小夜之山中蛇身鳥』にも物語がある。“蛇身鳥”とは、熊と間違えて息子を殺した夫(狩が趣味)の祟りで、頭は大蛇、身は大鳥の怪物となった母。月小夜姫は深山に修行する仙人に琴を習えば、弓の名人源三位頼政が蛇身鳥を成仏させるという夢を三日三晩見る。ある夜、狩に出た折り、琴の音に惹かれて深山に入ってきた頼政は、夢知らせと通り、母の化身である蛇身鳥を成仏させる。

瑞祥庵…南魚沼郡湯沢町大字土樽4595
瑞祥庵瑞祥庵樓門、仁王像スペーサ、タテ1日おいて、19瑞祥庵。宿「民宿旅館源次郎」(魚沼市吉田79-4)から南へ45㌔、湯沢インターの近く。龍谷寺にも増して静か。お寺の人も見当たらない。 瑞祥庵吽形像、部分スペーサ、タテ瑞祥庵吽形像スペーサ、タテ瑞祥庵阿形像、部分スペーサ、タテ瑞祥庵阿形像スペーサ、タテ
心ゆくまで仁王像一対を鑑賞する。この仁王像はいかつい金剛力士像と違って“親しみ”がある。吽形像は愛嬌さへ感じる。永年風雪に晒されてきただろうにまだ彩色が残っている。製作年は不明だが、樓門が再建された弘化四年(1847)の数年後という説明であった。
同じ魚沼の穴地大明神もおもしろそうだったが、北へかなり戻るので、湯沢インターから帰途についた。なお、ネットからダウンロードできる資料としては、⇒資料がお薦め。
「日本海に着水する太陽」を諦め、1箇所だけ開いていた(歩道橋の)窓から夕陽を撮っていると、『オーイ、オーイ』と妻の声がする。ハタハタ館のスタッフに聞いたところ、『日の入は612』、そして『(ハタハタ館の)屋上に案内する』という。
夕陽1(秋田ハタハタ館)夕陽2(秋田ハタハタ館)夕陽3(秋田ハタハタ館)夕陽4(秋田ハタハタ館)夕陽5(秋田ハタハタ館)夕陽6(秋田ハタハタ館)スペーサ、タテ
夕陽7(秋田ハタハタ館)スペーサ、タテスタッフのあとをついて、屋上に駆け上がる。海の水平線が森より高い。親切なスタッフのおかげで、『日本海に落ちる太陽』、それも“着水の瞬間”を撮ることができた。カメラの時計では、着水の瞬間613、日の入―太陽が沈みきって見えなくなった瞬間―617。気象条件によっては、日没前 海が赤く輝き、日没後 空が赤く染まるのだが、そこまでパーフェクトではなかった。

昨夜は館内。温泉は自由、食事(メバルの煮つけほか)も豪華、和洋折衷の部屋は広く。それでいて料金は我々向き。昨日のトレーラーハウスよりもはるかに快適な一夜を過ごした。
二ツ森地形図スペーサ、タテ1日は(予定を変えて)二ツ森に登ることにした。夕陽撮影に便宜を図っていただいたスタッフの方が山好きで、夕陽を眺めながらイロイロ話したが、夕食時、(ワザワザ)印刷した写真を持ってきて、二ツ森の登山コースや山頂から見える山々について教えてくれた。山頂からの山座同定ができれば、山登りの楽しみが倍になる。

ハタハタ館から日本海白神山地案内所二ツ森登山口スペーサ、タテ二ツ森は登山口までのアプローチが長い。ハタハタ館から八森ぶなっこランド(白神山地案内所・森林科学館など)まで4.7㌔、そこから登山口駐車場まで15.7㌔。
二ツ森山頂スペーサ、タテハタハタ館出発920ぶなっこランド到着930。ここで、食料を持ち合わせていなかったので行動食を購入し(その程度のものしか売っていない)、登山の情報を聞く。登山口までは幅は狭いが全面舗装、登山口から山頂までは1㌔、高低差100m、但しアップダウンがある。ぶなっこランド出発950登山口駐車場到着1025

二ツ森山頂から3二ツ森山頂から2、藤里駒ヶ岳と森吉山二ツ森山頂から1スペーサ、タテ身支度を整え登山開始(10:35)。すこし登ってピーク(一ツ森?)を越えると長い下り。登り返し(そこそこ疲れた)、二ツ森山頂1086m
二ツ森山頂から7、岩木山二ツ森山頂から6二ツ森山頂から5、白神岳スペーサ、タテ二ツ森山頂から4、白神岳と向白神岳スペーサ、タテ(11:30)。ここで、ハタハタ館のスタッフの方の教示とプリントがたいへん参考になった。ランド
二ツ森山頂から8、パノラマスペーサ、タテマークは、小さいが顕著な三角形の尾太岳(おっぷだけ)。麓は 昔 鉱業で賑わったという。尾太岳から右(東)へ大きな山容の藤里駒ヶ岳。その左右稜線奥に、薄っすらと田代岳森吉山。さらに右(南)の山並みは不明。
白神山地概念図スペーサ、タテ尾太岳から左(北)へ。岩木山はほとんど雲の中。続いて、向白神岳白神岳が厚い雲の下に雄大なスカイラインを描く。駒ヶ岳、田代岳、森吉山、岩木山、白神岳は登ったことがある。我ながら大したものだ。向白神は世界遺産核心地域の真っ只中にあるので簡単には入山できない
ハクサンボウフウ?1スペーサ、タテハクサンボウフウ?2スペーサ、タテタチギボウシスペーサ、タテアキノキリンソウ1アキノキリンソウ2スペーサ、タテ下山(12:00-13:00)。帰りは行き以上にくたびれた。登山口近く、コースからちょっと離れたところに展望所があり、立ち寄る。 青秋林道から二ツ森展望所から二ツ森スペーサ、タテ登山道で多く見かけたのはアキノキリンソウ、次にハクサンボウフウ?
ぶなっこランドで買ったラスクが美味しかったので、自分たちの分と土産の分とを買う。白神は酵母で有名(白神こだま酵母)、美味しいパン屋もたくさんあるいという。国道(101)沿いの1軒を教えてもらう。
秋田自動車道1秋田自動車道2秋田自動車道3スペーサ、タテ能代南ICで秋田道。秋田道は“秋田杉”が美しい。河辺JCTの手前あたりから激しい雨となった。錦秋湖SAで日帰り入浴施設―峠山パークランドオアシス館―に立寄る(17:30-19:00)。 東北道3東北道2東北道1スペーサ、タテ国道107号(3月来 通常止が続いているが)からもアクセスできるので、アルコール類を売っているのがありがたい。東北道菅生SAで仮眠(21:15-7:30)。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。